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守護霊見習い  作者: シトラチネ
見習い最終号 ―永誉―
36/39

… 4 …

… 4 …


『おはようございます! いやはや昨晩は大変な騒ぎでしたね、お疲れ様でございました』

「うるさい……」

『しかしですねー、憑座を捨てたくらいじゃ収まらないですよ、ああなっちゃうと。くれぐれも注意は怠らずに』

 薄暗闇の中どうにか手繰り寄せた目覚まし時計は、わたしの起床時間にあるまじき時刻を示していた。

「五時半? うそー、もっと寝かせてよ……」

「ひろさん……誰としゃべってんの……」

 枕に突っ伏して眠りの底へと再び落ちていく。落ちていく途中、誰としゃべってんのという台詞がもわもわと響いていた。

「ん?」

「絹さん……ですか」

 見ればベッドの脇から眠そうに呻いて身を起こしたのは、千歳のようだ。さらにその奥には丸刈り濃紺甚平の見習い候補、永誉さんもちんまり正座している。

「何でいるの……」

 千歳は一瞬の暴風で眠気を吹き飛ばされたような顔をした。

「何でって、竹原の霊が来るから!」

『健全な精神は健全な肉体に宿ります。朝はシャキッと早起きして、門前などを掃き清め――』

 試験後まで待つと言ったのに、どうやら今回の守護霊見習いは、遠慮深いと見せておせっかいな人らしい。

「いたなら助けてくれたって……」

「あれは助けたって言わないんですかっ?」

『お二人の間に割って入るのもはばかられたもので』

「だから千歳じゃなくて」

 会話が錯綜している。交わされるスピードに寝ぼけた頭がついていかない。

「どうでもいいから、もう少し寝かせて……」

 睡眠三時間半じゃ、どうあったって足りない。引っ張り上げて潜り込んだ毛布越しに、永誉さんの憎たらしいくらい明るい声が追ってくる。

『千歳クンに二度目の隙を見せちゃうんですか?』

 何のことだろう、と眠りにダイブしながら思う。

「よく分かんないけど俺も寝る……」

 かたわらの床で呟く千歳の声が、記憶の隅から就寝間際の言葉を連れてきた。

 ――おやすみ。俺が何しても起きないくらい、ぐっすり寝てね。

 嫌な予感というのは、脳の覚醒に多大なる効果があるに違いない。

 ズバッと跳ね起き、バタバタと服を確認する。不審な乱れはないようだ。ならば不審な記憶はないかと必死で脳内を探っていたら、不審な目に見上げられていた。

「あー……疑ってんだ。あのねー、俺だって時と場合くらい承知してるよ」

 奮闘してくれた正義のボディガードに濡れ衣きせちゃうなんて。不服そうな千歳のしかめっ面に、申し訳ないことをしたと思わされた。

「そうだよね、ごめん」

「全く、もうちょっと信用くれたっていいのに……」

 抗議を呟く千歳に謝り倒し、なだめすかし、どうにか二度寝に落ち着いた。

 しかし三時間後。わたしは鏡の中の首筋に、赤い点を発見することになる。

「千歳……やっぱり何か、したんじゃない?」

 起きると決めたら寝覚めのいいらしい千歳は、ちゃきちゃきと布団を畳んでいる。

「何かって?」

 きょとんとしてるのが演技なのか本物なのか。見極めようと目を細めてみたけど、判別できない。

 実はキスマークというものを付けられた経験がなかった。そういう趣味のある男と付き合ったことがないし、付けて欲しいと思ったこともなかったのだ。だからこれはキスマークであると断言できないのだけれど、たぶん間違いない。

