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逆さづりになった男の子をどうにかこうにか助け出せたのは騒動から十数分後だった。
「た、助かった~~~」
へなへなと床に座り込む男の子はよほど恐かったのだろう青ざめた顔色になってしまっていた。
「ぜぇぜぇ………つ、つかれた………」
「さ、さすがにリカルド君と私の二人で引き上げるのは大変だったからね」
「にゃ………お力になれず申し訳ございません………」
体格的に手伝えなかったザクロちゃんと疲れ果てて男の子の隣に座りこんだリカルド君の頭を私は撫でる。
「にゃ?」
「なにすんだ!」
「ザクロちゃんもリカルド君も頑張ったからね。頑張ったら私は誉める主義なの」
いい子いい子と撫でているとザクロちゃんは照れてリカルド君は「子供扱いするな!」と顔を真っ赤にして私の手を振り払った。
「子供扱いするなって………リカルド君、子供じゃない」
「だぁ~~~~!誰が子供だ!俺は王子だぞ!王位継承者として日々努力しているんだ!子供扱いされるなんて我慢ならん!」
「?王子だから子供扱いしちゃだめなの?そんなの可笑しくない?そりゃ、王子さまだから普通の十歳の子よりかは色々自制なんかを要求されることは多いだろうけど今は公の場じゃなくてリカルド君の私的な時間でしょ?そういう時間の時まで無理して大人ぶろうとしなくていいと思うよ」
年相応に甘えたり誉められたりしてもいいと思うと付け加えたらどうしてだかリカルド君の顔が益々赤くなった。そうかと思えば怒ったような顔したりと物凄い変化をしていた。
「~~~~~~~~~~~~~っ!ふんっ!」
リカルド君はそっぽを向いた。そんな私達の姿に何を受けたのか肩を震わせる魔術師さん。
「くっ!くくくっ!」
「笑うな魔術師!」
「きゃははははははっ!」
「笑うなって言ってんだろうが!」
大笑いする魔術師さんに八つ当たり気味に突っ掛かっていくリカルド君。
「にゃ~~~!お二人とも落ち着いてください!」
それをオロオロと止めに入るザクロちゃん。だが残念ながら性格的にも体格的にも彼女にあの二人の仲裁は無理だと思う。
「ちょっと二人とも暴れない!今、喧嘩している場合じゃないでしょう!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を一喝してから私は床に座り込んだままの少年の顔を覗きこむ。
「さて、ところで君はなんであんなところで釣り下がってこの部屋を見ていたのかな?」
私の言葉に不審行動をしていた男の子がちょっと顔を引きつらせた。
「おら、厨房の下働きでトトって言いますっ!」
魔術師さんとリカルド君をどうにか落ち着かせ、私達は吊り下がっていた男の子………トト君の話しを聞くべくテーブルを囲んでいた。
私はザクロちゃんを膝に乗せ、彼の話を聞いていた。
「厨房の下働きが王族の居住区に入り込む理由があるとは思えん………何が目的だ?」
「ちょ!リカルド君。尋問!それ尋問の口調だから!」
「あははは、どう見ても不審者だから尋問で間違いないよ~~~?即座に衛兵に引き渡さないだけ温情
があるかも?」
「魔術師さん!」
あんまりないい草に睨むが相手は魔術師さん。どこ吹く風で聞き流されてしまう。
「まぁ、魔術師の言い分の方が正しいな」
「リカルド君!」
「王族の住居に許可なく立ち入っているんだぞ?警備の上でも何を企んでいたのか聞き出さなければいけない」
「そうそう」
にやにやと愉しそうな魔術師さん。
もう!いつもは喧嘩ばかりなのにこんな時だけ結託しなくてもいいじゃない!
