第十三話 私を知らないわけじゃないでしょう
「二人共、大丈夫? 疲れてない?」
桂里奈が後ろを振り向きながら、堂本とリリムに話しかける。
「僕は大丈夫ですよ」
「ま、一応普通の人間よりは体力あるし」
堂本とリリムはそれぞれそう答える。
リリムは翼を使って飛ぶ事は出来るのだが、「御主人様と同じ道で行きます」と言い、普通に歩いていた。
「そんなことより、私達どこに向かってるのよ。ここ、明らかに人が歩くような場所じゃないでしょ?」
三人は山道を歩いていた。
しかも、いわゆる獣道と呼ばれる道を、だ。
桂里奈が言うような『危険』は今の所ないが、歩くだけでも一苦労だった。
「まぁ、普通に行くより近道だから」
「行き先は教えないのね」
「教えても二人は分からないでしょ?」
「それは‥‥」
リリムは口ごもる。
「そんなに心配しなくても、この子のマイナスになる事じゃないわよ。魔法についての基礎を教えるだけ」
桂里奈が堂本の頭を軽く触る。
「基礎って‥‥御主人様はもう魔法使えるのよ。今更基礎なんて‥‥」
「使えるからこそ、なのよ」
「どういう意味ですか?」
堂本が桂里奈の前に出て聞く。
「単純な話よ。魔力は無限じゃないわ。魔力を感じずに『私達の魔法』をそのまま使ってたら、唐突に魔力が切れる可能性があるってわけ。それに、魔力のコントロールが出来ないんでしょ、この子は」
桂里奈が再び堂本の頭を撫でる。
「だから魔力を感じて、かつそれをコントロールする事を学んでもらわないといけないのよ。ま、大丈夫よ。コツさえ分かればすぐに上手くいくわよ」
「コツ‥‥ですか」
「ま、分からない人は何ヶ月もかかるけどね」
「フォローになってないわよ」
リリムの言葉に、桂里奈は冗談っぽく笑う。
「あら、サキュバスちゃんはこの子が出来るって信じてないの?」
「し、信じてるわよ!」
リリムが顔を真っ赤にして大声で叫ぶ。
「ちょ、声が大きい‥‥」
すぐに桂里奈がリリムを咎める。
しかし、もう時すでに遅かった。
三人の前後に、マスクをつけた人間が一瞬で現れた。
「全く、面倒な事になったわね」
桂里奈は呟きを漏らす。
「何よ、私のせいだって言いたいわけ?」
「別にそういうわけじゃないけど」
「何をぶつくさ言ってやがる!!」
リリムと桂里奈が言い争っていると、マスクをつけた一人が苛立ったように叫び、三人に向かって突っ込んでくる。
しかし、桂里奈が片手を前に出すと、突っ込んで来た人間の動きが止まる。
「一つだけ忠告してあげる」
桂里奈はそう言うと、手を下げずに突っ込んで来た人間を睨みつける。
「この子達ならともかく‥‥私に向かって敵意を見せる事は、国家に対する反逆よ。この国に住んでいるのなら、私を知らないわけじゃないでしょう?」
その口調は、先程までとは異なり、真剣で辛辣な物だった。
「だからこそだ」
突っ込んで来なかった方が呟くように言う。
「緑葉国第三皇女――『緑の守護者』を殺せば、いや、傷の一つでも負わせれば‥‥レジスタンスの士気は確実に上がる。ひいては、今後の争いで優位に立てる」
「山賊風情が、何がレジスタンスよ、馬鹿馬鹿しい」
「そうさせるのは貴様ら貴族だ!」
今まで喋っていた方がいきなり叫ぶと、両手を前に出し、呪文を唱える。
『水鞭』
瞬時に水の鞭が出現し、桂里奈を襲う。
しかし、鞭は桂里奈には届かなかった。
『反射鏡』
鞭は堂本が生み出した楯に当たると、そのまま跳ね返り、呪文を唱えた人間に直撃した。
男は大きく後ろに吹き飛び、動かなくなった。
それを確認した桂里奈は前に出していた手を横に振る。
すると男はそのまま横に吹き飛び、傾斜のきつい坂を転がっていた。
「さて、さっさと行きましょうか。もたもたしてると、また出て来るわよ」
桂里奈はそう言うと、またいつものように笑う。
ただ、堂本にはその笑みはいつもと違うように見えた。
それから三人はたびたび現れる山賊とやり合いながら進み、
「やっと見えてきたわ」
ほんの僅かに息を切らした桂里奈が下の風景を指さした。
そこには、小さな村があった。
「そ、そうですか‥‥」
疲労が色濃く出ている堂本が安堵したように漏らす。
「大丈夫ですか、御主人様?」
リリムは目的が見えた事より、堂本が疲れきっていることのほうが気になるらしく、何度もキスをしてエネルギーを分け与えようとしていたが、堂本に拒否されていた。
「今日はここで休みましょうか。本当は山を降りたいところだけど‥‥」
「ここで‥‥」
桂里奈の言葉を聞き堂本は辺りを見回すが、周囲には何もない。
「僕なら大丈夫ですよ。もう少し進みましょう」
「ダメよ。あなた、今にも倒れそうなくらいふらふらじゃない。魔力の使いすぎよ。無理すると、サキュバスちゃんにも影響出るんだから」
堂本は山賊との交戦中に何度も魔法を使っていた。
「そうなの‥‥?」
先程とは逆に堂本がリリムを心配するように見る。
「私は一応大丈夫ですよ。御主人の魔力がなくても、私自身の魔力でなんとかなりますから」
リリムは笑顔で答える。
「とにかく、今日はここで休むわ。あの二人も、そろそろこっちに追いつくだろうしね」