第一話 何これ‥‥
堂本啓太、それが少年の名前だった。
身長155センチ、体重47キロ、14歳。
類稀なる容姿を持ち、普通なら間違いなくモテるはずの彼だったが、中等一貫の男子校に進んだため、浮いた噂一つなかった。
そんな彼の両親が、一週間前に死んだ。
堂本の両親にはどういうわけか、親戚と呼べる人が存在せず、いきなり身寄りがなくなった堂本は、とある施設に預けられることになっていた。
今日は堂本がこの家で過ごす最後の日で、彼の両親の荷物の片付けをしていた。
母親は驚くほど物を持っていなかったからすぐに終わったが、父親の部屋には本が山のようにあり、一筋縄ではいかず、三時間かけてようやく終わりが見えていた頃だった。
父親の本棚の中に、題名のない、埃を被った本が一冊置いてあった。
「何これ‥‥」
堂本はそれを手にとった。
その瞬間、本が光り出し、勝手にページがめくられ始めた。
堂本は驚き、思わず地面に本を落としてしまった。
本が床に落ちた瞬間、本から出た光が彼を包み、彼の目の前は真っ白になった。
そして、彼は意識を失った。
彼が再び目を開けると、周りの景色は一変していた。
まず先程までいた八畳の父親の部屋ではなかった。
それの何倍、下手すれば何十倍もの広さの部屋――と言えるのかどうかさえ分からない場所だった。
そしてその中央には、巨大な像が建っている。
よく見ると、それは女神像のようであった。
(ここ‥‥どこだ?)
少年はこれだけの異常事態にも関わらず、わりと冷静だった。
彼はテレポート等の普通なら有り得ないような超常現象を信じていたし、実際に彼の両親は超能力者だったからだ。
母親は近くの物を触れずに持ってこられたし、父親はほんの少しの距離を瞬間移動する事が出来た。
だから、彼は今の現実を冷静に受け止め、今自分がすべきことを判断出来た。
(人を探さないと‥‥)
堂本は立ち上がり、辺りを見回す。
しかし、人気はまるでなかった。
堂本は部屋から出るため、扉を探したが、そのような物は見つからなかった。
(どうなっているんだ?)
壁に何か仕掛けがあるのかと思い、壁を触れた瞬間だった。
「何をしている」
ふいに、背後から女性の声がした。
振り向くと、今までいなかったはずの人間がそこにいた。
女性の容姿はまるで青年のようであったが、大きすぎる胸と高い声がそれを否定していた。
まるで宝塚にでもいそうな綺麗な人だ、と堂本は思った。
「何をしているのか、と訊いている‥‥いや、それ以前に、貴様、どこからこの部屋に侵入した?」
女性は冷たい目で堂本を睨む。
しかし、堂本は安堵していた。
とりあえず言語が通じたからだ。
敵意を持たれているのは感じたが、それもいきなり現れた男に好意を持って接する方が無理だろうと考え、とりあえず弁明を試みる。
「それが、気がついたらここにいて‥‥」
女性はその弁明を聞いた瞬間、激昂した。
「ふざけたことを言うな!!」
「いや、本当に‥‥」
堂本はそこまでしか弁明出来なかった。
『炎の矢!』
女性が堂本を指差すと、炎が出現し堂本目掛けて飛んで来た。
「ぬおわっ!」
堂本は辛うじてそれを避ける。
「ふん、ここに侵入しただけのことはあるな」
「ちょ、待って下さい! 僕の話を‥‥」
「聞かん。お前のような不審者を野放しにしておくわけにはいかない。ましてや、この神聖な祭壇場の結界を破るような奴はな」
女性はそう言うと両手を上に上げた。
『超炎球!』
女性の頭の上に、巨大な炎球が出現する。
「ちょ、洒落にならないですよ、それ!?」
「最初から本気だ‥‥いくぞ!!」
