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第四話 彼女を守ります

本から現れたのは、金髪の妖艶な女性だった。


なぜかボンテージ姿で、抜群のプロポーションを惜し気もなく披露している。


しかし、明らかに人間にはない、小さな角が頭に、蝙蝠の羽のような翼が背中に生えていた。


「貴方が‥‥封印を解いてくれたの?」


女性が真紅の瞳に堂本を映す。


「あ、えっ、えっと‥‥」


堂本は女性の美しさに目を奪われ、なかなか言葉が出て来ない。


「その子から離れなさい」


堤が、それまでの優しさを全て消し、無表情で冷たく言い放つ。


「はぁ? 誰だかは知らないけど、私に命令して良いのは私が主人(マスター)と認めた人間だけ。それ以外の馬鹿は殺すわよ」


女性はそう言って冷たい笑みを浮かべ、堤に指先を向ける。


「今の貴女には‥‥無理ですよ」


白き稲妻(ブラン・エクレル)!!』


堤が答えた瞬間、女性が呪文を唱え、女性の手から真っ白な稲妻が堤に目掛けて飛ぶ。


しかし、堤は躱すことなく右手を翳すと、電撃を全て止めてみせた。


「なっ!?」


「無理だと言ったはずです‥‥今の私に魔法は通用しませんよ」


堤はそう言うと、床を強く蹴り女性に飛びつき押し倒す。


「女に押し倒される趣味はないわよ、私」


「こういう状況でそう言える精神は感服しますけど‥‥」


堤はそこまで言うと拳を握る。


「強がりは無駄ですから」


そう言うと堤は女性の顔面におもいっきり拳を叩きこもうとする。


しかし、堤の拳は女性に届かなかった。


「何のつもりですか、堂本さん」


堤の拳は女性の目前で堂本の手に遮られていた。


「それはこっちのセリフですよ‥‥何してるんですか」


「"送り返す"んですよ‥‥この女、魔物ですよ。見て分かりませんか」


「分かりますよ‥‥いくらなんでも、角と翼の生えた人間はいないでしょうから」


「だったら‥‥」


「ですけど」


堂本はそこまで言うと堤の拳を強く握りしめる。


「どうしてこんなことをするのか、その理由も分からずに誰かが傷つくのは‥‥見たくないんですよ」


「‥‥甘いですね」


堤はそう言うと、堂本の手を振り払い、何かをぼそっと呟くと立ち上がる。


「轟さんが言っていた通り、なんらかの理由で魔物がこちらの世界に来てしまうことは往々にしてあります。勿論、人間世界に馴染んで上手く生活していく魔物もいますが‥‥己の本能のままに生きていく魔物もいます。貴方が触れた本は‥‥本能のままに生き、何らかの罪を侵した魔物を封印した物なんですよ」


「罪を‥‥?」


「その女は‥‥恐らく淫魔(サキュバス)でしょうから、男を誘惑して‥‥精気を奪って廃人にしたんでしょうね」


堤はそう言うと未だ倒れたままの淫魔を見る。


淫魔は何も言わず、ただ堤を睨みつける。


「この女性は罪人です。この女性のために人生を狂わされた人間がいる。死より苦しい思いをさせられた人間がいる」


そして堤は堂本を見る。


「あなたはそれでも‥‥この女を助けるって言うんですか?」


堂本は数秒の間黙り、そしてしっかりと堤の顔を見て答えた。


「‥‥はい。助けたいと、思います」


堂本のその返答を聞き、堤はかなり驚いた表情をする。


「‥‥何故です?」


「罪を犯すには‥‥理由があります。もしかしたら、法を知らなかったのかもしれない。それをしなければ‥‥生きられなかったのかもしれない。無知や生きる望みを否定することなんて‥‥誰にも出来ない」


