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マーセナリーガール -不完全な両想い-  作者: 海野ゆーひ
第02話「恋敵・後編」
4/21

02-B

 悔しげな表情のマリサは、再び攻撃を開始する。


 しかし、その動きは精細に欠いていた。

 おそらくだけど、攻撃が全く当たらないことに対し、少なからずショックを受けているんだと思う。

 それが精神的負担になって、動きにも現れているんじゃないだろうか。


 攻め込んでも攻撃は当たらず、攻め込まれれば攻撃を避けられない。

 あんなの、絶対キツイ。私だったら、途中で心が折れるよ。


 時計を見る。……もう時間が無い!


 シャノンの一撃が、マリサの腹部にめり込む。

 横には柔軟性があるけど、縦にはあまり曲がらない擬似剣の刀身。食らえば、それなりに衝撃があるはず。

 その証拠に、マリサは大きく目を見開き、咳き込んだ。


 ふらつく彼女を、シャノンは見逃したりしない。すでに次の攻撃に移っている。


 でも、マリサは諦めていなかった。


 シャノンの攻撃に合わせて反撃。全く防御はせずに、さらに攻め込む。

 一瞬、ヤケを起こしたのかと思ったけど、違った。


「お」

 意外そうな声を上げるルイス。


 私も、マリサの変化に気付いた。


 反撃をし始めた時は、シャノンの攻撃を食らいまくっていた。

 だけど次第に、その攻撃が当たらなくなっていく。


「あいつ、……動きに慣れてきてやがる」

 リュシーの言う通りだと思う。


 まるでさっきまでのシャノンのように、最低限の動きで攻撃を躱していくマリサ。


 それでも、攻めの姿勢を崩さないシャノン。顔も冷静なままだ。

 しかし次の瞬間、その顔に変化が起こる。


「あっ」

 思わず声が出た。


 なんと、ついさっきまで掠りもしなかったマリサの攻撃が、シャノンに当たるようになったんだ。

 しかも一撃だけじゃない。次々と当てていく。それは怒涛の勢いとなって、シャノンに襲いかかる。


 シャノンも負けてはいない。さらに速度と精度を上げた攻撃が、マリサに牙を剥いた。


 互いに攻め続ける。擬似剣の衝突音が響き渡る。


「……!」

 くそっ。こんなにいい勝負なのに、もう……。


「そこまでっ!」

 もっと見ていたい衝動を抑え、私は叫んだ。


 ビタッと、2人の剣が止まる。


 長いようで短い10分だった。


 激しく肩を上下させながら剣を下ろしたマリサは、その場にへたり込む。

 それとは対照的に、シャノンはほとんど息を乱していない。


「結果はどうなった?」

 ポイントを計算しているテッサとリュシーに、ルイスが声をかける。


 答えるのはテッサだ。


「1015対450で、シャノンさんの勝ちです」


「聞いたか? お前の勝ちだ」

 ルイスの声に、シャノンは「はい」と一言、マリサは悔しげに歯を噛みしめるという反応を返す。


 ……あのマリサが、ダブルスコアで負けた?

 嘘でしょ……?


