02-B
悔しげな表情のマリサは、再び攻撃を開始する。
しかし、その動きは精細に欠いていた。
おそらくだけど、攻撃が全く当たらないことに対し、少なからずショックを受けているんだと思う。
それが精神的負担になって、動きにも現れているんじゃないだろうか。
攻め込んでも攻撃は当たらず、攻め込まれれば攻撃を避けられない。
あんなの、絶対キツイ。私だったら、途中で心が折れるよ。
時計を見る。……もう時間が無い!
シャノンの一撃が、マリサの腹部にめり込む。
横には柔軟性があるけど、縦にはあまり曲がらない擬似剣の刀身。食らえば、それなりに衝撃があるはず。
その証拠に、マリサは大きく目を見開き、咳き込んだ。
ふらつく彼女を、シャノンは見逃したりしない。すでに次の攻撃に移っている。
でも、マリサは諦めていなかった。
シャノンの攻撃に合わせて反撃。全く防御はせずに、さらに攻め込む。
一瞬、ヤケを起こしたのかと思ったけど、違った。
「お」
意外そうな声を上げるルイス。
私も、マリサの変化に気付いた。
反撃をし始めた時は、シャノンの攻撃を食らいまくっていた。
だけど次第に、その攻撃が当たらなくなっていく。
「あいつ、……動きに慣れてきてやがる」
リュシーの言う通りだと思う。
まるでさっきまでのシャノンのように、最低限の動きで攻撃を躱していくマリサ。
それでも、攻めの姿勢を崩さないシャノン。顔も冷静なままだ。
しかし次の瞬間、その顔に変化が起こる。
「あっ」
思わず声が出た。
なんと、ついさっきまで掠りもしなかったマリサの攻撃が、シャノンに当たるようになったんだ。
しかも一撃だけじゃない。次々と当てていく。それは怒涛の勢いとなって、シャノンに襲いかかる。
シャノンも負けてはいない。さらに速度と精度を上げた攻撃が、マリサに牙を剥いた。
互いに攻め続ける。擬似剣の衝突音が響き渡る。
「……!」
くそっ。こんなにいい勝負なのに、もう……。
「そこまでっ!」
もっと見ていたい衝動を抑え、私は叫んだ。
ビタッと、2人の剣が止まる。
長いようで短い10分だった。
激しく肩を上下させながら剣を下ろしたマリサは、その場にへたり込む。
それとは対照的に、シャノンはほとんど息を乱していない。
「結果はどうなった?」
ポイントを計算しているテッサとリュシーに、ルイスが声をかける。
答えるのはテッサだ。
「1015対450で、シャノンさんの勝ちです」
「聞いたか? お前の勝ちだ」
ルイスの声に、シャノンは「はい」と一言、マリサは悔しげに歯を噛みしめるという反応を返す。
……あのマリサが、ダブルスコアで負けた?
嘘でしょ……?