「そのために他人が傷ついても‥‥ですか?」


「誰も傷つけずに生きる人なんていませんよ。誰かを傷つけたのならそれを償えばいい‥‥しっかりと生きて、ね。だから‥‥彼女を守ります。まぁ‥‥」


堂本はそこまで言うと淫魔を見て、手を差し出す。


「彼女が魔界に戻りたくないなら、の話ですけど」


淫魔は黙ったまま堂本から顔を背ける。


堂本はそれを肯定と受け取り、淫魔の手を取る。


「そうですか‥‥なら少々痛い目にあってもらいます」


堤はそこまで言うと、腕を前に出す。


「言っておきますけど、その淫魔には"脱力魔法"‥‥力を奪いとる魔法を使ってあります。彼女の援護を期待してるなら、無駄ですから」


そして堤は腕を縦に振るう。


すると、堤の頭上にやや大きめの光の球体が出現し、堂本目掛けて飛んで来る。


堂本は手を離し、一歩も動かず、光の球体は堂本に直撃した。


しかし、それでも堂本は動かない。


「な、なにやってるの!? 避けるか防ぐかしなさいよ!」


堂本の後ろで倒れたままの淫魔が叫ぶ。


「防ぐ方法知りませんし‥‥避けたらあなたに当たるじゃないですか」


堂本はそう言って僅かな間後ろを振り返り、笑みを見せる。


戦いの最中、どう考えても圧倒的不利な状況で、太陽のような笑みを、見せた。


根拠はなくても、見た相手が安心するような笑みを。


「それなら‥‥無理矢理にでもどいてもらいます」


堤はそう言いながら再び腕を縦に振り下ろすと、堤の頭上に無数の氷の粒と空気が固まったような塊が出現し、堂本を襲う。


堂本はやはりそれを避けることなく、淫魔を庇い続ける。


氷の粒が頬を裂き、腕を裂き、足を裂き、血が流れる。


空気の塊が肩に当たり、腹に当たり、ミシミシと嫌な音をたてる。


「や‥‥やめなさいよ! あんたはもう逃げなさい! あいつの狙いは私よ! あんたがこれ以上傷つく必要は‥‥」


「あります」


淫魔が必死に叫ぶと、堂本は攻撃を受けながら、冷静に答えた。


「え‥‥?」


「あなたを守りたい。それだけじゃいけませんか?」


堂本は、まるでそれが当然と言わんばかりに、堂々と言ってのけた。


「はぁ!? 私救って何の得があるのよ!」


「あなたが無事なら、それだけで僕は嬉しいですよ」


堂本はそう言った時、空気の塊が左腕に当たり、バキッと腕の骨が折れたような嫌な音がした。


「あんた‥‥馬鹿じゃないの‥‥?」


「人間なんて意外にシンプルなものなんですよ」


淫魔が唖然として呟くと、堂本が冗談めかして返す。


「随分と‥‥余裕みたいですね」


堤が二人を見て、さらなる攻撃を加えようと、先程よりも大きな氷の塊を作った。


それが直撃したらどうなるか、すぐに分かる。


それは、堂本目掛けて放たれた。


その瞬間、堂本の脳内にある光景がスライドショーのように浮かんだ。


自分に向けられた巨大な炎球を防ぐ、一枚の巨大な鏡。


堂本は咄嗟に、あの時の轟のような体勢をとり、呪文を唱えた。


反射鏡(リフレクト・ミラー)


