WHO'S FOOL,WHAT'S COOL!? ~お化粧タイム?~
《闇夜のイタズラ》よりも後のお話です。
《闇夜~》といい、今作といい、《セイクリッド=アース》の世界観紹介みたいな事になってるのは気のせいでしょうか。
ここは南の大陸 《サーヴィラ》。
その中にあるリオストーン帝国。
平和であるこの国の、城内も当然平和である。
皇帝のいる城があるのは、帝都リューイの中央都市リオン内である。文字通り、帝都の中央ど真ん中に位置している。
帝都リューイの領地自体、元々はリオン王国という一つの王国であった。2000年前の人魔大戦終結時、リオン国王は近隣諸国を束ね、リオストーン帝国を建国した。その際、元々のリオン王国の国土を帝都リューイと改め、王都を中央都市リオンと改めたのである。
リオン城は中央都市リオンの中央から少し北に建っており、その敷地は広大で村か街ひとつ分くらいはある。森と高い城壁に囲まれており、おいそれとは侵入出来ない城ではあるが、どうやら隠し通路がいくつかあるらしく、 つい先日も、小さな侵入者を許したばかりであった。
まぁ、その後は警備が厳しくなり、門以外からは出る事も入る事もより一層難しくはなったが。
敷地内には、中央館・東館・西館・南館・北館・と大きく5つの建物があり、勿論一番大きいのは中央館である。元々の王城であり、皇帝の居住区があるだけでなく、内政・外交など行うための会議室やら応接室やら政務室やら政を行うための部屋が多数ある。
敷地を囲む城壁にはいくつかの門があり、一番大きな正門は南門である。その南門に一番近い南館が騎士団の宿舎と訓練施設がメインの建物である。基本的に城に仕えている者は女官や騎士団員を含め、ほぼ全員城内の宿舎で生活している。独身者は敷地内にある宿舎に住む事が原則となっており、例外は既婚者と政治家に神官だけである。
ちなみに、西館は城に仕える者達の宿舎と政治家の仮住まいとなっており、東館はリューイ一の蔵書数を誇る書物や資料のある書庫がメインの学舎となっている。北館は名称こそ『館』となっているが、実際は備蓄倉庫であり、帝国内で災害などが起こった時は北館にある食料や資材は被災地へと送られる。よって北館は常に魔術で冷やしてある。当然食料が長持ちするように、だ。
そして、今回のメイン舞台は西館である。
「うわーっ! やっばい!!」
城内は平和。先ほどそう明記した。
そうだ。
平和である…ハズ…なんだ…本当は。
「やぁっべー! すっげぇやばいよぉ!!」
西館は要は官舎である。主に独身の政治家の居住している西別館と、主に城内で仕事をしている者が居住している西本館の2つの建物が隣接して建っており、各階が通路で繋がっていて、行き来は出来るようになっている。しかし、通路は1・2階にしかない。その理由は、西本館の3階以上は女性のみの住まいだからである。
政治家はやはり男性が多い。だが、城に仕えている者は大半が女官である。料理人・庭師・宮大工などには男性もいるが、宮仕えの8割方は女性であり、当然人数も政治家より多い。政治家は大半が既婚者で、リオンの街中に家を持っている者が大半だからだ。そう、だからこそ、宮仕えの者の住まいが本館なのである。
帝都リューイにおいて、宮仕えは政治家と同じく公務員である。基本給与も高く、帝国中の女性の憧れの職業でもある。だが、今回のお話では、女官は殆ど関わらない。
今回関わるのは、政治家の方だ。
官舎住まいの政治家は基本独身者であるが、中には家族との暮らしを嫌い、官舎に住む者もいるし、年齢と体力を考え、通いよりは官舎に住んだ方が良いから、という理由で官舎に住んでいる者もいる。
先ほどから騒いでいる少年が走っている廊下は、西別館の2階の廊下である。3階から勢いよく降りてきたかと思いきや、猛ダッシュで2階廊下を駆け抜ける。そこへ、とある政治家の部屋の掃除を終えた女官が出てきた。
「あっ、シャサさんっ!! レイ見かけなかった!?」
「レイ様なら…半刻ほど前に地下の第2書庫で見かけましたが………あっ、アレス様!?」
