03-B
2日後の夜、目的地である終点のフォルケに到着。
駅を出て、街の中心部付近にあった宿の部屋を取る。もちろん、二部屋。
明日はいよいよ国境地帯へ向かう。
今夜の内に、しっかり長旅の疲れを取っておかないとね。
ルイスにも、同じことを言われた。
部屋の窓から、フォルケの街並みを眺める。
ここは二階。背の高い建物が少ないこの街を、遠くまで見渡せる。
着いた時も思ったけど、この街はとても穏やかだ。と言うより、人が少ないのかな。
まぁ、ヘルムヴィーゲとの国境近くなんて危険な場所に住みたいと思う人は、そう多くはないだろう。
そんなこの街が今も残っているのは、国境を守る防衛部隊の人たちが店などを利用しているからだと、ルイスは言っていた。
そうしてお金を落としてくれる人たちがいるから、この街はやっていけているんだと。
「……寝よ」
穏やかな夜風が入り込んでくる窓を閉め、ベッドへ向かう。
ちょっと固めのベッドに寝転がり、布団を掛ける。
大きく息を吐き、目をつぶる。
……戦場、かぁ。
一体、どんな感じなんだろう。
私はその中へ放り込まれるらしいけど、本当に大丈夫なのかな。
でも、やってやる。
シャノンの厳しい稽古に耐えた私なら、きっと大丈夫。
よぉし、見てなさいよ、ルイス。
あなたの助けなんて、要らないんだから!
翌日、フォルケから馬車に乗って東へ。
国境地帯のある低い山の稜線は、フォルケからでもよく見えていた。
今からあそこへ行く。
一体、どんな戦場が待っているのだろうか。
山の麓で馬車を降り、整備された山道を進む。
道の左右には深い森が広がっており、まだ朝だというのに薄暗い。
けれど、鳥や虫たちの声があるだけの、至って普通の森だ。
静かすぎて、私とルイスの足音が妙に大きく聞こえる。
……本当に、ここに戦場なんてあるんだろうか。
そんな疑惑は、山道を進むにつれて消えていくことになる。
山に入って1時間もしない内に、穏やかだった森の雰囲気が一変したんだ。
聴覚が捉えるのは、人間の声だけではない。耳障りな奇声。
あれは、ファミリアの声だろう。
つまりこれは、戦場の音。
さらに進めば、複数の足音や森の緑が揺れる音も届くようになる。
「見えてきたぞ」
「!」
歩きながら、前方を指さすルイス。見れば、進む先に一軒の建物が見える。
「……あれが、防衛部隊の詰め所ですか?」
「ああ。さぁ、あと少しだ」
すでにかなり近くなった戦いの音を気にしながら、少し早足にルイスの後を追った。
防衛部隊の詰め所は、一階建ての横に長い簡素な建物だった。
プレハブ小屋って奴だな。
入り口のドアは開けっ放しで、周囲には誰もいなかった。
中に入ってみると、いくつかのテーブルが並べられた中に、数人の男性たちの姿が見える。
あれが王国騎士かな。でも、なんか違和感が……。
彼らはすぐにこちらに気付く。
その中の数人はルイスが挨拶する前に慌てた様子で立ち上がり、ピシッと姿勢を正した。
「お待ちしておりましたよ、ルイス殿」
彼らの中で最も年長っぽい人が、そう言いながらゆっくりと立ち上がる。
「あれが、ここの部隊長だ。すぐに話をつけてくるから、ちょっとここで待ってろ」
そう言い残し、ルイスは男たちの方へ行ってしまった。