すると、堂本の目の前に、轟のそれよりは少し小さな鏡が出現した。


氷の塊が鏡に当たり、そのまま反射する。


堤は一瞬で危機を直感した。


守れ楯よプラッサブラン!』


すぐさまに魔法で楯を作り、氷の塊を止める。


しかし、堂本はその一瞬で女性を抱き抱えると、堤の横を摺り抜け、扉を蹴破って廊下に飛び出した。


しかし、廊下には、轟と美聖が待っていた。


「騒がしいから何事かと思えば‥‥全く、何やってるの?」


「‥‥彼女を、逃がします」


「悪いけど、そのまま外に出すとこっちの立場が危うくなるのよ‥‥だから許可出来ないわ」


轟はそう言うと、堂本に一歩近づく。


堂本は逃げようと走りだそうとするが、一瞬で轟が間合いを詰める。


堂本は反転してもう一度逃亡を試みる。


当然、今度は美聖が一瞬で間合いを詰めて来るが、堂本はそれを予測し、身を屈め美聖の脇を摺り抜けようとする。


しかし、美聖はすぐに反応し、片手で堂本の首を掴むと、仰向けに床にたたき付ける。


堂本は首を掴まれたまま顔を歪め、口からは僅かに悲鳴とも痛みによる叫びともつかない声が漏れる。


「その手を‥‥離しなさい!」


ふいに、堂本に抱き抱えられていた女性が、美聖の鳩尾目掛け蹴りを入れる。


美聖は堂本の首を掴んでいる方とは逆の手で受け止めたが、女性も逆の足で、今度は美聖の堂本を掴んでいる方の腕目掛けて蹴る。


美聖は回避することが出来ず、堂本の首から腕が離れ、同時に掴んでいた女性の腕も離した。


女性はゆっくりと、堂本を庇うようにして立ち上がった。


「お願いだから‥‥これ以上‥‥この子に手は、出さないで‥‥」


今まで傲慢な態度をとっていた女性が、初めて懇願するような態度をとった。


「‥‥別に私達は邪魔にならなければ、この子に手を出すつもりはない」


美聖がそう答えると、女性はホッと胸を撫で下ろす。


「‥‥へぇ、なるほどね‥‥」


轟が少し驚いたように呟くと、フッと微笑み、堂本に近づきしゃがむ。


「ねえ、一つだけ聞かせて」


「何、で、すか‥‥?」


堂本が息を整えながら答えると、轟は真剣な表情になる。


「あの子はサキュバス‥‥淫魔よ。つまり、あの子の意思に関わらず、あなたはあの子の魅力に取り付かれちゃうことになるの。だから、あの子に良い感情を抱いているとしたら‥‥それはあの子のサキュバスとしての能力がそういう風に仕向けてるだけよ‥‥」


轟はそこまで言うと、堂本の目をしっかり見て問いかけた。


「それでも、あなたは彼女を助けたいって思う?」


「はい」


堂本は即答した。


「‥‥なぜ?」


「彼女をどう、思っているかは操作出来ても‥‥彼女を助ける、僕の意思は、操作できませんから」


堂本は息を整えながら断言する。


轟は数秒その目を見て、再び微笑む。


「ならいいわ」


轟はそう言って手を堂本に翳し、ぼそぼそと呟く。


すると、堂本と女性を囲うように真っ赤に光る魔法陣が構成される。


「これは‥‥?」


息を完全に整えた堂本が上半身を起こす。


「私達のスタンスとしてはね、魔物が誰の迷惑にもならなければ、魔物を封印する必要も戦う必要もないの。だから‥‥」


轟は笑顔を二人に向ける。


「二人で『主従関係』結んでくれる?」


「は、はぁ!?」


堂本は聞き返すが、轟は相変わらず笑みを浮かべている。


「言ったでしょ、魔物がこの世界に来る主な理由は召喚だって。召喚でこっちに来た魔物は『契約』を結ぶかどうか決めるの。相手が自分を仕えるのに相応しくない存在だったら、『契約』を結ばないで魔界に帰れるわ。でも、逆に仕えても構わない、と思える人間なら、この世界に留まるために『契約』を結ぶの。私が使った魔法はその『契約』を外部から無理矢理結ばせる魔法よ」


「え、じゃあ‥‥」


「後ひとつの工程で『契約』は終了するわ」


轟は笑顔を崩さずに言う。


「な‥‥何でこんな」


「これ以外に平和的な解決法がないの。その子もまんざらじゃないみたいだし‥‥ね」


轟はそう言って女性に視線を移す。


女性は素直に頷いた。


「それに、君自身、その子くらい強い魔物を従えていないと、面倒な事になるわよ?」


「どういう意味ですか?」


「堂本さんの魔力が強すぎるんです」


堂本の問いに答えたのは堤だった。


「僕の‥‥?」


「堂本さんの魔力はおそらく、使い方を全く知らない現段階で轟さんにかなり近いくらいの『質』があります‥‥推測ですが、『量』は、それより遥かに上‥‥おそらく、この世界でもトップクラスです。魔術という物を少し学んだだけで、堂本さんはこの世界でトップクラスの魔法使いになるってことです。それを、堂本さんはコントロールする必要がある‥‥それは、魔法を使い始めたばかりの人にはまず無理です。ですから、常に魔力を消費させて、コントロールをしやすくする必要があります。そして、魔物は人間から魔力を得ることで活動するんです‥‥基本的に『契約』は魔力を魔物が満足できるくらいに与えられるかどうかで是非が決まります」