「ありがと―――ッ! シャサさんっ、今度貴女の為に水晶細工、作ってあげるねーっっ」
「あッ! アレス様!? ちょっとお待ちくださいっ! アレス様っ」
栗色の長い髪をうなじで一つに纏めている女官・シャサは立ち止まる事無く目の前を駆け抜けるアレスを呆然と見送るしかなかった。アレスが手に握りしめていた袋に見覚えがあり、かつアレスが持っている事に疑問を持ったので、呼び止めたのだが、走る勢いで完全にスルーされたのだ。
「アレス様……なぜ女官だけに配布されている化粧袋を持っておられるのですか…?」
一体どこで手に入れたんだ、と聞きたくなる持ち物である。
アレスは騎士団魔術組総長とはいえ、まだ14歳だ。女官とどうこうなる年齢ではない。以前、ナンパが趣味の騎士団員が「ごめんね。つい、君のものが欲しくて持って帰っちゃった」などと言ってとある女官に化粧袋を手渡していた処を、シャサは見たことがあった。
それは即ち騎士団員にナンパされた女官が、自室にその騎士団員を入れた事を示していたが、当人同士がそれで良ければいいだろうと思っていた。
だが、アレスにそんな事はありえない。しかし、アレスが女官の誰かから借りたとも思えない。その化粧袋は持ち主である女官にしか開けられない仕様になっている。特殊な魔法を使っているのだ。だからこそ、女官たちは大事な物を化粧袋に入れている。シャサ自身も、化粧袋には親の形見を入れている。
だからこそ余計に、自分では開けられない筈の化粧袋をアレスが持っているのがおかしいのだ。アレスならば、力ずくで女官から化粧袋を奪う事は出来るだろう。しかし、中身が見れないどころか触れないアレスが、そんな事をして何の意味がある?
シャサの脳内はプチパニックだ。
そして当のアレスはというと。
西別館の階段を駆け下り、地下にある政治家専用の第2書庫へと向かっていた。
猛烈な勢いで階段を駆け下りるアレス。滑りそうだが滑らない。……ちっ、運のいい奴……。
「レイ――!! いるかぁ――!!!」
けたたましい音を立てて開く扉。と、いうより、けたたましい音を立てて倒れた扉。理由は簡単。アレスは扉を開けたのではなく、蹴り倒したのだから。
「なっ…ア、アレス!? 一体何……あぁー! 扉がっ!!」
扉の勢いに驚き、思わず椅子から立ち上がり、手に持っていた書物を落としてしまう。
どうやらレイは、書庫の奥のテーブルで、読書をしていた様だった。
「扉なんてどーでもいいのぉ! それよりレイッッ匿ってくれよーぅ」
泣きそうな顔でレイにすがるアレス。一体どうしたというのだ。
「またぁ!? 今度は一体誰に何したんだよっ!」
また…? そっか、しょっちゅう怒られる様な事してるんだっけかコイツ。
「じ、実は………ほんのっ、ちょっとしたっ、遊びのね? つもりだったんだよ! なのにあの人キレちゃって……ほ、本当に冗談のつもりだったんだっ! 信じてくれよっレイッ」
「それで!? 一体誰に何をしたんだ!?」
右手で思い切りテーブルを叩く。
「レイって…顔に似合わず短気だよね……」
本当にな。金髪美少年が台無しだよ。折角綺麗な顔してるのに、怒りで般若のようだ。
「はぁ…誰のせいでオレの気が短くなってると思ってるんだよ…」
レイはため息をつきながら、先ほどまで腰かけてた椅子に座る。
「ホントにアレス、一体誰に何をしたんだ? この間の落書き騒動からまだ2日しか経ってないのに……」
「そーだぜアレス♪ なぁにやったんだ? ダーキス様に」
「ぎくっ」
「長老ダーキス様に……?」
ここで登場人物追加。というよりも、最初からこの場に居たがな。
アレスが気づいていなかっただけで、サラウーはテーブルを挟んで、レイの向かい側に座っていた。手にしているのは『リオストーン帝国史 第10巻』。どうやら歴史の勉強中か? だがここは官舎の地下書庫。政治関連の文献があるのはわかるが、歴史書は東館のメイン書庫にあるはずだ。案の定、本の裏表紙には《東館 第3書庫 3列25番》と、その本の本来の保管場所が記載されている。1人で読書がいやで、レイがいる西別館の地下書庫に持ってきたのだろうか?
