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マーセナリーガール -不完全な両想い-  作者: 海野ゆーひ
第03話「愛の告白・前編」
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03-A

「終わったぁ……」

 びっくりするくらいに掠れた自分の声を聞きながら、前のめりに地面に倒れ込む。


 苦しい。すぐさま仰向けになる。


 視界いっぱいに、白い雲がゆったりと流れていく青い空。

 耳には、自分の荒い呼吸音。その先にわずかに聞こえるのは、鳥のさえずりか。


「今日はこのくらいにしましょう」

 近寄ってくる足音。


 私は呼吸を整えながら、ゆっくりと首を巡らせ、その人物を見上げる。

 そこには、腰に手を当てて私を見下ろす、黒髪の美女の姿があった。


「体力だけは、そこそこついたようね。ようやく、4時間ぶっ通しで走れるようになったじゃない」

 そう言って、美女は口の端を上げた。


 そう。私はさっきまで走っていた。走って片道約1時間のコースを、2往復。

 しかも、途中で休憩を一切挟まずに、だ。


 もう駄目。もう動けない。身体中の水が抜けきったんじゃないだろうか。

 現に、声が出ない。かすっかすだ。


「でも、走った後に倒れてしまうようじゃ、まだまだね」

 無茶言わないでほしい。あんなの、倒れるに決まってる。


 改めて、トレーニングウェア姿の美女、シャノンを見やる。

 ……この人も、一緒に走ってたんだよなぁ。


 見たとこ、疲れている様子は無い。息も乱れていないし、いつも通りだ。

 その底無しの体力に、私は毎日驚かされ、悔しい思いを味わわされている。


 くそっ。負けてられない。


「無理しないで、もう少し寝ていてもいいのよ?」


「いえ、もう大丈夫、です……」

 動かない身体を無理矢理動かし、上体を起こす。


 頭の上から、だらだらと汗が流れ落ちていく。


 ……正直、辛い。後悔だって、何度もした。

 だけど、途中で逃げ出すわけにはいかない。


 何より、私自身が頼み込んで実現したことなのだから。



 およそ2ヶ月前、マリサたちを連れてルイスの屋敷を訪れた際、私はシャノンにある頼み事をした。


 稽古をつけて下さい、と。


 マリサとのあの一戦で、私はシャノンの実力を目の当たりにした。

 彼女は、私がいくら頑張っても倒せなかったマリサを、軽々と圧倒して見せたんだ。


 そして私は、もしこの人に稽古をつけてもらえたら、もしかしたらマリサより強くなれるんじゃないかと考えた。


 その思いを包み隠さず話して頼み込んでみたら、なんとあっさりOK。

 以降、週に1回、2泊3日という日程で、シャノンの稽古を欠かさず受けに来ている。


 最初に「死ぬほど厳しくするわよ」と言っていた通り、彼女の稽古は死ぬほどキツイ。

 始めた当初は、あまりのキツさに何度も倒れ、何度も吐いた。


 最近では吐かなくはなったものの、相変わらずこうして倒れている。


 だって、4時間走る前に、シャノンと擬似剣を使って1時間も戦ってるんだよ?

