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マーセナリーガール -不完全な両想い-  作者: 海野ゆーひ
第01話「恋敵・前編」
2/21

01-B

 3時間ほどの汽車の旅を終え、オルトリンデ王国の首都、カランカに到着。


 相変わらずの人の多さに酔いそうになりながら、乗り合い馬車に乗って、協会本部へ向かう。




 協会本部の大きな建物を眺めてから、出入り口前に立っている警備員に挨拶をしつつ、敷地内へ。


 本部のドアが近付くにつれ、妙に緊張してきている自分に気付く。



 Dランクも、Eランクと同じく低ランク傭兵には変わりない。

 だけど、確実にEランクの時より難しい仕事ができるようになるはずだ。

 すると、命の危険というのも、Eランクの時より付き纏う頻度が上がる。


 ……これまでも何度か死にかけた経験があるけど、ああいうのがもっと増える可能性があるってことだ。

 気をつけないとな……。



「!」

 などとごちゃごちゃ考えていたら、直前にまで迫っていたドアに顔面をぶつけそうになった。




 白抜き文字で大きく「D」と記された、手のひらサイズの緑色のカード。

 Dランクになった私の、新しいマーセナリーライセンスだ。


 Eランクのライセンスと引き換えに、新しいライセンスを受け取った。できれば、古い奴も取っておきたかったけど、規則なら仕方ない。


 ちなみに、応対してくれた協会員に聞いてみたところ、EランクからDランクへ1年で昇級したのは、早い方とのこと。

 最速で10ヶ月ほど、遅い人でも1年半経つ頃までには昇級するのだとか。


 ……ホント、頑張った甲斐があったな。なんか自信つくよ。

 よぉし、この調子でもっともっと頑張って、次のCランクを目指そう。


 ぐっと手を握ったところで、二つ向こうのホームに汽車が入ってきた。


 ここはカランカの駅のホーム。今は帰りの汽車を待っているところだ。


 ベンチに座りながら、停車した汽車を何の気なしに眺める。

 駅員たちが客車のドアを開けていくと、ぞろぞろと乗客たちが降り始める。


 あのホームは確か、東部と繋がる路線だ。

 父が東部で働くようになってから、よく利用するようになった。


 ……そういえば、今日は父が帰ってくるんだったな。

 私の昇級、喜んでくれるかなぁ。


「おい、そこのっ!」

「?」


 思考を巡らせていたところへ、突如として声が飛んできた。

 声は前方。たった今停車した汽車の方からだ。


 まさか私に対する呼びかけじゃないだろうと思いつつも、妙に聞き覚えのある声に反応し、そちらへ目が向いた。


「……あっ」


 そして、その声が私に向けて放たれたことを確信する。

 見覚えのある3人が、そこにいたからだ。


「マリサさん。テッサさん。リュシーさん」

 思わず立ち上がり、一歩前へ。


「ちょっと待ってろ!」

 私に声をかけた少女が、こちらを指差してそう言った。


「え?」

 戸惑う私の視線の先で、3人の少女が一斉に駆け出し、あっという間に私がいるホームへとやってきた。


 目の前にいるのは、間違いなくあのヘルムヴィーゲの女傭兵3人組。

 一体、何の用でオルトリンデに来たんだろう。

 まさか、仕事で来たわけじゃないだろうし……。


「ティナさん」

 黒髪ツインテールをぴょこんと跳ねさせながら私の名を呼ぶのは、可愛らしい見た目と大人しそうな雰囲気に似合わずとんでもなく強い、マリサ・トレンスだ。


「な、なぁに?」

 思わず後ずさりしそうになる。彼女の眼光があまりに鋭いから。


「わっ!」

 直後、マリサの手が私の腕をガシッと掴む。


「マ、マリサさん?」


「あなた、ルイス・キルマイヤーって傭兵を知ってる?」

 言って、ジッと睨むように見つめてくるマリサ。すごい力で掴まれて、腕が痛い。


 ……いや、そんなことより、今何て言った?


