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「答え、出た?」
いつもの如く唐突に現われた魔術師はまるで散歩は楽しかった?と聞いてくるかのような軽さで答えを求めてきた。
王は書類にサインする手を止め、いつもと変わらず胡散臭い格好で苛つきしか感じないニヤニヤ笑いを浮かべている魔術師を睨んだ。
息子であるリカルドそっくりな緑色の瞳は矢のように魔術師を睨みつける。その強さに並みの人間なら青ざめるだろうに精神が魔王級に図太いと確信を持って噂される魔術師の笑みは崩れることがない。
「出ない?ああ~~君って仕事に関しては優秀でも私生活では駄目駄目の優柔不断だもんねぇ~~無駄に悩みに悩んで結局思考の迷路に入り込んでしまうムッツリスケベタイプ」
怖いねぇ~~等と魔術師は非常に失礼なことを並び立てた。しかも後半の一言は別に付け加える必要はない。ないのに態々付け加える。それが魔術師だった。
「誰がムッツリだ」
王様の額に青筋が浮ぶ。だが、彼の否定する箇所はおかしい。
「あ、そこを否定するんだね」
当たり前だと怒鳴り散らしたい衝動を王は必死に我慢した。
こいつが魔術師でさえなかったら十発は軽く殴っていた。
「何も考えていない……訳ではないんだよね?目の下に隈があるし」
魔術師の言葉通り王の目の下には隠してはいるが一日二日ではない濃い隈がしっかりと見て取れる。
「録に眠ることができないぐらい考えて考えて結局答えは出てないの?あれから結構な時間が経ったのに僕に言い返すことすら思いつかないの?相変らずはっきりしない男だねぇ君は!」
結婚前に似たようなことを言われたことのある王はその時と同じように目の前の魔術師を簀巻きにして川に流したい衝動と戦う破目になった。
因みにかなりの辛勝であったことをここに記したい。
さらに付け加えるのならあと一押しで実行するぐらいの怒りは残っている。
「おやおや僕のことをそんな熱烈視線(殺意)で眺める前にすることがあるだろうに」
しょうもない男だねぇ~~と呆れた目で見られて王の中の魔術師への殺意はさっきから限界値を突破しっぱなしである。
「お前を目の前にするとそのふさげ過ぎる言動に殺意がマグマのように沸きあがってくるんだが?」
にやにやにやと笑う魔術師から視線を逸らす。見ていたら叶わないと知っていても首を絞めたくなってしまう。
「あはははは!王様。その冗談、面白くないよ?」
「面白くなくて当然だ。本気だからな」
笑顔と真顔が一瞬にらみ合う。そして王は疲れたようにため息をついて睨みあいをやめた。突然ため息を吐かれた魔術師は訝しげに椅子の背もたれに体重をかけた王を見守る。
「死者と生者か……」
「ん?僕の言った言葉がどうしたんだい?」
「いや……上手いこと言ったものだと思ってな……お前に対して年の功とは馬鹿にできないと思う日が来るとは……」
年だけ喰った子供だと思っていたと王にしみじみと言われた魔術師は当然面白くなくて抗議する。
「なに、王様、僕が年寄りだと言いたいのかい?」
「お前は私の知り合いの中で一番の年寄りだろうが……何故怒る」
「怒るよ!僕のどこをどう見たらお年寄りに見えるって言うんだい!ぴちぴちの十代に向かってさ!酷い暴言だよね!」
訴えるよ!勿論僕の勝訴でね!と捲くし立てる魔術師に王は心底頭が痛くなった。
「……数千年以上生きていると噂される男が十代とか言うな」
「失礼だよね!誰も僕の本当の年を知らないくせに好き勝手言ってさ!」
「ならばお前の実年齢はいくつなんだ?」
「…………君はなんで僕の言葉に何をそこまで感心したんだい?」
話題を逸らしたな、と思ったがいささか本筋とはズレ捲くっていた自覚もあるため王はその誤魔化しに乗ってやった。
……自分の中の未消化の感情を誰かに聞いてもらいたいという気持ちもあったからだ。
そして全てを知っていて自分の立場に全く頓着せずにずけずげと意見を言う相手といったら近場ではこの男ぐらいであった。
もっともこの目の前の自称十代の男に相談することと独り言とどちらが有益なのか考えかけた自分がいたことを王はそっと頭の片隅に追いやった。
「私の中で死者を慕い追い求める気持ちを消すことはできない」
もう二度と触れることすら叶わない大切な者たち。
己と同じ緑の瞳の少女と半身とさえ思えた最愛の妻。
大切で大切で愛していた。忘れることなどできない……過去にしてしまうことさえ己に許せないかけがえのない存在。
「死者を選ぶのかい?手の中に残った亡霊と虚ろな生を生きると」
いつもと変わらぬ口調ながら魔術師の口調には長年の付き合いだからこそ分かる淡い侮蔑と失望を感じてくっと王は唇に笑みを佩いた。
「早合点するな魔術師。私の話しはまだ終ってはいない」
他者を他者とも思わぬ言動をする規模の人災認定されているような魔術師に自分はどうやらそこそこの評価を頂いていたようだ。
