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マーセナリーガール -不完全な両想い-  作者: 海野ゆーひ
第02話「恋敵・後編」
3/21

02-A

 およそ2時間の汽車の旅を終えた私たちは、馬車に乗り換えてさらに南下。




 そして1時間近く経った頃、目的地の小高い丘が見えてきた。


「あそこだよ。あの丘の上にあるお屋敷に、ルイスさんが住んでるの」

 緑で覆われた丘の上を指差すと、マリサとリュシーが同時に動き出し、客室の窓に貼り付いた。




 森の中の緩やかな坂を上りきった先で馬車を降り、みんな揃って屋敷を見上げる。


「ここに、あいつがいるのか」

 リュシーが呟くと、それとほぼ同時にマリサが歩き出す。


「あ、おい! 待てよ!」

 その後を慌ててリュシーが追い、私とテッサも続く。


 屋敷前の広い庭を歩き、玄関へ。

 もう少しで辿り着くというところで、ガチャッと音がして、目前に迫った玄関のドアが開いた。

 私たちは足を止め、出てくる人物を待つ。


 そして現れたのは、トレーニングウェア姿の2人組。1人はルイス。もう1人は、……あれは確か、メイド長のシャノン、だったっけ。


「ん」

 すぐに、私たちの存在に気付くルイス。


 直後、マリサが彼に向かって駆け出した。

 そのままルイスに抱きつくのかと思ったけど、それは阻止される。


 瞬時にルイスの前に立ち塞がった、シャノンによって。


「待ちなさい。誰なの、あなた」

 マリサを睨みつけるシャノン。その顔は、警戒心一色だ。


 無理もない。見ず知らずの少女が、いきなり主人に駆け寄ってきたのだから。


「マリサ?」

 ルイスの声に、シャノンは「え?」と彼を振り返る。


「あっ」

 その一瞬の隙をついてシャノンの防衛網を突破したマリサは、予想通り、ルイスに抱きついた。


「うおっ!」

 声を上げ、マリサの勢いを殺しきれずに後ろへよろめくルイス。


「ととと……」

 どうにか体勢を整えたルイスは、自分にしがみつくマリサを見下ろす。


「ちょっとあなた! 離れなさい!」

 マリサの肩を掴んで引き剥がそうとするシャノンを、ルイスは「いいんだ」と制した。


「久しぶりだな、マリサ」

 そう言ってから、ルイスはリュシーとテッサへ視線を移す。


「お前たちも、久しぶりだな。テッサ。リュシー」

 微笑むルイスに、テッサは「お久しぶりです」、リュシーは「おう」と返す。


 ルイスの穏やかな瞳が、最後に私を捉える。


「君が、この子たちをここまで案内してくれたのか? ティナ」


「あっ、はい。カランカで偶然会って、ルイスさんにどうしても会いたいからと言われて、それで……」


「そうか、ありがとう。ご苦労だったな」


 ルイスはマリサの肩にそっと触れて、優しく引き剥がす。

 そしてその顔を見て、優しく笑う。


「おいおい、泣くなよ。そんなに俺に会いたかったのか」

 ここからでは、泣いているというマリサの顔は見えない。


 だけど、何度も頷く彼女が漏らした「うん」という声は、もうほとんど泣き声のようだった。




 ルイスがシャノンにマリサたちのことを紹介している間、マリサはずっとルイスの腕にしがみついて、シャノンを睨みつけていた。


 ……マリサって、こんなに感情豊かだったっけ?

