第五話 『救世主』になってくれない?
堂本は轟に促され、彼女の後ろについて歩いていた。
右には美聖、左には堤、後ろにはリリムと、前後左右を美女に囲まれる、普通ならば羨ましい状況だったが、堂本はまるで針のむしろにくるまれてしまったような気分だった。
前にいる轟はリリムと契約を終えた頃から苛々しているようだったし、左にいる堤は後ろにいるリリムとバチバチ火花を散らし、リリムが後ろから堂本の右手を指を絡めて繋ぐと、右側にいる美聖が一気に不機嫌になった。
(な、なんでこんな‥‥)
どうして四人の女性がこんなことになっているのか、堂本にはさっぱり理解出来なかった。
(マズイわね‥‥)
轟は困惑していた。
(まさかこんなに‥‥イラついてしまうなんて‥‥)
轟はちらっと堂本の方を見る。
堂本は先程までの勇気はどこへやら、萎縮しきって、俯いて今にも泣きそうな表情をしていた。
堂本自身はおそらく気がついていないのであろうが、四人のうち、自分と美聖の怒りは堂本自身の"魅力"によるものだ。
それでも、美聖はともかく、轟は自分達の怒りが理不尽であると気がついていた。
そう、気がついていた。
にもかかわらず、怒りは消えることはなかった。
幼い頃から修道女となるべく育てられ、若くから修道女として働いてきた轟は、異性と付き合うという経験をしたことがなかった。
だから、言葉としては知っていたものの、この気持ちを実感したことはなかった。
(これが"嫉妬"‥‥か。いや、これは"ヤキモチ"なのかも)
契約中、あの行為を見れたのは、術を発動させていた轟だけだった。
リリムが堂本の頬にした‥‥キス。
(別にこの子がしたわけじゃないのにねぇ‥‥)
それは、多分リリムからの一方的な思いなのだろう。
しかし、それでさえ許せない。
自分以外の思いは全てはねのけて欲しい。
自分の思いだけを受け入れて欲しい。
すがすがしいまでの独占欲。
(いつからこんなにめんどくさい女になっちゃったんだろ……)
轟は軽い自己嫌悪に陥る。
いつから、なんて考えなくてもすでに分かっていた。
堂本に、出会った時から。
美聖が暴走し、それを止めに入った時から。
彼の"魅力"に取り付かれてしまっていた。
今は冗談っぽく振る舞っていることで取り繕っているが、そのうちそれさえ出来なくなってしまう。
そうなれば……
(きっと彼に"隷属"されてしまう……)
彼自身は決して望んでいないのだろう。
だが、彼の"魅力"は彼自身の意思とは関係なく働く。
そのこともひっくるめて、彼には、全てを話さなければならないのだろう。
彼が聞きたくないような話もひっくるめて。
轟は堂本が最初に寝ていた部屋に入った。
堂本達もそれに続く。
「どうしてわざわざここに‥‥?」
「この部屋、特殊な魔術式を組んであってね。盗聴とかの心配がないの」
轟が大真面目な表情で答える。
「盗聴‥‥」
「それくらいヤバイ話も含まれてるのよ。バレたら殺されるかもしれないくらいの、ね」
「そんなバカな‥‥」
堂本は呆れながらそう答えるが、轟達の真剣な表情を見て言葉を止める。
「本気‥‥ですか?」
堂本が恐る恐る尋ねると、轟は俯く。
「冗談ならいいんだけどね‥‥これは本当よ」
「何で‥‥!」
「それは‥‥」
「あなたのせいよ」
言いにくそうな轟に代わり、美聖がぶっきらぼうに答える。
「美聖!!」
「だって本当のことじゃない」
「僕のせいって‥‥どういうことですか?」
「‥‥堂本さんのせい、というと言い過ぎですが、堂本さんが別の世界から来た、という事実は結構マズいんですよ」
美聖が答える前に堤が答える。
「先ほどの話、覚えていますか?」
「話‥‥?」
「『この世界で起きる革命や戦争といった‥‥世界を変える転機には、必ず異世界から救世主が現れる』、という話です」
「ああ‥‥」
先ほどまでの戦闘で忘れていた話を、瞬時に思い出す。
「そして今、この世界は‥‥いつ革命が起きてもおかしくないくらい、乱れまくっているんです」
「さっきもそんなこと言ってましたけど‥‥どういう事なんですか?」
「とりあえず、説明だけする。理解と質問は後でしろ」
堂本が三人に訊くと、美聖は面倒そうな顔をしながら言う。
堤はそれを受け、再び話始めた。
