5 months later……
ダイニングのテーブルに並ぶ、いつもより豪華な夕食。
父は歯を使って瓶の蓋を開け、酒をグラスに注ぐ。それを眺める、私たち。
「えー、では、ティナ、スヴェン、ミリィ。お前たちの人生の門出を祝って、乾杯!」
「かんぱーい!」
私の弟スヴェンと妹ミリィは、今日からミドルスクール1年生。
なんだか、この子たちがプライマリースクールに入学したのが、昨日のことのようだよ。
時の流れって、本当に早いんだねぇ。
……などと、母親的目線な私だけど、この祝いの席は2人にだけ用意されたものではない。
そう、私も、これから人生の新たな門出なんだ。
まぁ、かなり自分勝手な門出だけどね。
「姉ちゃん。まずどこから行くか、決めた?」
肉を頬張りながら聞いてくるスヴェン。
「んー、とりあえずブリュンヒルデからかな。会っておきたい人たちもいるし」
「その後は?」
スヴェンの隣に座るミリィが、小首を傾げる。
「ブリュンヒルデの次はゲルヒルデ。そこから北のジークルーネに入って、あとは反時計回りにぐるっと大陸を回るつもり」
「ジークルーネはとにかくでかいからなぁ。あと、国土の半分くらいが山で、雪が積もることも多いんだ。汽車もロクに通ってないから、あの国だけでも相当な長旅になると思うぜ?」
そう言う父は、楽しそうに酒を呷る。再就職してから控えていたみたいだから、飲めるのが嬉しいんだろう。
「そんなに飲んで大丈夫なの?」
父の前には、空になった酒瓶がすでに二本。
「心配すんな、明日は休みだ。それに、酔い潰れるような強い酒じゃねぇし、潰れるほど飲む気もねぇよ」
言いつつ、また一杯。……やれやれ。
5ヶ月くらい前のあの日、彼との再会を終えて帰ってきたあの日。
私は、あることを思いついた。
――全ての国々を巡る、大陸一周の旅。
あれを、ただの思いつきで終わらせるのではなく、実現させようと決意したんだ。
旅の目的は、自らの成長。
名前くらいしか知らない国々を見て回りたいという、興味本位なところもある。
きっと、いろんなことが私を待っているだろう。
それは、出会いや別れだったり、喜びや困難だったり。
……もしかしたら、何度も死にかけたりするかもしれない。
危ない選択をしなければならないこともあると思う。
私にとってそんな全てが、旅の醍醐味だ。
それら全てが、きっと、私の成長に繋がるのだから。
「旅に出るのはいいけどさぁ、僕たちがミドルスクールを卒業するまでには帰ってきてよ?」
「そうそう。卒業したら、私たちも社会人でしょ? そしたら、ますます会えなくなっちゃうもん。そうなる前に、また家族揃ってお祝いをしたいんだ」
夕食後、食器を洗う私の背に、弟たちの言葉がぶつけられる。
振り返れば、並んで座ったままの2人と目が合う。
「……3年以内に終わらせろってこと?」
聞くと、ぴったりと揃った「そういうこと」という声が返ってきた。
食器洗いを再開。
「……努力はするよ。でも、もし3年で戻ってこられなかったら、ごめん。先に謝っとく」
途端に、スヴェンとミリィが不服を漏らし始める。
それを止めたのは、リビングのソファに座る父の、「好きにさせてやれよ」という言葉だった。
「突然、旅に出たいとか言い出した時は驚いたもんだが、大陸一周なんて遊びじゃできねぇからな。相当な覚悟があるんだろうってことで、許可したんだ」
食器を洗う手を止め、父を見る。直後、父も私に目を向ける。
「だから、やるからにはとことんやれ。満足するまで行ってこい。必ず無事に帰ってくることだけ約束してくりゃあ、それでいいのさ。そうだろ、スヴェン、ミリィ」
言われ、2人は顔を見合わせる。そして、微笑して頷き合う。
「そうだね。困らすようなこと言ってごめん。姉ちゃん」
スヴェンに、「気にしないで」と返す。
「私もスヴェンも、姉ちゃんを応援してるの。でも、ちょっと不安になっちゃって……」