堤がそこまで言うと、轟が続ける。


「つまり、その子と契約して、あなたの魔力の『量』を減らしてしまおうってわけ。そうしないと、あなたの魔力がなんらかのトラブルを起こして、国の連中に目をつけられちゃうわ。ただでさえ、今の人間界は崩壊寸前なんだから」


「はい!?」


初めて聞いた話に堂本は目を丸くする。


「あら、言ってなかったかしら。まぁ、その話はまた後でするから、今はちゃちゃっと『契約』終わらせちゃってよ。後は名前を教えあうだけで時間が過ぎれば契約出来るから」


「名前‥‥?」


「そう。本名をフルネームで」


轟はそう言うと、再度ぼそぼそと呟く。


すると、魔法陣の光が青く変わり、魔法陣の外側が見えなくなる。


「これ、凄い‥‥綺麗‥‥」


「ほら、ボサッとしてないでさっさと名前を言う!」


向こうからこちらは見えないらしく、轟が叫ぶ。


堂本は我に返り、女性の方を向くと、女性が手を差し出す。


堂本は、女性の雰囲気がまるで違っているのに気付いた。


「お名前を‥‥教えて下さいますか、御主人様(マスター)?」


女性は、敬語で堂本に尋ねる。


「え、あ、あの‥‥」


急な変化に戸惑い、堂本は口をぱくぱくさせる。


「‥‥これから、貴方の下僕になるのですから、しっかりけじめをつけたいんです」


女性は堂本の心を読んだのか、呟くようにそう言う。


「で、でも‥‥あなたはいいんですか? げ‥‥下僕、だなんて‥‥仕えるなら、僕より轟さんとか、美聖さんとかの方が‥‥」


堂本がそこまで言うと、女性は悲しそうな表情になる。


「意地悪な事を‥‥おっしゃるのですね」


女性は手を下げると、堂本にぐっと近づく。


女性の顔が間近になり、堂本の心臓はドキドキし始める。


「「私は‥‥御主人様(マスター)以外の人間に仕えることなんて‥‥もうできません。御主人様(マスター)は‥‥私ではご不満ですか?」


「いえ、不満とかはないんですけど!」


「足りない所があれば身につけます。御主人様(マスター)が気に入らない箇所があれば直します。ですから‥‥」


「な、何で‥‥?」


女性はだんだん堂本に近づく。


「私は‥‥御主人様に、惚れちゃいました」


そう言うと、女性は堂本の頬にキスをする。


堂本は、今にも湯気が出るんじゃないかという程顔を真っ赤にする。


「あ、わ、わわ‥‥」


「ふふっ‥‥可愛いですよ、御主人様(マスター)


女性はそう言うと微笑む。


「あ、あの、えっと、これ、え‥‥?」


「私の名前はリリム、です。御主人様の名前を、お教え下さい」


「ど、堂本啓太、です‥‥」


堂本は心臓の躍動を押さえるように胸を押さえながら答える。


その瞬間、魔法陣の文字や図形が剥がれ落ちるように浮き上がり、堂本とリリムに張り付く。


そして張り付いた魔法陣の光がさらに強くなり、堂本は目をつむる。


再び堂本が目を開けた時、魔法陣は消えていた。


代わりに、見たことのない文字のようなものが刻まれたブレスレットが右手についていた。


「それが契約の証です、御主人様(マスター)


リリムは堂本にかしづいていた。


「あ、あの‥‥」


「じゃ、色々とお話しましょうか‥‥色々と、ね」


未だに赤面したままの堂本を無視して轟は声をかける。


顔は笑顔で、しかし、その声はどこか面白くない物を見たかのようだった。

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