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守護霊見習い  作者: シトラチネ
見習い最終号 ―永誉―
34/39

… 2 …

… 2 …


 病院に連れて行く、と騒ぐ轟と千歳をどうにかなだめた。相手の車は低速だったから、ぶつかって転倒しても擦り傷と青あざくらいしかこさえてない。

 わたしが立ち止まらずに歩道を渡りきるもの、と見込んで停止しなかった車と接触した。千歳は相手の名前、学籍番号、ナンバープレートをがっちり控えたうえに、ものすごく怖い顔で注意をくれていた。ありがたいことなんだけど、千歳の怒気に蒼白になってた相手の男子学生も気の毒な。

 存在さえ知らなかった大学内の保健センターへと轟が案内してくれ、傷の消毒を受ける。テスト前に図書館で最後の見直しをするつもりだったのに、食堂で二人に事情聴取される羽目になった。

「昼間に金縛りにあうこともあるけど、歩いてる時っていうのは初めてだったな……」

「すみません。僕は歩く時、必ずひろさんの後ろか隣を歩くようにします」

「金縛りでは死なないって言ったの誰だよ」

 車で当てられた怒りも怪我への不安も、周囲が自分以上に騒いでいると急に冷めてしまったりするものだ。それよりもいきなりな金縛りへの驚きを述べていたら、いつもの展開が始まった。轟には心配されて、千歳には怒られるというパターンだ。

「事故が起きるタイミングでの金縛りが偶然ならいいんですが……僕たちも気を付けますけど、何しろ霊感ないので。ひろさん、注意して下さいね」

「死人に恨まれるようなこと、しでかしたりしてない?」

 轟にはうんうんと頷いて、千歳にはううんと首を振ってみせる。

「心当たりはありませんか?」

「まさか、また見習い受けちゃったんじゃないよね。霊関係で何かあると、いっつも見習いが絡んでくるんだから」

 轟にはううんと首を振って、千歳にもううんと首を振りかけて、ハタと止まった。

 寝ぼけてて記憶がかすんでいるものの、守護霊見習いとしてお世話になりますという男の声を聞いたような聞かないような。

「夢かな……」

「……ひろさん?」

「見習いじゃ――ないよね?」

 見習いに対する二人の姿勢は正反対。轟は手伝いたいと言ってくれるけど、千歳は危ないから絶対ダメの一点張り。表現は違っても、わたしを心配してくれているのは分かっているつもりだ。だから安易に、見習い受けちゃいましたアハッ、などと言えるものではない。

「挨拶されたような気がするけど、引き受けるとは言ってない……」

 またですか。と、明らかに二人の顔は一致してそう言っていた。

 過去、見習いは一度たりとて進んで引き受けたことなどない。それでも結局は受けざるを得ずにこなしてきたのだから、今回もそうなるのは予想できてしまう。

 じーっと発言を待ち受けてる二人へ、慌てて両手を振って否定を伝えた。

「しない、試験期間中はしない。テストが終わって話を聞いてみてから、考える」

「絹さんも見習いも、試験を待ってくれればいいんですけど……」

 轟は眉尻を下げた憂い顔で、もっともなことを言う。

 見習い霊たちは講義や体調不良といった、こっちの事情などお構いなしに振り回してくれるのだ。試験という理由でハイそうですかと大人しく引っ込んでくれるとは期待できない。そうなると、講義をサボるな単位を落とすなと約束させられている千歳がまた騒ぎ出す。

 恒例のお小言を待ち構えていたが、意外にも千歳は静かだった。

 静か過ぎた。

 千歳はテーブルの上に乗り出していた上体をゆっくり椅子の背に預ける。苦笑とも冷笑ともつかないものが浮かぶ、その唇からどんな言葉が出て来るのか、瞬時に怖くなった。

「一度でも話を聞いたら、ひろさんが放っとけるわけないじゃないですか。散々危ない目に遭ってきたの、懲りてないんですね。今さっきだって、霊のせいで轢かれかけたばかりなんですよ」

 普段からにこにこ愛想笑いを絶やさない千歳。呆れる時だって、そこにはいつも優しさがあった。それだけに、ほんのちょっとの厳しさがひどく冷たく感じる。最近はもっぱらタメ語だったのに急に丁寧語に戻るのも、距離を取られたみたいであせらされる。