 それで平然としているシャノンがおかしいんだって。



「さ、屋敷へ戻るわよ」

 すたすたと歩き始めるシャノン。


 ……大丈夫って言った途端、これだよ。ホントは大丈夫じゃないのに。


 私は溜め息一つ、彼女の後を追う。

 ふらふらと、時々転びそうになりながら。




 屋敷の玄関前までどうにか辿り着いた私は、シャノンの指示で現れた4人のメイドによって、浴室へ運び込まれた。

 今回だけじゃない。毎回これだ。


 以前、ファミリアから助けたヘザーというメイドと、リーナ、ゲルダ、ベティの3人。

 この4人のメイドたちは、どうやらこの時間を楽しみにしているようだ。

 私を裸に剥いて、お風呂に入れるこの時間を。


 最初の内は恥ずかしさもあったけど、今ではもうされるがまま。

 抵抗しようにも身体がうまく動かないんだから、身を委ねてしまった方が楽だ。


 それに、別に悪い気はしない。

 他人に身体を隅々まで洗われるのは、意外と心地良かったりする。


 変かな、私。




 そうして全身ぴかぴかすっきりした私は、またメイドたちによって運ばれる。


 向かう先は、3階の客室だ。

 ベッドの上に寝かされれば、すぐに眠気がやってきて、夕食の時間までぐっすり。




 夕食後は、庭で素振りをする。

 戦うわけじゃないので、持ってるのは木刀だ。


「はーい、あと1000回」


 ……ようやく半分終わった。すでに全身汗だくだ。


「もう完全に、1秒に1回ペースを崩さず振れるようになったわね。関心、関心」

 そう楽しげに言うシャノンは、私の横で同じように木刀を振っている。


 ……こっちは、喋る余裕なんて無い。

 ペースを乱さないようにするので精一杯だ。


「1時間戦い続けるのも、4時間走り続けるのも、ペースを崩さず2000回素振りするのも、2ヶ月でこれだけできるようになるなんて思ってなかったわ。基礎がしっかりしている証拠ね」


 基礎、か。


 傭兵になるために、父に剣を教わり始めた頃のことを思い出す。


「確か、お父さんに鍛えてもらったのよね? あのクレイグ・ロンベルクに鍛えてもらったのなら、これだけできるのも頷けるわ」

 そう言ってもらえると、結構嬉しい。


「体力の回復が早いのも、傭兵としては高評価ね。これは、あなた自身の素質かな」

 体力もそうだけど、怪我の回復も早い。


 でも、傭兵を目指す以前は、そんなこと無かった気がするんだけどな。

 私が忘れてるだけかなぁ。


「でも、肝心の戦闘がまだまだね。私から見たら、無駄な動きが多すぎて隙だらけだもの」


「う……」

 自分では、結構強くなった気でいたんだけどね。



 初めてシャノンと戦った時の衝撃は、忘れられない。

 全く反応できず、数えきれないくらいの攻撃を食らいまくって気絶しちゃったんだもん。


 あれでまた、マリサとの差を思い知ったね。



 そして2ヶ月経った今でも、私はまだ、シャノンに一発も攻撃を当てられずにいる。

 シャノンの稽古を受ければマリサに追いつけるかもなんて、私の考えが甘すぎた。


 はあ~あ。

 一体いつになったら、それを実現できることやら……。




 素振り2000回を終え、くたくたになっていた私のもとへ、ついさっき仕事から帰ってきたばかりのルイスがやってきた。


「今日も随分絞られたみたいだな、ティナ」

 そう言いながら、芝生の上にぐったりと座っている私の横で止まるルイス。


「どうだ、シャノン。ティナは強くなったか」

 問われたシャノンは、「ええ。少しは」と答える。


 少し、ね。

 ……反論はできないな。


「そうか。まぁ、シャノンの稽古にこれだけついてこられるのだから、才能があるのは間違いないな。さすが、クレイグの娘だ」

 その言葉が嬉しくて、自然と顔が上がる。


 顔に溜まっていた汗が、顎先からぼたぼたと流れ落ちた。


「その才能を、そろそろこの目で見てみたいと思っていたんだ」

「?」

 どういう意味?


 さらに顔を上げ、ルイスの顔を見る。


「シャノン。明日の稽古は休みにできないか?」

「?」

 どういうこと?


「それは構いませんけど、なぜですか?」

 シャノンに聞き返され、ルイスは私へ顔を向ける。


「ティナ。明日から、仕事でヘルムヴィーゲとの国境地帯に行くんだが、一緒に来ないか?」


「……え? 国境地帯?」


「ああ。国境地帯に、ファミリアの侵入を防ぐための防衛部隊が配備されていることは知っているな? その中のいくつかを視察しに行くんだ」


 防衛部隊、か。

 話では聞いたことがあるけど、実際に見たことは無い。


 確か、部隊を構成するのはほぼ王国騎士で、傭兵はほんの一握りだとかなんとか……。


「どうだ? ついてくるか?」

 答えを急かすルイス。


 その前に、聞いておきたいことがある。


「視察って、具体的に何をするんですか?」

「防衛部隊が、しっかり国境を守っているかどうかを見に行く。それだけだ」

「見に行くだけ、ですか?」


 私の才能を見てみたいって言っていたのは、何だったのか。

 それ、私がついていく意味、ある?


「見に行くだけと言っても、穏便には済まない。何しろ、ファミリアがうじゃうじゃいるからな」

「えっ?」


「俺が国から任されているのは、ヘルムヴィーゲとの国境地帯全域だ。まぁ、実際に行くのは部隊の詰め所だけなんだが、さすがに隣国が隣国だからな、行けば必ず戦場になっている」


 行けば必ず戦場って、……そんな話初めて聞いた。


 やたらと隣の国からファミリアが入ってくるから、もっといい加減にやってるのかと思っていたけど、実際はそうじゃないってことなのかな。


「戦うつもりは無くても、行けば戦わざるを得なくなる。そこで、視察ついでに君をその戦場へ放り込んでみようと思うんだが、どうかな?」

 いつもの調子で喋って微笑むルイスに、私は思わず眉根を寄せる。


 その戦場というのがどの程度のものなのかはわからない。

 だけど、そこへ放り込んでみたいだなんて、笑顔で言う?


