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わたしの異世界食配達物語  作者:
家族団欒には手作りの料理を
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「幽霊さ~~ん!待って待って待って~~~~!」

『この匂いこの熱気それに声、気配……間違いない!こっちに……!』

 興奮しきった声は私に対する返事ではなかった。

 ふらふらとまるで何かに吸い寄せらられている雰囲気だが実際そんなナヨナヨしたものではなくかっ飛んでいる。

音速の壁を超えるの!超えちゃうの!

そんな突っ込みが心の中で生まれてしまうほど幽霊さんの動きは早すぎた。

 だめだ!

完全に私の声が届いていない!

 何を見つけたのかびゅーんと飛んでいってしまった幽霊さんを全力で追いかける私。

 これが体に戻っていたら一分と持たずにダウンしていただろうけど幽霊になっているからだろうか体が今まで感じたことのないぐらい楽でかなりの速さで走れる。

 今なら、トライアスロンにも挑戦できそう!

 だけどそれでもかろうじて遠くに幽霊さんの姿を捉えることしかできない。

 見失わないようにするのがやっと。

「ゆ、幽霊さ~~ん!」

 何度も何度も声をかけても一切省てくれない幽霊さんは何を頼りにしているのか迷いのない動きで飛び続けいくつもの廊下を通り抜けていく。

 お、王宮内を爆走する幽霊二人……これって見える人がいたら目を丸くしてしまうような光景なんじゃ……。

 いや、爆走している片割れの私が言うなって感想なのはわかっているよ?

 でも、ちょっと頭によぎったというか……。

 そんな馬鹿なことを考えていた私は周囲の景色が今まで見ていたものと変わり、王宮の裏方に回りこんでいたことも爆走していた幽霊さんが立ち止まったことに気づかずにその背中にまともにぶっかってしまう。

 うぁ、っと。

 どうやら幽霊同士なら触れ合うことができるようで突き抜けることもなく衝撃で私も立ち止まった。

「幽霊さん?」

 痛みはなかったがなんとなく鼻をさする私に幽霊さんは微動だにせずにじっと目の前の光景を入り口から見つめている。

 その瞳は真剣で……そしてとても懐かしそうな色を浮かべていた。


「おい!ジャーガの皮を追加で一樽剥いでおいてくれ!」

「はい!」

「……料理長!新作調味料の『まよねーず』出来ました!味見をお願いします!」

「わかりました!……うん。よろしい!すぐにサラダに和えて盛り付けを!」

「皿の用意できました!」

「盛り付けするからこっちに並べろ!」

「パン焼けました!籠に盛り付けお願いします!」

「そろそろ王に前菜をお出しする時間です!」

「盛り付けが終わった!もっていってくれ!」


 丁度食事時なのだろう王宮の胃袋である調理場では料理人たちがふくよかな体がうそのように機敏に動く料理長の指示のもとベテランから下っ端まで一丸となって怒涛のごとく動いていた。

 その熱気ときたらそこらのプロレスの試合なんかよりずっと鬼気迫っている。

 釜の上に乗せられた大なべをかき混ぜる度に辺りに香るスープの香り、小気味よい野菜を切っていく包丁のリズムカルな音。

 今日のメインであるハンバーグを焼くフライパンの油がはねる音に細心の注意を払って皿に盛り付ける料理人の細やかな技術。


 ここは戦場だ。


 人の胃袋を満たし、喜びを与えるために誰もが自身の持てる全ての知識と技術と心を駆使して全力で戦っている戦場。


 そんな風に私は感じたんだ。


「すごい……すごいですね、幽霊さん……へっ!」

 プロの仕事に圧倒されて思わず隣を見たらせりふが変なところでとまってしまった。

『……』

 幽霊さんが、泣いていた。

 ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながらそれすら気づかない様子で幽霊さんはじっと料理人たちの動きを見つめていた。

「ゆ、幽霊さん!」

 仰天したのは私の方。

 い、いきなりなんで泣き出しているの!

 泣き出す要素なんてなかったよね!

 たまねぎか!

 たまねぎで泣いているの!

 でも今、たまねぎ切っている人いないけど!

 予想外の人の予想外の涙に私の脳内が混乱状態に陥ってしまい馬鹿なことしか頭に浮かばない!

 あわあわと両手を意味もなく上げ下げをしてしまった。

「ゆ、幽霊さん!」

 ゆさゆさと肩を揺さぶって名前を呼ぶことしか思いつかない私。

数回繰り返してようやく私に気づいたのか幽霊さんが涙をこぼしながら私の方に顔を向けた。

『……?どうしたの?そんな混乱した顔しちゃって~~』

 いつもの幽霊さんの口調だ。だけどその頬をいまだに涙が零れ落ちている。

「ゆ、幽霊さん!涙!涙が出ています!たまねぎですか!」

『は?たまねぎ?それに涙なんて幽霊が流すなんておかしい……あれ?』

 言葉の途中で頬に触れた指が濡れていることに気づいた幽霊さんが不思議そうに首を傾げます。

『なんで濡れているんだろう?あたし、幽霊なのにおかしいな?』

 自分でも理由がわからないらしい幽霊さんがしきりに首を捻りますがそれでも視線が調理場に戻るとぽろぽろと新たな涙がその頬を伝っていきます。

『おかしいな?でも、ここで働いている人達を見るとどうしてか涙が出てくる……』

 幽霊さんが何かに惹かれるようにふわりと調理場の中に入っていく。

 忙しそうに動き回る料理人たちはこちらに全く気づく様子もない。

 ふわりと丁度誰もいなくなっていたまな板の前に幽霊さんが立つ。その姿は不思議なほど調理場にしっくりと馴染んでいた。

 幽霊さんは軽く周囲の様子を確認して側にあった野菜に手を伸ばす。瑞々しい赤いトマトに似た野菜を手に取ろうとした幽霊さんだったけど……その手は何も掴むことなく野菜を通り抜けていく。

