九話 蟲夜行列01
今回ちょっと長いです。
弱き者、小さな者、戦力の無い者は、生きていけない。
強きもの達の身体によって、つぶされる。
たとえ、どんなに訴えても、どんなデモを起こしても、どんなに英雄でも、
行列を作っても。
婚約者が失踪してから、もう何年の月日が流れたか、ボクは覚えていられなくなりました。
でも、朝、この暗い巣の中で起きるたび、彼女が我々一族のリーダーとして、皆の前に立っていた時の事を、思い出します。
今でも、あの、小さな手のひらの傷を、思い出します。
ボクは、彼女の事を忘れるべきなんでしょう。
おそらく、彼女はもう生きていないです。
我々には人間と言う強力な支配者がいて、醜ければ殺されます。
ボクの友人、母さん、弟、すべて人間達につぶされました。
この、彼女に対する未練は、人間が作ったもの、
ああ、今日も朝食の髪の毛とほこりカスは美味しくないです。
でも、食べなくては餓死して死んじゃいます、人間の思うつぼです。
それに、父さんの為にも、迷惑をかけないためにも、ボクはうつむいてはいけないと思います。
どんなに理不尽な地に立っていても、笑顔で生きて行きたい、そう思うのです。
「ふう、おはよう吹蟲、もう起きていたとは」
あごの長いひげがトレードマークの父さんが起きて来ました。
ボクは髪の毛を皿の上に一旦置いて、「おはようございます、父さん」と挨拶をしました。
父さんが向かい側の椅子に座りましたが、皿の上に盛り付けされてあるほこりカスを手に取ろうとせず、肩を手で叩いてうなるだけです。
「父さん、また寝てないのですか?」
ボクの言葉に父親は首を振りますが、それはどうも質問に対する否定ではなく、眠気に対するしぐさだと思います。
そして運動するように両肩を動かし、ボクに言いました。
「ああ。眠いせいか、嬉しい情報にも素直になれないのだよ」
ボクは手を止めて、その運動する仕草の意味を知りました。
「情報、ですか?」
「ああ、実はな、吹蟲。お前の婚約者の生存が確認できたよ」
おそらく、それを聞かされた時のボクの眼は見開いていたと思いますけど、大げさな反応は出来ませんでした。
我々一族のリーダーであるボクの婚約者がここから失踪してから、感覚が麻痺するほど時は流れて、誰もが彼女の帰還を願っただろう。
それでも、素直に喜べなかったです。
それは、どうせ人間のすることだから、と思ったからです。
「人間によって作られた結界に隔離されているらしい。吹蟲、支配者のすることなど、そういうものなのだ。恐らくだが、毎日酷い目に遭っているだろう」
そうなのです。
だから喜べないです。
喜ぶのは、彼女の救出が成功した後だと、思います。
「ちょっと今日下見に行って来ようと思う。吹蟲、すまないが今日も留守番を頼んだぞ」
「父さん、一人で大丈夫なのですか?」
父さんはかつてのリーダーより強い。
この一族の中で唯一、日の光を浴びても大丈夫な肉体を持っている。
それを考えれば、人間の結界なんて意図も簡単に越えられると思いますが、ボクはこれ以上大切なものを失いたくは無かったです。
「ああ、心配はするな。注意すべき点は、シャーベットとか言う人間。奴が刀を抜くと世界が終わる程らしい。だが、奴が刀を抜かない性格の持ち主だとは、もう確認できている。朝食を取ったら、行って来る」
我々は、人間に支配されています。
理不尽で、悲しくて、これからも大切なものを失い続けるのでしょう。
だって、ボク達は、弱いから。
今日も、日の光が、邪魔です。
「あー、なんでいつもにんじん牛丼売り切れてんのよ」
私、松原 テトのせっかくのデートを邪魔したあげく、店内で暴れて私と凄井に客達の注目を浴びさせて、学校の中庭まで着いて来た城島とか言う、バカクズアバズレウジムシ女は、ほっそりしている体なのに、とても重そうに荒くベンチに腰を下ろした。
「その考えには同意してやるが、以後くれぐれも空気よめよ、城島ピーマン」
ぷるぷると怒ってるんだか呆れてるんだか判らないリンボーダンス中に死んだいつもの幽霊は、城島をからかう気もうせているようだった。
英雄でも勇敢でも無い城島はヒーローショーのステージのど真ん中でその指先を子供達に魅せるように凄井を指した。
「ふっふーん、テトに思い知らせてるのよ。こんなバカと付き合ってると、ろくなこと無いってね!」
「な、なにょおおぉぉぉ!!!」
なんか凄井が城島にからかわれてる、何だ今日は、雪でも降るのか。
てか凄井、その指をチョキにして城島を襲おうとしている構えはなんだ、かっこいいな。
そして城島も同じように指をチョキにしてベンチから立ち上がり、指以外は太極拳のような構えを見せる、お前はバルタン星人か。