「という訳で。お前がこの部屋を盗み見ていたのはなぜだ?それにここまで入り込んだのはお前だけの力ではないだろ?誰に手引きされた?」
とても十歳とは思えない迫力。
これが王族の威厳といものかと納得させられるほどの雰囲気を今のリカルド君は纏っている。
「答えろ」
強い詰問にトト君のただでさえ緊張している体益々強張っていく。
「え、あ、………お、おいら………」
じわりと目じりに涙が滲んでいく。
緊張と恐怖で上手く喋れないんだ。
「ちょっと!そんな風に詰め寄ったら喋りたくても上手く喋れないよ!」
「ナツ………口をだすな!」
「いいえ!口を出させてもらいます!なんでトトが窓の外にいたのかとどうやってここまで来たかを聞ければいいんでしょ?」
「そうだけど………」
「なら。私が聞く。リカルド君よりかは上手く聞けると思うよ」
まだ何か言いたそうだったリカルド君を無視して私はトト君の側にいく。
しゃがんで目線を一緒にして彼に話しかけた。
「ごめんなさい。リカルド君は王子だからこの王宮を守るためにきみにあんな態度をとったの。決して君を脅かそうとしたわけじゃないから許してあげてね?」
「え、あ………はいっす……」
ちょっとは落ち着いたのかこくりとトト君が頷く。
「ねぇ、どうして君はあんな場所で宙吊りになってこの部屋を覗きこんでいたの?」
優しい声色を心掛けながら問いかけるとトト君は顔をぱあっと輝かせて私の手を握り締める。
え?な、何?
「お、おいら!食の女神様にお会いするためにここまできたんっす!」
……………はい?
全員の顔に疑問符が浮ぶ。
リカルド君ですら呆気に取られた顔をしているぐらいだからこの言葉がどれほど予想の斜め上を行っているのかご察し頂けるだろう。
「え、あの?食の女神………って、もしかして………私の、こと?」
「そうっす!」
くらりと目眩がした。
なにが起きているの?
どうして私が食の女神さま?
キラキラと曇りなき眼で私を見詰めるトト君が冗談や言い逃れで言っているようにはとても見えない。彼は本気だ。
「魔術師殿が王子のために「食の女神様」を召喚して神の食事を作ってもらっているってもっぱらの噂っす!それに最近王子の名前で生産が開始された「砂糖」などの食材も食の女神様からもたらされたものだという話しっす!料理人としてはぜひ、食の女神様にお会いしたいとおもったから………」
ああ~~~~、なんかわかったかも。
まぁ、最初の召喚の時にあんな沢山の人がいる場所に現われたんだから噂にならない方がおかしい。
それにその後、砂糖などの今まで知られていなかった食材が流通し始めたって言うのなら私のことが噂になっているのはわかる、わかるけど!
「なんで食の女神さま!」
「どうしたっすか!突然叫んだりして?」
トト君が不思議そうに顔を覗きこんでくるがそれどころじゃない。
「なんで。どうして。私が食の女神さま?」
「???食の女神さまなんですよね?見たことも聞いた事もない食事をもたらし、沢山の食用の植物を伝えてるなんて伝説のまんまっよ!」
ああ~~~その類似か!類似のせいか!
脳裏に魔術師さんから聞いた食の女神さまの伝説を思い浮かべる。
たしかに!確かに!似ているといえば似ているけど!
でも!それだけで食の女神様が降臨したとか安直過ぎるでしょうが!
「食の女神さまがご降臨されているのなら教えを請わなければ料理人じゃないっすよ!」
握りこぶしで力説するトト君には申し訳ないが私は女神じゃない。人間だ。
「………まさかそんな噂が城内で流れていたとは………」
呆気に取られていたリカルド君がぽつりとそう呟く。どうやら彼もこの噂については知らなかったようだ。
「じゃあ、トトさんがこの部屋を覗いていたのはご主人様にお会いするためですか?」
ザクロちゃんの姿に少し驚いたトトくんだったけどすぐに握りこぶしを作って強く頷いた。
「そうっす!正面からは無理だから窓からこっそり覗いて機を窺えと助言してもらったっす!」
「「「だれに?」」」
「魔術師殿っす!」
「「「…………………」」」
二人と一匹の視線が自然と一人優雅にお茶を飲んでいた魔術師さんに向けられる。
この時、全員同じ顔をしていたと思う。
「おや?どうしたんだい。皆して僕を凝視して」
魔術師さんの軽い対応にふるふるとリカルド君が拳を震わせる。
「また、お前が諸悪の根源かぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!」
リカルド君の怒りが爆発する。
だが、誰もとめるものはいない。
…………本当に、誰もが思ったもの。
今回もあんたが原因か、って。




