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守護霊見習い  作者: シトラチネ
見習い二号 ―友紀―
12/39

… Thursday …

… Thursday …


 夜中に汗ばっかりかいて寝苦しいと思っていたら、朝の検温で熱が上がっていることが分かった。何だかますます聞こえが悪くなって、退院が延びるような気もする。

 朝ごはんもほとんど手を付けずにいると、看護婦さんが叱るような心配そうな目をしていた。ダイエット中なんです、とごまかす。

 熱のせいかひどくだるいし寝不足と痛み止めの効果もあって、午後の回診で起こされるまですっかり寝てしまった。予想通り熱もあるから、と退院が見送られてしまう。

(そうだ、携帯……)

 丸一日かけて干しておいた携帯は、恐る恐る電源を入れるとちゃんと動いてくれた。熱とめまいにふらつきながらも休憩所まで出向いた。留守電は入っていても聞こえないから、せめてとメールチェックする。未読がずらずらと表示されて何事かと思ったら、ほとんどが轟と千歳だった。

『留守電にも入れましたけど、千歳の説明よく分かんないので早く帰って来て下さい』

『電源切るなんて卑怯者』

 昨日の午後、あの廃ビルに行く直前はそんな調子だった。夜になると、すぐ戻ると言ったのに帰りが遅いのを気にしだしたらしい。

『試験前ですし調査もほどほどにして、勉強もした方がいいですよ』

『詐欺と恐喝容疑で取調室ですか。カツ丼おいしいですか』

 二人とも心配してくれてるんだろうけど、発信者を見なくても分かるほど毎度毎度言うことが違うものだ。

『まだ帰ってないみたいですけど、どこかで貧血でも起こしたんじゃないですよね?』

『パチンコで稼いだ金で合コンだったりして』

 日付が変わる頃のメールではますますそれが顕著だった。

『終電過ぎましたけど、足がいるようなら迎えに行きますから電話下さいね』

『朝帰りはいけません』

 今朝になって授業にも姿を見せないと、さすがに本気で心配しだしたらしい。

『お願いですから連絡下さい』

『轟が捜索願とか騒ぎ出す前に、電話入れてやって下さい』

 事情があって外泊する、くらい言っておけばよかったかもしれない。でも携帯が使えなかったし、電話番号なんて覚えてないから公衆電話からも連絡できなかった。

 つい一時間前くらいのメールには、さすがに胸が痛んだ。

『事故にでも遭ったんじゃないかと心配してます』

『遊び呆けてるうちに充電切れたって言いながらのこのこ帰ってきたら、マジ怒りますから』

 慌てて二人に返信した。まず謝って、入院していることとその経緯を簡単に書き送る。

 左手に点滴を刺しているせいでモタつきながらも無事に送信完了して、ひとまず安心する。気が緩んだらまた熱が上がってきたようだ。もう面会時間が終わる頃なのだろうか、パジャマ姿でない人たちとすれ違いながら、点滴台を引いてふらふらと病室に戻った。

 やっぱりあまり食べられずに終わった夕飯後に再びチェックに行くと、またしても轟と千歳のメールが並んでいた。

『お見舞いに行きますから病院名を教えて下さい』

『耳が治ったらめちゃくちゃ文句を言いますから、覚悟しといて下さいよ』

 轟には熱が下がっていれば明日退院できると思うから、と送る。このタイミングで中耳炎にでもなったら本当に聴力を失いかねないらしいので、先生は慎重になっているようだった。

 千歳には、そんなのいいから轟の簿記を頼むと書いておいた。



 昼に寝てしまったせいだろう、消灯後は寝付けずに暗闇を見上げていた。暇で仕方ないのでこっそり携帯の電源をオンにすると、病室でもちゃんと電波が入るようだ。

『退院するなら迎えに行きますから、とにかくどこの病院か教えて下さい』

 轟は、とにかく病院に来ないことには気が済まないらしい。この病院がどの辺りにあるのか把握できないのだけれど、アパートまでタクシーで帰ったら一万では済まないだろう。実際ありがたいので御礼と共に病院名を書き、簿記の進捗具合を聞くメールを送信する。

