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壁と絶賛お友達中の私をがん無視して二人は予想外のところに食いついてきた。
「なにぃ!この極上の食べ物はお前が作ったのか!」
「奈津ちゃん料理できるの?へぇ~~~~料理うまいんだね」
特にリカルド君の反応がすごかった。壁に向かっていた私を無理やり振り向かせると肩を掴んでがくがくと揺らしてくる。
ちょ、地味に頭が壁にあたって痛い!
「あの甘美な食べ物は人の手で再現可能なのか?まるで神の奇跡のような味だった。神話の中に出てくる食の女神が作りたもうたかと思った!食事でこんなにも幸せな気分になったことは生まれて初めてだ!俺はてっきりあの食べ物は神が食すものであると思ったぞ!」
ちょ、興奮しすぎ!落ち着いて!
と言いたいのに口調に合わせて肩を揺らす力もだんだん強く早くなるから言えない!
「材料はなんなのだ?どうやったらあんな甘くて白い物体ができるのだ?それに中央のあの黄色かかった物体はなんだ?上の色の濃いところはほろ苦く黄色の部分の甘さに絶妙にマッチしていてそれはまるで計算しつくされたように口の中でひとつに………」
頬を薔薇色に染めあげ、緑色の瞳はらんらんと輝いている。
興奮しているのかどんどん口調が早口になりそれなのに一度たりとも噛んだりせず早口言葉のようなスピードでグルメリポーターのようなことを延々と語る。
まじで気分が悪くなるからやめて………。
私は今、きっと死んだ魚のように濁った目をしている。絶対に。
魔術師さんは魔術師さんで…………。
「ふむ………彼女の知識にあるこれ、これが丁度いい。必要なのは鏡と……」
なにやら考え込んでしまっている。
これはこちらを助けてくれる気配全くない!
「はなし……き、い……うっぷ」
いかん、本格的に気分が………。
かるく胃からこみ上げてくるものを感じはじめた時、救世主は降り立った。
「…………何を、しているのだ?」
全員の視線が入り口に立つその人に集まる。
側近らしい男の人を引き連れたリカルド君のお父さん………この国の王様が困惑したようにこちらを見ていた。
王様の視線が私の肩を掴むリカルド君を見る。
はじかれたようにリカルド君が私からはなれ、うつむく。
「リカルド。何をしている?」
「………」
「リカルド」
名前を呼ばれてびくっ!とリカルド君の身体が震える。
王様の声はそこまできつくなかったのにリカルド君の顔色は見る見る青くなり、先ほどまでの興奮が嘘のようだ。
何か言おうとしているのかリカルド君の口が動くのだが、結局は口をふさぐ。
ただ、小さく、「申し訳ございません」と呟くのが精一杯だったようだ。
王様がはぁ………とため息を吐く。それにリカルド君がまた震えた。
ん?おかしい。
怒られるって思っているにしても反応がやたらびくびくしている。
それにすごく緊張しているみたいだし………親子の間の気安さみたいなものがこの二人からは感じられない。他人に対するみたいに「申し訳ございません」って言っているし。
リカルド君は立場があるかもしれないけどこのぐらいの年の子ならもう少し、こう、なんていうだろう、お父さん、って感じが出てもいいと思うんだけどなぁ………。
腑に落ちない所はあるがなんとなくいき苦しい二人の様子に気になるが口が出せない。
こちらまで暗くなりそうなぐらい落ち込んでいるリカルド君は物凄く気になるがここは話を進めたほうがいいだろうと私は口を開いた。
「あ、あの!リカルド君は別に悪いことなんてしていません。ただ、私の持ってきたプリン・アラ………じゃ判らないか。食べ物をすごく気に入ってくれたみたいで、絶賛してくれたんです!」
「奈津………」
「リカルドが?絶賛?」
「はい!そりゃもう!こちらが驚くぐらい気にいってくれたみたいで立て板に水みたいに勢いでまくし立てていましたから!」
「お、おい!ナツ!」
握りこぶしで力説する私の口をリカルド君が慌ててふさぎにかかる。その顔は真っ赤だ。
「ふがっ!ちょ、なにするのよ!」
「余計なことを父上に言うな!」
「え~~~~余計なことってなによ、全部本当のことだよ?」
「~~~~~~~~~とにかく何も言うな!」
「はいはい………」
物凄く必死に頼まれちゃ無碍にもできませんね。ここは黙りますか。
って、あれ?なんで王様まじまじと私たちを見ているの?
