第九話 姫、様‥‥?
美聖は、ある部屋の前で立ち止まった。
「ここに皆がいる‥‥お前に紹介する連中は、どうか分からないがな」
美聖はそう言うと、扉を開ける。
そこは、堂本が見た事のないような道具が山ほどある部屋だった。
中には、轟だけがいた。
「御主人様! 大丈夫ですか!? 何もされてませんか!?」
リリムがこれまで見た事がないほど取り乱した様子で堂本に声をかける。
「大丈夫だよ。美聖さんもいたから」
堂本が笑顔で答えると、リリムは赤面しながら胸をなで下ろすと、美聖を見て笑みを浮かべる。
「まぁ、この女が一緒だから気になるんですけど‥‥」
「どういう意味だ」
美聖がリリムを睨むが、リリムは全く気にしていない。
「リリムこそ、大丈夫だった?」
「ええ。いくつか質問されただけですから」
リリムも笑顔で答える。
「だいたい、さっきも説明しただろう」
「ご、ごめんなさい‥‥」
美聖が堂本を睨むと、堂本は俯いて申し訳なさそうに謝る。
「だ、だからそう言う顔をするなと言っただろ!」
「100%アンタのせいじゃない」
動揺しながらも強気に説教をする美聖に、リリムが冷たい視線を浴びせる。
「大丈夫よ、美聖は怒ってるわけじゃないから」
その光景を楽しそうに見ていた轟は笑顔で堂本の頭を撫でる。
「ほ、本当ですか‥‥?」
「ええ、そうよ。ま、本人に聞いてみなさい。上目を使えば一発よ」
轟がそう言うと、堂本は言われた通り美聖を上目使いで見る。
堂本自身は全く気がついていないが、それは女性の心を惑わすには十分だった。
男性経験の少ない美聖には当然効果覿面で、一瞬で赤くなる。
「ほら、怒ってないでしょ」
轟はそう言うと、堂本の頭をぽんぽんと叩く。
「堤はどこに行ったんですか?」
美聖が話を無理矢理変える。
「あら、照れちゃって」
「どこですかっ!?」
轟が茶化すと、美聖は壁を殴りながら叫ぶ。
「ちょっと、壊さないでよ? ‥‥あの子には、お客を迎えに行ってもらってるわ。あ、お客にはあなたの事、記憶喪失って伝えてあるから」
「き、記憶喪失ですか‥‥」
「まさか異世界から来たなんて言えないし、それが一番説明が楽なのよ。だから、そういう設定でお願いね」
轟はウインクをすると、堂本の顔が赤らむ。
「は、はい」
「うん、堂本君は誰かさんと違って、素直でいい子ね」
轟は堂本の頭を軽く撫でる。
「誰かさんって誰かしらね?」
リリムが馬鹿にしたような笑みを浮かべながら美聖を見る。
「‥‥何が言いたいんだ、貴様は」
「別に? 素直って大切だなぁって思っただけよ」
「私は素直だが」
「誰もあんたの話なんかしてないけどね」
「あ、あの、喧嘩は‥‥」
美聖とリリムが一触即発の雰囲気になり、堂本が再びオロオロし始める。
その時、部屋のドアがノックされた。
「あら、もう来たみたいね‥‥ほら、二人共黙りなさい」
轟は二人をたしなめると、ドアを開ける。
そこには、堤の他に二人の男女が立っていた。
女性の方は金髪碧眼の色白美女で、過度に装飾のついた、きらびやかな服を着ている。
男性の方は頬に傷のある大柄で凛々しく、肌の色は黄色人種に近く、黒い、フードのないローブのような服を着ている。
「その子が話してた子?」
女性の方が微笑を浮かべる。
それだけで、絵になるような美しさだ。
「はい、そうですよ」
堤がそう答えるやいなや、女性は堂本に駆け寄り、抱きしめた。
女性は着痩せするタイプらしく、堂本の顔は胸の中にうずまった。
「ちょ、可愛すぎでしょ!! 楓、この子ちょうだい!」
女性は先程までとはうって変わり、興奮気味に轟に話し続ける。
「ダメです。姫様に渡すと、大変な事になりますから」
(姫様‥‥?)
堂本はジタバタしながら、轟の言葉を聞く。
「その子!! 呼吸出来なくてヤバイんじゃないの!!?」
男は、かなりハイテンションで、心配そうにというより、冗談めかしたように言う。
「そ、そうです! 離れて下さい!」
美聖が堂本を普通の女性とは思えない強い力で引き離す。
女性は、名残おしそうな目で堂本を見ていたが、ふいに笑みを浮かべた。
「そっか‥‥美聖はこういう子がタイプだったんだ」
「違います!!」
美聖が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「でも、気絶させた後!! めっちゃあたふたしてたんだから、めっちゃ好きってこったろ!!?」
男性が、相変わらずのハイテンションで美聖に訊く。
「はい!?」
美聖が素っ頓狂な声で叫ぶ。
「ああもう、バラしちゃダメですよ! ‥‥あ」
「堤‥‥貴様‥‥!!」
美聖は堤を睨み付けると、ゆっくりと堤に近付く。
「ちょ、美聖さん‥‥?」
「貴様は‥‥っ!」
美聖の右手に炎が纏う。
「だ、ダメですよ!! それはダメです!!」
「うるさいっ!!」
美聖が堤に向かって襲いかかる。
堤はそれをかろうじて躱すと、そのまま走って部屋から逃げ出す。
「待てっ!!」
美聖が堤を追いかけて部屋を出る。
「二人とも元気ねぇ‥‥若いっていいわ」
「姫様も二人とあんまり変わらないじゃないですか」
女性が心底羨ましそうに呟くと、轟は呆れたような顔をする。
「姫、様‥‥?」
堂本は呼吸を整えながら、轟に事情を訊こうとする。
「そ、姫様。正真正銘のね」
轟はそう答えると、二人の方を向く。
「この男は柳楽北斗。緑葉国の私有軍の兵士。そして――」
轟がそこまで言ったところで、女性が轟を制止する。
「天満桂里奈。緑葉国の第三皇女よ。よろしくね、堂本君」
天満はそう言うと、ウインクと共に、少女のような笑みを浮かべた。