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マーセナリーガール -不完全な両想い-  作者: 海野ゆーひ
第05話「王女たち・前編」
9/21

05-A

 同時に剣を振り下ろす。擬似剣同士が鈍い音を立て、鍔迫り合いへ。


 眼前に、シャノンの冷たい眼光がある。

 とんでもない力で剣を押し込んでくるけど、その顔は無表情。余裕すら感じる。


 ……まだまだ、本気で戦っていないってことだ。


「んあっ!」

 全力でシャノンの剣を弾き、ほんのわずかにバランスを崩した彼女へ向けて前進。


 ここで退いたらやられる! 攻めるしかない!


 シャノンの胸めがけて刺突を放つけど、その時にはすでに、彼女の剣が私の腹部を捉えていた。


「がふっ」

 鉄の棒か何かで殴られたような衝撃に、動きが鈍る。


 しかし、私にはよろめく暇さえ与えられなかった。


「がっ……!」

 左側頭部に衝撃。一瞬、思考が途切れた。脳が揺れたか、足の力が抜ける。


 胸、脇腹、両腕、そしてまた腹。シャノンの容赦無い連続攻撃。

 こっちはもうフラフラなのに、全く攻撃の手を緩めようとしない。


 ……でも、これも指導。毎回毎回こんな感じ。

 むしろ、今日はまだ優しいくらいだ。


 このまま倒れるわけにはいかない。

 ここで倒れたら、たぶんもう立ち上がれない!


「ぬあああっ!」

 声を荒らげ、吹き飛びかけていた意識を引っ張り戻す。わずかに、身体の力も戻ってきた。


 まだ、やれる!


 直後、突き出される剣。

 いつもなら、間違いなく何もできずに食らうところだ。


 だけど……。


「――!」

 自分でも驚いた。私、避けたぞ?


 いや、驚いてる暇は無い。


 シャノンの剣の横をすり抜け、横に構えた剣を振る。狙いは、彼女の腹。

 しかし、私の一閃は軽く後ろへ跳んで躱される。


 そして繰り出される一撃が、私の頭頂にヒット。

 そのまま地面に叩きつけられるんじゃないかと思うほどの威力だ。


「う……ぐ……」

 それをどうにか堪え、さらに前進。


 繰り出される刺突は躱しきれない。左側頭部に少し掠って抜けていく。

 剣を引き戻したシャノンは、再び刺突。今度は、咄嗟に体勢を低くして躱す。


 そこで初めて、シャノンの表情が変わる。

 それはわずかな動揺だったけど、ずっと無表情だったせいで、とても大きな変化に見えた。


 ここしかない!


 力を振り絞り、シャノンの懐に潜り込む。

 そしてそのまま、剣を、……振る!


「うっ」

「――!」

 鈍い手応え。シャノンの声。


 ……当たった?


 シャノンの動きが止まる。私も止まる。


 目だけ動かして、それを見る。

 私の剣が、その刀身が、シャノンの腹にめり込んでいた。


 …………やった。


「やっ……」

「まだ時間は残ってるわよ」


 直後、目の前からシャノンが消えたと思ったら、下から顎を突き上げられて世界が揺れる。


 そして、目の前が真っ暗になった。




「……!」

 開いた目に、眩しい陽光が射し込んできた。すぐに目をつぶり、顔を逸らす。


「!」

 逸らした方向に、シャノンが座っていた。目が合う。


「いつもより早いお目覚めね」

 そう言って、「3分くらいかしら」と続けるシャノン。


 まだぼやけている思考と戦いながら、私はゆっくりと上体を起こす。


「3ヶ月目にして、ようやくね」

 シャノンの言葉の意味が、すぐにはわからなかった。


 だけど、次第にあの時の感触と、ある事実を思い出していく。


「……私、当てましたよね?」

 そうだ。私は、シャノンに攻撃を当てたんだ。


 ルイスの屋敷に通い詰めて、シャノンに剣の稽古をつけてもらい続けて3ヶ月。

 やっとだ。やっと当てることができた。たったの一発だけだけど、当てたんだ。


 歓喜の感情が、胸に広がっていく。自然と、笑みが浮かぶ。


「とりあえず、よくやったと言っておくわ。でも、気を抜いては駄目よ? わかってるわね?」


「はい!」

 そう。ここで満足してちゃ駄目だ。


 むしろ、ようやくスタートラインに立ったっていうくらいの気持ちでいなくちゃ……。


「じゃあ、あと30分したら走りに行くわよ。それまでは休憩。たった3分倒れてただけじゃ、全然休めてないでしょうからね」

 そう言って立ち上がるシャノンに続き、私も立つ。水を貰いに行こう。


「最近、また調子が上がってきたわね。国境から帰ってから少しの間、心ここにあらずって感じだったけど」


「う……」

 それはたぶん、あのせいだな。


 あの日から数日間、ドキドキしてなかなか寝付けなかった。

 仕事にも集中できなかった。


 でも、今はもう慣れたから大丈夫。


「一体、向こうで何があったのかしらね」

 目を細め、口元にわずかな笑みを覗かせるシャノン。


「な、何もありませんよ。もう何度も言ってるじゃないですか」

 動揺を見せちゃいけないって自分に言い聞かせてるんだけど、たぶんバレバレなんだろうな。


 その証拠に、シャノンは「ふぅん」と含みのある態度をとる。

 もう見飽きた顔だ。


「あ、あのっ、これも何度も言ってますけど、別にルイスさんと何かあったわけじゃないですからね?」

 ルイスは確かに優しい紳士だし、たぶん格好いいんだろうけど、そういう対象ではない。


 だって、父と同じくらいの歳なんだよ? 無い無い。

 AAAランク傭兵として、憧れてはいるけれど。


「わかってるわよ、そんなこと。でも、あの言い訳はいけないわ、ティナ。疲れが溜まっているから、だなんて」

 私の前に立ち塞がったシャノンは、探るような瞳で私を見据える。


「一晩寝れば回復できていたあなたが、急に疲れが溜まって調子を落とすなんてありえないと、私は思ってる。具合が悪そうな感じでもなかったし。だから、ほかに何か原因があるのだと疑われてしまうのよ?」


