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プリン・アラ・モードを作っていたら異世界に王子様のお祝いとして召喚されました。
そんな他人に言ったら確実に頭の中を疑われるような出来事が私、高梁奈津の身に実際に起きたのはつい、先日のこと。
まぁ、異世界の人たちは皆良い人だったから牢屋にいれられたりしなかったしすぐに帰る方法もあった。ちょっと変わった経験で終るはずだったそれは私を召喚した張本人のせいで異世界にない料理を定期的に配達する宅配サービスをすることになってしまった。
あはは、猫好きの自分の迂闊な行動のせいです、はい。
電話代わりの手鏡で連絡を取り合い、今日、私は再び異世界に行く事になりました。
「さて」
テーブルの上に乗せられたクッキーの山。
アーモンド入りにカボチャクッキーにプレーンのものもちゃんと用意している。
家族を送り出した後、作った宅配用のクッキーだ。
向こうと連絡を取った時、何がいいか聞いたんだけど対応してくれた魔術師さんに「まぁ、取り合えず初回だし、ナツの采配に任すよ~~~」と丸投げされたのだ。
悩みに悩んで数が簡単に作れ、万人に受けるクッキーを宅配することに決めたのだ。
異世界知識を総動員してクッキーの材料になりそうなものを思い浮かべこちらの材料と照合していく作業は地味にきつかった。
卵なんてこっちの世界は手のひらサイズなのに対してあっちのは拳よりもやや大きいんだよ。黄身もやや濃い感じがしたなぁ~~知識だと。
小麦も薄力粉になる種類や製法があるか不安だったけどそこらへんは同じくこちらの知識をもつ魔術師さんが「それぐらいなら僕がどうにかするよ~~」と請け負ってくれた。だけど今回はうちにある薄力粉を代用として使用することにした。
幸いにも牛はあちらにも存在していたので牛乳は問題なく手に入る。
小麦の次に問題なのが砂糖。これは材料を照らし合わせているときに気づいたのだが向こうには砂糖がない。
それに気づいたときはどうしたものかと頭を抱えたがなんと!砂糖の原材料であるサトウキビもしっかりあの世界には根付いていたのだ!
こちらの方は砂糖の作り方を調べて(ネットって便利!)魔術師さんに製法を依頼する。
だが、製法に間に合いそうにないので今回は小麦同様私の家の砂糖を使用することにした。
カボチャとアーモンドに似た植物があるからそれも頼んだ。
異世界だとカボチャは全く食べられておらずアーモンドも家畜用の餌という状況なのが嘆かわしい。
おいしいのに!
カボチャはおかずにもお菓子にも使える万能選手だしアーモンドもお菓子作りには欠かせない有能選手!
それを家畜のえさ………。
人間にも食べさせろ!
などと異世界の食事事情に少々憤慨しつつも材料をリストアップし、魔法の鏡で魔術師さんに届けてもらえるように伝える。
「君の世界の知識があるから僕はいいけどこちらの世界の人間ならカーボルやアーモを食べるという発想自体思いつかないね」
そう言う魔術師さんだったけどあまり嫌悪はないようだ。ナツの料理、楽しみだなぁ~と鼻歌うたいだしそうなぐらいだったし。
ちなみにカーボルはカボチャ。アーモはアーモンドの向こうの呼び名だ。
名前までなんとなく似ている。
不思議な類似だ。
そうして頼んだ食材はどうやったのか十数分で集めたらしく、ざくろちゃんが空中でくるりと一回転すると光が灯り、消えたときにはテーブルいっぱいの材料が鎮座していた。
………魔術ってすごい。世界を飛び越えてやってきた食材たちに私は思わず畏敬の念を抱いてしまいました。
只今、焼きたてのクッキーを冷ましつつオーブンの中の次のクッキーが焼きあがるのを待っている状態。
「うぁ~~~いいにおいです~~~」
器用に椅子の背にのぼりクッキーを見て感嘆の声を上げるのは異世界からやってきた黒猫ちゃん………改め、ざくろちゃん。
正式に高梁家の一員となったざくろちゃんは他の家族の前では普通の猫の振りをしてくれているけどこうして私と二人だけの時は喋るようにしている。
「ありがとう。ざくろちゃん、一枚食べてみる?」
そういって手元にあったプレーンのクッキーを一枚ざくろちゃんの口元に差し出してみる。
ざくろちゃんが本物の猫なら人間のクッキーは食べさせないんだけど確認したところざくろちゃんは向こうの世界の精霊に近い精獣と呼ばれる存在で人間と同じものを食べても大丈夫なんだって。
だから私も安心してざくろちゃんにこうしてお菓子を薦められるという訳。
「いいのですか!」
いただきます~~~とざくろちゃんがクッキーにかぷりと噛み付く。そのまま器用に食べ切ってしまったざくろちゃんの顔がほにゃ~~~と緩み、尻尾がご機嫌に揺れていた。
正直に言おう。萌えた。ときめきが一気にゲージを突き抜けましたよ!!
「うにゃ~~~あま~~い~~~~~。果物以外にこんなにあまくて美味しいものがあるだなんて知りませんでした~~~~」
あの世界には砂糖がない。それゆえにお菓子もなく甘いものといったら数種ある果物だけなのだ。
その他の調理法も確立されておらず、料理の種類も恐ろしく少ない。
なのに不思議なことに向こうの世界とこちらの世界の食材自体は恐ろしく似ている。
名称が違うだけどほとんどそのものだったりする食物が多いのだ。
まぁ、食用と認知されていない食べ物が圧倒的に多い。食用だとしてもその製造方法がひどく偏っていたりして本来のうまさを出せていないことがほとんどなんだけど。
(でも、どうしてこんなに似ている食物が多いんだろう?世界が違えばもっと違う食材があってもいいのに………)
肉や魚などの生き物が原材料の食材に関してはやはり異世界。見たことのない種類ばかりだ。
だけど、不思議なことに植物に関しては私の世界と似ている。似すぎというぐらい見た目も味も類似している。
(異世界っていうぐらいならぶっとんだ植物があってもおかしくないのに。もしくは動物も植物も同じならまだ納得ができるけど食物だけに通っているなんて不思議………)
まるで植物に関してだけこちらの世界の知識を用いたみたい。
魔術師さんからもらった異世界知識にある食物を思い出しながら私はそんなことを考えた。
(今ならプリン・アラ・モードを食べたリカルド君があそこまで興奮していた理由がわかるわ………)
甘味のほとんどない世界で生きてきた人間が生クリームとかプリントとかを食べたらそりゃ興奮するのは当たり前だ。
ガチャガチャと使った道具を洗いながら私は一人納得していた。
「あの~~~ご主人さま………今度はこちらの方を食べてもいいですか?」
気づけばカボチャクッキーに熱い眼差しを送るざくろちゃん。
「向こうに行ってからね」
つまみ食いは一回まで。それが私のルールですよ。ざくろちゃん。