「ルイス・キルマイヤー? ……うん、知ってるけど」


 以前会ったことがある、紳士的な感じの傭兵だ。

 確か、父の傭兵時代の知り合い……だったっけ。


「いっ」

 私の腕を掴むマリサの手に、一段と力がこもる。そして近付けられる顔に、私は硬直した。


 なんて鬼気迫る表情なんだ。


「どこにいるか知ってる? 知ってるなら、私をそこまで連れてって」

 連れて行かなきゃ殺されかねない。それほどの圧力を感じる。


 そんなマリサの肩に、ぽんと手が乗せられた。


「まあ、とりあえず落ち着けよマリサ。その顔怖ぇぞ」

 そう言う彼女は、リュシー・ヴェルレ。


「そうそう。そんな顔のままあの人に会ったら、嫌われちゃうよ~?」

 そしてその横にいるのが、テッサ・ヴェルレ。


 この2人は双子で、テッサが姉。2人共、ふわっとした胡桃色の短い髪で、髪型も似ている。


「……ごめんなさい」

 ヴェルレ姉妹に言われて、ようやくマリサは私を解放した。だけど、まだ腕を掴まれてる感覚が残ってるよ。


「マリサさんたち、ルイスさんに会いに来たの?」

 問うと、リュシーが「まあな」と言う。そして、親指でくいっとマリサを指した。


「こいつがどーしても会いに行くって聞かないもんだから、ついてきてやったんだよ」

 その言葉に、テッサが噴き出す。


「何言ってんの。あんたも会いに行く気満々だったじゃない」

 おかしそうに笑うテッサに、リュシーは「う、うるせぇ!」と頬を赤らめた。


 そんな2人を無視して、マリサは「ティナさん」と再び私に詰め寄ってくる。


「教えて。あの人はどこにいるの?」

 どうして、この人はこんなにルイスに会いたがっているんだろう。


 う~ん、何か怒っているように見えなくもないな。まさかあの人、マリサに何かしたんだろうか。


 ……まさかね。あの紳士が、女の子を傷つけるようなマネをするはずがないよ。


 そうだよ。聞いてみればいいじゃないか。どうして会いたいの、って。


「ルイスさんの屋敷の場所ならわかるから、連れて行ってあげるよ。でも、どうしてそんなにあの人に会いたいの?」

 わざわざあんな遠くから来るくらいだ。よっぽどの理由があるのは間違いない。


「試験の時に話したでしょ? 昔世話になった傭兵のこと」

 ……試験の時? 私は慌てて記憶を探る。


 傭兵採用試験を受験したのは、もう1年以上前のことだ。さすがに、細かい記憶はだいぶ薄れてしまっている。


 でも、確かにそれは記憶に残っていた。


「あっ、……えっ? マリサさんとリュシーさんが好きになったっていう、あの傭兵?」

 自分が驚愕の表情を浮かべていることが、はっきりとわかる。


「それって、ルイスさんのことだったの?」

 そう発した私の前で、マリサはコクリと頷き、リュシーは頬を染めて視線を逸らした。


 世間って、広いようで狭いんだな。


 あの時ルイスの名前を聞いていたら、彼と初めて会った時に私は驚いていたんだろう。


「だから、連れて行って。やっと見つけたんだから」

 なるほど。あんな顔をしちゃうのも頷けるというものだ。


 どうやってルイスがオルトリンデにいることを突き止めたのかはわからないけど、きっとマリサは、ずっと彼のことを思い続けていたんだろう。


 私は静かに頷く。


「わかった。行こう」


 今日は仕事を休もう。

 もしかしたら、家に帰らないかもしれない。家族には後で謝ればいいか。


「でも、突然いいんですか? どこかに行く予定とかあったんじゃ……」

 心配そうに聞いてくるテッサに、私は「大丈夫」と口の端を上げる。


「今日は、マリサさんたちにとことん付き合うよ。ルイスさんに会いに行こう」

 拳を握って見せると、マリサが両手でそれを包み込んできた。


「ありがとう、ティナさん」


 その顔に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。

