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「お母さん。今日のオヤツだよ」
もっともできの良いプリン・アラ・モードを私は仏壇にそっと添える。
仏壇には位牌と赤ん坊を抱いて幸せそうに笑う金髪の女性を中心に十三歳の私を筆頭にハル、秋彦、秋信、そしてお父さんがカメラに向かって各々笑っていたりピースをしていたり隣の相手の肩に無理矢理腕を回していたりしている。
この世に七枚しかない、我が高梁家の家族写真。
冬香と良く似た顔立ちの女性は五年前、冬香を生んですぐに亡くなった母の海だ。
勝気な性格だったが体が弱かった母は年に何度も寝込んでいたがそれでも笑顔を絶やすことのない人だった。
実際に儚いとか弱いという印象よりも五人も子供を生んだ肝っ玉母さんの印象の方が私の中では強い。
産後の調子が悪く、冬香とお母さんが一緒に写っている写真はこれだけ。
たった一回だけの家族全員揃った家族写真は家族分プリントアウトされ、それぞれ持っていて、お母さんの分はこうして仏壇に飾られている。
私も丁度いい定期いれの中に入れてそれを肌身離さず持ち歩いているんだ。
聞いた事、ないけど多分、他の家族も同じようにしているんじゃないかな?
小さかったから保管していた冬香分の写真も小学校に上がった今年に巾着を作って持ち歩けるようにして渡しておいたし。
「お母さん。今日は冬香たちのリクエストでプリン・アラ・モードを作ったんだよ。自画自賛だけどとっても美味しそうにできたんだ。だから安心して食べてね」
オヤツを七つ分作って、それをお母さんの位牌の前に持っていって話しかけるのはいつものこと。
家族の誰もいないこの時間にこっそりと続ける私とお母さんだけの秘密だ。
「ハルも秋彦、秋信、冬香もいい子に育ってくれているよ。私じゃお母さんの代わりにはなれないけど、それでもあの子たちに寂しい思いなんて絶対にさせないから」
だから、安心してね。
そう呟いて私は静かに手を合わせた。
さて、と立ち上がると見計らったようなタイミングで玄関から「ただいま~~~!!」という元気の良い冬香の声が聞こえてきた。
「お帰り、冬香」
出迎えると脱ぎ捨てた靴を一生懸命そろえる赤いランドセルを背負った背中が見えた。
「あ、ただいま!おねぇ!ねぇねぇねぇ!今日のおやつは!約束は!」
キラキラキラ。
よほど楽しみにしていたのだろう、ぴょんぴょん飛び跳ねて私の服を引っ張る妹の可愛らしさに顔がにやける。
ああ~~私の妹はかわいいなぁ~~~~。
妹の言動に癒されながら私は冬香を洗面所の方に向ける。
「はいはい。オヤツは手を洗ってうがいを終えて、ランドセルを置いてから!」
「おねぇ~~やくそく~~~~」
ぷうと頬を膨らませながらぐずる妹のそのほっぺを指でつつきながらさあ、と洗面所に誘う。
「大丈夫よ。おねぇが約束破ったことある?」
「!じぁあ!やったー!今日のオヤツはプリン・アラ・もーどだぁ!」
わーいわーいと万歳しながら洗面所に駆け込む冬香。まるでつむじ風ね。
さて、用意をしますかね。
私は台所に戻りプリン・アラ・モードを二つお盆に乗っけて、ついでにティーパックで紅茶を準備する。
「冬香~~~手を洗ってうがいをしたら居間においでオヤツにしよう」
ポットからお湯をとぼとぼとカップに注ぎながらそう言うと冬香の元気一杯な声がわが家に響く。
「!!わかった~~~~~すぐいく!!すぐいくからたべたらいやだよ~~~~~!!」
くすっ。本当に食べたかったのね。
気に入ってくれるといいんだけど。
遠くから聞こえてくるドタバタを聞きながら私はゆっくりと居間に向かおうと足を踏み出した。
足が板張りの床を踏みしめたその瞬間。
どくんと心臓の音がやけに大きく聞こえた。
(え?)
一瞬、体に何か不調が起きたのかと思ったが続いて自分の足元に突如として浮き上がった光の円によって違うということがわかった。
「な、なにっ!」
突然の出来事に呆然としている間に私を中心に描かれた円は瞬く間に複雑な幾何学模様を描いていく。
「な、な、なっ!」
まるで見えない手で描かれているかのように迷いなく光の線は明確な意思を持って何かを描くその様子に尋常でない恐怖を感じた。
一体なんなのコレ!!
逃げる暇等ない。
ほんの一秒も満たない時間で描かれた光の陣は一際強い光を放つ。
思わず目を閉じた私は一瞬だけ体が浮くような何かから引き離されるようななんともいいがたい感覚を体験した。
(なに?一体何がおきているのよ!!)
目を閉じていても判る強い光は一瞬で消え去って瞼の裏は真っ暗に戻る。
(?)
おそるおそる目を開けてみる。
強い光に慣れた目のせいでちかちかしていた視界が少しづつ鮮明になる。
煌びやかなシャンデリア。あんな豪勢なのを一般人が生で見上げることなんてそう、ない。
贅を凝らした室内はまるで本でしか見たことのないパーティを開催中の宮殿のよう。
広いホールにはこれまた豪華で華々しい中世のヨーロッパの貴族のような服装をした男女が驚いた顔で私を見ている。
そして顔を正面に向ければ一段高いところに設置された場所にこの場所にいる誰よりも威厳を漂わせる男性とその男性と血縁を感じさせる男の子の姿。
さらに視線をずらせばローブで顔をスッポリと隠し、大きな木の杖を持っている見るからに怪しすぎる人………。
鮮明になった光景に私はプリン・アラ・モードをもったままその場にへたり込んでしまった。
そう、さっきまで自分の家の台所にいたはずの私は現代の日本とは掛け離れた場所にいたんだ。
これがその後、何度も思い返すことになる私の非日常の始まりの瞬間、だった。