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マーセナリーガール -不完全な両想い-  作者: 海野ゆーひ
第08話「血肉まみれの護衛」
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08-B

 蹴られた右腕には擦り傷や痛みが残るものの、骨に異常は無いようだ。

 ほかの部分にも、目立った怪我は無し。


 アサルトウルフと共に地面を転がった際にできた擦り傷に、アイヴィーが絆創膏を貼ってくれる。もちろん、消毒済みだ。

 旅に出る前に、いろいろと準備してきて良かったと思う。



「まぁ、多少風通しは良くなるけど、走るのに問題は無いだろう」

 馬車の点検を終えた御者は、客車の車体をぽんぽんと叩きながら言う。


 馬車は、ドアが引きちぎられた以外に損傷は無いようだ。


「……ごめんなさい。もう少し早くあいつを倒せていたら、こんなことにはならなかったのに」

 本当に、申し訳ない思いでいっぱいだ。


 けれど御者は、「気にするなよ」と笑う。


「こういう時のために、俺たち御者は保険に入ってんのさ。ドア一つくらいなら、タダみたいなもんだよ。それにあんたは、ドア以外のもんは全部守ってくれたろ? 俺も、そこの嬢ちゃんも、それから馬たちも、みんな生きてる。何の問題も無いじゃねぇか」


 アイヴィーも、「そうだよ、ティナ」と優しく声をかけてくれる。

 だから私は、「うん」と納得したように見せかけたけど、心は複雑だ。



 馬車はドアしか壊れなかった。誰も命を落とすことはなかった。

 ……結果だけ見れば、確かになんの問題も無いとは思う。


 だけど、守るべき人たちを危険な目に遭わせてしまったのは事実。


 私が敵を殺すのがもう少し遅ければ、誰かが怪我をしていたかもしれない。

 ……誰かが、死んでいたかもしれないんだ。


 今回は、運が良かっただけ。

 こんなんじゃ駄目だ。運に頼ってるようじゃあ……。



「ティナ!」

「!」

 アイヴィーの声。顔を上げると、客車に乗り込もうとする彼女の姿が目に入る。


「早くしないと、あっという間に夜だ。さっさと乗ってくれ」

 御者の声。見れば、彼はすでに御者台に座っていた。


「……はい」

 私は急いで客車に乗り込む。そのすぐ後に、馬車は走り始めた。




 ドアが無くなったことで、本当に風通しが良くなった車内。

 無遠慮に入り込んでくる風に全身を撫でられながら、ふと考える。



 ……過去二戦と違い、今回はアサルトウルフに苦戦することはなかった。

 しかも、5体一度に相手にしてだ。

 馬車に気を取られて一撃食らったものの、それが無かったら完勝だったはず。


 私、ちゃんと強くなってるんだな。



「ねぇ、ティナ」

「! ん?」

 向かいに座るアイヴィーが、私を見つめていた。


「ティナって、あんなに強かったんだね。私、驚いちゃったよ」

「……見てたの?」


「うん! 遠かったからどう戦ってたのかはわからなかったけど、なんかこう、ズバズバッてファミリアを斬っちゃってさぁ。ホント、凄かった!」

「ありがと……」

 目をキラキラと輝かせるアイヴィーを見て、自然と笑みが浮かぶ。


 すると、私の顔を見て「あ」と発したアイヴィーが、隣にやってくる。


「血が……」

「え?」

 アイヴィーはバッグからハンドタオルを出し、私の右耳の辺りを拭く。


「次の街に着いたら、すぐにシャワー浴びないとね」

 どうやら、返り血の拭き残しがあったようだ。


 拭き終わった彼女に「ありがと」と言うと、「どういたしまして」と笑顔が返ってくる。


「服も着替えないとね」

 言われて、自分の服を見る。


 ……確かに、結構血で汚れている。

 すでに乾いてはいるけど、生臭さは残っていた。


「なんなら、ここで着替えちゃう? 御者さんは、前を向いていることだし」

「えっ? いいよ、我慢するから」

 慌てて首を振ると、アイヴィーは「あはは」と笑った。


「冗談だよぉ。真面目なんだからぁ」

「……」

 目を細めて見据えると、アイヴィーは笑ったまま肩を寄せてくる。


「……ホント、カッコよかったよ、ティナ」

 静かな口調。突然の変化に、ちょっとドキッとした。


「ファミリアがドアを壊して入ってこようとした時、私、声が出ないくらい怖かったの。でも、すぐにティナがそいつをやっつけてくれて……。その瞬間のあなたの顔は、すごく怖かったけど、すごくカッコよかった」


