第七話 カエルしゃーーーん
「え?」
金粉が消えると、先ほどまで居た白い部屋ではなく、永遠と砂地が続く空間だった。見上げると青い空がひたすら広がっていて、あとは前も後ろも横も凹凸もないただの砂だけの場所だ。心地よい熱気を帯びた空気が辺り一面に漂う。
(ここ?砂漠??)
隼人はただオロオロして愛瑠と幽静の顔を代わる代わる見る。愛瑠は可愛らしい目をぱちくりさせていた。
「お、誰か来るぞ〜」
幽静が空を見上げながら言った。隼人と愛瑠は一度お互いに顔を見合わせ、それから空を見た。
すると、
ずどおおおおおおおん
突然、空から男の子が降って来た。その場に砂煙が上がる。愛瑠がびっくりして思わず幽静の後ろに隠れ、背中にぎゅっとしがみついた。男の子は上半身が砂に埋まってしまっていた。
(僕の方が近かったのに…。やっぱり幽静さんの方に行きたいよな…)
隼人が勝手に拗ねていると、男の子はもがき出し何とか砂から出てきた。口の中に砂が入ったのだろう。ぺっぺとその場に唾を吐く。
「いっててて」
彼は、青いTシャツにデニムの短パン、日に焼けた肌とツンツンの髪が活発な印象を与える子だった。
(僕は小学生の時、こういう子達が苦手だったし憧れだった…な。今でもだけど)
男の子は立ち上がると同時にすぐに幽静達に気づいた。
「お、おじさん達だれ!?」
「通〜りすがりのもんだよ。気にすんな」
しかし彼は、思いっきり警戒心の目でじっと睨んで身構えてきた。こんな子にですら、隼人はやはり睨まれると癖で目を逸らしてしまう。一方、幽静はそんな男の子の態度を全く気にしていない口調で話しかける。
「あ、ほらほら、あっちを見てごらん、誰か居るよ〜」
幽静が指差す先には、いつの間にかレッドカーペットが現れていた。ロール状のカーペットが魔法の様に一人でにくるくると真っすぐ転がっていき、鮮やかな赤い道を作っていく。
カーペットの傍らには2人の人物が立っていた。いや、人なのか?一人は確かに12.3歳くらいの少女だった。髪を耳の横で二つに結び、何故か紺色のスクール水着を着て眼帯していた。しかも素足。
(熱くないの!?熱くないの!!??)
しかし、まだその少女は良い。人型なので。その少女の隣には、彼女と同じくらいの背丈をした2本足で立つ
「うわ〜すっげぇでかいカエルだ!!」
男の子は一目散にカエルに向かっていった。男の子よりも背が高いそのカエルは、蒼々としたぬったり感のある皮膚が太陽によって良い感じに艶めいていた。黄色い飛び出た目を時々パチパチと瞼で覆う。
「すげぇ!!おい、カエル!お前喋れるのか!?何か言ってみてよ!」
男の子はやや興奮気味でカエルに話しかけた。するとカエルはもう一度瞬きをした後、ゆっくりと口を開く。
「うるせ、ガキ。殺すぞ」
その声は、あまりにダンディー過ぎて一瞬誰が喋ったか分からない程だった。
「ロイ、もう死んでるよ」
隣のスクール水着の少女がボソっとツッコミを入れる。男の子はその場で固まったまま動かなくなってしまった。
「おいおい、ロイ、トリニティ、相手はまだ子供だぞ〜。いつもそんな接客態度なのか〜」
(接客!???)
隼人は人生で初めて心の中でツッコミを入れた。いや正確には、これは二回目。
「だめだよ〜、ほら、俺がアキバのメイドカフェに行った時の話をしただろ?せっかく天国に来てくれた魂を誠心誠意お迎えしなきゃ〜」
まぁしなくても良いけど、という語尾がつきそうな顔をしながら幽静が言った。
「しかしな、幽静さんよ、このガキ俺を見てカエルって言ったんだぜ?」
(か、カエルじゃなきゃ何なんだ!?)