部隊長よりは若そうな男性たちの視線が、ちらちらと私に向けられているのがわかる。
とりあえず「どーも」などと小声で挨拶し、あとはルイスの話が終わるまで外に出ていることにした。
そして、あっさりと私の参戦許可が下りる。
1時間限定の、仮入隊扱いだ。
戦場はそこら中にいくらでもあるということで、ルイスや部隊長らに続いて、最も近い戦場へ。
そうして放り込まれた国境地帯での戦闘は、私の想像を超えていた。
「そっち! 4体行ったぞ!」
「また来ました! 数は20!」
王国騎士たちの怒号が飛び交う中、私は顔についた返り血を拭いつつ、すぐに次の標的へ向かう。
「くっ」
繰り出される猿型ファミリアの拳を躱し、一気に懐へ潜り込んで一閃。
赤い血とピンクの臓物が飛び散り、身体に付着する。
仲間が殺されたことに憤激したか、同じ型のファミリア5体が一斉に私へ肉薄してくる。
その顔は歪み、しわくちゃだ。耳障りな威嚇の声が、あらゆる方向からぶつけられる。
そんなものに、私が怯むことはない。
一番最初に飛び込んできた奴の腹部を貫き、そいつを串刺しにしたまま剣を振る。
串刺しになった奴もろとも、別の2体の身体が砕け散った。
すぐに身を低くして、2体の拳を回避。
身体を起こしつつ回転し、距離を取ろうとした1体の両足を切断。
落下したそいつに逃げる間も与えずに、頭部を貫く。
残った1体は木から木へと軽やかに移動し、逃げようとする。
「!」
そいつに意識を向けていたら、別の方向から別の声。
振り返れば、泥人形たちの群れがすぐそこにまで迫っていた。
以前戦ったことのあるゴーレムと似ているけど、そいつより遥かに俊敏なファミリアだ。
素早く周囲に目を走らせれば、展開している王国騎士たちはいずれも手一杯の様子。
つまり、こいつらは全て、私1人で倒さなくちゃいけないってわけだ。
考えている間にも間合いは詰まり、そして容赦無く襲いくる、泥人形たちの一斉攻撃。
まともに食らえば大怪我必至の拳の群れを、体勢を低くして全て避け、そのまま踏み込んで泥人形2体の足を両断。
バランスを崩しゆくそいつらの影から飛び出し、身体を回転させた勢いを乗せ、さらに2体の首を刎ねる。
しかし、泥人形たちは怯まない。
それどころか、崩れゆく仲間の身体を吸収して大きくなっていく。
……密集している状態で倒しちゃ駄目だな。
「うわっと」
一瞬、ヒヤリとした。
大きくなっても、その拳の速度は変わらない。
いや、わずかに速くなっているかもしれない。
そして、避けてもすぐに距離を詰められ、囲まれる。
こいつらの攻撃は、確かに速い。だけど、避けるのは容易だ。
避けた際に耳朶を叩く風切り音にも、感情は動かない。
……シャノンの攻撃に比べれば、こんなの止まっているのと同じだよ。
攻撃を誘い、避けて斬る。あとはその繰り返しだ。
1体ずつ確実に。可能であれば複数同時に。
臨機応変に対処し、さほどの時間をかけずに泥人形殲滅。
「まだ来るぞ!」
「気を抜くな! 攻めろ攻めろっ!」
……倒しても倒しても、敵は後から後から湧いてくる。
敵のレベルは大したことない。ルイスが言っていた通り、これなら、王国騎士でも対処可能だろう。
だけど、その数が半端じゃない。
息つく暇もないこんな連戦を、毎日一日中続けてるってことだよね?
