第九話 仮にも命に関わるものだぞ?
決意を新たにしたところなのに、今俺は綾女を伴い厠に行くところだ。
……仕方ないだろう、生理現象なんだから。むしろラノベとかで何の説明もなく食事、睡眠、排泄その他諸々の問題を無視する方がおかしい。ダンジョン内で催した時とか、その世界の常識次第では現地人は気にしないだろうけど、俺達みたいな召喚された地球人にしてみれば大問題だ。最悪の場合、地球に戻ってからも小学生みたいな直球下ネタなあだ名を付けられる事になるかもしれない。浄化魔法とかがあろうが使用を悟られた時点で終わりだし。
つまり社会的にも即死するリスクがあるのか俺は。味方がいなければ既に精神的にも死んでいただろうし、物理的に死と隣り合わせなだけでは足りないとでも言うのか自称神め。
ちなみにあとの二人は部屋で待っている。聖女の結界が優秀すぎて出番がないから。聖女の本気の結界を破れるとしたら勇者くらいだろうけど、勇者が本気を出したら城ごと消し飛ぶだろうから実質誰にも破られない状況だ。
「ところでさ」
「どうかしましたか?」
今のところ俺達以外の人影は見当たらないし、気配とかはよく分からないけど足音は二人分しか聞こえないのに、いつどこから誰が現れるか分からない状況では素を出すつもりはないらしい。こうして綾女の才能が磨かれ演技力がついたのかと思うと、何とも言えない気持ちになるな。
「目的地まであとどれくらいかかる?」
「あと一分もかかりませんよ」
「そうか」
「ええ」
「ところでさ」
「どうかしましたか?」
「勇者と聖女が特別なのは聞いたけど、それ以外に誰か強い奴はいるのか?」
「私の知る限りでもステータス値が総じて八桁の方が五人は」
「チート共め。一厘でいいから俺に寄こせよ」
「私に言われましても」
「ところでさ」
「どうかしましたか?」
「お前は唯一神とやらに何をされたわけ?」
「……さて、何の事でしょうか?」
「こういう状況でごまかすのはむしろ肯定しているようなものだぞ」
というよりありえないのだ。モブポジションなただのクラスメイト達でさえ精神干渉されているであろう状況で、七〇〇〇万ものステータス値を与えられ勇者と並ぶ特別な存在である聖女様が無事という奇跡は。
何せ召喚時に綾女と一緒だった脚本家でさえ何らかの影響を受けているわけだし。あいつは怒った時には基本的に手を出す。コロポックル扱いでからかってきた兼野を俺と同時に繰り出した右ストレートでぶっ飛ばした時みたいに。昨日みたいにやらかした朋友をねちねちと言葉で責めるような事はない。普段なら。
「何をされたと言われましても、言える事は何もありませんよ。似た事を昨夜花恋さんにも聞かれましたので、彼女の話を聞いてみれば分かってもらえるかと思いますが」
「……そうか」
「ええ」
「ならこの話はここまでだな」
「ここまでも何も、私から言える事などこの先何もありませんよ?」
「そうか」
すっきりしにきたはずなのに、どうにもすっきりできなさそうだ。
* * *
「どうしたもんかなぁ……」
班長達が戻ってくるまで密室に女子と二人っきりなのに別に何とも思わない。思春期なのに。俺ロリコンじゃないし別におかしくはないのか?