 微笑でさえ珍しいのに、今はこう、なんだか普通の女の子に見える。


 だけどどうして、彼女はシャノンを睨んでるんだろう。


「そういえばあの頃、ルイス様は家にあまりお戻りにならないことがありましたね。はっきりと教えて下さらなかったので気になっていましたが、ようやく謎が解けました」

 シャノンの言葉に、ルイスは「悪かった」と苦笑。


 そういえばシャノンって、結構前からルイスの使用人なんだっけ。

 ルイスがマリサたちに剣を教えていた時にはすでに、こういう関係だったんだ。


「事前に連絡してから来ればよかったんですけど、なにぶんどこにお住まいなのかわからなくて」

 テッサの言葉に付け足すように、「そんな暇無かったけどな」とマリサに視線を送るリュシー。


「まぁ、突然だから驚いたが、またお前たちに会うことができて本当に良かった」


「あなた、何なの?」

 和やかな雰囲気になりつつあったところを、マリサの硬い声が空気を変えた。


 みんなの視線が、マリサに集まる。

 彼女は、ルイスの横にいるシャノンを、一層鋭い眼光で睨みつけていた。


「どうして、ルイスと一緒に住んでるの? この人とはどういう関係なの?」


 ああ、なるほど。

 ようやく、マリサがシャノンを睨む理由が理解できた。


「私? 私は、このお屋敷の使用人だけど」


「嘘言わないでっ!」

 そんな大きな声が出せたのかというくらいの怒声を放ち、ルイスの腕を放してシャノンの前に立つマリサ。


「ルイスはどう思っているのかわからないけど、あなたはルイスのことが好き」


「なっ」

 動揺するシャノン。シャノンだけじゃない。私たちもどよめいた。


 ルイスだけは、平然としている。


「ちょっと! 何を言い出すの、この子は……」

「しらばっくれても駄目。私にはわかる」


 思わずといった感じに、一歩下がるシャノン。

 この人がこんなに動揺するの、初めて見るな。


「それと、もう一つ」

 シャノンが下がった一歩分、マリサが詰め寄る。


「あなた、強いでしょ」

 ……? 強いって、どういう意味だ?


「ああ。シャノンは傭兵だからな」


「――!」

 なんだって? シャノンが、傭兵?


「やっぱり」

 マリサには、シャノンが只者ではないことがわかっていたようだ。


 でも一体、どこで見抜いたんだ?


 ……まぁ確かに、ただのメイドって感じじゃないなとは、以前会った時に思ったことがあるけどさ。

 でもまさか、傭兵だったなんて。聞いてないよ!


