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第五話 美少女フィギュア

「川みたいだろ?」

幽静がニヤッと笑った。

水が抜けた水槽の底から仰向けに倒れた人間が姿を現した。距離は保ちながらも様子を見ると、隼人と同じ歳くらいの長い髪をした少女である事が分かった。彼女は衣服を一切身にまとっておらず、つまり…裸だった。

「!!!!」

慌てて顔を背ける。隼人が女子の裸を見るのは多分人生で初めてだろうという事が良く分かる反応だった。それを見て幽静がニヤニヤっと笑う。

「その子は俺が造った魂のない偽体。ま、言ったらフィギュアってとこだね」

一度目を逸らしたもののチラチラと少女の方をついつい見てしまう隼人。少女は、目を閉じているがすごく美しかった。テレビ以外でまともに女子を見る事が出来ない隼人ですら、惹き付けてしまう程の美少女だった。

「名前は愛瑠ちゃんって言うんだよ」

幽静はスーツのポケットからゴソゴソと何かを取り出した。

「俺さ〜アニメとか大好きでさ〜この間もアキバで良いの見つけたんだよ〜」

テーブルの上に出されたのは、水着を着て四つん這いになっている美少女フィギュアだった。顔や髪型が倒れている少女にそっくりだ。

「………」

「この子をモデルに造ったんだけど、どう?隼人君!?」

どうと言われてもどうも答える事が出来ず、とりあえず隼人は黙ったままにしておいた。

「あ、そこで倒れている愛瑠ちゃんも今はただのフィギュアと同じだから触っても大丈夫だよ」

幽静は取り出したフィギュアを満足そうに眺めていた。

(い、生きてないのかな?)

隼人は、恐る恐るフィギュアの少女に1歩近づいてみた。ダークブラウンのさらさらロングヘア、ニキビもそばかすも無い白く透き通った肌、すっと高い鼻、長くカールしたまつ毛、細長い手足…全てが完璧だった。見えない引力に引き込まれる様にもう一歩、更に一歩近づく。

細すぎない女の子らしい体つき、そして程よい大きさの胸元…。

「!!!!!!!!!」

決して決していやらしい気持ちで見ていた訳ではないが、とてつもなく恥ずかしい気持ちになり、隼人は顔を真っ赤になった。

(しまった!!ジロジロ見てた事をバレた?!)

慌てて幽静の方を振り向くと、彼はそんな動揺に気づいていないのか、無関心なのか、機嫌よさそうにテーブルの上をフィギュアで遊んでいた。

(よ、良かった…)

再び少女に目をやる。その類いまれなる美しさに思わず口が半開きになっていた。

「あ、そ〜だ、今から隼人君には天国に行くか地獄に行くかのテストを受けてもらうよ」

急に声をかけられて隼人の体がビクっと大きく揺れた。

「え!?ええ?」

声を裏返らせながら、幽静を見る。

「だって神も悪魔も決められないんだから、自分で決めてもらうしかないだろ〜?」

幽静の言う事はとにかく奇抜で突拍子もなさ過ぎて頭が全くついていけない。

「でだ、隼人君は全く華が無いから、美少女と一緒に行動してもらうよ、じゃないと絵面があまりに面白くない」

(どうせ…僕は見た目も中身も暗くて面白くない人間だ、よ)

言われ過ぎてもう慣れてしまった言葉だが、やはりどこかいじけてしまった。

「ただ、愛瑠ちゃんは今のままじゃ只のフィギュアだから駄目だ。そこで、地獄に落ちた魂を借りて隼人君のパートナーとして一緒に行動してもらうよ」

隼人は「一緒に行動」という言葉にかなり動揺した。人と一緒に行動するなんて生きていた頃にはない事だ。隼人はいつも教室で1人だった。

「では、お人形ちゃんに魂を込めるぞ〜、あ、これが良い♪隼人君、これキャッチしてくれ〜」

幽静がテーブルにある葡萄を一粒取りゆっくり投げてきた。取り易い様に投げてくれたのに隼人は落としそうになり、あたふたする。両膝を床に着けて何とも情けない姿でかろうじて葡萄をキャッチ出来た。

「それは地獄にいる魂を呼び寄せるきっかけさ。悪いが葡萄を愛瑠ちゃんの口に入れてくれないか?」

「え!!?」

驚きのあまり幽静の顔をしっかりと見た。幽静は手をヒラヒラさせいかにも早くやれといった感じだった。仕方なく今度はチラッと少女に目をやった。出来るだけ顔だけに目線を集中させる様にして。

口元を見ると、淡いピンク色をした小さな膨らみが艶やかに濡れていた。隼人の体温が一気に上昇し、まるでインフルエンザにでもかかったかの様に頭がフラフラし出した。

「は〜や〜と〜く〜ん、ほらぁ早く。地獄に行くかもしれないテストはもう始まってるよ〜」

「地獄」という言葉にビクっと体が反応し、もう一度幽静を見る。相変わらず手をヒラヒラさせているだけなのだが、グズの自分にイラついている様に隼人には見えた。

ふと、クラスメイト達の顔がふと頭をよぎる。

(早くしなきゃ…もっと嫌な思いをする羽目に合う)

隼人は少女の近くにしゃがみ込み、目をぎゅっと閉じて唇に葡萄を押し込んだ。


クチュ…


何ともいえない柔らかな感触が吸い付く様に隼人の指先を襲った。全身に鳥肌が立つ。指先から体が溶けていく様だ。

パシン!!!