ルイスは、いつの間にか用意していたタオルをシャノンに渡し、もう一枚をマリサのもとまで歩み寄って差し出した。
ゆらりと立ち上がったマリサは、おもむろにそれを受け取る。
「どうだ、うちのメイド長は。強いだろ」
得意げに言い放つルイス。
マリサは無言のまま、小さく頷いた。
「その子も強かったですよ。途中から、私の動きに完全についてきてましたから。久しぶりに、ヒヤッとする感覚を味わいました」
タオルを首にかけたシャノンがそう言うと、ルイスは「そうだな」と頷く。
「お前の成長を見ることができて、俺は嬉しいよ、マリサ」
優しく声をかけるルイスの顔を見上げ、しかしすぐに視線を逸らすマリサ。
「……でも、もしこれがファミリア相手なら、私は殺されてた。まだまだ、私は強くない」
その小さな声は、少し震えていた。顔を見れば、それが悔しさから来ているものだというのが痛いほどわかる。
「やっぱり、その人の方が強いから、私を置いて行ったんだ。強い女性の方が好きなんだ……」
マリサの目に、涙が滲んでいく。
そんなマリサの頭をそっと撫でてから、ルイスは話を始めた。
「俺が本当にお前が言った通りの男なら、そもそも、お前たちの世話をすることはなかっただろうな。お前たちと出会う何年も前に、すでにシャノンに会っているのだから」
マリサはハッとした顔になり、ルイスの目を見る。
「何も言わずにお前のもとから去ったことは、すまないと思っている」
以前、マリサに聞いた通りの別れだったみたいだな。
「だが、俺はあれ以上、同じ場所に留まるわけにはいかなかったんだ。ヘルムヴィーゲ各地から呼ばれていたし、あの日も、仕事帰りに急遽別の仕事が入ってしまい、お前のもとへは戻れなかった」
「そう、だったの……」
ゆっくりと俯くマリサ。
「仕事先から手紙を出したんだが、もうお前はあの家にはいなかったようだな。ひと月ぶりに帰った時には、ポストにその手紙が入ったままで、お前の姿は無かった」
「帰って、きたの?」
マリサは再び顔を上げ、ルイスを見つめる。
「ああ。もしかしたら、1人で待っているかもしれなかったからな」
静かに、見つめ合う2人。
「……だが、あれで良かったんだろうと今になって思う。こうして立派に傭兵になったお前と、また会うことができたのだから。信じていたよ、お前なら大丈夫だと」
そして、テッサとリュシーへ顔を向けるルイス。
「お前たちのことも、信じていた。3人揃って来たということは、どうやら仲直りもできたみたいだしな」
ニッと微笑むルイスに、テッサは「ええ」と頷き、リュシーは照れ臭そうに「まぁな」と呟く。
「あなたが私を捨てたわけじゃなかったということはわかった。でも、もう一つだけ、聞きたいことがある」
視線を外さずに言うマリサに、ルイスは「なんだ?」と問いかける。
「あなたは、このシャノンって人のことをどう思っているの? 使用人と言っても、同じ場所で暮らしているわけだし、2人きりなんでしょう? だったら……」
「ああ、気に入ってる」
「ルイス様っ?」
目を丸くするシャノン。
気に入ってるって、なんだ?
「最初は、強引に俺にくっついてきて面倒な奴だと思っていたが、今では無くてはならない存在だよ」
そんなことを言われ、シャノンは目をパチパチさせている。どう反応したらいいのかわからないって感じだ。
「それに、2人きりでここに住んでるわけじゃないぞ? ほかに4人、使用人がいるんだ。まぁ、今はちょっと出かけているが」
あ、そういえばそうだった。事前に伝えておくのを忘れてた!
「違う。そんなことを聞きたいんじゃない。好きかどうかって聞いてるの。異性として」
しかし、マリサは誤魔化されない。確かに、ルイスの言葉は答えにはなっていないか。
ルイスは、「う~ん」とシャノンを見る。見られたシャノンは、ちょっと上目遣いになって答えを待っている風情だ。
「ああ、好きだな。異性として」
なんともさらりとした答えだった。
シャノンは、何を言われたのかまだ浸透していない様子。
そして少しずつじわじわと、彼女の表情が変化していく。
「それは、本心ですか?」
驚愕の表情で問いを紡ぐシャノンに、ルイスは「ああ、本心だ」と頷いて見せた。
「いい女だよ、お前は。使用人としても優秀、傭兵としても優秀。相棒にするならお前しかいない」
「……」
その場の時が一瞬止まったのを、私ははっきりと感じ取った。
相棒……? なにそれ。
「ルイス様ぁ……?」
目を細め、声に苛立ちを乗せるシャノン。ルイスは「ん?」と、全く何も感じていない様子だ。
「まぁ、そういうわけだから、お前を選ぶわけにはいかないんだ、マリサ。悪いな」
ポンと肩を叩かれたマリサは、眉を寄せ唇を引き結び、今にも暴れ出しそうな雰囲気だったけど、やがて大きく息を吸って吐き、顔も身体も脱力させた。
「どうした?」
「なんでもない」
静かにそう返し、マリサは微笑を浮かべた。
それはとても、すっきりとした表情だった。
私の横にいるテッサとリュシーも、同じように息を吐き、笑う。
……一件落着なの? これ。
もやもやしてるの、私だけ?
