表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/50

50 火星とナチス

 むさくるしいチーチ・マリンの顔をしたイチローは、カウンターの下から、一枚の写真をとりだし、それをサタンの前においた。


 ずいぶん古そうな白黒写真で、全体がセピア色に色褪せている。荒涼とした場所、まるで、アフガニスタンかどこかのように、草木が一本も生えていない、砂とごつごつした岩だけの背景のまえで、軍服姿のふたりの男が肩を組んで、カメラに向かって笑いかけている。そのふたりの横に、おそらく黒い金属の、なにか大きな物体が写っている。3分の2は写真からはみ出ているので、それがなんなのか、まったくわからない。


「その軍服は、どこの軍隊のものかわかるかい?」イチローが質問した。


「SSだろ?」サタンにとっては簡単な質問だった。


「SS? それなに?」トモミがサタンに訊いた。


「ナチス親衛隊でしょ?」シンジがこたえた。


「ナチスじゃない! なんどいったらわかるんだ、おまえたちは! ほら、ここを見ろ!」サタンは写真の中の一点をゆびさした。「この襟章…、二本並んだ稲妻のようなこの襟章。これは、ルーン文字の『SS』だ。親衛隊…Schutzstaffelの頭文字だな。東部戦線、背景から察するに、おそらく南方軍集団に編入された武装SS…ヴィーキング機械化歩兵師団の士官じゃないか? 襟章に白い点が4個ある。この男は少佐だな。もうひとりは、士官じゃないな。曹長だ。こっちは曹長。つまり、大隊長とその大隊付き先任下士官といったところだろう。どうだ?」


「半分は正解で、半分ははずれ!」イチローが笑った。


「どこが間違いなんだ? ヴィーキング師団じゃないのか?

ダス・ライヒか? それとも、アドルフ・ヒトラー師団なのか?」


「さあ、この二人が、いったいどこの師団の兵隊なのか、じつはぼくもよく知らない…」


「じゃあ、まちがいって、いったいどこだ!」サタンが食い下がった。戦史マニアのプライドが傷つけられたとあっては、このまま黙っているわけにはいかなかった。


「場所だよ。場所! ここは東部戦線じゃない」


「しかし、こんな荒涼としたところは、ロシアの山岳地帯しか考えられんだろう。それとも、北アフリカなのか? DAK(ドイツアフリカ軍団)にSSが?」


「ちがうよ。ほらよく見て! ココとココ…、山が見えるでしょ?」


 ああ、たしかに山が見える…。しかも、どこか見覚えがあるような…、それも、つい最近見たような…。」


「ああっ! これは!」シンジが叫んだ。そして、酒場の窓の外をゆびさした。


「あのピラミッドじゃない?」


 なにい? なんだとぉぉぉ? 


 サタンは窓の外にそびえる』“D&Mピラミッド”と写真をなんども見比べた。本当だ…。ここに写っているのは、あのピラミッドにまちがいない。しかも、この写真は、おれたちがいまいる方角から撮ったもののようだ。ということは、つまり、このSSのふたりは…。


「ナチスが火星に…」


 再三にわたって、ナチスという単語をつかうなと言ってきた本人の口から、つい無意識のうちに、その単語が漏れ出てしまうほど、それは衝撃的な写真だった。


 そのとき、酒場の扉がギィーッときしみ、そこに男がふたり立っていた。ふたりともおなじデザインのフィールド・グレイの軍服を着ていた。しかし、よく見ると、おなじデザインのようでも微妙なちがいがあった。先に店に入ってきたほうのズボンはだぶだぶで、そのすそを編み上げブーツのなかにたくしこんでいたが、あとから店に入ってきたほうは、ももの部分がふくらんだ乗馬ズボンのようなデザインで、しかもブーツは長靴だった。あとから入ってきたほうは、将校にちがいない。


 サタンはそのふたりと、手元の写真を見比べた。


「こいつらだ…」


「えっ? ほんと?」シンジが写真をのぞきこんだ。「ほんとうだ!」


「え? なになに?」トモミが身を乗り出した。「あいつら、ナチスなの?」と大きすぎる声で訊くので、シンジとサタンは、あわててトモミの口を塞がなければならなかった。


「しーっ! 声が大きいよ、トモちゃん!」


「そうだぞ! このバカ! ナチスっていうのは、連中を侮辱した呼びかたなのをわすれたのか? どうせ、おれの授業なんか、ろくに聞いてなかったんだろう」


「ちゃんと聞いてたわよ。ナチ公とか、ナチ野郎っていう意味なんでしょ?」


「声が大きいってばっ!」シンジがまたトモミの口をふさいだ。


 そのとき、親衛隊の少佐の制服を着たほうの男が顔を上げて、シンジたちのほうをみた。そして、その男は、席を立って、シンジたちのほうにむかって歩いてくるではないか!


 しまった! 聞こえたのか? ナチスって呼んだことを聞かれたのか? シンジは少佐の右手が、よもや、ワルサーP-38のホルスターにかかってはおるまいな!と確認したが、少佐の右手の人差し指と中指のあいだには、たったいま火をつけたばかりのタバコがはさまれていて、今すぐそれを投げ捨てて、ホルスターのカバーを開けようとしているようには見えなかった。


「やあ、きみたち。ここの住人かい?」


 トモミの隣にやってきた少佐が、三人の誰に訊くとはなしにそう尋ねた。


 えっ? それって、どういうこと? ここの住人? ってもしかして、火星人かって訊いてるのか?


「やだな、少佐。そうに決まってるじゃないですか」バーテンが答えた。「地球からここへやってきたのは、少佐たちが最初でしょ? っていうことは、あなたたち以外は、ぜんぶここの人間ってことになる。ちがいますか?」


「はっはっは!」少佐は笑った。「そりゃたしかにそうだ! そうだ、きみたちにドイツワインをご馳走しようじゃないか! おい、きみ。まだたしか、何本か残っていただろ?」


 バーテンはうなずくと、棚からワインのボトルをとりだし、カウンターの上にドンと置いた。


「あなたがたは、地球からやってきたのですか?」サタンが少佐に訊いた。


「ああ、そうだ。おれたちは、地球のドイツという国からやってきた。いま、おれたちの国は、戦争の真っ最中で、しかも負けつつある。軍人のおれがこんなこというのもなんだが、おそらく負けるだろう」


 シンジは、まさか親衛隊の少佐の口から、『負ける』などという言葉が飛び出してこようとは思ってもみなかった。親衛隊の少佐が負けを覚悟しているとなると、少佐の生きている時代は1942年、スターリングラードで第6軍が壊滅したあとだろう。独ソ戦のターニング・ポイントであるスターリングラード攻防戦…。第6軍の30万人が壊滅したあの戦い…。あの戦いで、ドイツの歴史上、はじめて元帥が捕虜となった。


「ところで、少佐は、どうやって、ここまで来たんだ?」サタンが訊いた。「V2号ロケットか?」


「ロケット? まさか! あんなもので、ここまで来れるわけがない。突撃ボートだよ」


「突撃ボート? なんだ、それは…。B-boatのことか? あれはただの魚雷艇だろ」


「ちがう。そとを見てみろ! おれたちが乗ってきた船がそこにおいてある」


 シンジたち三人は、ふたたび窓に駆け寄った。そして、三人が目にしたもの…。真っ黒に塗装された金属体…。写真にすこしだけ写っている、あの金属体…だった。


「あれは!」シンジが叫んだ。「UFOだ! ナチスが開発した『ベル型』の!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