第十七話 分かりません
美聖と堂本が部屋を出た瞬間、二人に向かって何かが向かって来た。
美聖は一瞬それを避けようとするが、後ろに堂本がいる事を思い出し、それを右手で受け止めた。
「‥‥またお前らか」
美聖が吐き捨てるように言う。
二人の前に現れたのは、顔を仮面で隠し、性別すら分からない人間達だった。
「あ、あの、この人は‥‥」
「山賊だ」
堂本の問いに、美聖は普通に答えた。
「山賊!?」
「お前が戦ってた連中より強いがな」
美聖はそう言うと、堂本の手を掴んだ。
その瞬間、山賊達が襲いかかって来た。
美聖は、右手を振り、風を発生させ山賊達を吹き飛ばす。
「逃げるぞ!」
美聖が堂本の手を掴み走りだす。
しかし、美聖の目の前に口元を覆った男が現れ、逃走を阻止しようとする。
「邪魔だ!」
美聖が再び右手を振るう。
しかし男は放たれた風を受けても一歩も動かない。
それどころか、逆に美聖達に向かって来た。
美聖が三度右手を振るが、男は美聖の脇をすり抜ける。
男の狙いは、堂本だった。
『風刃』
風で作られた刃が堂本を襲う。
堂本はかろうじて直撃を避けたが、それでも頬が裂けた。
男は、直撃を回避した事に少し驚いたようだった。
一瞬の隙が生まれた。
その隙をつき、美聖が男に蹴りをかました。
男は後ろに吹き飛ぶ。
「立て!」
美聖は倒れている堂本を強引に立ち上がらせると、手を握ってまた逃げる。
しかし、堂本を助けようとして生まれた時間のロスが、男をまた立ち上がる時間を作った。
『風刃』
男が再び、風の刃を放つ。
刃は、背を向けていた堂本を狙っていた。
『反射鏡』
堂本が咄嗟に魔法を使う。
風の刃は堂本の生み出した盾に当たり反射され、男に直撃した。
『炎の矢』
続けざまに美聖が魔法を唱え、炎の塊を男にぶつけると、男はすぐに逃げ出した。
完全に逃げ出したのを確認した後、美聖は窓を突き破って建物から脱出する。
美聖がホッと一息ついたその瞬間、肩に鈍い痛みが走った。
肩を見ると、一本の矢が刺さっていた。
全身の力が抜け、立っていることが出来ない。
美聖はそのまま、地面に崩れ落ちた。
「美聖さん!?」
堂本が美聖に覆いかぶさるように触れる。
「大‥‥丈夫だ、この程度なら」
「無理は禁物よ、一応毒なんですから」
女性の声がした。
堂本が声のした方を見ると、アーチェリーのような弓矢を持った、スポーティーな衣服を身に纏った女性が立っていた。
「もう、指一本動かす事も難しいでしょ?」
女性は楽しそうに笑っている。
「誰‥‥ですか?」
「名乗るような身分じゃないわ」
女性はそう言うと、再び矢を放つ体勢になる。
堂本は、躊躇することなく彼女に突進する。
矢は放たれ、堂本の服を掠めた。
しかし堂本はそれに怯えることなく、女性に向かって体当たりをかました。
女性は回避出来ず、吹き飛ばされ地面に落ちる。
『炎の矢』
堂本が近距離から炎の塊を放つ。
それは女性に直撃する、はずだった。
しかし、女性は手に持つ弓で塊を払うと、一瞬で霧散した。
「えっ‥‥」
「甘いわね」
地面に叩きつけられた女性はすぐに起き上がり、矢を放つ。
『反射鏡』
堂本は瞬時に屈んでいつもの呪文を唱え、楯を出現させた。
しかし、矢は楯を素通りし、屈んだ堂本の髪の毛を掠めた。
堂本は瞬時に女性から距離をとった。
「戦闘の勘は鋭いのね‥‥なのに、魔力をコントロール出来てないし、魔法の知識もない‥‥面白い子ね」
女性はそう言いながら、ゆっくりと堂本に近付く。
「あなた、私達の所に来ない?」
堂本は、言葉の意味を理解出来なかった。
女性はそれを感じ取ったのか、笑みを浮かべたまま、堂本の目の前に立った。
「私達の仲間にならないかって聞いてるの。私達なら、そこに――」
女性は美聖を見る。
