第十二話 慣れてるから
「御主人様、大丈夫ですか」
リリムが揺れで倒れた堂本に声をかける。
「う、うん。大丈夫」
「離れてなさい」
桂里奈が今までとはまるで違う、真剣で静かな口調で堂本に命令する。
美聖と北斗にいたっては堂本に一切気を払わない。
リリムは堂本に手を貸して起こす。
「しっかりつかまっていて下さいね、御主人様」
リリムはそう言うと堂本をしっかり抱きしめる。
すると、堂本のブレスレットが光った。
「な、なにこれ!?」
「あなたの魔力をサキュバスちゃんに分け与えてるのよ」
桂里奈が堂本の方をちらりとも見ないで答える。
堂本はその意味を理解出来なかったが、黙ってリリムにしがみついた。
「サキュバスちゃんは、その子を守ってあげて」
「言われるまでもないわ」
リリムはそう言うと、堂本の方を向く。
「安心して下さい、私がきっちり守ってみせますから」
そして、堂本の頬にキスをする。
「なっ‥‥」
堂本が顔を真っ赤にするが、リリムは全く気にせずに前を見る。
前方の壁に亀裂が走った。
その瞬間に、美聖が魔法を唱え炎球を作り出すと、壁に向けて放った。
壁はいとも簡単に砕けた。
敵の姿を確認するよりも早く、北斗が飛び込んだ。
時間にして、5秒もない。
まるで始めから相談していたかのように戦局が動いていた。
『土発天衝』
北斗が魔法を唱えると、男達の悲鳴が聞こえてくる。
堂本は思わず目をつぶり、耳を塞いだ。
「御主人様‥‥」
リリムは心配そうに呟くと、さらに力強く抱きしめた。
堂本はそれに反応したかのように耳を塞いだ手を離し、しっかりと前を見た。
地面には何人もの男達が横たわっており、北斗だけでなく美聖も戦闘に加わっていた。
桂里奈は少し離れた所から、何か呪文を唱えている。
相手はいまだに十人以上残っているが、それも時間の問題のようだった。
「凄い‥‥」
堂本がぽつりと呟く。
「まぁ、三人共名の知れた魔法使いみたいですし」
リリムは三人を見ながら言う。
「リリム、何か知ってるの?」
「あの女から説明されたんです」
堂本はリリムが言う「あの女」が轟の事だとすぐに分かった。
「あの暑苦しい男と王女はこの国で一番強いそうですよ。ですから、心配しなくともあの二人に任せておけば問題はないかと」
「えっと‥‥美聖さんは?」
堂本が訊くと、リリムは苦笑いを浮かべた。
「『殺戮天使』」
「え?」
「そう呼ばれてるみたいですよ、あの女。まぁ、どちらにしろ、あちらは任せておいても大丈夫でしょうね。ですから私達は」
リリムはそう言うと、床に手を着く。
「こちらに集中しましょう」
『サンダーボルト』
リリムが魔法を唱えると、堂本の背後に雷が落ちた。
堂本が後ろを振り向くと、黒焦げになった人間がいた。
堂本はそれを見た瞬間、背筋がゾクッとした。
そして同時に、実力のある美聖達があれだけピリピリしていた理由が分かった。
おそらく、普通に戦うのであれば、あそこまではならなかったのだろう。
だが、美聖達は戦いの中で誰一人として殺していない。
それどころか、ほとんど傷つけずに戦闘不能にしている。
だからこそ、堂本も戦っている姿を見る事が出来た。
死ぬ気の相手を傷つけないように戦おうとしたからこそ、あれだけピリピリしていたのだろう。
だが、これは違う。
もう、動く事のない死体だ。
死体を初めて見たわけではない。
だが、これほど無残な死体を見たのは初めてだった。
「御主人様‥‥大丈夫ですか?」
リリムは心配そうな声で訊く。
堂本はすぐに笑顔を作った。
「うん、大丈夫だよ。慣れてるから」
「慣れ‥‥てる?」
「うん、こういう死体は見た事なかったけどね」
「そうですか‥‥なら、必要なかったですね」
リリムはそう呟くと、パチンと指を鳴らした。
「何の事?」
「サキュバスの接吻には、相手のエネルギーを操作する力があります。普段はエネルギーを奪うんですが、今回は逆に私のエネルギーを与えたんです。御主人様はこういう争い事には慣れていないと、あの女に聞いていたので」
「轟さんに?」
堂本は、何故轟がそう言うのか不思議に思ったが、それについて考えてる暇はなかった。
再び背後に、別の男が現れたのだ。
「御主人様!!」
リリムは叫びながら右手を男の方に向けた。
しかし、堂本はそれよりも早く後ろを振り返り、右手を前に出し、魔法を唱えた。
『ファイアボール!!』
炎球は真っ直ぐに飛び、男に直撃した。
男は後ろには吹き飛ばされ、壁に頭をぶつけ気絶した。
「御主人様‥‥」
リリムは驚きのあまり声も出ない、というような顔になる。
堂本はそんなリリムに気付かないまま、倒れた男に近付く。
「えっと、大丈夫ですか‥‥?」
「大丈夫よ。生きてるわ。というか、不用意に近付いたら危ないでしょ」
背後から桂里奈が声をかける。
堂本は飛び退くように後ろに下がる。
「それにしても‥‥本当に魔法使えるのね。驚いたわ」
「えっと‥‥美聖さん達は」
「掃討中よ。どうも連中、1つのグループが襲って出来た隙をついて、遠くから空間移動で荷物を奪おうとしてたみたい。で、私達は先に目的地に行くわ。移動手段もないし、ここからちょっと危険だけど、ね」