第二十三話 恋というのは、良いものですよ
「ふざけるな!!」
美聖が、机をバンと強く叩く。
「何がですか?」
「しらばっくれるな!!!」
美聖が柳井をきつく睨みつける。
「なぜあんな方法を使った!!彼らをまた危険な目にあわせるとは聞いていないぞ!!」
「方法は私に任せると聞いていましたけど」
殴りかからんばかりの勢いの美聖に対し、柳井は冷静に、淡々としている。
「なので、彼に一番合ったやり方をしました。あの子は、仲間がピンチに追い込まれた時、全力をだせるタイプのようですから」
「それは分かっている! だが」
「それに、あれらは私が用意した操り人気です。私が魔力の供給を止めれば、動きを止めます。それに、授業の内容は、私が監督していますから、危険はありませんよ」
柳井の理路整然とした説明に、口を挟む事が出来ずに黙りこむ。
「本当に大事なんですね、あの子が」
「アイツは“救世主”だ。それを守る義務が私にはある」
美聖が感情を殺した顔で答える。
「本当にそれだけですか?」
「‥‥茶化しているつもりか?」
美聖が、うっすらと笑顔が浮かべる柳井を睨む。
「いえ、そういう訳ではありませんが、轟さんから“とても良い仲”だと聞いていたので」
「そういうからかいは、あの三人で慣れた」
美聖がうんざりした表情でため息をつく。
「皆、本当に色恋沙汰が好きだな」
「恋というのは、良いものですよ」
柳井の表情は変わらない。
しかし、柳井の言葉を聞いて、美聖はほんのわずかに、顔をしかめた。
「‥‥そうか」
美聖はそのままの表情で黙りこんだ。
「それで、この後はどうするつもりですか? あの子はある程度自由に魔法を使えるようになりました。元々膨大な魔力を持ち、魔法を習う事なく使える子です。すでに一人の魔法使いとして、高いレベルにあります―――もちろん、今のあの子の年齢にしては、ですが」
「‥‥ああ」
美聖があいまいな返事をする。
「しっかりと学ばせる時間があれば、あなたに頼る必要もなかったんだが」
「意外に根に持ちますね」
柳井が苦笑いするが、美聖は「いや、違う」と否定した。
「根に持っているわけじゃない。あいつはすさまじい素質があるが、それを生かす知識がない。それがどれだけ危険な事か‥‥あなたはその目で何度も見てきたのだろう」
美聖の問いかけに、柳井は小さくフッと息をもらした。
「そうですね。私のような人間のところにわざわざ学びに来るような子は、そういう子ばかりですから」
柳井が、自らの手のひらを見る。
その手のひらには、やけどのような跡がある。
「‥‥ここを、出る気はないのか」
美聖の問いかけに、柳井は黙って首を横に振った。
「あなたに何があったかは、轟さんから聞いている。ここで、何があったかも‥‥あなたが苦しんでいるのも、知っている。だが、あなたは、ここを離れるべきだと思う」
「何を言われても、私はここを離れるつもりはありませんよ。ここは、私が守るべき、城なのですから」
柳井は笑顔で答える。
しかし、その笑顔は、それまで見せてきた、その笑顔とも違う、悲痛な何かがあった。
美聖は、その表情から何かを感じ取り、小さくため息をついた。
「‥‥さっきの質問の答えだが、この後は、北に行く。元々、海賊から身を守るために、ここに来たわけだしな」
「そして、私をあの人に会わせたかった、そういうわけですか」
美聖はそれには答えず、黙って部屋を出て行った。