第七話 御主人様(マスター)‥‥
堂本とリリムは、堤に案内され別な部屋に移動していた。
「それじゃあ、私達の準備が出来るまでここで待ってて下さい」
堤はそう言うと、部屋を出て行った。
堂本とリリムの二人きりになる。
「御主人様は‥‥やはりこの世界の人間じゃなかったんですね」
堤が部屋を出てすぐにリリムが訊く。
「あ、そっか、リリムは知らないんだっけ‥‥」
堂本はそこまで言った時、リリムの言葉に不自然な点があることに気がついた。
「『やはり』‥‥? それってどういうこと?」
堂本が質問すると、リリムは困ったような笑みを浮かべる。
「それは‥‥その‥‥御主人様には普通の人間にはない何かを感じるんです」
「何か‥‥」
「口で説明しにくいんですけど‥‥不思議な魅力、といいますか‥‥」
「それって、轟さんの言った魅了って力なんじゃ‥‥」
リリムはすぐに首を横に振る。
「御主人様の魅了はどんな相手にでも効果があるというような魔法ではありません。淫魔のような、魅了を得意する魔物や人間は抵抗力が強いんです。特に淫魔は人間の魅了なら無効化出来ます。ですから、本来なら私に魅了の効果はないんですよ。もし私に魅了がかかっているなら‥‥」
リリムはそこまで言うと、一度口を閉じる。
「いるなら、何?」
堂本が続きを催促する。
「‥‥もし御主人様への思いが魅了による物だったら‥‥御主人様は人間ではなく魔物か精霊、という事です。ですが、魔物や精霊が擬態してるような雰囲気は感じませんし‥‥」
「だから、別の世界の人間、と?」
リリムがこくりと頷く。
「それなら、御主人様の高い魔力と魔法の知識のなさのアンバランスさに説明がつきますから」
「何で僕に魔法の知識がないって分かるの?」
「魔物や精霊と無理矢理契約させる魔法は、魔法使いなら誰でも知ってるはずですから。いくら私相手とはいえ、御主人様程の魔力を持つ魔法使いがその魔法を他人に任せるのはありえません」
リリムはそう言うと、堂本にそっと身を寄せる。
「ちょ、リリム、何を」
「御主人様‥‥」
リリムの真剣な表情で慌てふためく堂本を見ると、堂本の耳元で囁くように訊く。
「あの女達の事、本当に信じていいんですか?」
「‥‥どういう事?」
堂本が聞き返すと、リリムは真剣な表情のまま密着する。
「あいつらは、御主人様の魅了の力を利用しようとしてるんじゃないかと、そう思うんです。普通の人間が魔法を使う場合、魔力の『貯蓄』以外に、魔力を魔法に変える『変換』、魔法を放つための『放出』という工程が必要です。御主人様は『貯蓄』の能力は高いですが、『変換』、『放出』に関しては未知数です。そんな人間を仲間に引き入れるなんて‥‥」
堂本も、自分自身の力を知らない。
しかし、おそらくリリムよりは知っている。
たった一度だけ、使った魔法。
リリムと自分を救った魔法。
「多分だけど‥‥僕、どっちも高いと思うよ」
「はい?」
「堤さんの魔法を跳ね返した楯‥‥習わないで使ったから」
堂本の答えにリリムは驚きの表情を浮かべる。
「えっ‥‥それって‥‥」
リリムが何かを言おうとした時、部屋の扉が開いた。
「移動の準備が‥‥お前ら何をしているんだ?」
扉を開いた美聖が冷たい視線を向ける。
「別に貴様らが何をしていても構わないが‥‥そういう事は場所を選べ」
「え?」
堂本はあらためて自分の状況を確認する。
真横にいるリリムが、自分に密着して、顔を自分に近づけている。
「‥‥‥‥ち、違いますよ!! 何もしてな」
「御主人様‥‥」
リリムは先ほどの真剣な表情とは違う、甘い声でそう言いながら堂本の肩に頭を乗せる。
「ちょ、ちょっと、リリム!!」
「貴様ら‥‥」
美聖が怒りとも呆れとも言えない顔をする。
「あなたも羨ましいならやってみれば? ほら、逆側空いてるし」
リリムが挑発するように言うと、美聖の顔が赤くなる。
「なっ‥‥誰が!」
「あなた以外に誰がいるの? ほら、自分の気持ちに素直になりなさい」
「わ、私は十分自分に素直だ!!」
「嘘ばっかり。私には分かるのよ。だって」
「とにかく!」
リリムが喋っている途中で美聖が真っ赤な顔で口を挟む。
「もう移動の準備が出来たから‥‥さっさと来い!!」
美聖はそう言って扉を勢いよく閉める。
「良かったですね、御主人様」
「?」
リリムの言葉の意味を、堂本は理解出来ていなかった。
「あ、来ましたね」
轟達の話を聞いていた部屋に戻ると、轟達が待っていた。
美聖はまだ顔を赤らめている。
「それじゃあ、出発するわよ」
「出発って‥‥」
堂本が三人の恰好を見る。
三人とも軽装で、轟の持つやや大きめな杖以外は武器のような物は持っておらず、轟に至っては移動に適した恰好ですらない。
「ここから近いんですか?」
「遠いわよ。歩いて三日くらいの場所だから」
「じゃ、何か別の方法で?」
「まっ、そういう事ね‥‥二人とも、もっと近づいてくれる?」
轟が堂本達を手招きする。
「それじゃあ、行くわよ」
轟はそう言って杖で床を叩く。
その瞬間、床が光ったかと思うと、周りが青い光に包まれた。