 隼人が甘い感触に教われるのと同時に、部屋の中で青紫色の稲妻みたいな光が走り回った。

すると、人形の様だった「愛瑠ちゃん」の体が急に動きだし、うずくまって咳をし始めていた。肌はみるみる血色が良くなり、より艶やかに生命を宿した証の様に小刻みに震えていた。生きている本物の少女という実感が隼人にも湧いて来て更に心臓が高鳴った。

「はっ…はあはあ…」

咳がようやく止まると、彼女は荒くなった息を整えながら顔を上げた。顔に張り付いた髪がまた隼人の心拍数を上げた。

「いや、うまくいった。俺の作ったフィギュアと魂が適合したんだ!すごいだろ?まだ一回も成功した事が無かったからね〜。いやぁ〜正直俺も不安でさー」

(…今まで成功した事が無かったのか… )

幽静の声で心拍数が落ち着いた隼人は、複雑な表情で彼を見た。

「!!!ひぃい!!やめて!!やめて!!!」

「愛瑠ちゃん」は、目を開けたかと思うと急に手足をバタバタさせ、床に倒れたまま叫び出した。その常軌を逸した行動にどう対処して良いか分からず、隼人は無言で後ずさりをしてしまった。

チラっと冷たい視線で隼人を見てから、ゆっくりと幽静が立ち上がり「愛瑠ちゃん」に近づく。今まで座っていたので分からなかったが、幽静はすらりとした高身長の持ち主だった。

たじろく事無く幽静はバタつかせている両手を掴み、上から覆い被さると「愛瑠ちゃん」の耳元に顔を近づけ穏やかな声で話しかけた。

「よっぽど地獄で怖いものを見たんだね。落ち着いて息を吸ってごらん……さあ…俺の目を見て」

突然ガクンと「愛瑠ちゃん」は力が抜け、気を失ってしまった。幽静がニヤっと笑い軽々と抱き上げる。幽静さんの腕の中で「愛瑠ちゃん」は再び静かに瞳を閉じていた。

「ヒロインが全裸ってのも何だから、お着替えさせてくるよ。隼人君はちょっとここで待ってて」

 幽静は「愛瑠ちゃん」を抱いて奥へと消えて行ってしまった。ぽつんと1人取り残され隼人はモジモジする。

(え…ここで…)

幽静達が居なくなると急にシンと静まり返った部屋は、ただの不気味な空間でしか無かった。他の水槽からチャプウンと音がする。

(もしかしたら、他の水槽にも人が入っていて…突然動き出して出てくるかもしれない…)

死んでいる癖に隼人はまだ何かに怯え、テーブルの足に背中をつけ肩をすぼめてそのまま床に体操座りをした。この姿勢は、いつもの隼人の姿勢だった。

(臆病者の姿、死んでも直らなかった…)




パタン!!!!

 金の細工が施された襖が勢い良く開く。襖を開けた先は、い草の良い香りが立ち籠める畳敷きの巨大な部屋だった。何畳か数えるのはちょっと遠慮したくなる様な、体育館なんかよりもずっともっと広い部屋。高い天井からは常磐色や萌葱色や翡翠色をしたオーガンジー生地が幾重にも垂らされていた。その布を掻き分け、赤と白の着物を着た二人の小さな女の子が小走りで奥へと進んで行く。二人は髪型から顔、背丈も然る事ながら歩き方まで瓜二つだった。

幾枚目かの布を掻き分けた後、六角形をした檜風呂が見えた。風呂の中では女性が日本酒を楽しみながらくつろいでいた。

女の子達は最後の一枚をめくると、すぐにその場で膝を着き、額を畳にこすりつける様に頭を下げた。

「なんだ、ワシが入浴中は邪魔するなと言っておろう」

口につけていたおちょこを荒々しく風呂の縁に置くとジロリと二人を睨みつけた。20代前半くらいだろうか。妖艶さと冷たさを持つ、かなりの美人だった。

「申し訳ありません。ただ、ご報告したい事が」

幼く愛らしい声で二人はハモる。二人はまだ額をしっかりと畳に着けていた。

「分かっておる。幽静のやつめ、ワシのテリトリーから勝手に魂をくすねおって」

ザバッと女性がその場に立ち上がる。本人の顔よりも大きいのではないかと思える胸がぷるんと揺れた。

「くくく、あやつ。これから見物だな」

女性は含みのある笑いを浮かべていた。


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