「う……」

 言われてみれば、確かにそうだ。


 でも、あの時は、ほかに良い言い訳が思いつかなかったんだよなぁ……。


 ……どうする? もう正直に話してしまおうか。

 この人なら、それを聞いて茶化すようなことはしないだろうし……。


「向こうで、好きな人でもできたのかしら?」

「――! えっ?」

 私の反応を見て、シャノンの笑みが深まる。


「それとも、好きな人と再会してしまったとか?」

「! ……」

 後者の方が近い。


「当たらずも遠からずってところかしら、あなたの反応を見るに」

 言って、腰に手を当てるシャノン。


 ……好きな人、ではまだないから、正解とは言いがたい。

 うん、実に惜しい。


「まぁ、あなたくらいの歳の女の子なら、恋の一つや二つ、して当然だわ。私だって、あなたくらいの時は、……って、そんなことはどうでもいいのよ」

 自分で勝手に言いかけたクセに。


「恋をするのは自由だし、とやかく言うつもりは無いけど、自分が傭兵であることは忘れないようにね」


「はい。わかってます」

 言われなくても、傭兵であることを忘れたりはしない。


「……もし普通の女の子のように生きたいのなら、さっさと傭兵なんて辞めることね」

 そう言ってから、シャノンは屋敷の方へ歩き出す。


「辞めるつもりは、全く無いです」

 彼女の背中に、私ははっきりとそうぶつけた。


 シャノンは立ち止まることなく、「ならいいけど」と呟く。



 ……そういえば、マリサも言ってたっけ。

 普通の女の子としての生活は捨てた、って。


 でも、彼女はそれを捨て切れていなかった。

 じゃあ、私は?


 ……大丈夫、だと思う。

 でも実際、彼と会った後しばらく、集中力が落ちてたんだよなぁ……。


 駄目だ駄目だ、余計なこと考えちゃ。

 彼も頑張ってるんだから、私も負けてはいられない。

 頑張って、強くならなくちゃ……!




 この日は、今週の稽古2日目。明日は家に帰る予定だった。

 だけど……。



「そうだ、ティナ。明日の仕事についてくる気はないか?」


 夕食後のこのルイスの言葉で、またしても予定を変更しなくちゃいけない可能性が出てきた。


「どんな仕事なんですか?」

 AAAランク傭兵の仕事に興味がある私としては、こう聞かずにはいられない。


「護衛の仕事だ。王族のな」

「王族?」


 ……確か、ルイスの仕事相手って、ほとんどが貴族や王族だったっけ。

 この前の国境視察も、政府に頼まれたことだって言ってたし。


「もしかして、王様の護衛をするんですか?」

 もしそうなら、ルイスに対する尊敬度がまた一段とアップすることになる。


 けれどルイスは、「さすがにそれは無い」と否定する。

 ……ですよね。


「依頼主は、ヴァレリアーナ王女だ」

「ヴァレリアーナ王女?」


 オルトリンデ王国の第一王女、ヴァレリアーナ・オルトリンデ。

 名前くらいは知ってるけど、見たことは無いなぁ。


「西部のマサーナという街の外れにな、シルヴァーノ王子の別荘があるんだ。そこへ行きたいからと、護衛を頼まれた」

 ……シルヴァーノ王子? その名を聞いて、顔が強張るのを感じた。


 ある人物の顔が、脳裏をよぎる。

 私の、もう一人の親友の顔が。


 確か、彼女もそこにいるはず。

 ……これは、マズくないか?


「あ、あの、ヴァレリアーナ王女は、そこにどんな用事で行くんですか?」


「ん? ああ、シルヴァーノ王子に直接伝えたいことがあるとかなんとか。詳しいことは聞いてないな」

 伝えたいことって何だ? 不安が大きくなっていく。


「それで、どうする? 君も行くか? 1人増えても、王女は特に気にはなさらないだろうから、遠慮しなくていいぞ」

 ……答えは、もう決まってる。


「い、行きます。連れて行って下さい」


「おいおい。今からそんな緊張していてどうする。大丈夫。王族と言っても、気さくな方だ、心配するな」

 そう言って笑うルイス。


 別に、王女に会うことに対して緊張しているわけじゃない。

 私がそんなに緊張しているふうに見えるのならそれは、ほかのことに原因がある。


「……王女が行くってこと、向こうには伝えられているんですか?」


「向こう? ああ、別荘のことか。んー、王女は、明日行くということだけは伝えたようだが……」

 事前に連絡が行っているなら、いきなり鉢合わせするということは無いだろう。


 でも、もしもってことがある。

 いざという時は、私が守ってあげなくちゃ……!




 そして翌日。


 目的地マサーナまでは、カランカから汽車で4時間弱。

 ルイスの屋敷からカランカまで行くのに3時間くらいかかるから、朝早くに出発したとしても、目的地に着くのは昼過ぎだ。


 シルヴァーノ王子の別荘にどれだけ滞在することになるのかはわからないけど、2時間と見積もったとしても、再びカランカへ戻る頃には空は暗くなっているだろう。


 でも、その時間ならまだ汽車は走っているから、家に帰れないことはない。

 だから、家に帰るという予定は、どうにか変更しなくて済みそうだった。


 ……全てが、私の計算した通りに進めば、だけどね。

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