第一二話 ……戻りたい。
朋友が面倒臭い拗ね方をしているので放置して小休止。こうなると構ってほしくて自分から近付いてくるのを待たないといけない。構ってちゃんとか美少女でも現実ではウザいだけなのに、何が悲しくて野郎のそれを相手にしなければならないのか。少なくとも俺にはできない。
なので放置する。
でも時間が惜しいので放置しながらも考える。
何が必要かと言われればむしろ充足しているものがないと返したくなるくらいには酷い状況だけど、あえて一つ挙げるならやはり――
「金がない」
「どうした班長!?」
ようやく機嫌が良くなった朋友がさっそく反応する。
「生きて日本に帰るためには、当然だけど生き残らないといけない。そしてそれは何も戦場の話だけに限らない。食料を始めとする全てが王家頼りな状況は生殺与奪の権を王家に握られているという事だ」
「現に反町くんは既に食事抜きで餓死させられかねない状況だもんね」
「そういやそうか」
もちろん召喚勇者達全員を兵糧攻めで従えようとすれば反乱が起きて大惨事になるだけなんだから、連中もそこまで馬鹿な真似はしないだろう。だが聖女の綾女以外の俺達三人相手ならどうか。
俺は既にされているし、二人も食事こそまだ抜かれていないが、俺の味方であり続けるなら今後の保障はどこにもない。既に立場が悪いらしいし。
それでも聖女たる綾女が味方ならどうにかなるのではないか。そんな甘い考えでいられる状況なら苦労はない。
何しろROLEが聖女なのだ。ラノベでは単なる回復役ヒロインの職業用の記号として認識されている節があるけど、この世界でもそうであったように本来は宗教的な要素が強い言葉だ。回復スキルがあるから聖女なのではなく、神に仕える聖職者であるから癒しの力を行使できるのだ。
それが何を意味するのか。
ROLEが聖女である綾女は勇者以上に神に近い立場にある。
そもそも勇者と並ぶ特別な存在なのだ。綾女本人には言えないけど、正直なところ神の干渉が強まり敵に回る可能性も捨てきれない。聖女という立場の強さはそれ相応のリスクの上にあるのだ。
もし綾女頼りな現状のままそういう事態が起きれば、残される俺という役立たずと戦闘しか能のない二人の計三人。路頭に迷えば確実に死ぬ。
冒険者ギルド? あんなフィクションの中でしか存在できない舞台装置が特に俺に対しては厳しいこの世界に実在できるわけがない。現代風の常識に照らし合わせて言うなら『身元不明の不審者も登録でき、客の依頼は二次下請けな各労働者に丸投げし、受けるか否かは各労働者の自由なため依頼が放置される事もある日雇い労働者派遣組織』だぞ。どう考えてもどの立場でも関わりたくない。
あとは仮に日本に帰る手段が見付かったとして、それを実行できるかどうかは別問題だ。何かと物入りで金策に走る必要があるかもしれないし、そういう意味でも収入源の心当たりくらいは欲しい。
「俺達に高価で特殊な武器とか貸してくれるとも思えねーし、欠陥品掴まされるかもしんねーなら自前で用意できた方が安心か」
そういう心配もあるのか。武器なんてスキルで所持すら不可にされているから無意識のうちに切り捨てていた。
「とにかく、俺達は会話が可能な事と戦闘能力以外は何もない。俺に至ってはそれらどころか最低限日常生活を送る能力すらない。そんな状況で神も国も宗教も敵に回せば確実に死ぬ」
ラノベの最強主人公様は神も国も宗教も敵対したなら無双して潰せる? それは主人公様が最強という設定だからこそ辛うじて通る話だ。いくらこちらにステータス値が七〇〇〇万の綾女がいても、その上を行く一億の天王寺が勇者として向こうにいる以上は犯罪、どころか問題を起こしただけでも討伐対象として手配されかねない。
金があるだけでどうにかなるほど生易しい状況ではないけど、汎用性を考えれば金品の優先度は高くしておいていいだろう。
「とりあえず、まずはこの世界に貨幣制度があるかどうかの確認からだな」
そして問題はその後。いかにして稼ぐかだ。
これは俺を基準に、と言うより俺が単独で稼ぐ事を考えるべきだろう。綾女はもちろん二人もまだ命の危険はないわけだし、俺以外が妙な動きをするのはむしろ向こうに口実を与える事になりかねない。
しかしそうなると手段がない。
一番ベタな冒険者ギルドは真っ先に却下したし、知識チートも金銭を稼ぐ手段に昇華するのは難しいだろう。それに現代人の知識由来だと分かるものを流通させるのは自分の存在を公言しているようなものだ。他の召喚勇者達の前だろうと殺そうとしてくる連中相手にそれは自殺行為だろう。
演劇部裏方で鍛えた腕で風景画や装飾品作り。本来の腕でも難しいだろうに、今の俺はDEXが一で文字もまともに書けない状況だ。今なら他の三人の方がまだましな物を作れるだろう。
……気持ち悪い。
物語では努力は報われるものだ。
現実では努力が報われるとは限らない。けど努力という原因により実力という結果が必ず示される。
現状では努力の結果たる実力を踏みにじられ、ステータスにより努力では変えようのない状態として固定されている。
……そうか。今さら気付いた。
ただ生きて帰るだけでは俺は死ぬかもしれないのか。
ラノベだと主人公達が日本に帰還しても能力はそのままという展開は少なくない。どころか一人だけ召喚ミスで日本に取り残されたのにチート能力はちゃっかり手に入れていたという展開まである。そういう展開が俺の身にも起きればどうなるか。
肉体労働はもちろん八時間勤務すら無理だろう貧弱さ。
まともに読める文字も書けない不器用さ。
武術判定される動きが禁じられている異常体質。
包丁等の武器と判定される物は所持すらできないという超常現象。
ニートになろうが物理的な死が付きまとうし、社会的にも生きてはいられないだろう。そうなると精神的にも死にそうだ。
……戻りたい。
もちろん、と言うのも何だが『今から日本に戻りたい』という意味ではなく『召喚される前の時間に戻りたい』という意味だ。
そして召喚を回避したい。
どうしても勇者と聖女が必要なら演劇部と神主ハーレムをトレードする方向でお願いします。
……確実に自分の思考がおかしい。
けどおかしくもなるだろうこんな状況では。これでおかしくならない奴はただ単にそれ以上おかしくないようがないというだけだ。そして俺は基本的にはただの男子高校生。当然おかしくもなる。
――それでも、考えなければならない。
物語でも、現実でも、現状でさえも。
努力する事を止めてしまえば、どこにたどり着く事もできないんだから。
だから考えろ。全ての知識を引きずり出せ。ここで起死回生の一手を閃くような天才ではないんだから、中二病時代の黒歴史だろうが幼稚園児の頃の曖昧な記憶だろうが例外なく、使える限りの全てをもって考え尽くせ。
………………
…………
……
一六年。
記憶なんてない乳幼児期を含めてなお、それだけしかない。
それだけの人生経験で、その程度の記憶や知識で、この状況をどうにかしようというは思い上がりでしかないのだろうか。
ただ一手に賭けるしかないんだから。
「探してみてほしい相手がいるんだけど、頼めるか?」
「「当然」」
二人とも頼もしい返事だ。
「……俺は!?」
機材も何もなしに音響担当に頼む事なんてあるわけないだろう。