ミリィに、「大丈夫だよ」と返す。
そして、2人の方へ振り返る。
「そこまで長い旅にするつもりは無いの。……そうだね、3年か。3年もあれば、きっと目的を果たせると思う。だから、まぁ、約束はできないけど、あなたたちが社会に出る前には帰ってこられるように、頑張るよ」
……そうだ。
そもそも、だらだらと長く旅をしても強くなれないのなら、それが私の実力、私の限界ということだ。
もしも大陸一周を果たしても尚、自分に満足できなかったら、……諦めよう。
彼に会いに行くのを、諦めよう。
そうならないように、本当に頑張らなくちゃね。
翌日、私たちはモンテスの駅にいた。
「姉ちゃん。本当に忘れ物は無い?」
心配そうに聞いてくるミリィに、「大丈夫」と答える。
「それよりあんたたち、学校の勉強はちゃんとやりなさいよ? プライマリースクールとは違うんだからね」
そう言う私に、2人は顔を見合わせて苦笑い。
「大丈夫、しっかりやるよ。少なくとも、姉ちゃんみたいに危なっかしい成績は取らないからさ」
「……」
スヴェンの言葉に、ムッとする。
「まぁ、危なっかしい成績になっちゃったのは、私たちのために一生懸命働いてくれてたせいなんだけどね」
わかってるじゃない、ミリィ。……いや、2人共わかってくれてるよね。
「ありがとう、心配してくれて。でも、私たちは大丈夫。だから姉ちゃんも頑張ってね」
ミリィに続き、スヴェンも「頑張ってね」と言ってくれた。
そんな2人へ歩み寄り、そっと抱き締める。
「……あんたたち、背、伸びたね」
抱き締めて、改めて感じる2人の変化。
「姉ちゃんが帰ってくる時には、僕の方が大きくなってるかもね」
「私だって、まだまだ伸びるんだから」
対抗心を燃やす2人が、とても微笑ましい。
汽車の走る音が聞こえてきた。
「そろそろだな」
父につられ、私たちも線路の向こうを見る。
汽車の姿はみるみる近付いてきて、汽笛を鳴らし、ゆっくりとホームへ入ってきた。
停車し、ドアが開けられていく。
それを見て、私はバッグを手に持つ。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ。行って来い。身体に気を付けるんだぞ」
「うん」
父に頷く私へ、スヴェンとミリィが「行ってらっしゃい」と声を揃える。
身を翻し、汽車へ向かう。
その背に、家族の声が触れる。
私は何度も振り返って手を振りながら、汽車に乗り込んだ。
雲ひとつ無い、いい天気。窓辺に1人座り、それを眺める。
この空は、全ての国に繋がっている。
私はこれから、この下を歩きながら、世界を見て回るんだ。
胸が高鳴る。
もちろん、不安も大きい。だけど、まだ見ぬ世界への興味の方が断然大きい。
程よい緊張と高揚。
何が待っているのかまだ何もわからない場所へ旅立つにしては、あまりに清々しい気持ちだ。
自分がとても穏やかな表情になっているのが、手に取るようにわかる。
……そういえば、結局、あの子が協会員として働く姿を見ることなく出てきちゃったな。
アレット、怒ってるかなぁ……。
3ヶ月くらい前に採用試験に合格し、2ヶ月の研修期間の後、モンテス支部勤務が決まった親友アレット。
もう少し街を出るのを遅らせていれば、彼女に会えたかもしれないな。
……手紙を書こう。旅から帰ったら、ちゃんと謝ろう。
次に浮かぶのは、私に8ヶ月もの間稽古をつけてくれた、Bランク傭兵であり、メイドでもあるあの美女の顔。
シャノンのおかげで、私はさらに強くなることができた。
多少のことなら、1人で解決できるくらいの実力はあると自負している。
その自信をつけてくれたシャノンには、感謝してもしきれない。
彼女が私のためにしてくれたことを、無駄にしてはいけない。
無茶して命を落とした、なんてことにならないようにしないと。