「私と、勝負して」


「はぁ?」

 突然の申し入れに、シャノンは眉を捻る。


 理解できていないのは、シャノンだけじゃない。私も、それにきっと、ほかのみんなもわかってない。

 ルイスだって、不思議そうな顔をしている。


 マリサは、そんな彼の方へ振り返る。


「あなたは、強い女性が好きなんでしょう? だったら私は、この人よりも強いということを証明する」


「おい! ちょっと待てって。落ち着けよ、マリサ」

 さすがに見かねたのか、リュシーが止めに入る。


「そうだよ、マリサ。ちゃんと話を聞いた方がいいよ」

 テッサも説得に加わる。


 しかし、マリサは2人の方は見ずに、ルイスと目を合わせたまま「黙ってて」と一蹴。


「あなた、いい加減に……」

 シャノンがマリサの肩に手を伸ばす。


「いいじゃないか、シャノン。戦いたいと言っているんだ、勝負してやれ」

 ルイスのその言葉に、シャノンの顔が強張る。


「ちょっ、ちょっと、ルイス様?」


「擬似剣ならあるから、それを使え。持ってくるからちょっと待ってろ」

 楽しげにそう言い残し、ルイスは屋敷の中へ戻っていった。


 残された私たちは、マリサ以外、開いた口が塞がらないのであった。




 数分で戻ってきたルイスの手には、2本の擬似剣が握られていた。


 真剣と同じデザインだけど、刀身には柔軟性があり、物を斬ることはできない。

 まぁ、いくら柔らかいといっても、当たれば痛いんだけどね。

 傭兵採用試験の二次試験を思い出すなぁ。


「時々、シャノンと手合わせする時に使っている物だ」

 ルイスはそう言って、マリサとシャノンに擬似剣を手渡した。


 彼の言葉にマリサの眉が一瞬寄ったのを、私は見逃さなかった。




 庭へ移動し、試合の準備をする。



 試合は、制限時間を10分に設定。私が時計係になった。


 攻撃は、擬似剣によるもののみ有効。

 各取得ポイントは、頭部20ポイント、胴体10ポイント、四肢5ポイント。

 リュシーがマリサの、テッサがシャノンのポイント計算係を務める。


 そしてルイスは観客だ。



 私たちの視線の先で、距離を取って向かい合う2人。

 両者共に真剣そのものの表情だけど、その度合いではマリサの方が勝っていた。


「あいつ、感情丸出しだな。大丈夫か?」

 リュシーが言った通り、マリサの顔は闘争心で塗り潰されているように見える。


 いつも冷静過ぎるほどに冷静な人なのに……。


「でも、なんだか貴重なものを見ちゃった感じだよね。あんなマリサ、私初めて見るよ」

 楽しげに言うテッサに、リュシーも「まぁな」と口の端を上げる。


「ティナさん。始めて」


「あ、うん!」

 マリサに指示され、自分の仕事を思い出す。


 一歩前に出て、右手を上げる。目だけ動かし、左手にある懐中時計の秒針を凝視。


 針が、12時のところまで、あと3、2、1……。


「始めっ!」

 勢いよく、右手を振り下ろす。


 次の瞬間、あれだけあった両者の間合いがゼロになった。

 柔らかな刃同士がぶつかる、鈍い音。


 力比べも一瞬。すぐに同時に距離を取り、攻防が始まる。


 冷静さを欠いていたマリサだったけど、それが私たちの思い過ごしであることがすぐに証明された。


 相手の動きをよく見て、わずかな隙も見逃さずに攻撃を放つ。そのいずれもが、ポイントの高い頭部を狙っている。

 そしてとにかく、手数が多い。もし私が彼女の相手だったら、そのほとんどを食らっていただろう。


「なっ……!」

 驚愕に目を見開く。驚いているのは私だけじゃない。テッサやリュシーが息を呑む気配を感じる。


 もちろん、マリサの戦いぶりは凄い。だけど、それ以上にシャノンの動きが信じられなかった。


 あれだけの速度を誇るマリサの攻撃を、全て躱していたんだ。

 刀身で受けるでもなく、必要最低限の動きで。


 シャノンが傭兵だと聞かされても、戦いが始まるまでは半信半疑だった。

 でも、今はもう完全に信じられる。っていうか、傭兵以外なかなかできないでしょ、あんな動き。


 長い黒髪が、舞うように動く。シャノンの表情は、冷たささえ感じるほどに冷静そのものだ。

 私はそんな彼女から、目が離せなくなっていた。


 なんて綺麗で、なんてカッコイイんだ……。


「すごいだろ、あいつ」

「――!」


 シャノンに心奪われていた私は、突然の声に驚き、我に返る。

 振り向けば、隣にはルイスの姿。いつの間に。


「メイドにしておくのは勿体無いよなぁ」


 懐中時計を見やる。まだ開始2分くらいだ。これなら、少しの間目を離しても大丈夫だろう。

 気になってることを聞いてやる。


「シャノンさんって、出身はどこなんですか?」

 まぁ、あの戦いぶりを見れば、予想はつくけど。


「ヘルムヴィーゲだ」

 やっぱり。


「シャノンさんとは、ヘルムヴィーゲで出会ったんですか?」

 ルイスは「ああ」と頷く。


「あいつはあの頃、天才と呼ばれていた。実際に戦っているところを見て、すぐに納得したよ。それでいて、周囲からどれだけ高評価を受けようと、決して驕ることはなかった。こいつは本物だなと思ったものさ」


 再び、試合へ目を戻す。

 マリサの怒涛の攻撃を、やはり確実に避け続けているシャノンの姿があった。


「淡々と、だが確実に、あいつは傭兵としての自分を高めていった。傭兵になって5年足らずでBランクまで上がれたのは、奇跡でもなんでもない。絶対に、もっと上まで行ける奴だと思っていたよ、俺は」


「Bランク……?」

 ヘルムヴィーゲのBランク傭兵なんて、私にとってはもう未知なる存在だ。


 現在Dランクのマリサでさえあれだよ? 彼女がEランクだった時でさえ、私はまるで歯が立たなかった。



 ……以前、ヘルムヴィーゲのBランク傭兵だった男と戦ったことがある。

 奴は傭兵を辞めてだいぶ経っていたけど、それでもとんでもなく強かった。



「シャノンさんは、現役なんですよね?」


「ああ。ライセンスを持っている限りは、現役だ」


 男女の差はあれど、シャノンは現役。

 あの男と同等かそれ以上の実力を持っていると見ていいだろう。


「……ん? 上まで行けると思ってたって、どういうことですか? まるで、もう無理みたいな……」


「おいおい、マジかよ……」

「?」

 質問を続けようとしていた私の耳朶に、リュシーの動揺が触れる。


「――えっ?」


 いつの間にか、攻守が逆転していた。シャノンの怒涛の攻撃に晒されるマリサ。

 しかも、マリサは全てを避けきれていない。シャノンの攻撃に、マリサの頭部が揺さぶられている。


 そして膝をつくマリサ。その姿も、初めて見る。

 感情を露わにした姿よりも、何倍も衝撃的だ。


 まさか負けるの?

 あのマリサが?

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