15
『………この子が罪子ですか』
冷たいあの人の声が聞こえる。
全ての感情をそぎ落とし、凍りつかせたような刃のような言葉。
優しい言葉なんて掛けてもらったことはない。数える程しか逢った事のないあの人はいつだって私達に冷たい感情しか見せてくれなかった。
父さんと双子の弟達はいない。私とハルだけが家にいた。
『哀れな子です。母の命を縮め、生まれてきたのですから』
やめて!
もうやめてよ!
腕の中の温もりをその冷たい刃から守るようにぎゅうと抱きしめる。ハルがそんな私と冬香を守るように前に出てくれた。
『この子は!ふゆかはお母さんが俺達に残してくれた宝です!家族です!罪子なんかじゃない!』
悔しさと悲しさが熱い涙となって頬を伝う。
『かえって!この子を傷つけないで!』
涙で歪んだ目はあの人がどんな顔をしていたかうつしてはくれなかった。
瞼を開いた時、涙が一滴だけ、零れて頬を伝ったのがわかった。
むくりと身を起こして隣を見ると寝床である籠の中にひいた布団に丸くなってすぴすぴ寝息を立てているざくろちゃんがいてその可愛らしさに頬が緩んだ。
夢の残滓を追い出すように息を吐くとそのままざくろちゃんを起こさないようにそっと布団から抜け出した。
音を立てないようにそっと覗き込んだのは秋彦と秋信の部屋。真っ暗な部屋の中で布団から盛大にはみ出した秋彦と仰向けで眠り続けるが布団だけ蹴っ飛ばしてしまっている秋信がいて思わずくすりと笑ってしまう。
「まったく………寝相が悪いのは昔から変わらないなぁ」
起こさないように布団を掛けなおしてやる。
秋彦の方は布団に戻すのは無理なので掛け布団だけ掛けてやる。
「おやすみ」
小さく呟いて部屋を出る。
次は冬香の部屋。今年一人部屋になった冬香はこちらが寂しくなるほど一人部屋を楽しんでいて、一人で寝ることも全然平気なようでぐったり真夜中に私達の所に来ることはなかった。
そしてやはり兄妹だ。
兄達と同じように盛大に布団を蹴っ飛ばし、お腹をみせて眠る妹にお腹が冷えるわよと想いつつ同じように布団を掛けなおしてやる。
眠る冬香の髪を撫でる。
冬香の面差しはどんどんお母さんに似てくる。大きくなったらそれこそ髪と瞳以外はそっくりになるだろうなぁ。
『罪子』
この子をそう呼んだあの人の声が蘇る。
あの人と冬香はあれ以来逢ったことがない。
逢えばあの人はまた、冬香を傷つける言葉を放つのだろう。
何があの人をそうさせるのかわからない。判らないけど私の気持ちは決まっている。
屈託なく笑う妹を守りたい。
「安心して。おねぇちゃんが守るからね」
守れない母の分まで私が守るんだ。
しばらく頭を撫でてから冬香の部屋を出た私だったけど居間の入り口の壁に背を預け腕を組んでいる一番上の弟の姿に足を止める。
「………ハル?」
「よっ」
軽く手を挙げてくるハル。
「まだ、起きていたの?」
「もう寝るよ。それにそれはこっちの台詞だ。こんな夜中になに家の中徘徊してんだよ」
呆れを隠そうともせずに前面に押し出したハルがぐしゃあと私の髪を乱す。
「ちょっ………ハル!」
夜中なので大声を出すわけにはいかないので小声で不満を伝えれば予想外に真面目な顔をしたハルがいた。
「なんか、あったか?」
この年子の弟はいつだって私の変化に気付く。
暗くて見えないかと思ったけど私が泣いたことも気付いているのだろう。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ「おねぇちゃん」の仮面を外したくなった。
「ゆめ、みた。お母さんがいなくなっちゃった後、あの人が家に来たときの………」
あの夢を思い出して俯く。
あの時、あの言葉を共に聞いたハルだからこそ吐ける弱音。
「なんか、さ。ちょっと恐くなって皆の顔を見て安心したくなった………」
「そうか」
「ごめんね………明日になったらちゃんとするから。朝が来たらいつもの私になるから………だから」
「うん」
ズルズルとその場に座り込んだ私の背中にハルが背中を合わせる。
「なぁ、ナツねぇ………冬香たちは守る対象だろうけど俺は違うからな」
小声なのにその声は強く大きく聞こえた。
「俺はナツねぇと一緒にあいつら守る側だから」
だから辛くなったらこんな風に頼れよ、俺も何か辛いことあったら頼るからとそう言ってくれるハルの心が嬉しかった。なのに、どうしてだろう膝にうずめた頬には涙が零れていた。
「ハル、ありがとう」
「…………ばぁか。当たり前のことに礼なんか言うんじゃねぇよ」
背中から伝わる熱に自分が一人じゃないんだって思えて、私はひどく安堵できた。




