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わたしの異世界食配達物語  作者:
家族団欒には手作りの料理を
32/58

30

襖が音もなく開かれる。


「盗み聞きみっけ」


ひょこりと顔を覗かせ、ハルトがそんなことを言う。

窓から差し込んでくる月明かりに照らされた廊下に体育座りをして膝に顔をうずめていた私にため息をつきながらハルトが部屋から出て隣に座る。

リカルド君のことが心配でこっそり様子を窺って、去るに去れなくなっていた私の存在にこの弟はとっくに気づいていたようで特に驚いた顔もせずに壁に背中を預け話し始める。


「リカルドなら寝たよ………よっぽど色々溜め込んでいたんだろうな。ワンワン泣いてそのまま寝ちまった」


「………」


ちらりとこちらを見る気配。


「自己嫌悪?」


「…………」


何かがぐさりと頭に今、刺さった。見えない矢的な何かが。


「それとも自分の至らなさを嘆いている?」


「……………」


ぐさりぐさりと今度は深く刺さった。


「色々考えて、気持ちがぐちゃぐちゃ、でも逃げ出すのは嫌で………った!」


「うっさい」


ズバズバとすき放題こちらの心情を言い当てる弟のわき腹に一発拳を抉りこむ。

腹を抱えて悶絶してたけど知るもんか。


「ちょ………ナツ姉………本気で痛いんですけど………」


「………ふん」


膝に顔をうずめたままハルトに背中を向ける。


「ナツ姉………」


「………」


「似てるな、リカルドって」


誰に、というのは言われなくてもわかった。


「境遇的には冬香に一番似てる」


自分を生んだと同時期に母親が死んでしまった。

そしてそのことで肉親から疎まれた。


「だけど………リカルドには子供にいさせてやれる場所がなかったんだな」


悲しむようにハルトはそう言った。

子供を子供のままでいさせてあげられない環境はどれほど辛いのだろうか。

私もハルトも大人ではない。だけどもう、子供ともいえない言うなれば大人と子供の狭間にいる。


大人の気持ちも子供の気持ちもわかる気がする。


でもわかるからこそ認めたくないこともある。


見たくないのに見えてくるものもある。


「私………何ができるかな………ちっぽけなこの二つの手で何か変えられるかな?」


「わかんねぇ………そんなの全然わかんねぇよ。だけど、明日の朝、出来ることはある」


「………なに?」


「あいつにおはよう、って言う。ナツ姉はうまい朝飯をあいつに食わせてやる。そして皆で「いただきます」って手を合わせて今日も頑張ろう、今日はいい日だってあいつに思えるように楽しい気分にさせる!」


私は思わず顔を上げる。


ハルトが笑っていた。


「そう、だね。それなら私にもできるね」


明日は早起きをしてちょっと凝った料理を作ろう。

朝ごはんが終わったらリカルド君と一緒に学校に行く皆に「いってらっしゃい」って手を振ろう。

掃除や、洗濯をリカルド君に手伝ってもらって一緒にお買い物にも行こう。

その途中で駄菓子屋さんに連れて行ってあげよう。

この世界の楽しいこと綺麗なものいっぱいいっぱい教えよう。

これまでずっと頑張ってきたリカルド君に楽しいお休みをあげよう。


いつまでもきっとこのままではいられないって私、本当はわかっている。


リカルド君は異世界の王子で色々な責任がすでにその小さな身体にはたくさん乗っかっていてリカルド君はあの世界に帰らなきゃいけない。


私の我が侭でこの世界にずっと「誘拐」しておくことなんてできやしない。


あの世界が何よりリカルド君本人がそれを許してなんてくれない。


だけど。


決定的な何かが起きるその時までは。


リカルド君にお休みをあげたい。


王子でも何者でもないただの子供として過ごして欲しい。


どんなに嫌われても未来で私に罰が与えられてもいいからリカルド君に楽しいって思える思い出を作ってほしい。

私は膝から顔をあげた。

何か、道が見えた気がした。


「見つけたよ。私ができること」


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