 ルイスは、いつの間にか用意していたタオルをシャノンに渡し、もう一枚をマリサのもとまで歩み寄って差し出した。


 ゆらりと立ち上がったマリサは、おもむろにそれを受け取る。


「どうだ、うちのメイド長は。強いだろ」

 得意げに言い放つルイス。


 マリサは無言のまま、小さく頷いた。


「その子も強かったですよ。途中から、私の動きに完全についてきてましたから。久しぶりに、ヒヤッとする感覚を味わいました」

 タオルを首にかけたシャノンがそう言うと、ルイスは「そうだな」と頷く。


「お前の成長を見ることができて、俺は嬉しいよ、マリサ」

 優しく声をかけるルイスの顔を見上げ、しかしすぐに視線を逸らすマリサ。


「……でも、もしこれがファミリア相手なら、私は殺されてた。まだまだ、私は強くない」

 その小さな声は、少し震えていた。顔を見れば、それが悔しさから来ているものだというのが痛いほどわかる。


「やっぱり、その人の方が強いから、私を置いて行ったんだ。強い女性の方が好きなんだ……」

 マリサの目に、涙が滲んでいく。


 そんなマリサの頭をそっと撫でてから、ルイスは話を始めた。


「俺が本当にお前が言った通りの男なら、そもそも、お前たちの世話をすることはなかっただろうな。お前たちと出会う何年も前に、すでにシャノンに会っているのだから」

 マリサはハッとした顔になり、ルイスの目を見る。


「何も言わずにお前のもとから去ったことは、すまないと思っている」

 以前、マリサに聞いた通りの別れだったみたいだな。


「だが、俺はあれ以上、同じ場所に留まるわけにはいかなかったんだ。ヘルムヴィーゲ各地から呼ばれていたし、あの日も、仕事帰りに急遽別の仕事が入ってしまい、お前のもとへは戻れなかった」


「そう、だったの……」

 ゆっくりと俯くマリサ。


「仕事先から手紙を出したんだが、もうお前はあの家にはいなかったようだな。ひと月ぶりに帰った時には、ポストにその手紙が入ったままで、お前の姿は無かった」


「帰って、きたの?」

 マリサは再び顔を上げ、ルイスを見つめる。


「ああ。もしかしたら、1人で待っているかもしれなかったからな」

 静かに、見つめ合う2人。


「……だが、あれで良かったんだろうと今になって思う。こうして立派に傭兵になったお前と、また会うことができたのだから。信じていたよ、お前なら大丈夫だと」


 そして、テッサとリュシーへ顔を向けるルイス。


「お前たちのことも、信じていた。3人揃って来たということは、どうやら仲直りもできたみたいだしな」

 ニッと微笑むルイスに、テッサは「ええ」と頷き、リュシーは照れ臭そうに「まぁな」と呟く。


「あなたが私を捨てたわけじゃなかったということはわかった。でも、もう一つだけ、聞きたいことがある」

 視線を外さずに言うマリサに、ルイスは「なんだ?」と問いかける。


「あなたは、このシャノンって人のことをどう思っているの? 使用人と言っても、同じ場所で暮らしているわけだし、2人きりなんでしょう? だったら……」


「ああ、気に入ってる」


「ルイス様っ?」

 目を丸くするシャノン。


 気に入ってるって、なんだ?


「最初は、強引に俺にくっついてきて面倒な奴だと思っていたが、今では無くてはならない存在だよ」

 そんなことを言われ、シャノンは目をパチパチさせている。どう反応したらいいのかわからないって感じだ。


「それに、2人きりでここに住んでるわけじゃないぞ? ほかに4人、使用人がいるんだ。まぁ、今はちょっと出かけているが」

 あ、そういえばそうだった。事前に伝えておくのを忘れてた!


「違う。そんなことを聞きたいんじゃない。好きかどうかって聞いてるの。異性として」

 しかし、マリサは誤魔化されない。確かに、ルイスの言葉は答えにはなっていないか。


 ルイスは、「う~ん」とシャノンを見る。見られたシャノンは、ちょっと上目遣いになって答えを待っている風情だ。


「ああ、好きだな。異性として」


 なんともさらりとした答えだった。

 シャノンは、何を言われたのかまだ浸透していない様子。


 そして少しずつじわじわと、彼女の表情が変化していく。


「それは、本心ですか?」

 驚愕の表情で問いを紡ぐシャノンに、ルイスは「ああ、本心だ」と頷いて見せた。


「いい女だよ、お前は。使用人としても優秀、傭兵としても優秀。相棒にするならお前しかいない」


「……」


 その場の時が一瞬止まったのを、私ははっきりと感じ取った。


 相棒……? なにそれ。


「ルイス様ぁ……?」

 目を細め、声に苛立ちを乗せるシャノン。ルイスは「ん?」と、全く何も感じていない様子だ。


「まぁ、そういうわけだから、お前を選ぶわけにはいかないんだ、マリサ。悪いな」


 ポンと肩を叩かれたマリサは、眉を寄せ唇を引き結び、今にも暴れ出しそうな雰囲気だったけど、やがて大きく息を吸って吐き、顔も身体も脱力させた。


「どうした?」


「なんでもない」

 静かにそう返し、マリサは微笑を浮かべた。


 それはとても、すっきりとした表情だった。


 私の横にいるテッサとリュシーも、同じように息を吐き、笑う。


 ……一件落着なの? これ。

 もやもやしてるの、私だけ?