女性が炎球を堂本目掛けて放つ。
堂本は逃げるが、炎球を躱しきることは最初から不可能であった。
しかし、堂本の目の前に急に現れた人物のお陰で状況が変わった。
『反射鏡』
女性がそう唱えると、一枚の分厚い鏡が出現し、炎球を防ぐと、それを跳ね返した。
炎球はそのままはるか上の壁に激突した。
堂本を助けたのは、襲って来た女性より背が高く、白いローブの上からでも分かる程抜群のプロポーションを持った女性だった。
(うわっ、凄‥‥)
堂本は女性の美しさに目を奪われる。
「何故邪魔をするんですか!?」
女性が叫ぶ。
「当たり前でしょう、美聖。こんな所で戦って、像が傷ついたらどうするつもり?」
「そんなヘマはしませんっ!」
「どうだか」
言い争いをしていた堂本を助けた女性が、ふと気がついたように堂本を見る。
ずっと女性を見ていた堂本は慌てて視線を逸らすが、既に遅かった。
「あら、君、お姉さんの体に興味があるの?」
女性はニヤッと笑いながら堂本に近く。
「べ、別にそんなことは‥‥」
「あら、そう? ならこういうことしても平気ってことね?」
女性はそう言うとローブの胸元だけ開けると、堂本を抱きしめて胸元に顔を埋めさせる。
「ん、んん〜っ!!?」
ただでさえ、男子校に通い日頃から女子との交流が少ないウブな堂本は、いきなりの強烈な攻撃に対応出来ず困惑する。
「どう? ふにふにで気持ちいいでしょ?」
女性はニヤニヤしっぱなしだったが、当然堂本からは見えない。
「ちょ、轟さん!? 何やってるんですか!?」
美聖が信じられない物を見るような表情で迫ってくる。
「何って‥‥見ての通りだけど?」
轟はそう答えると、堂本の髪を撫でる。
「そういうことじゃなくて‥‥とにかく離れて!?」
美聖は堂本を轟から無理矢理引っぺがすようにして離す。
堂本の顔は息苦しさと羞恥で真っ赤になっている。
「どうだった、お姉さんの体?」
堂本は黙って俯く。
「あらあら、恥ずかしがっちゃって‥‥」
「何を馬鹿のことを言ってるんですか!? 貴様も、さっさと抵抗しないか! 私にやらせるんじゃない!」
美聖は怒りの矛先を轟から堂本に向ける。
堂本が弁解しようと顔を向けると、先ほどの攻撃の影響でか、壁の一部が欠け、二人に向かって落ちてきていた。
危ないと思った時には、既に体は反応していた。
二人に向かって飛びつき、そのまま押し倒す。
「な、何を‥‥!」
美聖が叫ぶとほとんど同時に瓦礫は二人がいた場所に落ち、砕け散った。
「‥‥そんなヘマはしない、だったけ?」
轟が美聖を白い目で見る。
「それは‥‥その‥‥」
美聖の声がだんだんと小さくなる。
「ま、今回は半分くらい私のミスだから構わないけどね」
「二人とも、大丈夫ですか?」
堂本が二人に訊くと、美聖はぶっきらぼうに、轟は笑顔でうなずく。
「良かった‥‥」
堂本は安堵し、笑みを浮かべる。
「ありがとね、おかげで助かったわ」
「い、いえ‥‥」
慣れない感謝にやや戸惑い気味の堂本を美聖は面白くなさそうな表情で睨みつける。
「デレデレしてないでさっさと離れろ!」
「で、デレデレなんて‥‥」
「別にいいじゃない、ちょっとくらいサービスしたって」
轟はそう言って美聖の胸元を見る。
そこには、堂本の手が美聖の胸をわしづかみにしている光景があった。
「~~~~~っつ!!!」
美聖の顔が、一瞬で真っ赤になる。
「え、あ、そ、その、えと‥‥」
堂本も真っ赤になり、ばっと跳ね起きる。
「何してるんだ貴様はっっ!!」
美聖が叫んで右手を払うと風が生まれ、堂本は吹き飛ばされ壁に激突し、意識を失った。