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物語の始まりはこの世界がまだまだ生まれたての頃。
その頃、今はもう隠れてしまった神々も人の世に干渉をしていた時代。
人の治める大地は絶えず軍靴に踏み荒らされ、風は腐敗と怨嗟を孕み、留まることなく世界を巡る水は争いで流された血で絶えず濁っていました。
そんな地上が荒れる様をみた天上の神々はそれを憂い、様々な方法で地上を平和へと導こうとしました。
その時、その時代、平和を司る神はまだ生まれてはいなかったからです。
真っ先に名乗りを上げたのは正義を司る、厳格な男神。
彼は、自分が見初めたこれと思う人間に加護を与え、彼に命じます。
「さぁ、この戦乱を終わらせ、正しき正義の元人々暮らせるように尽力を尽くすのだ」
神の言葉を聞いた人間はその加護の元、瞬く間に人心を集め、争いに勝ち、国を作り、そこの王になりました。
多くの人々が何事にも公平な王の下に集まります。
厳粛な法が整備され、犯罪には厳しい処分が下されました。
その様子を天から見た神々はこれで地上も落ち着くだろうと思いました。
しかし、神様達の思いとは裏腹に「正義」の名の下に人間は暴走していきます。
愉悦のために人を殺した人間は死刑にされました。
夜盗に襲われ、自分の身を守るために夜盗を誤って殺してしまった人間も死刑にされました。
他者を殺すものはどんな理由であろうと極刑に処す。
酌量の余地もない「正義」の暴走はドンドン膨らんでしまい、些細なことでも人が捕まり、刑に処される国になってしまいました。
こうして「正義」の加護を受けた人間の作り出した平和は砂漠の陽炎のようにあっけなく消えてしまったのです。
「正義」の次に地上の平定に名乗りを上げたのは武力を司る神でした。
かの神もまた、これはと思う人間を選び、己の加護を与えました。
「さぁ、お前に万の兵にも劣らない武の力を与えましょう。この戦乱をその力で納めなさい」
神の加護により一騎当千の力を手に入れた人間はその力を持って争いに介入していきます。
その人間の力に争いを続けていた国々は次々と降伏をしていき、ついに武力の加護を得た人間は王となりました。
王となった人間は従わない国を力でもって次々と平定していきました。
しかし、人にはない力を持った王は徐々にその力に驕り、力でもって全てを従わせる恐怖政治を行うようになっていきました。
王の意見が全て。
それに異を唱えるもの反発するもの王の機嫌を損ねる全てが悪とされ、王の無慈悲な一刀の下多くの命が無碍に散らされていきました。
狂王と呼ばれた王は更なる力により滅ぼされ世界は戦乱へと逆戻りしました。
こうして、「武」による統治も上手くいきませんでした。
その後もたくさんの神々が名乗りを上げ、これと見込んだ人間に加護を与えましたがどうしても上手くいきません。
元来、面倒ごとが大嫌いなのが神様です。
頑張って様々な対策を立てましたが上手くいかないと判るとついに神さま達は盛大に匙を投げてしまいました。
世界が滅びない程度の管理をしつつ神様は天から地上の戦乱を見守り続けました。
そんな日々が過ぎ、幾度もの四季が地上を彩ったのちに一人の女神が生まれました。
創世の時代、神さまの数は少なかったので先に生まれていた神様達は新たな同胞の誕生に沸き上がりました。
でも、その姿を見た途端、神さま達は揃って落胆しました。
美しい容姿に強大な力を持つ神さま達の前に新に生まれたのは平々凡々な容姿にちんまりとした身長な一言で言えば地味な女神様でした。
内包している力も驚くほど小さく弱く感じられます。
神さま達は新に生まれた女神様の姿に驚き、散々その容姿について指摘しました。
散々女神様に心ない言葉を浴びせた神さま達はその小さく弱い女神様に誰もが面倒で放置している地上の戦乱の収束を押し付け、女神様を地上に落としてしまいました。
地上は無秩序で戦乱が絶えず起きる状態です。
地上に落とされた力の弱い女神様は幾度も幾度も危機に晒されました。
力が弱い上に生まれたばかりの女神様はついに力尽き、倒れてしまいました。
このまま何も出来ないまま死んでしまうのだろうか。
死を覚悟した女神様でしたがそんな女神様を助けてくれた人々がいました。
それは戦乱に巻き込まれ、色々なものを喪いながらも直、心正しく、必死に生きていた力弱き者達でした。
決して余裕がないのにも関わらず彼らは女神様を助け、貴重な食料を自分達の分を削ってまで譲ってくれました。
彼らの介護のおかげで元気になった女神様は彼らに感謝し、沢山の食べ物の種や苗を生み出し、彼らに与えました。
他の神達が弱いと断じた女神様の力は「豊穣」。沢山の植物を生み出し、成長を促していく力でした。
見たことも聞いた事のない種や苗に人々は最初、困惑しましたが、食べ物は貴重です。
