第十九話 恵まれてないのよ
堂本が目を覚ましてから二日が経った。
「あの、柳井さん」
「なんでしょうか?」
「どうして僕はまだここにいるんでしょうか‥‥?」
堂本は未だにベッドにいた。
すでに元気なのだが、柳井達に起き上がる事以外は止められていた。
今も、起き上がって柳井が部屋を掃除しているのを眺めていた。
「堂本様がまだ本調子ではないからです」
「でも、傷は柳井さんが治してくれましたし、疲労だって桂里奈さんが帰る前に回復させてくれましたし‥‥」
桂里奈は山賊を退けた後、堂本の疲労を回復させる魔法をかけるとすぐに「仕事が溜まってるから、一旦帰らないとなのよ」と言い、北斗を連れて国に戻って行った。
「確かに傷も疲労も回復していますが‥‥」
柳井がぐいっと堂本に近付く。
「まだ、魔力の方が回復していません」
「だからって、ここで寝てなくても」
堂本は顔を真っ赤にして後ずさりする。
「魔力の回復に一番効果的なのは、とにかく安静にする事です。早く魔法を理解したければ、焦らずにゆっくりしていて下さい」
柳井はニッコリ微笑む。
堂本は何も言えなくなり、黙ったまま釈然としない顔をする。
「安心して下さい、もうあのように山賊のような人達は来ませんから」
堂本は後からリリムに聞かされたのだが、あの時、堂本達だけでなく柳井やリリム達も山賊達に襲われていたらしい。
しかも、二十人以上の人数に。
だが、柳井と北斗の二人が捕縛し、桂里奈達が戻るついでに山賊達をこの世界の警察の役割を持つ組織に引き渡すとの事だった。
「でも、僕だけ何もしないのは‥‥」
堂本が柳井から視線を外しながら言う。
「なら‥‥こういうのはどうでしょう」
柳井はニッコリ笑う。
「休養する修業というのは」
「修業‥‥ですか」
「堂本様は休むのが苦手なようですから。体を休めるというのも、大切な事ですよ」
堂本は何も言えなくなった。
「納得していただけたみたいですね」
「‥‥はい」
堂本が頷くと、柳井はようやく堂本から離れる。
「だから、堂本様は安心して私達のお世話を受けて下さい。窪田様も、堂本様の使い魔も、堂本様のお世話をしたくてうずうずしていますし‥‥それに、堂本様に休養していただくために、労働力を雇ったんですから」
柳井は笑顔のまま堂本に話しかける。
しかし、その"労働力"の意味を知っている堂本は、笑顔を見せない。
「とりあえず、何か食べられたらどうでしょうか」
そこで、堂本は自分が朝起きてから何も食べていない事を思い出した。
「そう、ですね‥‥」
「それでは、持ってきますね」
柳井はそう言うとベッドから起き上がり、部屋から出ていった。
堂本は一人残された部屋で溜め息をつく。
(別に、休みたくないわけじゃないんだけどなぁ‥‥)
あまりにも状況が変化し続ける中、その流れに身を任せつつ激しく動いてきた堂本にとって、ここ二、三日の平穏はこちらの世界に来てから初めての事だった。
だからこそ、落ち着かない。
(ワーカホリックってこういう気持ちなのかな)
堂本がよく知りもしない言葉で理由づけして考えていると、ドアがノックされた。
「‥‥入るわよ」
堂本はその無愛想な声にギョっとする。
声の主は、堂本の返答を待たずに入って来た。
「言われた通り持って来たわよ」
入って来た女性はそう言うと、持ってきたお盆を堂本の脇に置く。
「えっと、あの‥‥」
「なによ、毒なんて入ってないわよ入れられるわけないでしょさっさと食べなさい」
女性が一気にまくし立てる。
食事を持って来たのは、彼が数日前に戦い、死の一歩手前まで追い詰められた、その女性だった。
普通なら、誰でも驚く。
しかし、堂本は彼女がここにいる事自体は知っていた。
彼女が、柳井の言う"労働力"だという事も。
柳井は彼女を倒した後、何か特別な首輪を付けた。
その後、柳井は彼女を"労働力"と呼び使役し、彼女もそれに逆らわないでいる。
いや、"逆らわない"のではない。
"逆らえない"のだ。
柳井が彼女につけた首輪は、ある魔法がかかっている。
首輪をつけた人間の意思に反する行動を起こすと、電撃が首輪から発生するのだ。
美聖によると、本来ならば奴隷につける物らしい。
どうしてそんな物を柳井が持っているのかは分からないが、女性は堂本が目を覚ます前に相当やられたらしく、目を覚ました頃にはすっかり従順になっていた。
「‥‥何ジロジロ見てるのよ」
女性が睨みつける。
「い、いえ、なんでも」
「だったらさっさと食べなさいよ」
女性は苛立ちをぶつけるように言うと地面に座り込んだ。
「い、いただきます」
堂本は手を合わせて一応のマナーを守る。
幸いこちらの世界の料理は、堂本が元々いた世界と何も変わらない物だった。
今日のメニューはクリームシチューとパンだった。
堂本はシチューを?(おそるおそる)口にする。
「あ、おいしい‥‥」
「当たり前でしょう」
女性はぶっきらぼうに答える。
「料理お上手なんですね」
女性は答えなかったが、ほんの少しだけ嬉しそうな顔を見せる。
堂本が何か話しかけようとするが、あまり話が続きそうな話題が思いつかない。
「料理、好きなんですか?」
苦し紛れに話を続ける。
「別に‥‥生きるために必要だっただけよ。こんな上等な材料で作った事はないけど」
女性は堂本の方を見る事なく答える。
「生きるために‥‥?」
「私は、あなたみたいに恵まれてないのよ」
女性はそう言うと、堂本を睨みつける。
「私にはあなたみたいに誰か助けてくれるような人はいなかった。温かいご飯も、ベッドもなかった。生きるためには、自分で全てやらなきゃいけなかった。だから、必然的にこういう事も出来るようになっただけ」
堂本は、返す言葉を失った。
女性は黙って立ち上がると、静かに部屋を出て行った。