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マーセナリーガール -不完全な両想い-  作者: 海野ゆーひ
第04話「愛の告白・後編」
7/21

04-A

 翌朝、宿近くの小さな食堂で少し遅めの朝食を摂った私たちは、帰り支度をするために宿への帰路についた。

 歩いて5分程度の帰路だ。



 また2日間の汽車の旅かぁ、と辟易していた私の耳に、どたどたとこちらに近付いてくる足音が入ってきた。


 足音は前方から。

 そちらへ顔を向けた時には、足音の主が、私たち、というかルイスの前に立ちはだかっていた。


「ルイス・キルマイヤーさん、ですよね? AAAランク傭兵の」

 私と同じくらいの歳の少女が、息を切らせながら問いを放つ。


 陽の光を浴びて輝く綺麗な茶髪は、肩にかかるくらいの長さ。

 前髪は切り揃えられている。


 髪と同じ色の瞳が、真っ直ぐルイスを射抜いていた。


「そうだが、君は?」

 足を止め、律儀に答えるルイス。そこに戸惑いは感じられない。


 名を聞かれた少女は、「あ、申し遅れました」と言ってから、肩にかけているバッグの中を探る。


「私、こういう者です」

 差し出されたのは、名刺のようだ。


 ルイスはそれを受け取り、視線を這わせる。


「……スクルド新聞社、記者、アイヴィー・プライス」

 スクルド新聞社?


 それって……。


「新聞記者が、俺に何の用かな?」

 服の胸ポケットに名刺をしまいながら、目の前の少女に問うルイス。


 スクルド新聞社って言ったら、大陸の三大新聞社の一つだ。


 ……若そうな見た目からするに、この人は新米記者かな?

 でも、そんな有名新聞社に勤めるくらいだから、きっと優秀なんだろう。


 などと考えていたら、アイヴィーという名の記者はいきなり声を張った。


「取材をさせて下さいっ! お願いしますっ!」


「……え?」

 ようやく戸惑うルイス。


 ……取材? ルイスを?