だから、危ない橋を渡るのも、ほどほどにしないといけないな。
気をつけよう。
カランカに着き、西部行きのホームへと移動する。
ベンチはほとんど人で埋まり、立つ場所を探すことさえ大変なホーム。その人混みの中を進み、少しだけ人の密度の低い場所で足を止める。
前に立つおじさんが脇に抱えている新聞。その見出しに、なんとなく視線が行った。
「……!」
折り畳まれているため、見えたのは「オルトリンデ国王」までだったけど、記事の内容は大体わかる。
病に倒れた国王が、そろそろ危ないんじゃないかと騒がれ始めたのが半年くらい前のこと。
最近になるまで続報も無かったので、快方に向かっているのかと思っていたんだけど、どうやらそうではなかったようだ。
国王の病状が、急に悪化したことを告げる記事を読んだのは、つい先日のこと。
だから、視線の先にある新聞記事の内容も、おそらくそれだろう。
……あの人は、私のもう1人の親友は、父親に会いに行っただろうか。
城を抜け出し、身分を偽り、フランカ・アルジェントとして生きてきたあの人。
オルトリンデ王国第二王女、フランチェスカ。
彼女は、因縁の相手に顔を見せ、話をすることはできたのだろうか。
できれば手を貸してあげたいところだけど、いくら親友であっても、他人の家のことに口出しするのは良くない。
そう思ったから、以前再会した時は助言だけに留めた。
彼女は今、どういう心境なんだろう。
父親のことを心配しているだろうか。それとも……。
……いや、きっと心配してる。私はそう信じてる。
いつかまた会うことができたら、確かめてみよう。
後ろを向く。
ホームの屋根の隙間から、カランカの中央にそびえるオルトリンデ城が、薄っすらと小さく見える。
……もしかしたら、あの人は今、あそこにいるかもしれない。
あそこで、父親と会話をしているのかもしれない。
……頑張って。
私には、これしか言えないよ。
汽車に乗り込み、空いている席を探す。
運良くすぐに見つかり、腰を下ろす。バッグは網棚に乗せた。
人がどんどん乗ってきて、私の隣も向かいも、知らない人で埋まった。
見える限り、周囲の席は全て埋まっている。座れずに立っている人もいるほどだ。
こんなに乗客の多い汽車に乗るのは、久しぶりだな。
人混みが少し苦手な私にとっては、ちょっと息苦しい環境である。
でも、こんなことはこれからも度々あるだろう。いちいち気にしていたら、それだけで疲れてしまいそうだ。
なかなか慣れないだろうけど、むしろ楽しめるくらいの心の余裕が持てるようになろうじゃないか。
「傭兵さんですか?」
「!」
向かいに座る身なりのいい老女が、穏やかな声で話しかけてきた。
「はい、そうです」
「これから、お仕事?」
「いえ、旅に出るところなんです。大陸を一周しようと思って」
「あらあら。ふふ、若いっていいわね。いろんなことができるもの」
そして、「食べる?」と飴玉が入った缶を差し出してきた。
「あ、じゃあ、いただきます」
私は遠慮せず、一つ手に取る。
「あら。もっと取ってもいいのよ?」
「いえ、一つだけで。ありがとうございます」
そう言って、もらった飴玉を口に入れる。甘い味が、すぐに広がっていく。
西へ、西へ。
汽車は、私を知らない場所へと運んでいく。
明日には、ブリュンヒルデ王国に着くだろう。
まず、どこへ行こう。何をしよう。
ああ、そうだ。あの会社に行くんだった。
いきなり行っても大丈夫かなぁ。会う時間を作ってもらえるかなぁ。
その後は? その後はどうしようか。
いや、そういうのは、その時になって決めればいいんだ。
行き当たりばったりっていうのも、旅っぽくていいよね。
ああ。なんだかもう、すでに楽しいな……。
これで「マーセナリーガール -不完全な両想い-」は終わりです。
お読みいただきありがとうございました。