「……強いファミリアとかも、いるんですか?」

 恐る恐る問うと、ルイスは「可能性はあるかもな」と曖昧に返してくる。


「まぁ、そこまで心配することはないさ。大半が、王国騎士連中でどうにかできるレベルのファミリアばかりだからな。それに、万が一危なくなったら、俺が助けてやる」

 そう言って、笑みを深めるルイス。


 ああ、なんと安心感のある言葉だろうか。

 ……なんて思うことができればよかったんだけど、安心感よりも不安感の方が何倍も強かった。




 結局私は、ルイスの国境地帯視察に同行することを決めた。


 シャノンの稽古どころか、来週まで家に帰れなくなりそうだ。

 何しろ国境地帯だ、着くまでに2日はかかる。



 仕事の日程としては、まず国境地帯から馬車で1時間の距離にあるフォルケという街で宿を取り、そこで一泊。

 そして、翌日フォルケを出発し、国境地帯にある防衛部隊の詰め所の一つへ向かう。


 訪問する詰め所は、全部で3ヶ所。


 1ヶ所の滞在時間が1時間で、詰め所から詰め所への移動時間の合計が大体10時間ということだから、フォルケの宿に帰るのは予定通りにいって13時間後ってところか。


 フォルケを朝出発したとしても、帰るのは夜になるな。


 で、そこから屋敷へ帰るのにまた2日。


 およそ5日間の2人旅だ。



 それだけの間帰れないからと、ルイスは家に手紙を出しておくよう私に言った。


 父もなかなか家に帰らないとなると、弟たちが2人で留守番することになってしまう。


 2人には、いつも通り2日だけ屋敷に泊まることしか伝えてないから、突然予定を変更したことを怒るだろうなぁ。

 手紙でだけじゃなくて、帰ったらもう一回謝ろう。




 翌朝、まだ薄暗いうちに屋敷を出発。汽車に乗って南東へ向かう。

 家族への手紙は、汽車に乗る前に出しておいた。




 シャノンの稽古を受け始めた当初は、一晩眠っても次の日に疲労感が残っていた。

 でも今は、そんなことはない。


 昨日あれだけくたくただったのにもかかわらず、疲れは全く残っていない。

 体調も万全だ。



 チラリと、向かいに座るルイスを見る。

 彼は、なぜか楽しそうな微笑を湛えて、窓外の自然を眺めていた。


 私の視線に気付いたか、その顔がこちらを向く。


「ん、どうした。俺の顔に、何かついているか?」

 慌てて「いいえ」と首を振ると、ルイスは視線を窓の外へ戻した。



 ……なんだろう。なんだか、落ち着かない。

 これから向かう場所に対して不安があるとか、……まぁ多少はあるんだけど、そうじゃなくて。


 この人と、……ルイスと二人きりという状況が、妙に落ち着かないんだ。


 理由はわからない。

 屋敷にいる時は、こんなことなかったのに。


 ……そういえば、二人きりになったことって無いな。

 今日が初めてだ。


 え? もしかして私、緊張してる?

 なんか鼓動が速いし、たぶんそうなんだろう。


 何しろこの人は、AAAランク傭兵なんだから。



 ……ホント、初めて聞いた時は驚いたなぁ。

 それなりのランクなんだろうなとは思ってたけど、まさかの頂点なんだもん。


 最初に会った時、私はランクまでは聞かなかったし、彼も話さなかった。

 別に隠していたわけじゃないって言ってたけど、AAAランクなんて、むしろ真っ先に伝えるべき情報じゃないの?



 まぁ、なんにせよ、そんな凄い人と一緒にいるんだもん。

 そりゃ緊張もするよ。


 でも、本当にそれが原因?


 ……もういい。考えるのやめやめ!


 落ち着いて、別のことを考えよう。

 え~っと、……そうだ。昨日のシャノンとの戦いを頭の中でおさらいしよう。


 えとえと、まず私が攻撃を仕掛けて……。

 それに対してシャノンがこう……。


 それで…………。

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