その後、ルイスは私たちを屋敷に招き入れ、もてなしてくれた。
さっきどこへ行こうとしていたのかを聞くと、いつもシャノンと近所をジョギングしているらしく、今日も出かけようとしたところで、私たちが訪ねてきたというわけだ。
ちなみに、ほかの4人の使用人たちは今、オルトリンデ城にいるらしい。
なんでも、使用人としての修行をしているとか。大変だなぁ。
長旅の疲れもあるだろうということで、今日はルイスの屋敷に泊まっていくことになった。
……私は、別に長旅ってほどのことはしてないんだけど、まぁ付き合いってことで。
宿泊場所は屋敷の三階。
どうやら、あの後も使用人たちは頑張っていたようで、綺麗な客室が出来上がっていた。
一部屋にベッドは二台。だから、私とマリサ、テッサとリュシーで一部屋ずつ使うことを決めた。
そして今、寝る前に話をしようとテッサが言い出したことで、私とマリサの部屋に4人が集まっている。
オイルランプの淡い明かりのもと、私たちはこれまでのことを語り合った。
これまでと言っても、以前マリサたちと再会してから、あまり時は経っていないんだけどね。
そして話題は、ルイスのことに移る。
「よかったの? あの人に何も言わなくて。あんたも好きだったんでしょ?」
ニヤニヤしながら問いかけるテッサに、リュシーは「いいんだよ、もう」と面倒臭そうに答える。
その目が、ベッドでごろごろしているマリサへ向く。
「あたしには、マリサほどの情熱は無かった。さっきのでよくわかったんだ」
さっきのって、マリサとシャノンの一戦のことかな。
「それを確かめることができた。そういう意味じゃ、来て良かったのかもな」
淡々としたリュシーの言葉に、テッサはちょっとつまらなそうに「ふーん」と呟く。
「そう言うあんたはどうなんだよ、テッサ。あいつに何か言いたいことは無ぇのかよ」
お返しとばかりに問いかけるリュシー。
「私? 私は別に。相変わらずだなぁって思ったくらいかな」
「相変わらずって、何がだよ」
「んー? だからぁ、女心に鈍いなぁって。あれじゃあ、あのシャノンって人も苦労するよ」
苦笑いを浮かべるテッサに、リュシーも「だな」と笑う。
「あんたも、諦めがついただろ? マリサ」
その問いかけに、ベッドの上でひょこっと身体を起こすマリサ。
「私は、諦めない」
「おいおい。まさかここに通い詰める気かぁ? あたしはもう付き合わねぇぞ」
呆れ顔のリュシー。テッサも苦笑いのままだ。
「違う。そんなことしない。ただ、思い続けるだけ。今までと変わらない」
マリサの言葉に、テッサもリュシーも彼女を見る。私も、マリサの無表情な顔を見つめる。
「私たちはあの時、普通の女の子としての生活を捨てた。でも、捨てきれていなかった。だから、ここに来たの」
そう言ってから、テッサとリュシーを交互に見るマリサ。
「付き合ってくれてありがとう、テッサ、リュシー。私はもう大丈夫。もう、ワガママは言わない」
そしてマリサは、ごろりとまた寝転がる。
テッサとリュシーは顔を見合わせ、「やれやれ」って感じで笑い合った。
……なんだか私、場違いな気がするなぁ。
まぁいいか。今日はいろいろと、貴重なものが見られたし。
「!」
そこで私は、あることを思いつく。
なるほど。通い詰める、ねぇ……。
許可が貰えるかはわからない。でも、言ってみなきゃ何も始まらない。
明日、帰る前に頼み込んでみよう。
「おい。何ニヤついてんだよ、気色悪い」
私の顔を見て、頬を歪めているリュシー。
そんなに変な顔になってたのかな。
「え? 別に。何でもないよ」
リュシーは目を細めたけど、それ以上追求してくることはなかった。
……ああ、良かった。今日この人たちに会えて。
うまく行けば、私は強くなれる。
いや、なってやる。マリサに、勝てるくらいに。