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マーセナリーガール -不完全な両想い-  作者: 海野ゆーひ
第03話「愛の告白・前編」
6/21

03-B

 2日後の夜、目的地である終点のフォルケに到着。

 駅を出て、街の中心部付近にあった宿の部屋を取る。もちろん、二部屋。



 明日はいよいよ国境地帯へ向かう。

 今夜の内に、しっかり長旅の疲れを取っておかないとね。


 ルイスにも、同じことを言われた。




 部屋の窓から、フォルケの街並みを眺める。

 ここは二階。背の高い建物が少ないこの街を、遠くまで見渡せる。



 着いた時も思ったけど、この街はとても穏やかだ。と言うより、人が少ないのかな。


 まぁ、ヘルムヴィーゲとの国境近くなんて危険な場所に住みたいと思う人は、そう多くはないだろう。


 そんなこの街が今も残っているのは、国境を守る防衛部隊の人たちが店などを利用しているからだと、ルイスは言っていた。

 そうしてお金を落としてくれる人たちがいるから、この街はやっていけているんだと。



「……寝よ」

 穏やかな夜風が入り込んでくる窓を閉め、ベッドへ向かう。


 ちょっと固めのベッドに寝転がり、布団を掛ける。

 大きく息を吐き、目をつぶる。



 ……戦場、かぁ。

 一体、どんな感じなんだろう。


 私はその中へ放り込まれるらしいけど、本当に大丈夫なのかな。


 でも、やってやる。

 シャノンの厳しい稽古に耐えた私なら、きっと大丈夫。


 よぉし、見てなさいよ、ルイス。

 あなたの助けなんて、要らないんだから!