 今度はまたどんな小言を送ってきたのかと思いながら、次に千歳のメールを開いた。

『こんなこと言ったら、怒られるかもしれないけど』

 前置きがあるなんて珍しい。ひょっとして、いつも怒らせたいんじゃないかと思う憎らしい発言の数々は、実は何も考えずに言ってるんだろうか。

『ひろさんの今の気持ち、ちょっとわかる気がしてます』

 何だか真面目そうな文面に戸惑った。

『ひろさんの声が聞きたい』

(…………)

 何かの冗談なんだろうか。

『不安と心配で人が死ねるなら、俺はいま瀕死です』

 読み返してみても、千歳が弱音を吐いているらしいというのは変わらなかった。いつもにこにこ優しい愛想笑いの下に本音を隠しているような千歳のメールとは思えなかった。

 ほっとくのはまずいんじゃないだろうか。

 仕方なくこそこそと病室を抜け出して、見つからないようナースステーションの反対側へと廊下を進んだ。階段の踊り場に置かれたベンチに腰掛けて、千歳の携帯を呼び出す。ややあって『通話中』の文字が表示された。

「もしもし、ひろですけど」

 相変わらずわたしの耳には、内側からわんわんと響く耳鳴りと自分の声しか聞こえない。

「えっと、寝てたらごめんね。都合が良くなかったら切って。まだ聞こえないから一方的に話すしかないんだけど、その……」

 何をしゃべればいいのか分からず、黙った。応答がない電話がこんなにやりづらいとは。

 ディスプレイを見ると通話中になっていて、千歳は切っていないようだった。

「随分心配させちゃって、ごめんね」

 留守番電話だと思ってしゃべることにする。

「付いて来なくていいとか言っといてこんなことになって、反省してます。それからえーと……元気だから、そんなに気にしないでね。手術しなくて済むみたいだし、万が一両方聞こえなくなったって、別に人生終わるわけじゃ……ないし」

 終わるわけじゃないけど……その先は、今はあまり考えたくなかった。おそらく大学をやめて実家に戻って、聾学校に行くんだろう。

(そうしたら、轟や千歳に会うこともなくなっちゃうのかもな……)

 ここで黙ったら落ち込んでいると思われてしまう。慌てて別の話題を探した。

「あ、でも霊の声はちゃんと聞こえるのが不思議なの。耳とは違うところで聞いてるのかもねー。病院だからいっぱいいるみたいで飽きないよ、あはは」

 よし、雰囲気は明るくなったはずだ。

「看護婦さんに見つかると怒られそうだから、そろそろ戻るね。少しは瀕死じゃなくなってくれてる……と、いいんだけど」

 返事が聞こえないので、まだだと言われてないことを祈る。

「じゃ、おやすみなさーい」

 通話を切ると、見回りの看護婦さんがいないのを確かめてそろりそろりと病室に向かった。何しろ聞こえるのは耳鳴りばかりだから、足音がきちんと忍んでいるかどうか分からない。どうやら見つからずに済んだらしく、誰にも咎められることなくベッドに潜り込むことに成功した。

 携帯の電源を切ろうとして、千歳からメールが来ているのに気付く。一体どんな速さでタイピングしてるんだろ。

『ありがとうございました。情けないこと言っちゃってすいません。でもやっぱり瀕死です』

 おいおい、病室抜け出してまで電話した意味は……。

『だってひろさんが無理してんの、すごいわかっちゃったから』

 見抜かれてたみたいだ。千歳が変に真面目だから調子狂っちゃったじゃないか。

『明日、行きます。おやすみなさい』

(……バカ)

 何故か泣きそうになってしまって、返信できなかった。


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