「こうなったら、寮まで競争しようじゃないか!いくぞ、って、おい!フライングなしだっつーの!!」
「お先に~!」
二人は、夕日に立ち向かっていった、多分。
それと、いつも以上に凄井が間抜けに見えた。
一人になった私は、さっきまで城島が腰をかけていたベンチに腰を下ろして、自分が選んだ武器、加藤がバスタージャックと名づけた剣をしみじみ眺めた。
あれから、この月ノ宮学園に何体か死神が襲ってきたけど、片付けたのは主に鳥野と凄井。
私は簡単な攻撃をかわすのが精一杯で、敵の身体にこの剣がくいこんだ回数は少ない。
でも、自分が決めた事だし、悪乃久帝国のやからは許せない。
奴らの企み、計画、目的、そんなものはどうだっていい。
ただ、返して欲しかった。
カサネ、
お父さん、お母さんを。
だから、もっと強くなって、奴らをれんこんにしてやるんだ。
でも、どうやったら凄井みたいにすぐ戦闘力が身につくんだろう。
口から生気が出て行くみたいに、溜息が出た。
で、
「な、なんですか?」
……目の前におっさんがつったって、私を見ているんですけど。
なんだろ、黒いマントをまとったダースベイダーの様な服装をした先生なんて見た事ない。
てことは、先生じゃないけど、そのあごから生えている長いひげが、鬼畜おじいちゃん属性の先生を連想させる。
「君が、月ノ宮の者か」
そう言って来たが、やっぱこいつダースベイダーだと、声を聞いて思った。
「は、はい」
私はそっけなく答える。
「そうかそうか。では、まずは――」
「!!」
私はぎょっとした。
そのおっさんの動きは、身体のパーツが見えなくなるほどぶれて見た。
速い、
その言葉も出ず、おっさんは空中へジャンプした。
いや、ジャンプではない。
まるで空間を滑っているかのごとく、高く飛び、私の位置へ急降下する。
――グアッシャァァァァ!!!
私が座っていたベンチが木っ端みじんになっているのを、バックスッテプ後に確認する。
危ない、と言う言葉の代わりに荒く息が漏れ、体勢を整えなおした。
言うまでもないけど、今私の目の前にいるおっさんは、強敵だ。
こんなわけの分からん攻撃で襲ってくる手下が、悪乃久帝国にいたなんて。
腕を振り払うようにマントを舞わせ、おっさんが私のほうに振り返る。
「この程度で、息を荒げるのか」
おっさんは余裕で、さらに攻撃を仕掛けてくるように見える。
「それでも、攻撃出来るのか」
「――当たり前だ!!」
許さない。
私だけじゃない。
ここに居る、みんなの日常を奪った。
剣をおっさんに向け、闘いを挑ん……って、あれ?
今まで手にしていたバスタージャックが、ない!
情けなく焦って周りを確認したけど、見つからない。
そして、おっさんが余裕でいやみを笑って飛ばした時、私はそれに悔しがる事も、抵抗する事も出来ず、思い知った。
――負け、だ。
「おやおや、武器も無くて、何を構えるのだか」
その危機感に慌てられたのは、すぐではなかった。
な、なんで、持ってんの!!
おっさんが、私のバスタージャックを。
いつのまに!?
まさか、バックスッテップしてベンチから離れたときに、置き忘れた……!?
「ふふ、君のバックステップは遅かった。そのおかげでわずかながら君に触れる事が出来たよ。この剣はその時に奪った」
想像も出来ないテクニック。
次元が違う戦闘力。
なんなのこいつ、一体何者なの。
「第一目撃者がこの程度でよかった」
おっさんは鼻をかんだティッシュをそこら辺に捨てるように、バスタージャックをポイとやると、ゆっくりと手先を私に向る。
その指の先の爪がにゅるっと、気持ち悪く伸び生え、私はそれが相手の武器だと知った。
さっきのベンチは木製の物だけど、木っ端みじんにするほどの威力があるって事は、簡単に私を殺れる。
「安心して欲しい、私は下見に来ただけだ。君を殺ったら、大人しく出て行くよ」
もう、何も考えられなかった。
もちろんの事、勝算はない、どころじゃない。
「覚悟は出来たか、いくぞ」
おっさんが動く。
動く、としか言えない様だった。
足を踏み込んで駆け出すような仕草も見せない、もはや瞬間移動。
私はどうする事も出来ず、ただ手で顔元をかばい、顔を伏せた。
カキイィン!!
「わたくしの生徒に手を挙げるとは、随分と度胸がある方ですね、あなたは」
異世界のファッションとしか言えない帽子のつばの影から敵を睨む目が奴を止める。
相手の武器を、銀のナイフで受け止めた生徒会長は、生徒の危機を見逃さない。
私は歓声を上げる暇も無く、ぎちぎちと互いの武器が合うのを見るしかなかった。
おっさんが軽やかなバックステップで一旦間隔をとった。
「ほう、この速さをガードできる人間が居るとは、しかし」
その時、おっさんは両手でマントをばさっと広げた。
!!