「そこに無様に倒れ込んでる女より、あなたを強く出来るわよ」
女性は笑っていた。
しかし、その言葉は冷気を放っているかのようで、堂本の背筋をゾクリとさせた。
もし、彼女の誘いに乗らなければ、彼女は矢で堂本を貫くだろう。
どう答えればいいかは、決まっている。
そもそも、美聖達に義理立てする必要など、どこにもない。
ただ、たまたまあの教会に来てしまっただけ。
確かに、彼女達に協力しなければ帰れない。
しかし、戻っても、両親のいない一人きり、そんな世界に帰る事を、今の堂本は望んでいない。
だから、命をかけてまでどうこうするような相手ではない。
「そう‥‥ですね」
決して、ない。
「ふふ、決めたのね、やっぱり」
堂本がゆっくりと立ち上がる姿を見ている女性の顔は、笑顔だった。
その顔めがけて。
堂本は手を翳した。
『風刃』
風の刃が女性に向かって飛ぶ。
女性は、思わずそれを避けてしまった。
「しまっ‥‥」
女性が気付いた時には、もう手遅れだった。
堂本がは、すぐ近くに来ていた。
『超炎球』
堂本が零距離から魔法を唱えた。
巨大な炎球が女性を吹き飛ばした。
そのまま、女性は見えなくなった。
「名前も名乗らないような人と‥‥一緒にはいられません」
堂本は女性が飛んでいった方を向きながら呟き、すぐに美聖に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
美聖は、黙って頷くと、ゆっくり起き上がって壁にもたれかかった。
「何で‥‥だ?」
美聖は、苦しそうにゆっくりと小さな声を出した。
「何で‥‥って、何がですか?」
「何で‥‥奴らの誘いを‥‥断った? お前は‥‥私達に無理矢理協力‥‥」
「分かりません」
堂本はすぐに答えた。
「分か‥‥らない?」
「確かにたまたま会っただけで、特に協力する義理はないし、殺されかけた事もありますけど――」
堂本は、満面の笑みを浮かべた。
「なんでか分からないですけど、守りたいって、一緒にいたいって思ったんです」
その言葉には、一切の嘘もおべんちゃらもなかった。
堂本の、心からの本心。
「‥‥馬鹿か、お前は‥‥」
美聖は、少しだけ笑みを浮かべる。
「これから、どうしましょう?」
「そうだな‥‥とりあえず」
美聖はそこまで言うと、いきなり堂本を突き飛ばした。
堂本は地面に倒れこんだ。
起き上がって美聖を見ると、さっきまで美聖に刺さっていた矢が、二つに増えていた。
「美聖さん!?」
「大丈夫‥‥だから、お前は早く」
「あら、外しちゃった」
女性のクスクス笑う声が聞こえる。
堂本が声のした方を向くと、先程吹き飛ばしたはずの女性が、ぽろぽろの服を着たまま立っていた。
「何でっ‥‥!」
「あら、まさかあんなコントロールされてない風船球で勝てたと思ってたの? 心外ね‥‥」
女性はそう言うと、一瞬で堂本の目の前に移動し、弓を直接堂本の腕に叩きつける。
堂本の腕から、メキッという音がした。
「っっ!!」
「まだまだこれからよ!!」
女性が蹴りを入れる。
堂本の体は、いとも簡単に吹き飛び、家の壁に激突する。
今度は背中から嫌な音と激痛がした。
堂本が地面に落ちると同時に、女性は弓を構える。
痛みのあまり、動く事も喋る事も、悲鳴を出すことすら出来ない。
「アハハッ!! いい顔してるわ!!」
女性は完全に興奮しきっていた。
『超炎球!!』
美聖は、動かない体を根性で動かし、魔法を唱えた。
その炎球は、初めて堂本が見た物より、はるかに小さく、人の体程の大きさしかなかった。
しかし、放たれた炎球は、明らかに速かった。
興奮し、堂本以外が見えていなかった女性が、それを避ける事など、当然出来るはずがなかった。
女性は再び吹き飛ぶ。
女性の体はおもいっきり地面に叩きつけられる。