 真っ直ぐ見据えてくる黒目がちな強い瞳には、金縛り以上にわたしを縛る力があるようだった。



 テストは散々だった。千歳の怖い顔を思い出すと、何度読み返しても試験問題が理解できずに空回りした。

 一般教養だったからまだいいものの、明日は必修科目だから落とすわけにはいかない。遊んでくれとじゃれついてくるシロそっちのけでテーブルにかじりついた。

 夕飯時になって轟と千歳がやって来る。昼間の懲りてないんですね発言以来、千歳の口数は少ない。どう機嫌を取ろうか考えていたところへ、予定外の来客が加わった。

「よーう、ひろ。シケたツラしやがって、テストしくじったか? いい加減学生なんぞスパッとやめて、めでたく俺の相棒になれよ」

 オレンジのソフトモヒカン、あっちこっちにボディピアス、肩にはタトゥー、ごっつい靴。凄みと知性を併せ持った切れ長の瞳がニカッと笑った。

「リョウ……どうしたの?」

 一言で言うならば、リョウは不良変態裏鍵屋兼情報屋。横領の嫌疑をかけられたまま行方不明だった祖父、その全容解明と供養に尽力してくれた恩人ではある。

 けれど口も態度も粗暴で強引で勝手、平気で人を騙して反省の色なし。根は悪いヤツじゃないし戦友だからフラッと気持ちが揺らいだ時期もあったものの、今はそんな気は完全消滅した。

 インターフォンを鳴らすこともせず、無断で作った合鍵で上がりこんでくるリョウの横暴に、轟も千歳も言葉を失っている。わたしも最初はいちいち抗議していたが常に徒労に終わるので、疲れるだけと諦めつつある。

「情報提供にはるばる出向いてやった。感謝しろ」

 一方的に押しかけてきてこの言い草だ。ローテーブルの、さっきまで人が必死に取り組んでたノートの上にどっかと腰を下ろすのもやめて欲しい。

「それか? 轢かれ損ねた傷ってのは」

 カキョンといい音のするジッポで火を点された煙草が、わたしの肘の絆創膏を示した。

「ねえ……わたしの携帯に仕込んであった盗聴器、実は回収してないんじゃないの?」

 そうでなければ昼間に轢かれかけたことを、どうやってリョウが知ったというのか。

「アホか」

 即座の否定に安心するも。

「プロをなめんな。同じとこに二度仕掛けるか」

 それはつまり、場所は携帯じゃないけど盗聴器を設置してあるのは認めるってことだ。

「情報はありがたいけど、盗聴はありがたくない……」

「ひろさんを利用すんのも盗聴すんのも、いい加減にしろよ」

 千歳はリョウを敵視している。不快を露わにして睨む千歳に対して、リョウは眉ピアスを上げて一瞥くれただけ。リョウに言わせれば轟も千歳もまだまだガキだそうで、思いっきりあしらってる。

「竹原が死んだ」

 世間話のごとくさらりと告げられた事実に、頭から冷水を浴びせられたように思った。

「いつ……」

「四日前。金縛りが始まった時期に合致してんだろ。動機も充分だ」

 竹原はかつて、わたしの祖父と貸金庫業を共同経営していた人物だ。祖父を横領と自決に追いやり、会社を乗っ取った老人。倒産後は祖父の霊に怯えて、精神科に入院する羽目に陥ったはずだ。その竹原は当然、自分を破滅に追いやったわたしを憎んでいただろう。

「おい、色男。竹原が見習いよりよっぽどヤバいって分かるな?」

 煙草の煙が千歳へ吹き付けられた。煙草も嫌い、リョウも嫌い、失礼な真似も嫌いな千歳は眉間に深い深い縦じわを彫る。

「病院に閉じ込められてる限り、竹原はひろに手出し出来なかった。おまけに死んだとなりゃ普通は、やれやれ煩わしいのがいなくなった、それで済んじまう。だが、ひろは話が違う。霊感があるからな。竹原は死ぬことで、自由にひろをいたぶるチャンスを手にしたわけだ」

 リョウは考えたくもない事実をサバサバ言いのけていく。遠慮のなさは相変わらずだ。

「竹原に関しちゃ首を突っ込まないわけにはいかねーんだよ。俺だって暇で盗聴してんじゃない。おまえはひろの怪我がトラウマなんだろうが、ジタバタすんな。目障りだ」

「リョウ、千歳は心配してくれてるんだから――」

 手首を掴まれた。掴んだ千歳は黙って首を振ってる。言い返さずにいるのが、リョウの言い分を認めた証みたいだった。仕方なくわたしも黙る。

 祖父の事件では、リョウは秘密裏にわたしの口腔細胞さえ入手すればそれで事足りたはず。けれど事情を明かして協力させた。結果として竹原とわたしを繋いでしまったのを自覚していて、事件後も動向を絶えず見ていてくれたということらしい。