 アイヴィーの顔は、真剣そのもの。

 一歩二歩とルイスに近寄り、じっと目を見つめる。


 その瞳からは、「絶対に諦めない」という強い意思が伝わってくるようだ。


「別に構わないが」


「へっ?」

 アイヴィーの目が丸くなる。たぶん、すんなり許可が貰えるとは思っていなかったんだろう。


 私だってそうだ。あっさりしすぎだろ。


「ただし、手短に頼むよ? どんな取材をするのか知らないが」

「はっ、はははい! ありがとうございます!」


 アイヴィーは目をキラキラ輝かせた後、そこでようやく気付いたかのように、ルイスの少し後ろにいる私に視線を向けてきた。


「あのぉ、その子は?」

 聞かれたルイスは、「ああ」と私を振り返り、「友人の娘だ。ちょっと仕事に付き合ってもらったんだ」と返答。


「へぇ~、ご友人の……」

 細めた目で私を見るアイヴィー。何、その顔。


 まぁ、彼女が何を言いたいのかは、なんとなくわかったけど。


「取材は、宿泊してる宿の部屋でいいか? 終わったら、すぐに帰り支度をしたいからな」


「え? あ、はい。問題ありません」

 ルイスの問いに答えたアイヴィーの目が、再び私を捉える。


「えっと、取材はルイスさんと1対1で行いたいから、あなたはちょっと外してもらえる?」

 はいはい、言われなくてもわかってましたよ。


「どのくらいかかるんだ? その取材は」

「1時間くらいに収めるつもりですけど、長いでしょうか。長いなら、頑張って短くします」


「いや、いい。1時間だな? そういうわけだ、ティナ。すまないが、帰るのは少し遅れそうだ」

「別に構いませんよ、1時間くらい。街を歩いて時間潰しますから」


 ちょっとムカついたけど、ルイスが取材を受けるって言うんだから仕方ない。

 世話になってるし、ワガママは言えないよね。


「ごめんなさいね」

 すまなそうな顔を作るアイヴィー。私は「いいえ」とそっぽを向く。


「じゃあ、さっさと始めようか」

「はい! よろしくお願いします!」


 すぐそこの宿へ並んで歩いて行く2人を見送りながら、腰に手を当て、溜め息。

 私は1人、逆方向へ歩き出す。




 しっかし、本当に何もない街だな。


 国境地帯の近くなんていう危険な場所だから、そりゃあ観光できるような街じゃないのはわかるけど、それにしたって何もない。


 時間を潰そうにも、ベンチにでも座って、空を見上げながらぼーっとするくらいしか手段がないよ。



 ……っていうか、まさに今、そういう状態なんだけどね。


 ここは、街の北側にあった小さな公園の中。

 周囲を木々に囲まれた、静かな空間だ。


 園内にはいくつか遊具があるけど、どれもかなり老朽化していて、もちろん子供の姿なんてどこにも無い。


 いや、私以外誰もいない。


「……」

 懐中時計を取り出して、時間を確認。


 ルイスたちと別れてから、まだ30分くらいか。

 ほかに時間を潰せそうな場所も無さそうだし、ここでだらだらしていよう。


「はぁ~あ」

 溜め息と共に声を発し、ベンチの背もたれに身体を預けて脱力する。


「暇そうだね、ティナ」

「――!」

 突然の声に、身体が飛び跳ねた。急激に鼓動が激しくなって、ちょっと苦しい。


「…………あ」

 ベンチの後ろ、私の背後に、1人の男性が立っていた。見知った顔だ。


 鼓動が、さらに激しくなっていく。


「久しぶりだね。まさかこんなところで会えるなんて思ってなかったよ」


「ローレンツ……?」


 そこにいたのは、金の髪と暗い緑の瞳を持つ、長身の青年。

 私が出会った1人目のAAAランク傭兵、ローレンツ・キストラー。


 私だって、こんなところで会えるなんて思ってない。

 信じられない思いで、彼の顔を見つめ続ける。


 ……言葉が、出ない。


「ティナ?」

「――えっ? わぁっ!」

 気付けば、ローレンツの綺麗な顔がすぐ近くにあった。


「疲れているみたいだね。ここには、仕事で来たのかな?」

 言いながら、私から顔を離す。


「えっと、あの、……仕事っていうか、依頼を受けたのは私じゃなくて、私は付き添いで来たというか……」


「ふぅん。誰の付き添い?」

「えっと……」

 あれ? どうして私、言葉に詰まってるんだ?


 言えばいいじゃん。ルイスの付き添いだって。


「お父さんの友達に、国境地帯視察に一緒に来ないかって誘われて……」


「国境地帯視察? ということは、もしかしてルイス・キルマイヤーさんかな?」

「え? 知ってるの?」

 驚き、すぐに、そりゃ知ってるだろと思い直す。


 だってほら、同じAAAランク傭兵なわけだし。


「もちろん知ってるさ。同じランクだからね」

 ほら、やっぱり。


「でも、付き合いは無いよ。ほとんど面識も無いしね」

 へぇ、そうなんだ。ちょっと意外。


 AAAランク傭兵だけで集まって、情報交換とかしてるのかと思ってた。


「それで今、ルイスさんはどこに?」

 言ってから、辺りを見渡すローレンツ。


「あ、えっと、今はちょっと取材を受けてて」

「取材?」

 ローレンツは不思議そうな顔をする。


「うん。さっき、スクルド新聞社の記者さんに会ってね。たぶん、AAAランク傭兵の取材ってことなんだと思うけど……」

 するとローレンツは、「AAAランクの取材、か」と呟く。


「もしかしたら、僕のところにも来るかもしれないね、その記者さん」

 そう言って、微妙な笑みを浮かべるローレンツ。


「ああ、来るかもね」

 自然と、口元が綻ぶ。


「ねぇ。隣、座ってもいいかな?」

「え?」

 ローレンツは、私の隣を指差している。


 少し収まりかけていた鼓動が、また速くなり始めた。


「……い、いいけど?」

 ドキドキしながら、少し横にずれてスペースを空ける。


 ローレンツは「ありがとう」と言って、そこへ腰を下ろした。




 静まり返った公園。公園だけじゃない。街も静か。

 鳥の声くらいしか、そこには無い。


 うわ~、どうしよどうしよ。


 えっと、黙ってたら気まずいよね。何か話さないと。

 話題、話題……。


「……この街には、仕事で来たの?」

 よし。会話の糸口を見つけたぞ。


「いや、ちょっと立ち寄っただけだよ。南部はファミリアが多いからね。時々足を運んで、地元の傭兵の手伝いをしたりするんだ。今日も、この辺りで仕事だよ」


「へぇ、そうなんだ」

 ……会話、終了。


 駄目じゃん!

 もっと話を膨らませなくちゃ!