心中のツッコミ、更にもう一回。
「カッコいい男はそんな事気にしちゃ駄目だ〜、ロイ。それにカエルのどこが悪いんだよ?ん?」
幽静にたしなめられ、カエル…ロイはうっと言葉を詰まらせた。
「誰もカエルが悪いなんて言っちゃないぜ、ただ」
チラリとスクール水着の少女をロイは見た。
「私、全ての生き物を愛せるけど、カエルだけは無理。絶対無理。色々無理」
無表情で答える少女に「はぁ」とロイは大きく肩を落とした。
「こらこら、トリニティ、ロイと仲良くしなきゃ駄目だろ〜」
初めて幽静が微妙に困った顔を見せた。が、少女はプイとそっぽを向いてしまった。
「あれ?あれ〜??トリニティちゃん良いのかな〜。俺、この間アキバに行ったついでにユニオンで秋山さんのCDを買って来たんだけど〜」
ピクっとトリニティの耳が動く。
「いらない?」
幽静が意地の悪い笑みを浮かべる。
「う…」
「ねぇねぇ、いらないの〜?」
トリニティの耳元で更に追いつめる様に幽静が囁く。
「う、う、う……………」
「ほ、ら」
顔を赤くしてフルフルと彼女は体を震わせた。そして、潤んだ瞳でキッと一度幽静を睨むと
「カエルしゃーーーん、大好きですぅーーー」
究極の笑みを浮かべ、萌え声でロイに抱きついた。ロイは「ははっ」と照れ笑いを浮かべている。
そんなやりとりをただの傍観者となり見守っていた隼人と愛瑠だが、ハッと愛瑠が我に返り幽静の背中をつついた。
「ん?どうした〜愛瑠ちゃん」
「ね、ね、幽静さん、あの子あのまま放置してて良いのかな?」
愛瑠の視線の先にはまだ硬直したままの男の子が居た。
「あっ、あ〜!忘れてたね〜すっかり忘れてた」
さして悪びれた様子もなく幽静が答えた。
「ね〜ね〜2人とも、お遊びはそれくらいにしておいてそろそろ〜」
砂の上をはしゃぎまわるトリニティに、ロイはプールの水をパシャパシャとかける様に砂をかけていた。何の遊びか全く分からないが表面的にはともて楽しそうだ。
「はいは〜い、しゅ〜りょ〜」
幽静が胸ポケットからCDを取り出した。すると、一気にトリニティは無表情に変わり、幽静からそれを荒々しく奪い取った。取り残されロイもすごすごとカーペットの脇に戻る。
「羽山 遼太郎君」
トリニティが名前を呼ぶと、やっと男の子のフリーズ状態が解けた。
「あっ、えっ?」
キョロキョロと辺りを見渡す。彼の前には、ロイとトリニティ、後ろには幽静達という結局最初のポジションに戻っていた。
「ようこそ、羽山 遼太郎君ムービーショウへ。司会進行役のトリニティと」
「ロイだ」
2人は深々と頭を下げた。
「では、まずは生誕の映像をご覧下さい」
トリニティがきっちり5本の指を揃えて差した先に、ポーンという不思議な機械音の後立体映像の様なものが現れた。
「おぎゃーおぎゃー」
産声をあげるまだへその緒が付いた赤ん坊が、看護師によって抱きかかえられていた。
暫くしてすぐに映像は消えてしまった。
「では、こちらにお進み下さい」
ロイがカーペットの上を歩く。その後を皆でゾロゾロと付いて行った。
「こちらは初めてのハイハイです」
今度はロイが4本指を差し出した。
優しそうな女性に向かってハイハイをする赤ちゃんが映し出された。彼の母親だろうか?ともて愛に溢れた瞳で彼を見つけていた。
(僕の母さんも、僕が赤ちゃんの頃はあんな表情をしてくれていたのかな?)
隼人が少し顔色を曇らせ俯く。それを見て愛瑠が心配そうに声をかけた。
「具合悪い?大丈夫?」
そんな声をかけてもらった事がない隼人はビックリして何も答えられず首を横に振った。
(熱があっても塾は休ませて貰えなかったのに。こんな風に心配してもらえるなんて)
また映像が消える。
カーペットを更に進むと、今度は七五三のものだった。袴姿に千歳飴を持った男の子が嬉しそうに立っていた。この頃の男の子の顔はもう今居る彼と殆ど変わらなかった。彼の右隣には野球選手みたいな体格をした笑顔が眩しい男性と、先ほどの女性が映っていた。家族写真でも撮っていたのだろう。3人は暫く静止した後楽しそうに笑い合っていた。男性は「かっこいいな遼太郎」などと言いながら何度も彼の頭を撫でていた。
「あれはキミのお父さんとお母さんかな〜?」
幽静が男の子に問いかけた。男の子は映像から目を離す事なく「うん」と頷いた。
「最後は本日の映像をご覧下さい」
トリニティはそう言い終えると軽く頭を下げた。