「人間界は、まれに魔界から堕ちて暴れる魔物が悪さをするくらいで、何百年も平穏でした。ですが、その平穏は、権力を持つ者を腐敗させました。権力を持つ貴族ら上位層はさらなる富を手に入れ、権力を持たない平民達下位層はさらに貧しくなっていきました。当然平民達の不満はどんどん増して行きました。ですが、この世界の貴族達の”力”は絶大で、平民達の力では太刀打ちすることができないものでした。仮に一回勝てたとしても、あらゆる力を使ってその平民達と、その平民に関わる全ての人間が殺される‥‥そういう粛清を行うことで、形だけでも平穏、という状態を続けていたんです」
堤は悲しみと怒りを噛み殺したような表情をしながらしゃべり続ける。
「そして数年前、人間界と魔界、精霊界との行き来の際に使われる門に異常が発生して、人間の意志とは関係なく来る回数が極端に増えてしまったんです。そして行き場をなくした魔物達は、徒党を組んである国を襲って、国を乗っ取りました」
「その魔物達が僕を‥‥?」
堤は首を振ってそれを否定する。
「その国の魔物達は人間を滅ばして、人間界をもう一つの魔界にしようとしていました。そもそも魔物は人間のために働くということを好ましくなかったみたいですし。それを阻止するために、人間界の全ての国が協力して、その国を滅ぼしました」
「それって‥‥」
「その時はそれで終わったんです。でも‥‥戦争に戦力を割く間に、貴族の”力”は弱まり、また、戦争で何とか難を逃れた魔物達が平民らと結託し力を得た事で、あちこちで反乱が頻発しました。ですが、弱まった”力”でも、その反乱のほとんどを鎮め、今は表面上平穏を取り戻した格好です」
「だったら‥‥」
口を挟もうとする堂本を無視して堤は説明を続ける。
「ですが、一部の反乱はいまだ収まっていません。先ほど轟さんが言っていた海賊も、反乱軍が物資の補給のために行っているものです。逆に言えば、革命軍はそこまで追い込まれている。政府が恐れているのは、この状況を打開する、絶対的な存在‥‥”カリスマ”、というヤツです。おそらく、政府の想像では、轟さんのようなS級修道女のような存在を考えているのでしょうが‥‥」
堤はそこまで言うと、一瞬轟を見てから再び堂本に視線を戻す。
「堂本さんは、轟さんを越える危険分子なんです。『この世界で起きる革命や戦争といった‥‥世界を変える転機には、必ず異世界から救世主が現れる』‥‥革命軍がこれを信じているかどうかはわかりませんが‥‥追い込まれている革命軍がこれを利用しようとする可能性は十分あります。政府からすれば‥‥ここで革命軍を勢いづかせるような火種は‥‥”力”で排除しようとするでしょう。しかも、堂本さんは『救世主』になれるだけの才能がありますし‥‥素質もあります」
「素質‥‥?」
「魔法を知ってすぐに、しかも誰かに習ったわけでもないのに使えるようになるというのは、普通の魔法使いにはもちろん、轟さんくらいの使い手ですらありえないことなんですよ。それに‥‥」
「魅了と魔障無効‥‥今のお前が持っているそれは、普通の人間とくらべてはるかに力が強い」
堤が全て言う前に、美聖が割って入る。
堂本が何を言われているのか分からずポカンとしている。
それを見た堤が説明を始める。
「魔障無効は、魔法で作った結界や補助魔法の効果を薄める力です。魅力は‥‥文字通り、対象者を”魅了”させる力です。普通の人なら、それを習って、初めて出来るものなんですが‥‥堂本さんの場合、意識しなくてもその能力が発動しているみたいなんです。この世界に来た時始めてきた場所、あそこは普通の人間が来られないように、結界が張ってあるんです。ですけど、堂本さんはあそこにいきなり現れました。それに‥‥」
堤はリリムに冷たい視線を向ける。
「さっきその魔物にかけた脱力魔法‥‥それもある程度緩和していました」
「アンタが失敗したんじゃないの?」
リリムは挑発するような目で堤を見る。
堤は黙ってリリムを睨み返し、不穏な雰囲気になる。
「それはないわ。彼女は、補助に関してはこの国の中でもトップクラスだもの」
轟が堤をフォローする。
「つまり‥‥僕は潜在的に防御の魔法を打ち消し、補助的な効果をもたらす魔法を弱める力があって、異世界から来たせいでこの世界の権力者から命を狙われていて、革命を起こそうとしている人達は僕を救世主にしたてあげようとしている‥‥ということですか?」
堂本の問いに轟は頷く。
「まぁ、概ねそんな感じね‥‥で、ここからが本題なんだけど」
轟はそう言うと、真面目な表情をしたまま、堂本に告げた。
「あなた、本当に『救世主』になってくれない?」