 翌日、フォルケから馬車に乗って東へ。


 国境地帯のある低い山の稜線は、フォルケからでもよく見えていた。

 今からあそこへ行く。

 一体、どんな戦場が待っているのだろうか。




 山の麓で馬車を降り、整備された山道を進む。


 道の左右には深い森が広がっており、まだ朝だというのに薄暗い。

 けれど、鳥や虫たちの声があるだけの、至って普通の森だ。

 静かすぎて、私とルイスの足音が妙に大きく聞こえる。


 ……本当に、ここに戦場なんてあるんだろうか。




 そんな疑惑は、山道を進むにつれて消えていくことになる。


 山に入って1時間もしない内に、穏やかだった森の雰囲気が一変したんだ。


 聴覚が捉えるのは、人間の声だけではない。耳障りな奇声。

 あれは、ファミリアの声だろう。


 つまりこれは、戦場の音。

 さらに進めば、複数の足音や森の緑が揺れる音も届くようになる。




「見えてきたぞ」

「!」

 歩きながら、前方を指さすルイス。見れば、進む先に一軒の建物が見える。


「……あれが、防衛部隊の詰め所ですか?」

「ああ。さぁ、あと少しだ」


 すでにかなり近くなった戦いの音を気にしながら、少し早足にルイスの後を追った。




 防衛部隊の詰め所は、一階建ての横に長い簡素な建物だった。

 プレハブ小屋って奴だな。


 入り口のドアは開けっ放しで、周囲には誰もいなかった。

 中に入ってみると、いくつかのテーブルが並べられた中に、数人の男性たちの姿が見える。


 あれが王国騎士かな。でも、なんか違和感が……。


 彼らはすぐにこちらに気付く。

 その中の数人はルイスが挨拶する前に慌てた様子で立ち上がり、ピシッと姿勢を正した。


「お待ちしておりましたよ、ルイス殿」

 彼らの中で最も年長っぽい人が、そう言いながらゆっくりと立ち上がる。


「あれが、ここの部隊長だ。すぐに話をつけてくるから、ちょっとここで待ってろ」

 そう言い残し、ルイスは男たちの方へ行ってしまった。


 部隊長よりは若そうな男性たちの視線が、ちらちらと私に向けられているのがわかる。

 とりあえず「どーも」などと小声で挨拶し、あとはルイスの話が終わるまで外に出ていることにした。




 そして、あっさりと私の参戦許可が下りる。

 1時間限定の、仮入隊扱いだ。


 戦場はそこら中にいくらでもあるということで、ルイスや部隊長らに続いて、最も近い戦場へ。




 そうして放り込まれた国境地帯での戦闘は、私の想像を超えていた。


「そっち! 4体行ったぞ!」

「また来ました! 数は20!」


 王国騎士たちの怒号が飛び交う中、私は顔についた返り血を拭いつつ、すぐに次の標的へ向かう。


「くっ」

 繰り出される猿型ファミリアの拳を躱し、一気に懐へ潜り込んで一閃。


 赤い血とピンクの臓物が飛び散り、身体に付着する。


 仲間が殺されたことに憤激したか、同じ型のファミリア5体が一斉に私へ肉薄してくる。

 その顔は歪み、しわくちゃだ。耳障りな威嚇の声が、あらゆる方向からぶつけられる。


 そんなものに、私が怯むことはない。


 一番最初に飛び込んできた奴の腹部を貫き、そいつを串刺しにしたまま剣を振る。

 串刺しになった奴もろとも、別の2体の身体が砕け散った。


 すぐに身を低くして、2体の拳を回避。

 身体を起こしつつ回転し、距離を取ろうとした1体の両足を切断。

 落下したそいつに逃げる間も与えずに、頭部を貫く。


 残った1体は木から木へと軽やかに移動し、逃げようとする。


「!」


 そいつに意識を向けていたら、別の方向から別の声。

 振り返れば、泥人形たちの群れがすぐそこにまで迫っていた。


 以前戦ったことのあるゴーレムと似ているけど、そいつより遥かに俊敏なファミリアだ。


 素早く周囲に目を走らせれば、展開している王国騎士たちはいずれも手一杯の様子。

 つまり、こいつらは全て、私1人で倒さなくちゃいけないってわけだ。


 考えている間にも間合いは詰まり、そして容赦無く襲いくる、泥人形たちの一斉攻撃。


 まともに食らえば大怪我必至の拳の群れを、体勢を低くして全て避け、そのまま踏み込んで泥人形2体の足を両断。


 バランスを崩しゆくそいつらの影から飛び出し、身体を回転させた勢いを乗せ、さらに2体の首を刎ねる。


 しかし、泥人形たちは怯まない。

 それどころか、崩れゆく仲間の身体を吸収して大きくなっていく。


 ……密集している状態で倒しちゃ駄目だな。


「うわっと」

 一瞬、ヒヤリとした。


 大きくなっても、その拳の速度は変わらない。

 いや、わずかに速くなっているかもしれない。


 そして、避けてもすぐに距離を詰められ、囲まれる。


 こいつらの攻撃は、確かに速い。だけど、避けるのは容易だ。

 避けた際に耳朶を叩く風切り音にも、感情は動かない。


 ……シャノンの攻撃に比べれば、こんなの止まっているのと同じだよ。


 攻撃を誘い、避けて斬る。あとはその繰り返しだ。

 1体ずつ確実に。可能であれば複数同時に。


 臨機応変に対処し、さほどの時間をかけずに泥人形殲滅。


「まだ来るぞ!」

「気を抜くな! 攻めろ攻めろっ!」


 ……倒しても倒しても、敵は後から後から湧いてくる。


 敵のレベルは大したことない。ルイスが言っていた通り、これなら、王国騎士でも対処可能だろう。

 だけど、その数が半端じゃない。


 息つく暇もないこんな連戦を、毎日一日中続けてるってことだよね?