 ……いや、ほかの話題を探そう。

 えっと、えぇっと……。


 ……あっ、そうだ!


「あ、あのね、この前、ハイディマリーさんに会ったよ」

 そう言って隣に顔を向けると、緑の瞳がすでに私を捉えていてドキッとする。


「ああ、聞いたよ。あの人の仕事の手伝いをしてくれたんだって? 僕からも礼を言うよ。ありがとう、ティナ」


「え、あ、いや、……うん」

 手伝った、というか、そもそもあれは仕事だったのか?



 大陸中央のブリュンヒルデ王国に本社を置く、ヘルヘイムという会社がある。

 芸術品のオークションを主催したり、娼館や孤児院を経営する、やたらと資金力のある会社だ。


 およそ1ヶ月間、私はそこの社員だった。

 いや、社員にさせられていた。


 ヘルヘイムの女社長、ハイディマリー・ロットナー。

 私は、彼女に汚い手を使われてマーセナリーライセンスを奪われ、無理矢理ヘルヘイムに入社させられたんだ。


 ……まぁ、その後はなぜかそこに馴染んでしまい、社内のごたごたに巻き込まれて痛い目に遭ったりもしたけれど、そのごたごたを解決するというのが仕事だったと言うのなら、ちょっとは手伝ったことになるのかもしれない。



「ハイディ、また君に会いたいって言ってたよ」

 ハイディって呼んでるんだ、あの人のこと。


 まぁ、本当の母親じゃないしね。

 きっと、あの人がそう呼べと言ったんだろう。


「今はちょっと会社が大変らしいけど、すぐに立て直して見せるって意気込んでたな。もし時間を作れたら、会いに行ってやってほしい。とても喜ぶと思う」

 微笑む彼に、私は「うん」と頷く。


「……!」

 そこで、あることを思い出す。



 ヘルヘイムの社員だった時、私はハイディマリーとある話をした。

 いや、話をしたというか、聞いちゃったというか……。



 どうしよう。聞いてみようかな。

 でも、違ったらどうしよう。


 でもでも、……やっぱり確かめたい!


「……あ、あのさ、ローレンツ。聞きたいことが、あるんだけど」

 意を決して、ローレンツの目を見つめる。


 彼は、「なんだい?」と穏やかな表情を崩さない。


「……ハイディマリーさんのところに帰るたびに、土産話をしてあげてるんだってね」

 あぁぁ、やっぱり、いきなり本題には入れないよぉ。


「え? ああ、うん。ハイディは、僕を本当の息子のように世話してくれたからね。だから僕も、ハイディを本当の母親だと思って接することにしてるんだ。旅をして家に帰ったら、親に土産話をするのは当たり前だろう?」

 優しい微笑みが、とてもまぶしい。思わず目を逸らす。


「えっと、あの、……それでさ、私のことも話してるとか、聞いたんだけど」

 あの人言ってたよね? 私の勘違いじゃないよね?


「うん、話したよ」

 それを聞き、再び彼の目を見る。


「どうして? どうして、私のことなんか……」

 緊張する。彼は何と答えるんだろう。


「それは……」

 しかし、なぜか彼はそこで口ごもる。


「それは?」

 じわっと、手のひらに汗が滲むのを感じる。何なの、この緊張感……。


 彼の目をじっと見て、答えを待つ。

 まだ? まだなの?


「ティナ!」

「――ひぇっ」

 大声で私の名を呼び、身体ごとこっちを向くローレンツ。びっくりしたぁ……。


 彼は、真剣な目つきで私を見つめている。強い眼光。目が離せない。


「――!」

 彼の両手が、私の肩を掴む。思わず、身体がビクッとなった。


 な、なに……?


「そのこと、なんだけどさ……」

 そのこと? ……ああ、私のことをハイディマリーに話した理由?


 ローレンツは私から目を逸らし、うろうろさせてから、また私に固定した。


「実は、初めて会った時から、君のことが気になっていたんだ」

「えっ?」

 初めて会った時から?


 それって……。


「それで、君のことを考えてる内にさ、その、……いつの間にか、好きになってた」


「……えっ?」

 今、言った?


 好きって、言った?


「ああっ、ごめん!」

「――えっ?」

 なんだなんだ?


「こういうことは、ちゃんと言わないと」

「?」


 私の肩を握る彼の手の力が、ちょっと増した。

 そして彼は、意を決したように表情を引き締める。



「ティナ。僕は、君のことが好きだ」

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