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「俺は………俺の家は父子家庭なんだ………母は俺を生んだことが原因で亡くなってしまって………そのせいで俺は父上と上手くいっていない………」
滑り落ちた言葉をハルトは口を挟むことなく黙って聞いている。
布団の上で胡坐をかいて聞いている彼が何を考えているのか窺うことはできない。
リカルドは見慣れない造りの木の天井を見つめながら話を続ける。
「父上は母上をとても愛していたそうだ。だから、母上の命を奪って生まれてきた俺をどうして受け入れることができないんだ………だけど、俺は………」
ああ、何故だろう。
人に語るという行為が自分でも気づかなかった思いを言葉にしていく。
それは彼が決して言葉にしてはいけないと戒めてきたもの。
表に出さず、見つめず、ただ、目を逸らし続けてきた心の奥底の、本音。
「俺は………みとめて欲しかった」
愛して欲しいだなんて贅沢は言わない。いえるわけがない。
ただ、ただ………。
「よくやったな………って褒めてほしかったんだ」
見ないようにし続けてきた願望は言葉になった途端にあっという間に心の奥深くに根付いてしまう。
わがままも愚痴も何一つ言わず、理想的な王子になろうと努力し続けてきたのはただただ、振り向いてくれない父の背中を振り向かせたかったから。
「ちちうえにただ、俺という存在を認めてほしかっただけなんだ」
ずっと作り上げてきた完璧な王子の裏に隠れていた幼い、泣き虫な自分が顔を出した。
愛して欲しくて。
認めて欲しくて。
褒めて欲しくて。
ただただ泣き叫ぶしかできない子供の自分。
その本音が零れ出た。
「俺は………あの人にとっていらない存在なんかじゃないって証明したかった!」
なによりも怖いのはあの人に「いらない」と思われること。
頬を熱い涙が零れていく。
知らない世界でよく知らない人間の前で本音をぶちまけた上に泣き出してしまった自分はなんてみっともないんだろうか。
理性的な部分はそれを恥としていたが今は感情が子供のように制御できないリカルドはただただ嗚咽を漏らし泣くしかできない。
大声で泣き喚かないのはかろうじて残ったリカルドのプライドだ。
仰向けになったまま目を覆う。
側でハルトが動く気配がした。
そして………。
大人のものよりは子供で自分よりはずいぶんとたくましい手がリカルドの頭を撫でる。
「………よく、頑張ったな」
同情でもない、哀れみでもない、ただ、本当に頑張ったと思ったから褒めた。
その手はそう信じられるほど温かく感じられた。
「辛くて苦しくて逃げ出したくて泣き出しそうだっただろうにお前はよく頑張った。でもお前はまだ小さいんだ。守られてもいいんだ。だから、頑張るのを休んでもいいんだ」
「…………っ!」
限界、だった。
心の中で何かが決壊するのがわかる。
「う、うぁ………」
呻き声のようなものが喉の奥から零れた。
やさしく頭を撫でられたことなんてない。
泣いてもいいだなんて言われたことない。
子供でいることよりも早く大人になることを望まれていた。
そんなこと許される立場なんかじゃなかった。
誰も、誰も、子供でいていいだなんて言ってくれなかった。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
本当は泣きたかった。
甘えたかった。
どうしてどうして父上は俺を見てくれないんだ、と暴れたかった。
諦め、大人になっていると思っていた自分の中にただ愛されたいと願う自分がいたこと。
そして、自分はまだ、子供なのだと、子供でいていいのだとリカルドは初めて受け入れた。