「そ、そぉ?」

 なんだか照れるなぁ。一体、どんな顔をしてたのだろうか。


「もしもティナが男の子だったら、私、さっきので惚れてたかも」

「え……。何言ってるの、アイヴィーさん」


「これは、冗談なんかじゃないからね」

「……」

 真面目な顔だ。そんな顔で言われたら、なんかドキドキしちゃうよ。


「あ、ごめん。腕、痛いんだったね」

「え?」

 アイヴィーは、慌てて私の右肩から離れる。


「別に、そこまで痛いわけじゃないし、大丈夫だよ」

 そういえば、もう随分痛みが和らいでいるな。


「え、でも……」

 遠慮がちなアイヴィーの視線。


「だから、大丈夫だって」

 そんなに心配してもらうほどのことじゃない。


 すると、アイヴィーの顔に浮かぶのは怪しげな笑み。


「あれあれ~? もしかしてティナ、私とくっついていたいの?」

 そう言って、またぴったりと肩を寄せてきた。


「もぉ~。それならそうと、はっきり言ってくれなくちゃ」

「……」

 違うと言い返そうとして、やめた。彼女が、なんだか嬉しそうにしてたから。


 それからしばらく、私たちは肩を寄せ合ったまま、馬車に揺られて過ごした。




 その後は何事も無く、日が暮れる頃、予想よりも若干早く、今日の目的地であるイエロに到着。


 馬車の修理に行くという御者とは、街に入ってすぐに別れ、私たちは今日の宿探しへ。

 そして、街の中心部近くの宿で、今度はちゃんと2人用の部屋を取り、早速身体の汚れを取るためにお風呂へ。




 そうして今、そこそこ広い浴槽でアイヴィーと肩を並べ、心地良い温かさを味わっているところだ。


 とうとう、彼女と一緒にお風呂に入ることになってしまった。

 まぁ、それだけ彼女との距離が縮まった、ということにしておこう。


「……そんなに嬉しい? 私とお風呂に入れて」

 さっきから隣でにこにこしっぱなしのアイヴィーにそう問うと、彼女は「うん!」と元気良く頷いた。


「お互い、一糸まとわぬ姿で身体を洗い合い、湯船で肩を並べる。なんかさぁ、すごく距離が縮まったと思わない? 私たち」

 彼女も、同じことを考えていたようだ。だから、「まぁね」と答えておく。


「じゃあ、この先の街で泊まる宿でも、お風呂は一緒に入ろうね」

 ……笑顔でそんなこと言われたら、断りづらい。


「ねぇ、いいでしょ?」

「考えとくよ」

 そう言い残して立ち上がる私の腕を、「まだ早いよぉ」と掴むアイヴィー。


 ……やれやれ。のぼせそうだ。




 翌日、馬車乗り場で、またあっさりと次の街まで乗せてくれる馬車を見つけ、イエロを出発。




「ティナ! あっち! あっちにもいるよ!」

「わかったから! 顔出さないで!」


 長いくちばしと二つの頭を持つ鳥型ファミリアの頭から剣を引き抜き、アイヴィーが指差す方を見る。

 草むらの中を、ぞろぞろと移動してくる鳥型ファミリアたちの姿に、辟易として溜め息。


 これで何体目だ?

 刀身に付着した血や肉片を振り払い、駆け出す。




「ひっ、ひぃぃ!」

「頭下げて!」


 御者の身体に噛み付こうと飛びかかってくる蛇型ファミリアを一閃。丸太のように太い胴が真っ二つになる。


 周囲の木々には、同型のファミリアの姿がわらわらと。確実に、この馬車を狙っている。

 早く森を抜けたいところだけど、まだまだ先は見えない。


 御者台に立ったまま、私は奴らの動きに注視する。

 そして、雨のように降り注ぐ紫色の大蛇共。


 私は、狭い足場を目いっぱい使って、剣を振るい続けた。




 わずかに振り遅れた剣を掻い潜り、私に肉薄した猿型ファミリアは、その異常に長い腕で繰り出した拳を、私の腹部にめり込ませてきた。


「ぐっ、うぐっ……!」

 威力を抑えようと後ろへ跳んだけど、跳びが足りなかったようだ。


 腹に届いた石のように硬い拳は、私の腹筋の壁をいとも容易く突破し、内蔵にまで衝撃を届けた。

 目が見開き、直後、広がる激痛とせり上がる嘔吐感。


 フラつく私にとどめを刺そうと、周囲で様子を見ていた猿たちが一斉に飛びかかってくる。私の腹に一撃入れた奴も同様に。


「ティナ!」

「!」

 ……だから、声を出すなって!


「くそっ!」

 気力を振り絞って剣を構え、一番最初に拳を振り落としてきた奴へ、突撃!




