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マーセナリーガール -不完全な両想い-  作者: 海野ゆーひ
第01話「恋敵・前編」
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01-A

 駆ける勢いそのままに斜め前へ跳び込み、着地した足を軸にして、両手で握った剣を振る。

 一直線に突撃してきたそいつは、当然、私の攻撃に反応することなんてできない。


 直後、刀身から柄に伝わってきたのは、肉と骨を断つ感触。

 もう、何度も味わっている感触だ。


 柔らかな肉も硬い骨も斬り進んだ刃は、さほどの時間をかけずに再び大気に触れた。

 糸を引き、飛び散る鮮血。


 太い首を半ばから断ち斬られたそいつは、突撃の勢いを殺しきれずに私の横を通り抜け、その先にあった樹木に激突して地面に崩れた。


「……これで終わりかな」

 首を失った化け物と、足元に転がる頭部を一瞥した私は、剣を振って血を落とす。


 周囲には、同様に首から上を激しく欠損した化け物の死体が、ところ狭しと転がっている。

 その数、20体以上。全て同じ化け物で、私が倒した。



 こいつらは、アパタイトディアという名の、鹿型のファミリア。

 その身体は普通の鹿より一回りほど大きく、異常に筋肉質。頭部には太く鋭い角があり、口には鋭い牙が生えている。

 人間を捕食する、ファミリアの中でも厄介なタイプだ。



 汚れた刀身を布で拭いながら、辺りを見渡す。

 深い森の中は静まり返り、どこからか鳥たちの声が届くのみだ。殺気は無い。


「よし」

 一仕事終えたことを、ようやく実感する。息を吐き、剣を鞘に収める。


「帰るか……」

 血臭漂う一帯をもう一度眺めてから、一歩を踏み出す。



 ……随分、深いところまで来ちゃったな。まぁ、奴らを見つけるのに手間取った私が悪いんだけど。

 しかし、一ヶ所にまとまっていてくれて助かった。群れで行動するっていう情報は正しかったんだな。



 鬱蒼とした緑の間から差し込んでくる光は、まだ明るい。迷わなければ、1時間ほどで森を抜けられるだろう。


 それと、ほかのファミリアに出くわさなければ、かな。

 疲れてるんだから、もう出てこないでよ~。




 およそ1時間後、何事もなく無事に森を抜けた私は、近くのエスカロナという街に帰還。


 傭兵支援協会支部へ足を運び、仕事の完遂を報告。その後、街の東側、駅とは反対側にある住宅街へと向かう。




 住宅街と言っても、民家がずらりと並んでいるわけではない。民家よりも、緑溢れる自然や畑の方が多い一帯だ。

 田舎という言葉は、こういう場所のためにあるんだろう。


 その長閑な風景の中を進んだ先に、広い敷地を持つ一軒の屋敷がある。


 フェンスで囲まれた広い庭に目をやれば、十数人の子供たちが、掛け声と共に木刀を振っている光景があった。

 男の子の方が人数が多く、歳は全員10歳前後。中には、プライマリースクールに入学したてくらいの小さな子もいる。


 そんな光景から目を外し、ある人物を探す。子供たちを見に来たわけじゃないからね。


「あ、いたいた」

 すぐに目当ての人物を見つけた私は、大きな門をくぐって敷地内へ。


「お父さん!」

 駆け寄りながら呼ぶと、子供たちの中にいる、長身で筋骨隆々の男が振り返った。


「おう、ティナ。仕事は終わったのか」

 白い歯を見せて笑う父に、私は「うん」と頷きながら足を止める。


「私もう帰るけど、お父さんは今日どうするの?」

 聞くと、父はすぐに答えを返してきた。


「今日はこっちに泊まるよ。明日は帰るから、スヴェンたちにも伝えておいてくれ」

 そう言ってから、「おいそこ、手が止まってるぞ」と声を飛ばす。


「わかった。じゃあ、頑張ってね。お父さん」

 手を振り、踵を返す。


「おう。気をつけて帰れよ」

 手を振る父に笑みを返し、一生懸命に木刀を振る子供たちを眺めながら外へ。


 ちらっと振り返って父を見れば、もう私のことなんか忘れたかのように、子供たちを指導する姿があった。



 私の父クレイグ・ロンベルクは、AAランクの凄腕傭兵だった。


