第八話 似てるんです
光が消えると、辺りの光景が変わっていた。
それまでいた部屋の壁や家具は一切なく、その代わりに岩や石が転がっている。
そこは、洞窟の中のようだった。
あちこちに光を放つランタンのような物があり、薄ぼんやりと明るい。
「ここは‥‥」
「|悲劇の連鎖を断つ者(私達)の隠れ家だ」
堂本の後ろから美聖が答える。
周りには、リリム達の姿はない。
「リリム達は、どこですか?」
堂本が振り返って美聖を見ると、美聖は顔を逸らす。
「別な所にいる」
「何で僕だけにここに?」
「あの魔物に聞きたいことがあるからだ」
美聖が相変わらずぶっきらぼうに答えると、場が静まり返る。
「ええっと‥‥何でリリムと僕を離れさせるんですか?」
「不満か?」
美聖は苛々した様子を隠す事なく表しながら答える。
「いや、不満とかじゃなくて‥‥何でわざわざ別な場所で訊くのかなって‥‥」
堂本はビビりながら訊くと、美聖は溜め息をついた。
「お前を人質に取っておけば、あの魔物も答えるしかないだろう?」
「え?」
堂本は、自分の耳に入った言葉を信じる事が出来なかった。
あっさりと、何でもないかのように、告げた、美聖の言葉。
それが真実なら、自分は‥‥
「……お前、ここがどこだか分からないのか?」
そんな訳無いと信じる堂本の希望を打ち砕くように、美聖は呪文を唱えた。
『灯れ』
薄ぼんやりとしか点いていなかった明かりが、はっきりと灯る。
すると、堂本の目の前にある物が見えた。
それは、鉄格子だった。
「ここは元々、ここの国が使っていた牢獄だったんだ。きちんと設備の整った刑務所が出来てから、使われなくなり、忘れ去られた場所だがな。そこを|悲劇の連鎖を断つ者(私達)が使わせてもらっている」
「‥‥何の、ために‥‥?」
「お前が思ってるような使い方のためじゃない」
堂本が恐る恐る尋ねると、美聖は普段と変わらない口調で、鉄格子の扉を指差す。
その扉は、完全に壊れて開いたままになっていた。
「さっきも言った通り、ここは"隠れ家"だ。普段は"牢獄"としては使わない。そもそも、使う場面がないしな」
美聖の様子は、普段と全く変わらない。
「‥‥リリムに何を訊くつもりですか?」
堂本の少し不安と苛立ちが入り交じったその質問で、初めて表情を変えた。
「自分の身より、あの魔物の事を優先するんだな」
美聖は、怒っているようだった。
「リリムは‥‥似てるんです、昔の僕に」
堂本が苦笑しながら答えると、美聖は怒りを弱めた。
「お前が‥‥あんなに淫靡な存在と似てるとは思えないがな」
「ち、違いますよ! そういう事じゃなくて、境遇がって事です」
「境遇‥‥?」
「誰からも望まれずに生きる‥‥その辛さを知ってますから。まぁ、前にいた世界の話ですけどね」
堂本は、そう言って笑う。
自らの境遇を嘆く様子ではない。
しかし、その表情は悲しそうに見えた。
「お前‥‥」
「それで、何を訊いてるんですか?」
堂本は、さらにその話を詳しく訊こうとする美聖の言葉を断ち切るように、同じ質問をする。
その一言で、美聖は堂本の気持ちに感づき、そのまま堂本の質問に答えた。
「‥‥淫魔の事や、あの魔物の過去‥‥そういった事だそうだ」
「何でそんな事を?」
「二人が疑問を持ったからだろう」
美聖はそっけなく答える。
そのまま静寂に包まれた。
「もっと質問していいですか?」
その静寂を打ち破るように堂本が訊く。
「別に構わないが」
美聖は口を手で隠しながら答える。
「美聖さんは、何で轟さんに協力してるんですか?」
「は?」
その質問は予想外だったらしく、口を隠していた手を離し、堂本の方を見た。
「堤さんから聞いたんです。窪田さんと堤さんは修道女じゃないって」
「あのバカ‥‥」
美聖は呟き、苛立ちとも呆れとも取れる表情が浮かんだ顔を覆う。
「えっと、聞いちゃダメなことでしたか‥‥?」
堂本が少しビクつきながら訊くと、美聖は慌てた様子を見せる。
「べ、別にそういうわけじゃないが‥‥」
「でも‥‥」
「ああ、もう!! 何でも答えるから、そんな顔をするな!! そんな声も出すな!!」
美聖はそう言うと、堂本から目を逸らす。
「す、すいません」
「だから! そんな声を出すな! 謝るな!」
美聖はちらっと堂本を見る。
「え、えっと‥‥」
堂本はかなり困惑するが、美聖はそれを無視して話を始めた。
「私には過去がないんだ」
「記憶喪失‥‥?」
唐突な美聖な告白に、堂本の口から言葉が漏れる。
「そういうことだ。気がついたら、あの教会の扉の前にいた。自分の名前と魔法に関する事以外は綺麗さっぱり忘れていた。轟さんはそんな私を介抱してくれた。そして、お前と同じように交換条件を出された。"助ける代わりに、私達を手伝え"とな」
美聖は苦笑いを浮かべる。
堂本は、自分が轟と話している間、終始苛立っていたのが何故かを理解した。
美聖は、かつて堂本と同じような目にあったのだろう。
だからこそ、昔の自分を見ているようで苛立ったのだろう。
「そう‥‥だったんですか」
「まぁ、昔の話だがな」
美聖はそう答えると、鉄格子から出た。
「美聖さん‥‥?」
「そろそろ終わった頃だろう‥‥さっさと行くぞ」
美聖はまた、そっけない態度に戻っていた。