 普段あまり笑わない人だから、たまに見せる笑顔にドキッとする。


 そして、私もなんだか嬉しくなって、笑う。



 こうして私は、急遽ルイスの屋敷へマリサたちを連れて行くことになった。


 マリサとルイスが再会してどうなるか、すごく気になる。

 ……なんだか、ドキドキしてきた。




「――というわけで、あたしらは何日もかけてこの国に来たってわけだ」


 ここは、オルトリンデ南東へ向かう汽車の車内。


 ルイスがオルトリンデにいることをどうやって突き止めたのか。その質問に対するリュシーの返答が、ようやく終わった。


 合間合間に余計な話が入っていたからだいぶ長かったけれど、リュシーの言葉を要約するとこうだ。



 ルイスの主な仕事相手は、ファミリアではなく王族や貴族などのお金持ち。

 仕事内容は、そのほとんどが国内、国外への移動の際の護衛。ほかに、貴族のご婦人らとの会食に呼ばれたり、彼女らの歌劇鑑賞へ同行したり。

 とにかく、上流階級との繋がりが強いということだ。


 紳士然としていたのも納得がいく。


 そしてマリサたちもまた、その実力の高さを上流階級の人々に評価されていた。

 そういった人たちとの付き合いがあると、様々な話を耳にする機会が増える。

 ルイスの名を聞いたのは、つい先日、とある貴族の護衛をした時なのだという。


 そうして、ルイスがオルトリンデで暮らしていることを知ったマリサは、テッサとリュシーと一緒にこの国に来た……ということらしい。



「ちゃんと護衛の仕事を終わらせたのは良かったんだけどよ、終わった途端に飛び出して行こうとするもんだから、止めるのに苦労したぜ……ったく」

 リュシーは腕組みをし、口を尖らせて、私の隣に座るマリサを睨む。


「そうそう。荷物もなんにも持たずに行こうとしてたからね」

 リュシーの隣にいるテッサは、苦笑いを浮かべている。


 ……そんなに会いたかったのか。


 ずっと思い続けていたなんて、一途だなぁ。

 これはもう、何が何でも応援しないと。


「ところで、ティナさんはどうやって彼と知り合ったの?」

 今までほとんど黙っていたマリサが、急に口を開いた。


 ……なんだろう。ちょっと言葉にトゲがあるように感じる。


「えっと、ルイスさんのお屋敷で働いてるメイドさんをファミリアから助けてね、それでお屋敷まで送っていった時に初めて会ったの」


 あの時のことは、まだしっかりと覚えている。


「……それで、その後も何度か会ったりした?」

 気付けば、マリサの探るような双眸が真横に。え? なになに?


「ううん。あれっきり会ってないけど……」

 そう答える私の顔は、おそらく引きつっていただろう。


 けれど、それを聞いたマリサは、どこか安心したように「そう」と呟き、私から顔を離した。


 ……一体、なんなんだ?


「しっかし、またこうしてあんたと会うとはね。何かと縁があるみてぇだな」

 窓外に目をやりながら、リュシーが言う。


「また会えて嬉しいよって意味ですよ、ティナさん」

 リュシーに肩を寄せ、いたずらっぽく笑うテッサ。


「は、はあ? 嬉しいわけねぇだろ。ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ」

 否定するリュシーは、なぜか慌てていた。そんな妹に、テッサは「またまた~」とイジワルな笑みを作る。


「私は、嬉しい。またティナさんに会えて」

 マリサの言葉に、テッサとリュシーの動きが止まる。私も、彼女の横顔を見つめていた。


「……あ、えっと、私も嬉しいよ。マリサさんたちにまた会えて」

 そう返すと、マリサは「そう」とわずかに微笑した。

第5章スタートです。

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