だが、女性は何事もなかったかのように立ち上がった。
「あらら‥‥すっかり忘れてたわ」
「そいつに‥‥手を出すな‥‥!!」
美聖がゆっくりと立ち上がる。
「あらら‥‥あの毒で立ち上がるだなんて、さすがね。それとも‥‥そんなにこの子が大切なのかしら」
女性はそう言うと、素早い動きで堂本に向けて矢を放った。
『炎の矢!』
美聖は矢に向けて炎の塊をぶつけ、堂本を守る。
「へぇ‥‥あんたみたいな化け物でも、人を好きになるのね」
「黙れ‥‥」
美聖は静かに、しかし唸るように告げる。
女性は再び笑みを浮かべると、美聖に向けて手を翳した。
『土束千縛』
女性が呪文を唱えると、美聖の足元の地面から何百何千という数の縄が生まれ、美聖に絡み付き、完全に体を拘束した。
女性はその姿を見ると満足そうな笑みを浮かべ、堂本に近づいて行く。
「くっ‥‥逃げろ! 早く!」
美聖が堂本に向かって叫ぶ。
しかし、今の堂本にこの場から去る体力は残っていなかった。
「もし、この子を殺したら‥‥あなたはどんな顔になるでしょうね‥‥!!」
「やめろ‥‥手を出すな!!」
美聖が叫ぶが、今の女性には逆効果だった。
「ああ‥‥いい声‥‥身にしみる‥‥」
「やめろ!!」
女性は危ない笑みを浮かべたまま、堂本に向かって弓を構え、矢を放った。
至近距離から放たれた矢は、堂本に突き刺さる。
はずだった。
しかし、矢は堂本に突き刺さる直前で止まった。
「何!? どういう事!?」
女性が錯乱したかのように叫ぶ。
「この、魔法は‥‥」
「ぎりぎりセーフですね」
空から、声がした。
堂本は首だけ動かし、上を見る。
「それにしても‥‥派手にやられましたね」
その言葉と共に、先程までと全く変わらない、柳井が屋根から降りて来た。
「あ、あんた‥‥どうして」
「どうにも胸騒ぎがしまして、入口の方を二人に任せ、こちらに参上したというわけです」
柳井は淡々と語る。
「さて‥‥色々とやってくれたようですが」
柳井が堂本と美聖を見る。
「覚悟は出来ていますか?」
柳井は、堂本の目の前で止まっている矢を掴み、女性の方に向けると、うっすらと笑った。
口調は、丁寧だ。
礼儀正しさは、変わらない。
だが、雰囲気がまるで違う。
優しさも柔らかさもそこにはない。
あるのは、ただ一つ。
殺意、だけだった。
「あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!」
女性は完全に錯乱していた。
自身の持つ全ての矢を、柳井に向けて放つ。
しかし、どの矢も柳井に刺さる前に、空中で停止する。
「無駄ですよ。『反転』」
柳井が魔法を唱えると、矢が全て女性の方を向く。
『続行』
柳井の魔法で、矢が全て動き出す。
矢は全て、女性に向かって飛ぶ。
「あ、あああああああああっっっ!! 『風砲』!!」
女性は叫びながら、魔法を唱え矢を吹き飛ばす。
それでも全てを飛ばすことは出来ず、三本が突き刺さった。
「ひぎゃああぁぁっっっ!!!」
甲高い悲鳴が響き渡る。
女性が尻餅をつくと、すぐに矢を抜く。
「それでは、そろそろ終わらせましょう」
柳井はその言葉と共に、手を翳した。
『炎球』
魔法を唱えるとすぐに、炎の球が出現する。
それは、美聖が先程放った物よりさらに小さい。
拳より少し大きい程度だ。
しかし、それは魔法のことを何も知らない堂本ですら分かるくらい、強烈な何かを放っていた。
「や、やめて、おね、お願いだから、本当に」
女性は顔から出る物全て出しながら、なりふり構わず懇願した。
柳井は、クスッと笑い、そして、ただ一言。
「聞く耳持ちません」
そう告げて、炎球を放った。
炎球は黙視出来ない速度で女性を吹き飛ばした。
女性は、動かなくなった。