 その後、ルイスは私たちを屋敷に招き入れ、もてなしてくれた。


 さっきどこへ行こうとしていたのかを聞くと、いつもシャノンと近所をジョギングしているらしく、今日も出かけようとしたところで、私たちが訪ねてきたというわけだ。


 ちなみに、ほかの4人の使用人たちは今、オルトリンデ城にいるらしい。

 なんでも、使用人としての修行をしているとか。大変だなぁ。




 長旅の疲れもあるだろうということで、今日はルイスの屋敷に泊まっていくことになった。

 ……私は、別に長旅ってほどのことはしてないんだけど、まぁ付き合いってことで。


 宿泊場所は屋敷の三階。

 どうやら、あの後も使用人たちは頑張っていたようで、綺麗な客室が出来上がっていた。


 一部屋にベッドは二台。だから、私とマリサ、テッサとリュシーで一部屋ずつ使うことを決めた。


 そして今、寝る前に話をしようとテッサが言い出したことで、私とマリサの部屋に4人が集まっている。


 オイルランプの淡い明かりのもと、私たちはこれまでのことを語り合った。

 これまでと言っても、以前マリサたちと再会してから、あまり時は経っていないんだけどね。


 そして話題は、ルイスのことに移る。



「よかったの? あの人に何も言わなくて。あんたも好きだったんでしょ?」

 ニヤニヤしながら問いかけるテッサに、リュシーは「いいんだよ、もう」と面倒臭そうに答える。


 その目が、ベッドでごろごろしているマリサへ向く。


「あたしには、マリサほどの情熱は無かった。さっきのでよくわかったんだ」

 さっきのって、マリサとシャノンの一戦のことかな。


「それを確かめることができた。そういう意味じゃ、来て良かったのかもな」

 淡々としたリュシーの言葉に、テッサはちょっとつまらなそうに「ふーん」と呟く。


「そう言うあんたはどうなんだよ、テッサ。あいつに何か言いたいことは無ぇのかよ」

 お返しとばかりに問いかけるリュシー。


「私? 私は別に。相変わらずだなぁって思ったくらいかな」

「相変わらずって、何がだよ」

「んー? だからぁ、女心に鈍いなぁって。あれじゃあ、あのシャノンって人も苦労するよ」

 苦笑いを浮かべるテッサに、リュシーも「だな」と笑う。


「あんたも、諦めがついただろ? マリサ」

 その問いかけに、ベッドの上でひょこっと身体を起こすマリサ。


「私は、諦めない」


「おいおい。まさかここに通い詰める気かぁ? あたしはもう付き合わねぇぞ」

 呆れ顔のリュシー。テッサも苦笑いのままだ。


「違う。そんなことしない。ただ、思い続けるだけ。今までと変わらない」

 マリサの言葉に、テッサもリュシーも彼女を見る。私も、マリサの無表情な顔を見つめる。


「私たちはあの時、普通の女の子としての生活を捨てた。でも、捨てきれていなかった。だから、ここに来たの」

 そう言ってから、テッサとリュシーを交互に見るマリサ。


「付き合ってくれてありがとう、テッサ、リュシー。私はもう大丈夫。もう、ワガママは言わない」

 そしてマリサは、ごろりとまた寝転がる。


 テッサとリュシーは顔を見合わせ、「やれやれ」って感じで笑い合った。



 ……なんだか私、場違いな気がするなぁ。

 まぁいいか。今日はいろいろと、貴重なものが見られたし。



「!」

 そこで私は、あることを思いつく。



 なるほど。通い詰める、ねぇ……。


 許可が貰えるかはわからない。でも、言ってみなきゃ何も始まらない。

 明日、帰る前に頼み込んでみよう。



「おい。何ニヤついてんだよ、気色悪い」

 私の顔を見て、頬を歪めているリュシー。


 そんなに変な顔になってたのかな。


「え? 別に。何でもないよ」

 リュシーは目を細めたけど、それ以上追求してくることはなかった。



 ……ああ、良かった。今日この人たちに会えて。

 うまく行けば、私は強くなれる。


 いや、なってやる。マリサに、勝てるくらいに。

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