「それだけだ。じゃあなひろ、用がありゃ電話してこい。優先的に出てやる」

 返事も待たずに、リョウはすたすたと玄関へ向かった。わざわざありがと、と背中に言ったけど、振り返りもしないまま煙草を持った手をヒョイと挙げられただけ。

 自分勝手で非常識なやり方には異議ありだけど、本当はいいやつ。



 リョウがもたらした情報に、本気で食欲が失せた。

「無理しないで残して下さいね」

「重症。轟のメシ残すなんて」

 轟と千歳の二重奏で、半分以上残っている皿うどんをぼんやり突付いていたことに気付いた。

「あ、ごめんごめん」

 二人のお皿はほとんど空に近い状態。一口分ずつだけ、ちんまりと寄せてある。わたしが給食を食べきれないで昼休みも居残りさせられてる小学生みたいにならないように、食べるペースを調整してくれてたらしい。

 慌てて食事を再開したけど、あんの中にあった竹の子にまた竹原を思い出したりして。

 金縛りをかけにくる霊が竹原かどうかは、輪郭も顔もぼうっとした白い影だから判別できない。とはいえリョウの指摘通り、金縛りが始まったタイミングもあれだけしつこくキツいのも、犯人が竹原なら納得なのだ。

 わたしを刺殺しようとした男が死んで霊になってまた襲ってくるなんて、丸っきりホラーの世界ではないか。

「ひろさんが帰ってこない……」

「俺もこんなに思い悩まれてみたい」

「あ、ごめんごめん」

 再び我に返れば、揚げ麺はとっくに水気を吸ってブニャブニャ、しかも冷たくなってる。轟のごはんが台無しだ。何だか悲しくなってきた。

「わわ、泣かないで下さい、えーっとそうだ、ひろさんの好きなプリン買ってありますから!」

 ダッシュで冷蔵庫からプリンを取ってくる轟。

「轟のごはんさえ食べられないでいるのに、プリンなんか入るわけないでしょ!」

「って言いながら受け取りますか?」

 呆れつつプリン用にスプーンを差し出してくる千歳。

「千歳、ビール! 中ジョッキ!」

「いやひろさん、ここ居酒屋じゃないからさ。しかもプリンと一緒なんて、両方に対して冒涜……あっはい分かりました、お持ちしますって。やべっ涙目の睨みって燃えるな……」

「あのう、あとで簿記教えてもらおうと思ってるので飲みすぎないで下さいね。テスト、明日……」

 飼い主の姿を探してオロオロする犬。そんな趣の轟をなだめて、千歳は本当に中ジョッキを出してくれた。



 中ジョッキで出すのが、中身がノンアルコールビールであることを隠すためだったなんて。

 いくらアルコールに強いと言っても、中ジョッキ一杯飲み干しても何の変化も出ないのはおかしい。涼しい顔で教科書を広げていた千歳は、あっさりと犯行を自供した。

「こんなこともあろうかと買っといたのを役立ててくれて、ありがとうございます」

 二度とその営業用スマイルが出来ないようにしてやらねば。

 空になった中ジョッキで素振りをする。千歳は教科書を防災頭巾にして防御体制をとった。

「ほんとに凶器だから、それ! すいません、お詫びに今日、泊まり込みます」

「はいっ?」

 突如として防戦側から爆弾発言の反撃。

「竹原が金縛りかけに来たら、どうにかして追い払う。そのためには泊まらなきゃ。ちなみに下心なんて、ひとっかけらもないんで。正義のボディガードでーす」

 にっこりと下心はないなんて付け足すのが、あまりにわざとらしい。

 落ち込んでて頭が回ってなかったけど、言われてみれば今夜だってあの金縛り霊は来るだろう。仮に竹原じゃないとしても、交通事故に遭わせようとするほど悪意を持った霊だと分かると一人は心細い。

「えっと……じゃあ轟も一緒に」

 ボディガードからのボディガードなんておかしな話だが、必要性を限りなく感じる。

「それはもちろん、そうしたいんですが」

 Tシャツの袖を引っ張りながらすがってみたのに、轟には躊躇されてしまった。

「僕は陣さんの時に憑依されたから、竹原にもされたら……ひろさんに攻撃しちゃいそうじゃないですか。いない方がいいと思うんです」

「そんなー!」

 轟の言うことにも一理ある。霊媒体質気味の轟は以前、見習い霊に身体を乗っ取られてカーレースをさせられた。だけど轟がいてもいなくても危機になるなら、いて欲しいのに。

「信用してくれませんか」

 不意に千歳の丁寧語。距離を置くような雰囲気でなくて、礼儀正しく頼み込むような丁寧語だった。真面目そのものな引き締まった表情で、ピシッと居住まいまで正される。

「困らすようなこと、しませんから」

 そう言う千歳はなぜかわたしじゃなくて、轟に許可を求める視線を送った。

 こうなると、嫌だとは非常に言いづらい。迷ったけど結局、お願いしますと頼むことになった。


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