「な、なんでわかったの……? サラウー……」
「え…」
「だぁってこの前言ってたじゃん。いつかダーキス様にちょっかい出していたいなーって!」
「あっそーいやぁ…サラウーに漏らしたな、俺この前…」
ポンツと手を叩いて頷くアレス。
「おい……?」
「だっろぉ!?」
「うんうん、そーだっ……」
と、その時。
「ちょっと待て!」
いきなりレイが叫んだ。なのに落ち着いている2人。特にアレスが。
「レイ? どしたのいきなり」
「アレス…お前本当なのか? ダーキス様にっていうの……」
レイ、先程大声を出した為、ちょっと息切れしてます。
「うん」
アレス、即答。
「何をやったのかは知らないけど…わかってるのか?」
「何が?」
ズルッと椅子から転げ落ちそうになるサラウー。レイもつられそうになったが、そこは耐えた。
「何がじゃないだろうアレス!」
さぁ、始まりますよ。レイのお説教!
「長老ダーキス様と言えばっ!
10代の頃から国政に関わっておられ、現在は元老院のトップ! 皇帝陛下からの信頼も厚く、その知識量は人間国宝とも言われる程のお方でっ! 大臣達からも神官達からもセシル様からも人望を集めておられる方つ!
……そんな方にアレス、お前は一体……!」
「ちょぉっとさぁ、寝顔に落書きしただけだよ?」
「………は?」
「ハッ……あはははははははは!!!! アレス、お前そんなガキみたいな事したのかよ? まぁガキだけどさぁ、わははっ!」
口を尖らせ、俺別にそんなヒドイ事してないもんって表情のアレスに、
呆れ顔のレイ。
そして大爆笑のサラウー。
そしてそして、
「あ、コレありがとー」
アレスは持っていた巾着袋をレイの隣に座っている人物に渡した。
「役に立ったみたいね。でもあまりレイを怒らせないでよ?」
受け取りつつ、笑みを浮かべるのはエルラだった。レイそっくりの、レイの従姉。
どうやら、例の化粧袋はエルラの物だったようだ。エルラは袋の鍵魔法を解除した状態で、アレスに渡していたのである。だから、化粧袋の中の化粧品を、アレスは使う事が出来たのだ。
「エル……?」
ゆっくりと、身体全体を動かし、エルラを見るレイ。それに気づいたエルラは、一言。
「え? あぁ、アレスが化粧してみたいっていうから、貸してあげたのよお化粧品」
「化粧……」
今度は、アレスの方へゆっくり身体を動かした。
「う……うん、可愛くお化粧したんだけどな。怒られちゃったよ」
「ダーキス様に…?」
ゆらりと動くレイは、はっきり言って不気味である。そのレイの目の前では、サラウーがお腹をかかえて大爆笑中。
「……えと……レイ?」
何処からともなく、レイは剣を出し、鞘から抜き、アレスの前へ突き出した。
冷や汗をたらしながら、アレスはその切っ先を見た。
マズイ。アレスは気づいた。
「罰だ。覚悟しろ」
「ちょ……待って、レイ?」
「俺、逃ーげよっと」
「じゃ、アタシも」
レイはじりじりとアレスに近づく。そんな中、サラウーはそそくさとその場から離れ、エルラもそれに続こうとした。
「エル?」
「………な、何かしら?」
目が座っているレイ。目が泳ぐエルラ。
ヤバイ。これはマズイ。アレスもエルラもそれはわかっている。だがしかし。
「問答…無用――――!!!!!
アレス、エル!! かぁくごぉっ!!!!!!!!!!!」
「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
ご愁傷様。
その後、レイに散々絞られてから、アレスはダーキスの元に放り込まれた。当然、放り込んだのはレイで、エルラも共犯とされ、アレスと共に、ダーキスの前に正座させられた。
勿論、ダーキスからもこんこんと説教があったのは言うまでもない。
「馬っ鹿だよなー。普通自分だってバレないようにするもんだぜ、イタズラって」(サラウー談)
…おい……
「今度は誰にしよっかな!」(アレス談)
……こりないヤツっ!