 はっとそこで夢から覚めたような顔で幽霊さんは手を胸の前に戻すとそのままふわりと私のいる入り口にまで戻ってきた。

「幽霊さん……」

『……ごめん!寄り道しちゃったね!さて!魔術師とやらを探さないと!』

 振り向いて笑った幽霊さんの頬にはもう涙はなかった。

 拭ったような様子もなかったのに涙の跡すら見つけられない。

『行こう!』

 そう言って先に飛んでいこうとする幽霊さん。その腕を私は掴んでとめた。

「待ってください!良いんですか?もしかしたら何か……思い出しかけたんじゃ……」

『……』

「幽霊さん記憶がないんですよね?ここの場所を見て泣いたということはこういう光景を昔どこかで見ていてそれで……」

『いいの』

 明るく、だけどはっきりと幽霊さんはそう言った。

 声は明るいのに俯いた彼女の顔ははっきり見えない。

『いいの!この光景に懐かしさを覚えたのは確かだけど……いいの』

「いいって……そんな!」

 せっかく何か思い出せるかもしれないのに!

『いいの!だって!あたし料理が出来ないもん!』

 何かを堪えるように幽霊さんはもう一度言う。

『死んじゃったから……料理、出来ない。包丁をもつことも野菜に触れることもできない……今まで考えてなかったけど料理できないことが……死んでいることがこれほど辛いとは思わなかったよ』

 これ以上彼らを見ているのが辛いとぽつんと幽霊さんは呟いた。

『自分の名前も思い出せないのに料理が好きな気持ちだけは忘れてなかった……あたしは生きていた頃、きっとあの人たちのように誰かのために料理していたのに……今のあたしは包丁も握れない。料理ができない。……すごくすごく悔しい』

 行こうともう一度幽霊さんは私を促した。

 何を言えるだろうか。

 生き返ることが可能な私に幽霊になって一番したいことが出来なくなった人に何を言える?

 何を言っても偽善になりそうだ。

 だけど。

「幽霊さん!」

 私の口はまたしても勝手に動いていた。

 おせっかい焼きは性分。

 変えようったってそうそう変えられないわ!

「私の家は家族が多いです!」

 突然の家族構成暴露に立ち止まった幽霊さんが驚いて振り返る。畳み掛けるように私は言葉を続ける。

「食べ盛りばかりだしお父さんも食いしん坊で飼っている猫も食いしん坊です!」

 ぎゅうとこぶしを握り締める。無神経な提案かもしれないけど言いたかった。

 料理が出来ないといった幽霊さんに料理に関わる機会を。

「おいしいものを食べさせてあげたいです!栄養も考えたいです!私はまだまだ料理がうまくなりたい!だから!幽霊さん、うちに来て私に料理を教えてください!」

『……え?』

「察するにきっと幽霊さんは料理人だったんですよ!きっと料理上手です!包丁は私が代わりに握ります!私と一緒に台所に立って指導してください!」

『…………』

「私と一緒に二人三脚で料理をしましょう!」

 私の渾身の口説き文句に幽霊さんは目を丸くして私を見ていたけどその目は少しづつ緩んでいってしまう。

『くっ……はは……』

 軽やかな笑い声とともに幽霊さんはバシンバシンと私の背中を叩く。

 い、痛っ……みはあまり感じないけど衝撃で前に倒れそう!

 慌ててバランスをとる私にかまわず気が済むまで叩き続けた幽霊さんは笑いすぎて涙が滲んだらしい目もとを指で拭いながら笑いを引っ込めて私を見る。

『指導、か……そうだよね。包丁、握れなくなっても……料理に関わることは出来るかもしれないね~~』

 軽くおどけるようにそう言うと叩かれた背中を撫でる私に向かってぱちんとウィンクする。

『でも、それはさぁ~~体に戻った君が幽霊のあたしを見られるってことを前提のお話だけど、その辺は大丈夫なの~~?』

 言われて初めてその問題があるということに気づく。

 し、しまったぁ~~~~!

 勿論、私に霊感なんてものがあるわけなく、幽霊など生まれてこの方自分自身が幽霊になるまで見たことなどないのは言うまでもない。

 ざざーと血の気が顔から引くおとが聞こえた気がした。

 な、なんて考えなしな提案をしてしまったのか!

 自己嫌悪で頭を抱える私に幽霊さんは子供にするようにぽんぽんと頭を撫でてくれた。

『ありがとう。精一杯考えたんだよね?』

「幽霊さん……」

 すいません。結構衝動的な上に考えなしの提案でした。

『大丈夫!ちよっと生きている料理人がうらやましくなっちゃったけど君の言葉で目が覚めたわ!死んでも料理人魂は消えず!料理に関わる方法を探してみせるよ~~!』

 お~~!と雄雄しく空にこぶしを突き上げた幽霊さんはまだ全部を吹っ切れたわけではないだろうけどその顔にさっきみたいな暗さは見えなかった。



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