 でも、仕事中の事故で利き腕である右腕を失い、傭兵を引退。その後長らく、酒浸りの生活を続けていた。


 働き手がいなくなれば、当然蓄えも失われていく。

 生活に支障をきたす前にと、私は傭兵になることを決意。

 最初は反対していた父も、私の思いを理解したのか、剣を教えてくれるようになった。


 父の酒浸り生活はそこで終わりを告げたわけだけど、新たな職には就くことができずに、さらに1年半の月日が流れた。

 障がい者に厳しい社会の現実ってやつかな。

 だから私は、このまま自分が家族の生活を支えていこうって覚悟していたんだ。



 ところが先月、約2ヶ月ぶりに帰宅した私を待っていたのは、父の再就職の知らせだった。


 なんでも、傭兵時代の知り合いが始めた剣術学校の教員になってくれないかという誘いがあって、右腕が無くても構わないとまで言われたらしい。

 身体的な障がいが不問となると、父に断る理由は一つも無い。


 そうして、めでたく父の無職生活は終了。


 まだ始めたばかりの剣術学校だから、生徒数も少ない。それでも父は、未来の傭兵を育て上げるため、日々指導を続けている。


 私にしてくれたように。


 ただ、実家のあるモンテスはオルトリンデ王国の中部にあり、父の職場がある東部のエスカロナとはかなり距離がある。

 毎日通うのはさすがにキツイということで、父はエスカロナに部屋を借りて暮らしている。家には、週に1、2回しか帰ってこない。



 私も働きに出ている以上、家には弟と妹が2人きりになることが多い。

 少し心配だけど、まぁ大丈夫だろう。

 以前は私が1人でやっていた家事も、2人で協力してやれるようになってるし。

 妹のミリィなんか、教えた私より料理がうまくなってるし。


 家に帰れば、食卓に美味しそうな料理が並んでいる。

 学校帰りに買い物をし、掃除も洗濯も自分たちでこなせる。

 父と私がいなくても、2人は充分にやっていけるんだ。


 同年代で、2人と同じくらい家事ができる子がいるだろうか? いや、いないね。

 姉としては、鼻が高いよ、ホント。


 この2人が私の代わりに家事をやるようになったのは、私が傭兵になることを決めたから。

 あの時はどうなることかと思ったけれど、いい方向に進んでよかったと思う。




「昇級? それってどういうこと?」

 テーブルの向かいで食事の手を止めたミリィが、不思議そうに問いかけてくる。


「えっと、……私の傭兵としてのランクが上がったってこと」


「おお! やったじゃん、姉ちゃん!」

 ミリィよりも先に喜びの声を上げたのは、彼女の隣でスープを飲んでいた弟スヴェンだ。


「おめでとう、姉ちゃん!」

 ミリィも、笑顔で祝福してくれた。


「ありがとう、2人とも」

 そう返しつつ、私はもう一度その文書に目を戻す。



 ――家に帰ると、エプロン姿のミリィに一通の手紙を渡された。

 送り主は、傭兵支援協会。なんだろうと封筒を開けてみれば、入っていた文書には「昇級」の文字。


 傭兵になってそろそろちょうど1年。

 まるでそれを祝うかのように、私のDランクへの昇級が伝えられた。


 自室で文書を眺めて喜びに浸っていたところをミリィに呼ばれ、すでに食事を始めていた2人にこのことを話し、今に至る――



「ランクが上がったらさぁ、報酬とかも上がるのかな」

 ミリィの問いに、私は「たぶん」と答える。


 ……正直、ランクが上がったらどういう変化があるのか、あまり把握できていない。

 確か、ランクによって、請け負える依頼の難易度が変わるとか、そういうのはあったはずだけど。


 でも、そうか。依頼の難易度が上がれば、その分報酬も上がるよね。

 それは喜ぶべきことだ。


 それに、これまで以上にファミリア相手の仕事を増やせるかもしれない。

 報酬よりもむしろ、そっちの方が楽しみだな。


「姉ちゃん? どしたの、ボーッとして」


「えっ?」

 じっと私を見つめているミリィの瞳に気付く。


「あ、もしかしてプレッシャーを感じてるんじゃない? 今まで以上に頑張らなきゃ、とかさ」

 スヴェンの言葉に、私は「そうかもね」と苦笑いを返す。


 いけないいけない。どうしちゃったんだ、私。

 ファミリアと戦うことを楽しみにするだなんて。


