序章
「誕生日おめでとう王子。実にめでたいこの日にこの偉大なる魔術師である僕が君のために飛びっきりの贈り物をしてあげようではないかさぁさぁ何でも言いたまえ。世界の覇権でも王座でも宝石でもなんでも叶えてあげようではないか!」
黒いローブで頭から足の先までスッポリと全身を覆い隠し身の丈より大きいゴツイ木の杖をブンブンと振り回しながら見たままの職業、魔術師である人物は高揚した様子で「さぁさぁさぁ~~」と本日の宴の主役である王子………御年十歳のリカルド王子に詰め寄る。そんな魔術師にリカルド王子は心底引いた顔で椅子の上で仰け反っていた。
目の前の魔術師の奇行に慣れた城の者たちだったが王族の誕生日を祝う場でそんな作法など知ったことがと言わんばかりに王子に詰め寄る姿に皆一斉に頬を引きつらせた。
誰一人として制止できない魔術師の奇行を止めたのは重々しい王の一言。
「魔術師」
「おや、王様。いたのですか?相変らず簡単なことでも小難しく考えた挙げ句行動に移せなくて一人悩み抜きそうなお顔ですね………さすが、奥さん捕まえるのに十年以上かけた男」
不敬どころではない魔術師の発言に場が今度こそ氷つく。
しかし場の凍りつきなどお構いなしにペラペラと魔術師口は動き続ける。
「本当に口下手すぎで王妃様を口説くにも何年も何年も悩みぬいて、挙げ句想いあまってよ………」
「魔術師」
先程よりも強い声にかなりの危険発言をかましかけていた魔術師がぴたりと口を止める。
一見、王の声の迫力に押され、黙ったように見えるが苦虫を噛み千切ったかのような王の顔と面白そうに唯一外部から確認できる口元をニヤニヤさせる魔術師を見れば彼が王に黙らされたなんて誰も思わないだろう。
正しく異分子であり、数千年に渡りこの世界に存在すると言われる最古の魔術師は杖を一振りし、面白くなさそうに王子を見た。
「まったく!王がグタグタしているから王子の欲しい物が聞けないじゃないか!まったく本当に奥さん…………」
「魔術師!」
「………奥さんの尻に引かれていたへたれ旦那、って言いかけたんですよ?あれ~~~何を言われると思ったの??」
わざとらしく小首を傾げる魔術師。その態度は見ているだけでも非常に腹が立つものでありそれを直接向けられている王の額には青筋が浮んでいた。
「接続詞が先ほどと違うぞ」
そして言い直した言葉も酷いものであった。
「僕の口は真実しか言えないんだ。ごめんね!」
どの口がそれを言う!
きゃはっ!と語尾につきそうな魔術師の言葉に歴代迷惑を掛けられまくっている重鎮たちの心が一つになる。
詐術、煙に巻く、大いに利用しまくる腹黒のくせに!
思っていても悲しいかな面と向かってはいえない。怒らしたら恐いから。
最古の魔術師である彼は滅多なことでは怒らないし怒ったとしても怒らした個人のみに報復するが………過去にあまりにも酷い仕打ちをしでかした国を滅ぼした、という例がいくつか彼にはある。
国すら滅ぼす危険性を孕んだ危険人物。それが魔術師という存在であった。
幸いにもこの国は気に入っているのか特に暴れることもなく気が向いた時にぶらりと滞在していくだけですんでいるが気まぐれな人物であるゆえいつ機嫌を損ねるかわからない。
そのため歴代の王城勤めは胃が痛い。
そんな城の人間を胃痛に追いやっている張本人はさっさと帰れという空気を読み取っているにも関わらず楽しげに居座り続けていた。
面の皮もそうとう厚い。
クルリと杖を廻し、魔術師がその先を王子に向ける。
「さあて、王子?君は何を望む?」
魔術師のこの言葉に重鎮たちは各々呻く。
この魔術師、各国の王族に一回だけこの質問を繰り出してくる。
何でもかなえる。なんでも言えばいい、と甘言を囁く魔術師だがしかし実際にその恩恵に与ることのできたものはほんの一握り。
大抵が曲解されたり魔術師のへんなきまぐれによりとんでもない事態を引き起こされるのは歴史が証明している。
だが、邪魔しようものなら魔術師が何をしでかすかわからない。
ありかた迷惑。
そんな言葉の権化のような魔術師の「贈り物」。今年はわが国の王子に来たか!
ああ、どうか。どうか、無難なお願いにしてください。王子!!
重鎮達の涙ながらの懇願が空気ににじみ出る。
試すように面白がるように魔術師がさぁ、何かないのかい?と返事を急かした。
王子の感情の読めない緑の瞳がじっと魔術師を見詰める。
「………俺が、」
小さな呟きが静寂に零れる。
だれもがごくりと固唾を飲んで見守る。
「俺が食ったことのない料理を食わせてみろ」
ぽつりと投げ捨てるように呟かれた言葉の意外さに周囲の人々は唖然とする。
簡単といえば簡単なお願い。
だが、歴史を紐解けば簡単で無難なお願いをしたのにも関わらず後世に残るほどの大惨事を引き起こされたということもあった。
ちなみに何もいらないと言った場合にも拗ねられてその後延々と嫌がらせをされるため少しでも被害の少ない願いことを考えることは王族の義務といえた。
油断できずその場の視線が魔術師に集中した。
重い一瞬。
瞬きにも満たないその時が過ぎた時、魔術師の口元が愉しげに歪んだ。
「了解!とっておきの贈り物を王子に贈ろうじゃないか!」
ようやく「待て」から解放され、喜々として餌にかぶりつく犬さながらに魔術師が杖を堂々と空に掲げた。
あははははっ!と狂ったような高笑いと共に眩いばかりの光を放ちながら魔術師の力が解放されていく。
魔術が風を呼び、室内にも関わらずまるで台風のような疾風が人々の体に吹きつける。
この世界の理を軽く覆すほどの力の奔流は魔術の才がないもので目視できるほどの光となって具現化し、力を帯びた光が複雑な魔術陣を瞬時に描き出していく。
「………っ!」
悲鳴すら上げられない衝撃と光に誰もが目を瞑ったその瞬間、重なるはずのない世界が一瞬だけその道を繋げた。