「はいはーい、大丈夫だからね~」

 怖がる馬をなだめながら、その身体に付着しているものを掴み取る。


 私の手の中で暴れるのは、鋭い牙が並ぶ口を左右に開く、蝶型ファミリア。

 こいつらは、人でも馬でもお構いなしにくっつき、身体に噛み付いて血を吸う。


 それ以外の攻撃手段は持っていないものの、必ず群れで現れるし、噛み付かれれば結構痛いし、おまけに、小さくて剣では捉えにくい。

 とにかく鬱陶しい奴らだ。


 ぎゅっと握って潰し、死骸を地面に叩きつける。

 周囲には、そうやって殺した蝶が大量に転がっている。


 手のひらを赤く染める体液に頬を歪め、御者台へ。


「とりあえず全部取りましたけど、まだまだ周りにいるみたいです。さっさと走り抜けちゃいましょう」

 私の言葉に、御者の男は「ああ」と疲れきった声で応じる。


 そんな彼の腕にも、蝶型ファミリアにやられた歯型がついていた。

 もちろん、私にもだ。




「うわぁっ」

 足に巻き付いた舌によって、私の身体は上空へ放り上げられた。


 下を見れば、近くの沼から次々に這い上がってきた蛙型ファミリアたちが、私を食らおうと大きな口をいっぱいに広げている。

 そのおぞましい光景に身震いしつつも、剣を横に構える。


 そして、空中で身体を回転させ、回転数を増しながら一気に落下。

 我先にと跳ね上がってきた蛙共を、斬り裂き、斬り刻み、斬り潰して着地。


「……ぐっ」

 着地の衝撃に、足の骨が軋む。


 それに耐え、私の着地に驚いたのか、一瞬停滞した蛙たちに向かって駆ける。

 直後、バラバラになった敵の肉片や鮮血がその場に降り注いだ。


 錆びた金属同士が擦れるような、耳障りな蛙たちの声。それらは、私の剣を吸い込むたびに一つ一つ消えていく。


 こいつらの身体は、普通の蛙同様、かなり柔らかい。一太刀浴びせれば、ほとんど抵抗なく両断できる。

 脅威と言えるのは、胴に比べて大きい頭部にある巨大な口と、そこから伸びる舌だけだ。

 それらさえ気をつけていれば、問題は無い。


 1体殺すたびに全身に付着していく、蛙の鮮血。皮や肉、脳や内蔵。中には、ねっとりとした粘膜に守られた卵まである。


 ……生臭すぎる。吐きそう……!




 馬車の旅に切り替えたタムードから、一日一街というペースで進んだ私たちは、6日目の夜中に、目的地であるフォルネルに到着した。


 ヘルムヴィーゲに入って最初に訪れた街からここまで、ちょうど1週間。

 当初は10日くらいかかると予測していたけれど、それより3日も早く辿り着くことができた。


 さすがに、自分を褒めてあげたい気持ちでいっぱいだ。

 何せ、馬車での移動をほとんどひっきりなしに止めてきやがった、ありとあらゆる種類のファミリアを、たった1人で撃退し続けたのだから。



 ……自分がこんなにできる奴だとは、思ってなかったよ。

 そしてしみじみと感じる。シャノンのありがたさを。


 彼女の稽古を受けていなかったら、おそらく途中のどこかで力尽きていたはずだ。

 どこかで倒され、アイヴィーも、御者も馬も馬車も守れずに、全滅していたことだろう。


 ホント、ありがとうございます……。


 オルトリンデに帰ったら、すぐに会いに行こう。

 会って、感謝の気持ちを伝えよう。



 そんなことを考えながら、私は今、宿の浴室でバスチェアーに座り、泡だらけになっている。


「目、つぶっててね~」

「はーい」

 返事をした直後、顔も泡で覆われた。



 全身、ファミリアの血や肉でべっとべとのぐちゃぐちゃになっていた私は、部屋に入ると同時に浴室へ直行。

 よくわからない物体になり下がった服を脱ぎ捨て、まずシャワーを全身に浴びて、遅れて入ってきたアイヴィーに身体を洗ってもらい、今に至る。



「じゃ、流すよ~」

「はーい」

 ざばーっと勢い良く、シャワーの湯がかけられる。


「うん。きれいになったね」

 私の肩に手を置いて微笑むアイヴィーの姿が、鏡に映っている。


 そして、上から下まできれいになった私の姿も。

 髪や顔、手足など、露出していた部分は全て血肉の色に染まっていたけれど、きれいさっぱり、元の肌色を取り戻している。


 それを見て、私は大きく息を吐きつつ、肩の力を、いや、全身の力を抜いていく。


「疲れたぁ……」

 自然と口から滑り出た一言。


 アイヴィーの「お疲れ様」という声が、優しく耳朶を震わせた。

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