 傭兵になってから、だんだん好戦的になってきてるなぁ……。




 昇級を伝える手紙には、新しいライセンスを取りに協会本部まで来るようにとも書かれていた。


 だから今、私は協会本部のある首都カランカへ行くために、駅へ向かっているところだ。

 カランカまでは結構かかるから、今朝はかなり早くに起きた。

 おかげで、ちょっと眠い。



「あっ! ティナーっ!」

「――!」


 そんな眠気を吹き飛ばすくらいの大きな声。

 何事かと辺りを見渡し、後ろを振り返ろうとしたところで何かが突撃してきた。


「――うわっ! ちょっ、ちょちょっ! アレット?」


 私に飛びつくように抱きついてきたのは、親友のアレット・フランク。

 前髪をピンで留めて露わになっている額は、とても綺麗に輝いている。


「こんな早くにどこ行くの?」

 私から身体を離したアレットは、明るい表情でそう聞いてきた。


「ああ、今からカランカの協会本部へ行くの。新しいライセンスを取りに行かなくちゃいけなくてさ」

 そう答えると、アレットはきょとんとする。


「新しいライセンス? まさか、無くしちゃったの?」

 ぐいっと詰め寄ってくるアレットに、私は「違う違う」と苦笑い。


「実はね、私Dランクに昇級したんだよ。それで、ライセンスが新しくなるの」


「昇級っ? うそっ、すごいっ!」

「わわわっ」

 言った途端に手を握られて戸惑ったところへ、さらに近付いてくる彼女の顔。


「え? ティナって、傭兵になってまだ1年くらいでしょ? それなのに昇級ってすごくない?」


「そ、そうかな。1年で昇級ってのが早いのか遅いのか、ちょっとわかんないけど……」


「きっと早くてすごいんだよ! あー、でもそうだよね。ティナ、今までずぅっと頑張ってきたんだもん。一日に何件も仕事こなしてさ、よくフラフラになってたもんね。その頑張りが認められたんだよ」

 1人で喋って1人で納得した様子のアレットは、ようやく私の手を解放した。


「そうかな。そうだといいけど」

 確かに、今まで数え切れないくらいの仕事をやってきた。頑張ったと、胸を張って言えるくらいには。


 するとアレットは、「あ~あ」と何やら不満げな顔になる。


「ティナはすごいなぁ。なんかもう、完全に社会人って感じ。私なんて、学校を卒業してもまだ勉強しててさ。早く試験に合格して、協会員になりたいよ」


 アレットは、傭兵支援協会の協会員を目指して勉強中だ。


「試験って、いつだっけ」

 聞くとアレットは、眉を捻った顔のまま「半年後」と答えた。


「ほかの同級生はさぁ、ティナもそうだけどみんな就職してさ、もう働いてるんだよ。そんな中、私は家で勉強、勉強、勉強。朝はこうして散歩して気分転換しようとしてるんだけど、やっぱり焦るよ。それに、ちょっと不安……」


 その気持ちは、わからないでもない。でも……。


「焦っても何も変わらないよ。試験の日程は決まってるわけだし」


「まぁね」

 溜め息をつくアレット。


「それに、アレットなら絶対に合格できるよ。ほかのみんなより、ほんの少し遅れるだけ。……っていうか、ほかのみんなは関係無いよ。余計なことを考えちゃ駄目だと思う。平常心、平常心だよ、アレット」

 思いつく限りの励ましの言葉を送ってみる。


 すると、アレットは嬉しそうに笑った。


「ありがと、ティナ。ティナに会えて良かった。なんか、元気出た」

 そう言ってもらえると、こちらとしても嬉しい。


「ティナとは、たまにしか会えなくなっちゃったからね。卒業してすぐに、どこかに行っちゃうし」


「ああ……」

 あの2ヶ月間の出来事を思い出す。


 そういえば私、先月中頃までの1ヶ月間くらい、傭兵じゃなかったんだよなぁ。

 まだまだ記憶に新しい。


「じゃあ、私帰るね。引き止めちゃってごめん」

 そう言って、踵を返すアレット。


「いいよ。私も、アレットと話せて良かった」


 アレットは振り返り、笑みを深める。


「えへへ。じゃ、またね、ティナ」

「うん、また」

 互いに手を振り合い、アレットの姿が建物の角に消えてから、私は駅への歩を再開させた。

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