19話『蕎麦屋デッド②』
上原 蘭はそのあと、右手の指を上下に振ってこっちに来いと言わんばかりだった。
俺らは店に戻ると、おっちゃんが軽く心配そうに「お疲れさん、助かるよ」そういって調理場に戻って行った。
入り口の横の階段を上がりすぐ右の部屋に入る。
中はいたって普通の畳部屋、そこで彼女は小さいホワイトボードをタンスから取り出した。
そして線を一本書いた後、途中で二本に分裂された。
「これがなんだかわかる・・?」
上原の質問に、軽く首をかしげて何も答えることができない。
「まぁ~、当たり前よね・・・私はこれでも分からないことがあるのが嫌なタイプなのよ、だからこの状況にもたくさんの仮説をつけて納得したわ」
そうすると上原は、長々と俺らに話し出した。
* * * * *
【15:50】
上原の話を理解するのはかなり困難だった。
上原の仮説によると、ここ、東京のボスを倒したらどうなるのか?
答えは、何もかも平凡な日常に戻れるだった。
それがなぜなのか、長々と説明してくれた。
世界は2つに分かれた。
いや、正確には全く同じコピーがもう一つできただ・・・
そして、元の世界をα(アルファ)としてコピー世界をβ(ベータ)とする。
コピーした理由は、コンピューターでいうところのハッキングが行われたので、身代わりにβ(ベータ)世界を作った。
そして、ハッキングによってできた世界がこのゾンビ世界。
だが、ハッキングした世界と元の世界を、ハッキングした奴が繋げた。
そして、ホワイトボードに書いた分裂した2本線の間に小さな線を入れた。
これこそが、俺らのクリアした無理ゲーだと上原は言った。
そして俺らはもともとα(アルファ)の世界にいたが、あのゲームをクリアしたことによりα(アルファ)の俺らと、β(ベータ)の俺らが交換された。
そしてα(アルファ)の自分とβ(ベータ)の自分は記憶も運動神経もすべてが同じ。
つまり、元の世界の俺のコピーは今頃普段どうり家で自宅警備員をしていることになる。
そしてなぜ、交換する必要があったのか?
同じ記憶、同じ運動神経、同じ頭脳ならば交換する必要がない。
それに対しての上原の答えは、もともとα(アルファ)の世界をハッキングするはずが、コピーであるβ(ベータ)をハッキングしてしまったため、無理ゲーという小さな入口を作った。
それにクリアしたオリジナルは、コピーと世界を交換した。
オリジナルが必要な理由は、コピーには持っていないものを少しでも手に入れるためではないかと上原は言った。
そして東京のボスを倒すと、元のα(アルファ)世界に戻れるのではないかと仮説した。
なぜ?上原によると、東京のボス撃破ルールをねじ込んだのは、世界を二つに分離させた奴の救いの手ではないかと思われる。
そのあと、ホワイトボードの二つに分裂した間にもう一本線を引いた。
つまり、二人の神様と思わしき人物たちの争いに俺らはいるのかもしれない。
そして、ボスを撃破するとゲームクリア者は、元の世界に戻り記憶もそのままの可能性があるが、ゲームをクリアしていない者たちは、元の世界に戻るとこの現状の記憶はない可能性がある。
【15:50】
「これが私の仮説ね・・」
俺らは、唖然として信じることはできなかった。
つまりそれは、俺や、みことは本物だがここにいる八柳や死んだゆずりは、偽物のコピーということになる。
「そんなの信じられるか・・・、いや信じない」
俺は心からそうでないでほしいと思う。
当たり前だ、ボスを倒した瞬間・・・俺の家の前で殴り合ったことも楽しく過ごした日々もゆずりが死んだ悲しみも全部八柳は忘れる可能性があるということになる。
「聞かせてほしいわ、もし東京のボスを倒したとしてこのβ(ベータ)世界はどうなるの?」
「オリジナルが1人もいない必要性0の世界よ?私ならいらなくなって捨てるわ」
みことと、上原の会話は怖い。
それにあくまで推測だ・・、俺は信じたくないし信じられなかった。
「デザートつくったから~下りてきな!!」
おっちゃんの救いの声に便乗して、「この話は後だ、一回下に行って落ち着こう」といって、俺らは下に降りた。