マントの中からじゃらじゃらと銀のナイフが落ちてく、鳥野が所持していたナイフと見た。
「そのナイフ1本でこの私と張り合うのですか、面白い」
そう、余裕の笑みを浮かべるおっさん。
強い。
鳥野も勝算を奪われた。
どうするの、と私は鳥野の背中を見つめるだけ。
おそらく、たとえ今凄井や城島などの援助が参戦してもこのおっさんには敵わない
これが、悪乃久帝国の、本気?
「ナイフ1本?どうやらあなたは算数すら出来ないようですね」
私があきらめかけていた時、鳥野が言った。
「!!なに!?」
おっさんの周りに落ちてあるナイフが、ひとりでに動き出した。
その全てのナイフが、おっさんをロックオンしたかの如く、一気におっさん目掛けて飛び出す。
シュピン、と音をたてて全てのナイフが交差して通過すると同時に、さっきの瞬間移動のようなものを使って空中へ逃げるおっさん。
その時、空中のおっさんを捕らえるように、何本ものナイフがおっさんを囲んでいた。
鳥野が合図を出すように、スッ、と親指を下に立てる。
その仕草を、ナイフたちは見ていたかのように動き出した。
目にも見えない速さで次々とおっさんを囲んだナイフが飛んでいく。
おっさんもそれに対抗して身体が黒い塊としか見えなくなる程の速さで全てのナイフをよける。
すごい、、、
こんな闘い、フィクションとしか思えない。
私が見とれていると、おっさんは鳥野のナイフを全てかわし、地上へ降りた。
「やれやれ、流石ですね」
呆れたように笑いが一瞬漏れた鳥野には、まだ余裕がある。
あれだけ動き回ったおっさんも、まだにやりと余裕の表情を浮かべているけど、
「いや、それはこちらのセリフだ」
と、ここで鳥野を認めた。
「実力で進化した我々に傷をつけたのは、おそらく君が初めてであろう」
バッ!とマントをなびかせて、横に突き出した手の人差し指に、血がにじんでいる。
それを口元にもって行き、舌を出してなめ始めるおっさん。
「支配者も、相変わらず進化するものなのだな。ふふ、憎い。憎たらしい」
その舌を出した顔が、今見てきた中で一番ぞっとした。
憎い、
私も、憎い。憎いよ、あんたらの事。
でも、それを言う事は出来ない。
「憎い、ですか。そうですよね。しかし、ここにあなたの求めているものはありません。華振は行きました。お引取りください」
その言葉で、鳥野は最初っからこのおっさんがなんなのかを、理解していたと推測できた。
それに華振って、あの五期 華振のこと?
話がつかめない。
もしかして、このおっさん、悪乃久帝国の手下じゃない……?
「そうかそうか。まあ、今日は下見に来ただけなのでね。後日、対処法でも練って来ようと思う。
我々一族とね」
そう言って、マントをなびかせて、踵を返すように歩いていくおっさんが見えなくなるまで、私と鳥野は無い言わなかった。
おっさんが消えて、ようやく我に返った私は、また生徒会長に助けられてしまった弱さを思い知った。
そっと、彼に歩み寄ると、
「はあ、はあ、」
鳥野は、らしくなく肩で荒く息をしている
そしてそのまま私に顔を向けないで言った。
「あの触覚を見たときは、本気で負けるかと思いました」
触覚?
その時、私は気づいてなかった事を思い出した。
そういえば、あのおっさん、頭から触覚のようなものが、二つ生えていたいた様な気が。
鳥野が崩れるように、すとんと地面に腰を下ろして、疲れたように一息ついた。
だらしない様子は本当にいつもの生徒会長らしくなく、やけに怖かった。
「確かに、いつかは来ると思っていましたけどね、やれやれ」
この鳥野はさっきから私の事が見えていないのか?
独り言を呟いているようにしか見えない。
「さっきの方は、恐らく五期族でしょう」
やっと私の疑問に答えてくれた。
「五期族?五期って、あの華振ちゃんの?」
「はい。五期族とよばれる、暗く、狭い場所にひそみ、人間から隠れて暮らす一族があると、華振から聞いています。彼らは人間には不可能な速撃術と言う戦術を身に付け、相手には攻撃しようとする仕草ひとつ与えません。あ、失礼しました。松原さん、怪我は無いですか?」
立ち上がり、私の方を向いた。
「大丈夫、助けてくれてありがとう」
「いえいえ、生徒会長として当然の事をしただけです」
そうとは言うけど、鳥野の顔は、キリッっとしたいつもの表情では無く、何か焦っているようだった。
鳥野はあのおっさんと闘ったとき、触覚をみた初めから相手がどれ程の強敵かを把握していたのだろう。
私なりに言わせてもらえば、危なかった、だろう。
この学園の一番の戦力と思われる鳥野を追い詰めた五期族。
今、私たちには、悪乃久帝国が攻めて来る事より、恐ろしい事態が起きているのかもしれない。