 ホント、想像以上だよ……。




 その後に訪れた2ヶ所の詰め所付近でも、戦闘が繰り広げられていた。


 ルイスが各部隊長に一言頼めば、すぐに私の参戦許可が下りる。

 そうして仮入隊扱いで王国騎士たちに混じり、ファミリアと戦うことに。

 1時間休憩無しで。


 一方ルイスは、部隊長と談笑したり、騎士や私の戦いについて語り合ったりしていた。

 戦いに加わる素振りなんて全く見せないし、結局最後までその姿勢は変わらない。


 ……まぁ、確かに視察だね、あれは。

 本当に見てるだけだもん。


 そういった不満はあったものの、騎士たちが私の力を認めていく様を見るのは、ちょっと気分が良かったかな。


 戦闘に加わった時は邪険にされたりするんだけど、戦闘が進むにつれ、私の実力を認め、頼ってくれるようになっていく。

 戦闘が終われば、私の周囲に集まってきて、口々に称賛の言葉をかけてくる。


 あんなにたくさんの人たちから褒められた経験なんて無いから、純粋に嬉しかった。

 照れ臭くもあったけどね。




 フォルケへ帰る馬車に乗る頃には、もう辺りは真っ暗。

 民家も明かりもなんにも無い道を、馬車に設置された小さな明かりだけを頼りに進む。



「今日1日、防衛部隊の仕事を体験してみてどうだった? 疲れたろ」


 客室に取り付けられた淡い明かりに照らされる、ルイスの横顔。

 その顔には、全く疲労感は無い。


 それもそのはず。彼はずっと喋ってただけなのだから。


「……そりゃあ、疲れましたよ。ずっと動いてたんで」

 私の返答は、ちょっとぶっきらぼうだったかもしれない。


 ルイスは、「だろうな」と気にしていない様子。


 私は小さく溜め息をつき、窓外を見やる。

 だけど、そこにあるのはほとんど黒一色で、景色を楽しむことはできない。

 仕方ないので、ルイスとの会話を続けることにした。


「……あの人たちは、毎日一日中ああやって戦ってるんですよね?」


「ああ。ヘルムヴィーゲから休む暇も無くファミリアが来るからな」

 大変だなぁ。


「でも、あんまり強いファミリアはいませんでしたよね。今日はたまたま、そういう日だったんですか?」


「いや。ヘルムヴィーゲから来るのは、小型で足の速いファミリアがほとんどだ。総じて、戦闘能力は高くない。王国騎士では対処できないようなファミリアが来るのは、相当稀なことなんだ」


「それってもしかして、強いファミリアはヘルムヴィーゲの傭兵が倒してくれてるってことですか?」


「まぁ、そういうことだな。向こうの傭兵は強い敵には対処するが、弱い敵は重要視しない。それらが、まずヘルムヴィーゲ側の防衛部隊によって減らされ、そこをすり抜けた奴らを、オルトリンデの防衛部隊が相手するってわけだ」


 あれでも、数は随分減ってるってことか。

 どれだけファミリアがいるんだよ、ヘルムヴィーゲには。


「だが、それすらもすり抜けてしまう奴らがいる。減っていると言ってもあの数だ、全滅させるには手が足りない」


「そうやって国内に入ってきたファミリアを、私たち傭兵が倒すんですね」

 ルイスは「ああ」と頷く。


 ……なんだか、複雑だな。


 防衛部隊は、ファミリアを国内に侵入させないように戦っている。

 でも、国内にファミリアが入ってこないと、私たち傭兵の仕事が減る。


 もっとたくさん侵入してこいだなんて、口が裂けても言えない。

 でも結局、傭兵側からすればそういうことになってしまう。


 ……まぁ、そんなことを言わなくても、ファミリア関係の仕事はいくらでもあるんだけどね。


 結局、うまくバランスは保たれているってことか。

 それが良いのか悪いのかは別として。


「……ところで、気になってたことがあるんですけど」

 ふとあることを思い出し、ルイスの顔を見る。


「なんだ?」


「王国騎士って、その、普通の格好なんですね。鎧とか着込んでるイメージだったんですけど」


 今日出会った王国騎士たちは、動きやすそうな普通の服を着ていた。


 王国騎士って、もっとこう、綺麗な鎧を身に着けて、ガシャガシャ歩いてるイメージしかなかったから、とても印象的だったんだ。


「鎧は、昔の軍隊の名残だ。今は、ただの正装でしかない。城の衛兵などは鎧を着ているが、あれは軽量化された動きやすい物で、仕事着という位置付けだ。式典やパーティーなどの行事で身に着けている全身鎧が、君がイメージしている王国騎士の姿なんだろう」


「ああ、そうなんですか」

 なるほどね。言われてみれば、パレードとかで行進してる王国騎士しか見たことないな。


 そして、もう一つの質問がふと浮かぶ。


「あの、ルイスさん。話は変わるんですけど……」

「ん?」


「……私の才能、見ることができましたか?」

 確か、それが私を連れてきた理由だったよね?


 するとルイスは、「まあな」と笑みを浮かべた。


「それと、君は磨けばまだまだ光るということもわかったよ。まだまだ、強くなれる」

 AAAランク傭兵がそう言うのなら、間違いないんだろう。


 人に認められるのって、やっぱり嬉しい。

 もっと頑張ろうって気持ちになるよ。

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