ホント、想像以上だよ……。
その後に訪れた2ヶ所の詰め所付近でも、戦闘が繰り広げられていた。
ルイスが各部隊長に一言頼めば、すぐに私の参戦許可が下りる。
そうして仮入隊扱いで王国騎士たちに混じり、ファミリアと戦うことに。
1時間休憩無しで。
一方ルイスは、部隊長と談笑したり、騎士や私の戦いについて語り合ったりしていた。
戦いに加わる素振りなんて全く見せないし、結局最後までその姿勢は変わらない。
……まぁ、確かに視察だね、あれは。
本当に見てるだけだもん。
そういった不満はあったものの、騎士たちが私の力を認めていく様を見るのは、ちょっと気分が良かったかな。
戦闘に加わった時は邪険にされたりするんだけど、戦闘が進むにつれ、私の実力を認め、頼ってくれるようになっていく。
戦闘が終われば、私の周囲に集まってきて、口々に称賛の言葉をかけてくる。
あんなにたくさんの人たちから褒められた経験なんて無いから、純粋に嬉しかった。
照れ臭くもあったけどね。
フォルケへ帰る馬車に乗る頃には、もう辺りは真っ暗。
民家も明かりもなんにも無い道を、馬車に設置された小さな明かりだけを頼りに進む。
「今日1日、防衛部隊の仕事を体験してみてどうだった? 疲れたろ」
客室に取り付けられた淡い明かりに照らされる、ルイスの横顔。
その顔には、全く疲労感は無い。
それもそのはず。彼はずっと喋ってただけなのだから。
「……そりゃあ、疲れましたよ。ずっと動いてたんで」
私の返答は、ちょっとぶっきらぼうだったかもしれない。
ルイスは、「だろうな」と気にしていない様子。
私は小さく溜め息をつき、窓外を見やる。
だけど、そこにあるのはほとんど黒一色で、景色を楽しむことはできない。
仕方ないので、ルイスとの会話を続けることにした。
「……あの人たちは、毎日一日中ああやって戦ってるんですよね?」
「ああ。ヘルムヴィーゲから休む暇も無くファミリアが来るからな」
大変だなぁ。
「でも、あんまり強いファミリアはいませんでしたよね。今日はたまたま、そういう日だったんですか?」
「いや。ヘルムヴィーゲから来るのは、小型で足の速いファミリアがほとんどだ。総じて、戦闘能力は高くない。王国騎士では対処できないようなファミリアが来るのは、相当稀なことなんだ」
「それってもしかして、強いファミリアはヘルムヴィーゲの傭兵が倒してくれてるってことですか?」
「まぁ、そういうことだな。向こうの傭兵は強い敵には対処するが、弱い敵は重要視しない。それらが、まずヘルムヴィーゲ側の防衛部隊によって減らされ、そこをすり抜けた奴らを、オルトリンデの防衛部隊が相手するってわけだ」
あれでも、数は随分減ってるってことか。
どれだけファミリアがいるんだよ、ヘルムヴィーゲには。
「だが、それすらもすり抜けてしまう奴らがいる。減っていると言ってもあの数だ、全滅させるには手が足りない」
「そうやって国内に入ってきたファミリアを、私たち傭兵が倒すんですね」
ルイスは「ああ」と頷く。
……なんだか、複雑だな。
防衛部隊は、ファミリアを国内に侵入させないように戦っている。
でも、国内にファミリアが入ってこないと、私たち傭兵の仕事が減る。
もっとたくさん侵入してこいだなんて、口が裂けても言えない。
でも結局、傭兵側からすればそういうことになってしまう。
……まぁ、そんなことを言わなくても、ファミリア関係の仕事はいくらでもあるんだけどね。
結局、うまくバランスは保たれているってことか。
それが良いのか悪いのかは別として。
「……ところで、気になってたことがあるんですけど」
ふとあることを思い出し、ルイスの顔を見る。
「なんだ?」
「王国騎士って、その、普通の格好なんですね。鎧とか着込んでるイメージだったんですけど」
今日出会った王国騎士たちは、動きやすそうな普通の服を着ていた。
王国騎士って、もっとこう、綺麗な鎧を身に着けて、ガシャガシャ歩いてるイメージしかなかったから、とても印象的だったんだ。
「鎧は、昔の軍隊の名残だ。今は、ただの正装でしかない。城の衛兵などは鎧を着ているが、あれは軽量化された動きやすい物で、仕事着という位置付けだ。式典やパーティーなどの行事で身に着けている全身鎧が、君がイメージしている王国騎士の姿なんだろう」
「ああ、そうなんですか」
なるほどね。言われてみれば、パレードとかで行進してる王国騎士しか見たことないな。
そして、もう一つの質問がふと浮かぶ。
「あの、ルイスさん。話は変わるんですけど……」
「ん?」
「……私の才能、見ることができましたか?」
確か、それが私を連れてきた理由だったよね?
するとルイスは、「まあな」と笑みを浮かべた。
「それと、君は磨けばまだまだ光るということもわかったよ。まだまだ、強くなれる」
AAAランク傭兵がそう言うのなら、間違いないんだろう。
人に認められるのって、やっぱり嬉しい。
もっと頑張ろうって気持ちになるよ。