「だから、コレ」

 と言って首筋のソレを指差すが、ますますきょとんとされるばかり。首を傾げる演技がうますぎる。

「竹原じゃないの? 憎さあまって可愛さ百倍みたいな」

「そんなわけあるかー!」

 畳みかけの布団に沈めてやった。



 疑惑の赤い点はコンシーラーで隠蔽。

 金縛りが竹原の仕業と聞いた轟は、足の間に尻尾を巻き込む犬みたいに身をすくめていた。

「すみませんひろさん、今日は後部座席でいいですか。千歳、僕がおかしかったら助手席から車止めて」

 乗り移られて事故を起こしはしないかと、轟は心配のようだ。

「俺、今回は大活躍だなー」

 妙なとこ感心する振りで賛同してるあたり、千歳も同様の心配をしているらしい。

 いつも助手席に座らせてくれるのは、わたしの難聴な左耳への彼らの気遣い。ただでさえ聞き取りにくい車内の会話を一番拾いやすい位置だからだ。

「今日、テスト終わったあとでお祓いに行きましょうか? 前に霊道を移動してくれた神主さんに相談してみたらどうでしょう」

 赤信号できっちりハンドブレーキを引いてから、轟は提案というより依願の様相で振り返った。

「そうそう、悪霊退散。とっとと浄霊」

 見習いにかまけて成績が下がるのを快く思っていない千歳も、今回はさすがに事情が違うと認識してるらしい。力強く頷いてる。

「……千歳、浄霊と除霊の違いって知ってる?」

「あったり前ですよ。『う』が入ってるか入ってないか」

 簿記の教科書で頭をはたいてやる。

「うわ、この座席配置は良くないな。殴られ放題」

 浄霊は霊を清めると書くその字の通り、霊を説得して納得させ成仏に導くものだ。それに対し除霊は強制的に霊を排除することで、霊の意思など無関係。

「例えれば浄霊は更生で、除霊は死刑みたいな。……除霊された霊って、どこ行っちゃうんだろ?」

 昨晩、皿うどんを突付きながらぼんやり感じていたことが、一晩明けてようやく形になりつつあった。

 わたしが竹原の死に直接手を下したとは言えない。けれど金庫に閉じ込めて窒息させようと考えたのは事実だし、恐怖を味わわせて死期を早めてしまったかもしれない。

 それに対して無感情でいるのは難しい。

 ――帰ってやれ、それはおまえの権利じゃねえ、義務だぞ。

 生を手放しても仕方ないと思った時、リョウがそう言った。正しいと思ったから今ここにいる。なのにわたしは竹原自身の義務を取り上げることに加担したかもしれないのだ。

 説明すると轟からは、はあと歯切れの悪い返事があった。

「だから除霊でなく浄霊したいってことですか? ひろさんの気持ちも分かりますが、話を聞いてると竹原はとても説得できる雰囲気じゃなさそうな……」

 的を得てて反論できない。

「あんなヤツにまで、情けかけてあげる気? 竹原だってひろさんを殺そうとしたんだよ。俺は許さない。あいつがそもそも逆恨みしたんだし、自業自得」

 後部座席からは助手席にいる千歳の顔を窺い知れなかったけれど、トン、トンと指先が膝をゆっくり叩いてるのが見えた。この仕草は相当レベルで納得のいってない証拠だ。

「んー、でも……」

「でも?」

 千歳が振り返るスピードの遅さが不気味だった。不穏な空気を察知して、轟がハラハラ怯えている。

「うん、自業自得かも」

「かも?」

「自業自得です」

 千歳に本気で怒られると弱い。わたしのしおらしい返事を聞いて、千歳はようやく溜飲を下げたようだった。にっこりと仮面のごとき愛想笑いに戻ってくれる。危なかった。千歳の逆鱗に触れるところだった。

「えーとそれなら、ビクトリノックスだけでもお祓いしましょうか。ねっ」

 うまく中立案を出してくれた轟への感謝の印に、千歳に見えないように拝んでおいた。



「これはどうも。お待ちしておりましたわい」

 部屋に通ってしまった霊道を、近所の地鎮祭ついでに移動してくれた特級神主さん。謝礼など要求せずに、絹さんがこの神主さんを呼びつけるまでに引き起こした霊障騒動を面白がった磊落な人だ。ゲートボールに興じていそうな人好きのする総白髪のおじいさんだが、どっこい侮れない霊能力を持っている。

 わたしたちが午後に神社を訪ねていくと、袴姿の神主さんは本殿の奥からヒョイヒョイ身軽に近寄ってきた。

「ちょいとばかり物騒な男にモテているそうですな、はっはっは」

 何も言ってないのにお見通しのようだ。リョウは盗聴して事情を知るが、この神主さんの場合、事情を媒介するのは盗聴器でなくあの人しかいない。

 豪快に笑いながら痩せた手が撫でる、短く刈り込んだ白ひげ。そこから舞い落ちた白い粉には嫌になるくらいの見覚えがあった。大福、絹さんの大好物である大福にまぶしてあるアレだ。

「あのーまさか、絹さんから金縛りのこととか……」

「いやいや、ちょうど暇にしておりましてな。武勇伝を伺いましたぞ」

 神主さんは暇つぶしができてラッキーみたいな顔をしてる。したたかな人らしい。絹さんとつるまれたら、被害が直撃するのはわたしのような気がして怖い。

 それにしても。大福のお供えを欠かさないというのに、わたしが金縛りに苦しんでいても顔も見せないくせに、絹さんは神社に上がりこんで茶飲み話のタネにしていったというのか。