種や苗は大地に蒔かれ、大切に育てられました。
それらは冷たい風にも暑い太陽の光にもまけずに力強く大地に根付き、大振りの実をつけ、彼らがもつ一番大きな籠がいくつも満杯になるほどの実りを与えました。
思わぬ豊穣に喜び、それを齎してくれた女神様に人々は感謝しましたが女神様はもう一つ、彼らに大きな贈り物をしてくれました。
見慣れぬ食物を使い、誰も食べたことのないような料理を作り出し人々に振舞ったのです。
それはとても美味で食べると腹の底から力が湧き上がるような不思議な食べ物でした。
女神様はその料理を惜しみなく人々へと伝えていきます。
女神様を助けた人々が暮らす集落は少しづつ豊になり、笑顔が溢れていきました。
そして、人々はその食べ物と調理方法を独占することなく周囲の人々にもそれを伝え、苗や種を分けていきました。
女神様の生み出した苗や種は育てやすく冷害や猛暑にも強いという理想的な植物だったのであっという間に広がっていきました。
また、女神様が伝えてくれた様々な料理法も同じように広がっていき、飛躍的に上昇した食生活は人々の腹と心を満たしていきます。
お腹が満たされると人々は他者を思いやる気持ちを持てます。
最初は女神様の周りにだけあった人々の笑顔は長い長い時間を掛けて広がっていきます。
戦いはどんどん小さくなっていき、和解していく国が増えていき、世情が落ち着けば国同士の交流が増えていき、新たな技術が生まれていき、人々の暮らしは益々豊かになっていきました。
もう、大地を軍靴が踏み荒らすことはなく、風は大地に根付く畑を揺らし、水は澄みわたり生き物の喉を潤していきました。
強い強い神さまたちが誰も成し遂げられなかった地上の平和は小さく弱い一人の女神様によってなされたのでした。
人々は女神様のことを感謝を込めてこう呼びました。
食の女神さま、と。
「おしまい。チャンチャン」
そう言ってお話を語り終えた魔術師さんがお茶で喉を潤す。
そんな魔術師さんに私は盛大に突っ込みを入れた。
「ちょ~~~~~~~~っと待って!!その神話じゃ、この世界は豊かな食文化を持っていることになるわよ!」
与えられた異世界知識から判断するまでもなくそれは有り得ない。
砂糖すらない世界の食が豊かだなんて私は認めないわよ!
「まぁ、そうだね。今の時代の食文化は確かに遅れているね」
魔術師さんはあっさりと私の言葉を肯定する。
魔術師さんの言葉を補足するようにリカルド君が言葉を引き継いて口を開いた。
「いっただろ。前文明のはなしだって。この世界はゆたかな文明を築いたがそれらは一度滅んでいるんだ。人口は激減し、その時に様々な知識は失われ、また動植物も何種類も滅んでいるんだ」
そのまま発達すればうまいものがもっとあったのにと口を尖らせるリカルド君。大人っぽい言い方をする子だけどやっぱりまだまだ子供っぽい。
「そうなの?その時にせっかく伝えられた料理や食物に関する知識も大半が失われてしまったってこと?」
一度文明がリセットされてしまったからこそ色々なものをもう一度やり直しているといことか。
食だけではなく技術や魔術なんかもまれに発掘される古代遺跡から見つかる遺物から判断するにかなり遅れているみたいね。
もらった魔術師さん知識を紐解いてむむっと考え込んでしまう。
色々なものがまだまだ未発達なのだ。この世界は。
それでも戦乱は長い間なく、平和は人の交流を盛んにしている。
「そういうこと。まぁ、その文明があったのも世界の文明を壊すほどの戦争があったのも気の遠くなるぐらいの年月を生きてきた僕ですらしらないぐらい昔のそれこそ神話だよ」
「………気の遠くなるぐらいって………魔術師さんって一体いくつ?」
「あはは。駄目だよナツ?紳士に年を聞いちゃ」
めっとおでこを指で押されました。結構痛いです。実は年齢気にしてますか?
「なに可愛い子ぶってんだ………軽く見積もって千年以上は生きているじじぃのくせに………」
ぼそりと衝撃的なことをリカルド君が呟いたけど真偽を確かめる間もなく魔術師さんが笑顔でリカルド君の頭をわしづかみにしてお仕置きを開始してしまったために真実を確かめることはできなかった。
初めての配達を何とか無事に終え、ざくろちゃんと共に自分の家に帰った私は夜、ふと昼間に聞いた神話を思い出した。
食の女神様は地上に落とされ、人に助けられ、結果的に戦乱が続く地上を新たな食物と料理で平和に導く切っ掛けを作った。
でもその平和は破られ、文明を壊すほどの戦争が起こった。
そのとき、女神様はどうしたのだろうか?
女神様だけではなくお話で出てきた他の神さま達は?
戦乱が続く世界を疎みながらもどうにかしたいとは思っていた神さま達だ。文明が壊れるまで放っておくだろうか?
不意に浮んだ疑問の答えを…………随分あとになってから私は知ることになる。




