第九話 ドリームルーム
「え?どーてー?なに幽静さん?どうゆう意味??」
すっ恍けた返答だった。
(……………え?)
心の緊張が一瞬でほどける。まさかの返答に隼人はゆっくりと顔を上げると、すごく真面目な顔をして愛瑠が幽静に「え?なに?」などとまだ聞いていた。
(あ、愛瑠ちゃんって…まさか天然!?)
幽静がチラッと僕の方を見て口元を緩ませた。
(幽静さん…まさか分かって言ったのかな?)
「んじゃ、そのカードはミ〜ちゃんに俺からって言って渡してね〜」
幽静さんがキーチェーンからまた新しい鍵を引きちぎり粉々にして隼人らに振りかけてきた。
金色の粉が静かに消えると
辺りは一面真っ暗闇だった。今まで眩しい程の太陽の下に居たので全く目が慣れず、隼人は手探りで辺りを確かめる。
「きゃっ」
すると肩に何かぶつかった感触と愛瑠の可愛らしい声が聞こえて来た。
「は、隼人く、ん?」
隼人はこくりと頷く。しかし、暗闇の中では見えず愛瑠は不安そうな声を出した。
「隼人くんだよね?え?だ、誰?違うの?」
(そうか、真っ暗だから声を出さなきゃ分からないんだ)
隼人は一度ごくっと唾を呑み、呼吸を意識的に整えてから言った。
「そ、そ、そうだ…よ」
しかし、声はひっくり返っているし、吃ってしまっているし、もう最悪な感じだった。
「ふふふっ、隼人くんも怖いの?」
愛瑠がクスクス笑っていた。一気に額から汗が吹き出し、手で拭おうをすると愛瑠の体のどこかに触れてしまった。
「あっっ、ご、ごめ…」
「ふふ、大丈夫だよ」
2人とも動くのを止め、暫しの沈黙が続く。
(あれ?今どこに触れてたんだろう?もしかして、もしかして???!!!)
隼人の妄想が暴走しかけたその時、急に眩しい程のライトの光が2人にスポットを当てた。眩しさに隼人は目が眩む。
『よーーこそ♪ドリームルームへーーー!!!』
上の方からマイクを通して女の子の声が聞こえる。その後、部屋全体にも明かりが付く。
『ここでは生前あなたが叶える事が出来なかった夢を実現させるという素敵すぎる場所なのです♪』
少しづつ目が慣れてきた。しかし、やっと見えてきたものもまた目がチカチカしそうな空間だった。ペールトーンのピンクと水色とパープルの床、壁、天井は、星やドットやストライプやレースの柄がごちゃごちゃと入り交じっていた。更に、この馬鹿でかい正方形の部屋には巨大な苺のショートケーキやくまのぬいぐるみ、グリッターがたっぷり入ったマニキュアなどが置いてある。一体どんな巨人の子供部屋なんだとツッコミを入れたくなる程だ。
上を見上げると天井から吊るされたユニコーン型のゴンドラに乗った2人が見えた。隼人の隣では目をまん丸にした愛瑠が呆然としていた。
ゴンドラに乗っていたのは、クルクルのハニーブロンドのツインテール、赤ちゃんの様なピンクの頬に白くてふっくらした肌、大きな瞳の隼人と同じ歳くらいの女の子。そして、細身の長身、サラサラのあごラインまで伸びた茶髪に、濃すぎないのにハッキリと整った、いわゆるイケメンな大学生くらいの青年だった。
今回はツッコミ役の幽静が居ないので2人でポカンと見上げているだけだった。無反応な2人が面白くなかったのか黙ったままゴンドラが床近くまで降りてきた。女の子は少し頬を膨らませていた。
「夢を叶えると言っているのですよ?何か反応は無いのですか?」
やたらキラキラしたマイクを下げ、女の子は低めのテンションで話しかけてきた。
「あっ、え、えっと、感動のあまり声が出なくて。ね、隼人くん」
愛瑠が焦って弁解してみせた。隼人も一応頷く。
「え〜そうなんですか〜♪ラウラ嬉しい♪」
今度は急にハイテンションになり、彼女は片足をぴょこんと上げてみせた。
(ここって、天国へと続く所なんだよね!?だ、大丈夫かな)
「あ、自己紹介が遅れました♪私は天使のラウラと申します」
「僕は天使のレムです。よろしくね」
男の子は、甘い声でそう言うと愛瑠に向かってウィンクをした。愛瑠の頬がポッと赤くなる。
(女の子は皆こういうのに弱いんだ…なんだ)
隼人は嫉妬の目でレムと愛瑠を見た。
「ではでは、お二人の夢をお聞かせ下さい♪」
ラウラはどこに隠していたのかiPadみたいなものをいつの間にか手に持っていた。
「では、まずは愛瑠さん、あなたからね♪」
急に指名されて少し戸惑いつつも、愛瑠は唇に指を当てうーんと悩み始めた。
「なんでも一つだけ叶えて差し上げますよ♪たとえば、イケメンと遊園地デートをしたいとか、スイーツを好きなだけ食べたいとか、好きな漫画の主人公と一緒に冒険がしたいとか。勿論、あなたは亡くなっているのでバーチャル世界での実現になりますけどね」
「うーーんと、じゃあ『ロスト・レガリア』の世界を実際にプレイしたいとかも出来るの?」
「もちろんですよ」
にっこり笑ってレムが答えた。また愛瑠の頬が紅潮する。
「おけおけ〜♪では、ロスト・レガリアの世界へーーー!」
ラウラがタブレットに文字を入力し、少し大袈裟にエンターキーを押すと、抗う事は出来ない程の吸引力で隼人達はタブレットの中に吸い込まれていった。