第一話 白い蝶
ぼんやりと朧げな光をまとった一匹の白い蝶が、雲一つないクリアブルーの夏空に向かって教室の窓からスローモーションの様に飛び立つ。その様子をただ呆然と目を見開いたまま見つめるクラスメイト達。みな、魔法にでもかかったのか、声も上げずその一部始終をじっと見守っていた。
外に飛び出した蝶は一瞬ふわりと空の中に溶け込むと、羽根を全く動かす事なく落下し始めた。それは、さながらクルクルとワルツを踊りながら落ちるイチョウの葉の様だった。
ズドオオオオン
夢の様な非現実的感覚から一気に現実に引き戻される。けたたましく鳴り響く朝の目覚まし時計のアラームみたいに大きな音がグラウンドに鳴り響いた。それがまるで引き金になったかの如く、今まで立ち尽くしていた生徒達が一斉に窓に向かって駆け寄る。
「きゃーーーーーーーーーーーー」
教室の窓から下を覗き込んだ女子生徒の1人が叫び声をあげた。
少年は暗闇の中、重い瞼をゆっくりと開く。うつ伏せの状態で長い時間じっとその場に眠っていたのだろう。彼は手足の感覚などを確かめながらのそのそと体を起こした。
「ここは…」
上半身を起こした所で、360度見渡す。そこは、赤茶色の土があるだけで後はひたすら暗闇だった。乾いた風が吹く静寂に包まれた空間。少しだるそうに少年は立ち上がると、制服に付いた砂埃をまだ動きが鈍い手で払っていった。
(もしかしてここは)
少年は暫く辺りの様子を伺っていたが、何も見当たらない事が分かると少し怯えながらも足を進めた。
彼が2、3歩歩き出した時点でビキビキという何か割れる音が聞こえてきた。慌てて足元を見ると地面に亀裂が入っていた。更にその亀裂は直線を描く様に前方にどんどん進んで行く。
「な、な」
最初はゆっくり進んでいた亀裂だが次第に加速していき暗闇の先まで進んでいってしまった。肉眼ではもうどこまで進んでいるのか確認出来なくなってしまったが、ひび割れが止まる事はなく突き進む音が鳴り響いていた。闇の奥から聞こえていた地割れは段々と音が小さくなったかと思うと、また徐々に大きくなっていった。しかも今度は後方から聞こえてくる。
「え!?」
後ろを振り向くと亀裂が少年に突っ込んでくる勢いで迫ってきていた。
「えええ!?」
足元から始まった亀裂が後方から来たものとピッタリと繋がると、ゴゴゴゴという地響きをたてた後、左右に地面が離れていった。
「わわわ」
このままでは胯裂きの刑みたいな格好になりそうだったので少年は慌てて左側の地面に飛び移る。しかし、綺麗に着地出来ず、顔面から倒れ込んでしまった。
「いってて」
亀裂は1メートル幅くらいまで広がると急にピタリと動きを止めた。またその場に静寂が戻る。
「何だったんだ?」
少年は四つん這いのままで、今はもう崖となった所まで這って行き恐る恐る下を覗き込んだ。すると大きな音をたてて崖の奥底から、噴水の水が垂直に飛び出す様に白い水が吹き出してきた。
「うわぁぁ!」
吹き出した水はある一定の高さまで登ると左右に飛散し、地面に白い水溜りがどんどんと広がっていった。水溜りはぷるぷると揺れるとお互いくっつき合い、次第にそこをごつごつとした赤土から白いタイル製の床と変化していった。さらに、ある程度床が横に広がると今度は縦に連なっていき、壁へと変貌していった。
少年の足元では、彼が踏んでいる地面の部分に床を造ろうと水溜りが集まってきていた。
「あ、ご、ごめんなさい」
少年は慌ててすぐ横に出来た床に移動すると、彼が立っていた部分にも床がすぐ出来た。みるみるうちに辺り一帯にはちょうど部屋を縦に割った様に、崖を境に縦長の部屋が出来上がっていった。天井まで完成すると、吹き出していた水が止まり、再び地面が動きだす。
「あわわわ」
再び少年が倒れ込む。無様に床に倒れている彼なんかにはお構いなしに、左右の地面がまた一つになろうと動く。そうして別れていた地面と部屋が中央でピッタリとくっつくと完全に動きが止まった。出来上がった部屋は、床も天井も真っ白で、彼の後ろは壁になっており、奥へと長く続く部屋だった。
先の方になにかある様だがぼんやりとしていて良く見えない。少年が起き上がって、辺りを警戒しながら一歩動くと
カチ
何か嫌な音がした。
「あ…」