ってそうじゃない。いつもならこんな事を考えたら客本から喰らっても全然痛くないチョップとかが飛んでくんのに何もないのもなんか調子狂うな。いやMとかじゃないけど。
話を戻すか。
悩んでんのは今の立場の事だ。いや班長の味方なのは当然だけど、どうにも既に干され始めてるっぽいんだよな俺ら。まだ二日目だってのに。
聖女の綾女は例外だけど、俺と客本に対する態度が露骨に酷い。確実に班長の味方をしたのが原因だ。だからって屈する気はない。どうせだし「くっ殺」とか言って……やったらマジで殺されそうだしやめとこ。
にしても、俺はまだしも聖女様の親友相手にあんな態度とっていいと思ってんのかここの連中は? あ、マズいと思ってねーからやってんのか。
また話を戻して。
このままだと実戦投入された時に射手(徒手)と魔導書使い(素手)になりかねない。いやむしろなるわ確実に。
班長の前じゃ言えないけど、武器依存な俺達も割とハズレスキルだと思う。某作じゃあるまいし、射手にゃ剣術スキルも剣製スキルもないんだぞ? 当然格闘スキルもないからただSTRとDEXがアホ高い素人の出来上がりだ。更に客本は丸腰だとステータス値的にこの世界の超一流の戦士になら殺されかねないときた。他にいねーと思うぞそんな奴。
別にこの世界の連中のための戦力になりたいとは全然思わねーけど、班長の状況とか考えるといざって時に無力なのはなぁ……
「どうしたもんかねぇ……」
* * *
「はい、というわけでこれより県立雫浪高校演劇部による第一回異世界召喚生還作戦会議を始めます」
「班長、天王寺は?」
「本人の意思ではないとはいえ、奴は既に元凶たる自称神の手先も同然だ。今は捨て置け。いくら聖女の綾女がいても、さすがにステータス値が一億もある奴は相手のしようがない」
「了解」
「他に何か……なさそうだから進めるぞ。まずステータスについて」
「わちじゃな」
言いながら綾女が立ち上がる。いや立たなくてもいいから。
本当なら召喚された当日から情報収集はしておきたかったけど、少し遅れて二日目から始めてもらっている。俺が何もできないのがもどかしい。
アレ、オカシイナ。ソンナ話イツシタンダロウ? 思イ出ソウトスルト何故カ心ガ辛イヤ。
「とはいえ話せる事は多くないんじゃよ。わちも聖女の立場を利用して広く話を聞いてはみたんじゃが、この世界の者はそれが当たり前と思っておるせいか、何も気にせず知ろうともしてこなかったようじゃのう」
「正気かおい?」
使えない、と言うのは失礼すぎるけどそうも思いたくなる。仮にも命に関わるものだぞ? 気にならないのかステータス。
「ならROLEの理由は?」
「翻訳の関係か、そもそも上手く伝わらなかったんじゃよ」
「ステータス値が単純比例かどうかは?」
「誰も知らなかったんじゃよ」
「『首ナイフ問題』的な意味での有効範囲は?」
「誰も知らなかったんじゃよ」
「何でだよ。気にする以前に実際の事件とかで知る機会はあるだろう?」
「わちに言われてものう」
「……ダメージ計算式なんかも?」
「誰も知らなかったんじゃよ」
「ならHP表示がないけどどういうダメージを受ければ死ぬのかも……?」
「誰も知らなかったんじゃよ」
「生きる気あんのかこの世界の連中は!?」
「わちに言われてものう」
確かにゲームを知らなければステータス値を表示されてもそこまで疑問に思う事もないのかもしれない。けどさっきも言ったように自分の命に関わるものだし、何度も勇者が召喚されているという事はそれだけ昔から存在するという事だ。ならステータスを研究する学問があってもよくないか?
「スキルに関してはほとんどゲームのそれと同じじゃが、細かい違いは当然あるから注意が必要じゃよ。例えば数値化されたMP消費はないがどこか気疲れするところじゃとか、クールタイムとリキャストタイムが言い方が違うだけの同じものではなくスキル全般の使用不可時間か同じスキルの再使用待ち時間かという違いがあるところじゃとか、スキルが成長しても通知されるわけではないから気にしておく必要があるところなんかじゃな」
「オチは察しているけど、そのスキルが成長するって話――」
「条件なら誰も知らなかったんじゃよ」
ですよね。
「ちなみに普通の魔法スキルと魔導書使いのスキルは何が違うんだ?」
「普通は例え同系統の上位のスキルを使えても該当する魔法スキルそのものがないとその魔法は使えないんだけど、魔導書使いは特殊な紙と染料で書かれた魔法陣さえあればあらゆる魔法が使用可能なの。上級下級の制限なんかはあるけど。その代わりに魔法陣がないと何もできないし、クールタイムもリキャストタイムも普通より長めになっているかな」
何故そこはちゃんと調整しようとしているのか。今さらすぎないか?
今回少し触れたステータスに関する内容について参考までに
Nコード:N4036CQ
作者 :TAM-TAM
タイトル:ゲーマー視点でゲーム風異世界物を考察してみる
こちらの作品を読んでみれば何となく分かるかと。