こんな時なのに失望されるぐらいには魔術師に認められていたのだと知って少し可笑しかった。
「私は妻の命と引き換えに生まれてきたリカルドを許せないと思う、それは自分ではどうしようもない感情だ。発作的に殺そうとしたことさえある。妻への愛の分だけリカルドへの憤りが強い」
「…………」
激昂するでもなく冷静に己の心の内を話す王に魔術師は口を挟まず聞いてくれていた。
「私はリカルドが怖かった。愛するのが怖かった。ああそうだ。魔術師、お前が私に言ったことは最初から最後まで嫌になるほど正しかった」
いつも、感じていた。
必死に私に手を伸ばすリカルドの手を。
こんな父親なのに抱き上げたことすらない、笑いかけたことも事務的な態度を崩さない父親とそれでもリカルドは家族になろうとした。
あんな幼子なのに虚勢を張って向かい合うことすら放棄しなければ正気でいられなかった父よりずっと強い心を持っている。
今の自分たちの関係は王が息子に強いてきたものだ。
「答えなど、出せるはずがない……これからの親子のあり方を決めるのであればリカルドがいなければいけない。あれを抜きにして勝手に決めてしまっては……今までとまるで変わらない」
変わらなければいけない。
一歩も足を踏み出せていなくても。
踏み出すのだと決めなければいけない。
「リカルドに会う。答えはその後でなければ出せない」
それが私がお前に示す「答え」だと王は告げた。
王が悩みに悩んで……覚悟を決めたのは「息子と会う」こと。
それを「たったそれだけ」とあざ笑う人もいるだろう。もっと子供のことを考えろと憤る人もいるだろう。
だけど……王にとっては「たったそれだけの」のことが戦場に立つよりも恐ろしいことだったのだ。
リカルドに会うことはリカルドと向き合うこと……それは自分が今まで息子に強いてきた仕打ち全てと向き合うことと同じ意味である。
息子がいない。
あの眼差しがない。
伸ばされかける手がない。
異世界の少女によって与えられた「息子のいない日々」に当初は心が軽くなるかとも思った。
だが、違った。
ふとした折に目が耳が探している。
感じたのは「安堵」ではなく「喪失」。
『父上』
あの遠慮がちにかけられた息子の自分を呼ぶ声を。
一度たりとも笑顔で笑いあったことない息子の顔を確かに自分は探していたのだ。
愛したいと思った。
愛せないと絶望した。
妻を奪った息子を憎しみにかられて自分は殺してしまうと恐怖した。
だが、この手からいなくなって……この世界のどこからもいなくなって初めて思った。
支えなどこの身にはもう残されていないと思っていた王は目を逸らし続けていたリカルド(息子)の存在を支えにしていたのだと。
身勝手だと罵られるだろう。
それだけのことを子に強いた自覚はある。
だが、気付いたのだ。気付けたのだ。
憎んだ。恨んだ。だがそれと同等に自分は息子を……妻が命をかけて残してくれた私達の子を愛してもいたのだとようやく気付いたのだ。
「へぇ……そう。それが君の「答え」?」
「そうだ」
悩んで悩んでそして決めた。だから王は揺れない。王の眼差しは静かな決意しか浮んでいない。
「全然僕の質問の答えにはなってないと思うけどね……でも、まぁ……ギリギリでいいことにしてあげようか」
しょうがない納得してあげようと上から目線で言い放つ魔術師。
「偉そうだな」
「実際、僕の上にいられる人材なんてどこにもいないよ。誰にも膝ついたことないしするつもりもないしね」
極々自然に当たり前のようにそう言って魔術師はふと口を噤んだ。
黙ってそこにいる。
それだけで目の前の存在が己の異質感を普段の言動でどれだけ隠しているのかが浮き彫りになる。
確かにこの男が誰かに屈服する姿など想像もつかない。
伝説の中でもこの男が共に戦うことを許した人間はいても誰かに膝をついたことは一度たりともないのだ。
誰かと対等であることすら滅多に許さないこの魔術師は一体何者なのだろうかと王は思う。
王でもないただの民でもない誰かに仕える臣下でもなければ敵ですらない。
人のような姿で人に混じっているのに魔術師はどこまでも異質であった。
この生き物は気まぐれにただ人の世に関与するだけだ。
まるで神のように絶対の俯瞰から自分たちを見ているかのような錯覚すら王に与える。
本当の意味で魔術師と対等な存在など王は知らない。
普段のふさげた態度は自分たちと同じだと感じさせるのにどうしてか今のような時に見せる態度は酷く傲慢で隔絶している。
「ねぇ、王様……」
魔術師が笑う。笑っているだけなのに王の背筋にぞくりと悪寒が走った。
「君のその「答え」は一体どんな未来に続いていくんだろうね?」
ゆらりと魔術師が王を見る。人の形をした影に三日月の口が付いたかのような笑みが酷く印象的であった。