よくよく見れば後ろにいるお付の人も吃驚した顔で私たちを見ていた。
「あの?」
声をかけたら二人ともまるで夢から覚めたような顔で同時に頭を振る。
「いや、なんでもない。失礼した」
誤魔化すように咳払いをすると王様は私にソファーに座るように言ってくれて自分も真正面に座る。
リカルド君が王様の魔術師さんが私の隣に座っておつきの人がてきぱきとお茶を用意してくれてそのまま部屋の隅に待機した。
軽く自己紹介をした後にこれまでのいきさつを話す。
私が異世界の人間であること。
言葉が喋れるようになったのは魔術師さんと知識を交換したおかげであること。
魔術士さんによると帰してもらうことができるということ。
あと、別に無理やりつれてこられたことに関しては怒ってないし、魔術師さんに謝ってもらったのでもうこれで水に流したこと。
これにはリカルド君も王様もやっぱり難色を示したけど被害者である私が納得しているのならと、認めてくれた。
全てを話し終えて乾いた喉を潤そうと紅茶を飲んだ私に王様は深く頭を下げた。
「ぶっ!」
とんでもない王様の行動に口に含んだ紅茶を思わず噴出しかけるのを意思の力で留める。
リカルド君もおつきの人も目を丸くして王様を見ていた。
「え?あ?あの!」
「こちらの事情に巻き込み大変申し訳なかった。そして貴女の寛大なる心に深く感謝する」
うぁ~~うぁ~~~なにこれ、大の大人の人にこんな紳士的に謝ってもらうことなんてないから胸がどきどきするわ~~~~。
心なしか鼓動の早まった心臓を押さえながらそんなことを思ってしまう。
「ねぇねぇ王様王様」
「………なんだ。魔術師(諸悪の根源)」
「あはははは。心の声が丸聞こえだよ~~~~?それよりもさすがにお詫びのひとつもなしって訳にはいかないでしょ?宝物庫から丁度いいのがあったから勝手にもらうよ~~~」
「は?」
魔術師さん、それは無断でこの国の宝物庫からものを持ち出し、あまつさえ、私にくれようとしているように聞こえるんですけど!
誰かが何かを言うよりも早く魔術師さんが手を虚空に伸ばす。
驚いたことにその手はそのまま何もない空間にずぶずぶと沈んでいくではないか。
「な、な、なぁ!」
驚く私だったが頭の片隅で与えられた知識があれは空間を捻じ曲げ、別の場所に繋げる術だと囁く。
知識としては判るがしかし、日本人にしてみればこんなのは手品以外には有り得ない!
「ほいっと!はい。手鏡なら若い女の子の使い勝手もいいし、僕からのお詫びってことで色々特典をつけておいたよ~~~~~」
しばらく何かを探すように腕を動かしていた魔術師さんが軽い掛け声とともに腕を戻す。その手には手のひらサイズの手鏡。
その手鏡を魔術師さんは「はい」となんでもないことのように私に手渡してくるもんだからうっかりとそれを受け取ってしまう。
確かな重みとともに手渡されたそれは中央に透明な石がはめ込まれその石を中心に私の知らない小さな六角形の花びらをした花がモチーフとして掘られている。
まるで月とその光を受けて咲いているかのような花。
その見事さに思わず見入ってしまう。
コンパクトを開ければ磨かれた鏡に中も綺麗に装飾されていて女の子なら絶対に欲しいと思わせる素敵な手鏡だ。
「どう?気に入った?」
魔術師さんの言葉に手鏡に見入っていた私は頷きかけて………慌てて顔をあげた。
「で、で、でも!これ!宝物庫にあったって!この国のもので!高いし!もももももももらえな…………」
こんな自分の世界じゃ美術館に展示されていてもおかしくないような見事な細工の施された手鏡なんて怖くて怖くてとてもじゃないけどもらえない!!
なのに魔術師さんはひらひらと手を振って受け取ってくれない!
「大丈夫だいじょ~~~~ぶ!これは国宝級のものじゃなくて割りと最近上納されたものだし使ってもらえず宝物庫で埃かぶっているかはナツに使ってもらったほうがこの手鏡も喜ぶって」
「で、で、でもっ!」
「それに王様も王子さまもこんな手鏡一枚ぐらいでぐたぐた言うほど狭い了見してないよ。ねぇ?お二方?」
「そうだな。こちらが迷惑をかけたのは事実。しまいこんでいたものを押し付けるようですまないが気にいったのならもらっていただけないか?」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇ」
王様いいんですか!そんなこと言っちゃって!
「気に入らないなら職人を呼んで一からお前好みに作らせるぞ」
ひぃぃぃぃぃぃ!!ブルジョワ発言はやめて!リカルド君!
「それってオーダーメイド!いやいやいや!それはいい。これがいいです!」
あ、やばっ!
「じゃ、決まりだね」
ううっ!断り切れなかった………。
魔術師さんの駄目押しの一言に私はがくりと肩を落とした。