「千歳、晩メシはひろさんの好物にしていい?」

「今、俺がそれ頼もうとしてた」

「僕の部屋にノンアルコールじゃないビールあったはず。持ってく」

「完璧だな。週末だから一日くらい酔いつぶれたって、来週のテストは何とかなるだろ……」

 背後でひそひそと、わたしを夕飯でなだめる計画が進行している。

「ほうほう、これが憑座になった刃物と。なるほど宜しくない念が篭もっておるようですな」

 千歳から手渡されたビクトリノックスに、神主さんは眉毛をひょこひょこ上下させた。

「邪念はわしがしっかり祓っておきますわい。しかしご承知だろうが、憑座は憑座。これを清めても根本的解決にはなりませんぞ。用心なさることですな」

 似たようなことを他の誰かも言ってたような気がする。そうだ、やたらと早起きな見習い候補霊。

 ――憑座を捨てたくらいじゃ収まらないですよ、ああなっちゃうと。

「はい、ありがとうございます。それで、お礼をと思うのですがどのように……」

「礼ですとな。では、一件落着の折にはこのじじいめの点てる茶でも付き合おうて下され。七十の手習いですわ、はっはっは」

「はあ」

 相変わらず神主さんは報酬にこだわらないらしい。

「僕の気のせいかな、ナンパされてるように見えるんだけど」

「気のせいじゃない。くそ、ひろさんストライクゾーン広いからな」

 背後であらぬ疑いをかけられている。

「浄霊でもお助けできればと思うておりましたが――」

 今朝、雰囲気の悪い論議になった話題。全ての事情を踏まえたようにさりげなく切り出した神主さんにも驚いたけど、含みある語尾にもドキリとした。

「見習い指導のお勤め、ご苦労なことですなあ。ではこれにて失礼致しますよ」

 孫を見るような優しげな瞳を笑い皺に埋めて、神主さんはスルリと本殿の奥へ戻って行ってしまった。おりましたが、の続きを言ってもらってない。肩透かしを食らった気分だ。

 神主さんの言葉の解釈を求めて轟と千歳を振り返ると、二人もぱちくりして首をひねっていた。

「除霊の手助けはしてもらえないみたいですね……」

「お勤めご苦労って……大福で絹さんに買収されてないか、あのじいさん」

 絹さんはしばらく大福抜き決定。



「轟。千歳を信用しきれないので、お願いだから泊まって下さい」

 きっちり手を突いて頭を下げた。

 千歳の出張バーと化したわたしの部屋。轟に土下座することになった元凶は呑気に香港フィズ、紹興酒のジンジャーエール割りを舐めてる。

「憑依されてわたしに攻撃しちゃうのが怖いなら、念入りに縛って隅っこに押しやっとくから!」

「僕の人権はどこへ……」

 この人、今どうなってる? と聞いたら、困ってる。と三歳の幼児でも即答しそうな困りきったハの字眉をして、轟は疑問の視線を千歳に投げかけた。

「ただでさえ大変なんだから、ひろさんの悩みを増やすようなことは……」

「してない。困らすようなことはしてない、怒らすようなことはしたけど」

 今度は千歳の屁理屈劇場が開演したらしい。

「同じでしょ!」

「違うよ。困ると怒るはイヤとダメの違い。女の子の言うイヤはやめてで、ダメはあとで。やめては拒否で、あとでは延期」

 スラスラスラっと説明されたことが、すぐには理解できなかった。頭の中で反復して考えてみる。

「言えてる」

「ほら、だから困らせてない」

 勝ち誇られた。

「違う違う、今のは理論的になるほどって思っただけで、許可したとか延期希望したわけじゃなくって……禁止、そうそうダメは延期じゃなくて禁止」

「昨日はイヤって言われてないよ。だから困らせてない」

「ん? えっと……」

 刺し傷の痕を見せてと言われたのは考えてみれば、例えばキスを盗まれるようないわゆる困ることではない。キスマークにしても結局、限りなく黒に近いグレー判定で逃げ切られたし。

「オーケイ、じゃあ今日は困らせないし怒らせない。問題あったら轟に電話していいから」

 限りなく丸め込まれている感たっぷりだ。言い返せない自分が情けない。

「轟。千歳ってこんな手に負えない人だったっけ?」

 嘆いてたら、轟はしみじみと優しいえくぼつき笑顔を千歳に向けた。

「だんだん地を晒すようになったんじゃないですか?」

「猫かぶってたんだ……」

「そろそろ暑くなってきたんで。猫の皮脱ぎました」

 千歳の手の中で、グラスの氷がカラカラ気持ちよさそうに鳴ってる。サッパリ吹っ切れたような顔で寛ぐ姿は、わたしがずっと待ってた素の千歳かもしれない。


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