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47 暗闇をひきずったマリアッチ

 ズキュゥゥゥゥーンッ!


 サタンはあたまを大きくのけぞらせ、からだごとうしろに吹っ飛んだ。


「ミスタァァァァッ!」


 シンジが叫んだ。


 シンジはサタンに駆けより、彼のかたわらにひざまずいた。首の後ろに手をさしこんで、抱きかかえるようにして、サタンの上体をおこした。サタンのあたまが、がっくりと後ろに折れて、アゴが天にむかってつきだした。両手がダラリとたれさがった。


「ミスタァァァァァァァッ!」


 シンジはもう一度叫んで、彼の上体をはげしくゆさぶった。しばらくサタンをゆさぶったが、サタンのからだからは、いっさいの力が抜け切ってしっまっている。


 トモミがゆっくりとした足どりでやってきて、ごついコンバットブーツで、サタンのわき腹を小突いた。


「とっとと、目を開けなさいよ!」


 その瞬間、サタンのからだに、ふたたび力がもどった。


 サタンは、パッチリと目をひらいた。


「ああー、ビックリした」


 サタンが言った。


「ひどいことするもんだ。死ぬかとおもったぞ」


「ミスター?」きょとんとした顔で、シンジが言った。「死んだんじゃなかったの?」


「バカ言え! おれが死んだりするもんか。不老不死だとなんども言ってるだろ」


「でも、その傷…、おでこにポッカリあいたその傷は…」


「45口径で、この至近距離から撃たれて、この程度の傷で済むわけがないだろ? だろ?」


 サタンがトモミにウインクすると、トモミはニヤリと不敵に笑った。


「トモちゃん、知ってたの?」シンジは驚いたような顔で、トモミに訊いた。


「あったりまえじゃないっ! ここは現実じゃない! サタンのその傷を見てすぐにわかったわ。ほんとうなら、ミスターのあたまのうしろ半分は吹っ飛んでるところよ。それに、血だって一滴も出てない」


 サタンはトモミの説明を聞きながら、たいしたやつだと関心していた。冷静沈着、それに、精神的にもかなりタフだ。シンジも相当な精神力をもっているが、以外にも、その強靭な精神力は、自分が傷つくことに対して発揮されるもののようだ。相手の矛先が、自分の大切な人にむけられたときに、これほどの脆さを露呈するとは…。これは、シンジのおおきな弱点になる。いまのうちに、なんとかしないと、奴らとの戦いがはじまってからでは、取り返しのつかんことになるかもしれない…。


 サタンが、むっくりと起き上がった。それを見て驚いたのは。撃った本人…つまり、フランコ・ネロだった。


 ネロは、やおらコルトを取り出すと、隣でテキーラを瓶ごとがぶ飲みしている、メキシカン・ハットをかぶり、立派な口ひげを生やした男を、いきなり撃った。メキシカン・ハットの男は、椅子ごとぶっ飛んで、そのあと、ピクリとも動かなくなった。


「銃に問題はない…」


 ネロは、自分に言いきかせるように、そうつぶやくと、サタンの心臓に狙いをさだめ、もういちど、引き金をひいた。


ズキュゥゥゥゥゥゥーンッ!


「痛ってぇぇぇぇーっ!」」


 サタンはうしろにぶっ飛んだが、すぐに跳ね起きて、こう言った。


「なにすんだ! 痛いじゃないか!


 ネロは、コルトを投げ捨て、足下の棺おけの蓋をあけると、そこから、6銃身のガトリング砲をひっぱりだし、サタンめがけて、ハンドルを力いっぱい回して、雨のように銃弾をあびせかけた。


 プスプスプス…と銃弾はサタンに命中し、サタンのからだは、文字どおり、蜂の巣のように、穴だらけになった。サタンは、全身穴ぼこだらけにされながら、平気な顔で、口笛を吹いていた。そして、口笛を吹きながら、カウンターまで歩いていって、そこに置いてあった、ジョッキに入ったビールを、グビグビグビィーッと、一気に喉に流しこんだ。


するとどうだろう、ガトリング砲で空けられたら、からだじゅうの穴ぼこから、まるで、花壇の花に水をやるジョウロのように、ビールが幾筋もぴゅーと噴き出した。


サタンは、空になったビールのジョッキを、カウンターのうえに、ドンッと置いて言った。


「まえから、これをやってみたかったんだ!」


「わたし、それ、知ってる!」トモミが大きな声で叫んだ。「トムとジェリーで、よくやるギャグね!」


「マスクっていう映画で、ジム・キャリーもやってた!」そう言ったのはシンジだった。


サタンはニンマリ笑うと、『トモミのほうが正解だ』と言った。


「いま、おれが吹いていた口笛…、あれがキーポイントなんだ」


「オオカミでしょ? ドルーピーに、いつもこてんぱんにやられてる、あのオオカミが、いつもポケットに手をつっこんで、その口笛を吹いてたわ!」


「そうだった! ちくしょう。ぼくだって、それくらい知ってたのに!」


シンジが、さも口惜しげにそう言うと、トモミが、人差し指を振りながら、チッチッチ…と舌を鳴らし、『だめね、シンちゃん』と言った。


「アメリカン・スラップ・スティックの原点、“トムとジェリー”を忘れるなんて。“マスク”だって、“ホーム・アローン”だって、みんな“トムとジェリー”がもとになってる。“マウス・ハント”なんか、トムが人間になっただけで、まんま“トムとジェリー”じゃない!」


などと、三人は能天気な会話をしているが、酒場のなかは、とんでもないことになっていた。


 撃っても撃っても死なないサタンに、フランコ・ネロは、完全にブチきれて、ガトリング砲を、滅多やたらとぶっ放しているし、仲間をやられたメキシコ人が、色めきたって、いっせいに銃を抜いたのを、クリント・イーストウッドが、6人まとめて、あっという間にかたずけた。そして、自分の目の前に突っ伏しているメキシコ人の脂ぎった髪の毛を引っつかんで、ぐいっと顔を上げさせると、その男のおでこでマッチをすり、細巻きのシガーに火をつけて言った。


「おい、じじい。ずいぶんと、余裕ぶっこいているじゃねえか」


 じじいと言われ、サタンはいっしゅん自分のことかと思ったが、そうではなかった。イーストウッドが気に入らなかったのは、銃弾飛び交う店内で、ひとりテーブルにすわり、グラスに注いだウイスキーをチビチビやっている、リー・ヴァン・クリーフだった。


「若いの。西部にきたら、口に気をつけたほうがいい」リー・ヴァン・クリーフは、顔も上げずにそう言った。「口が災いして死んだ男を、おれは20人ほど知っている」


 『渋いわねぇ』と、リー・ヴァン・クリーフをみつめながら、トモミが感想をのべた。


「あのふたりは、『夕陽のガンマン』っていう映画で共演してるんだよ」


 シンジがまたもや豆知識を披露した。それに負けじと、サタンが、彼お得意のくだらない、時代遅れのネタを披露した。


「いま、やつが飲んでるウイスキーなあ。ありゃ、たぶん、サントリー・オールドだぜ」


 しかし、トモミもシンジも、まるで食いついてこない。それもそのはず。リー・ヴァン・クリーフがそのむかし、サントリーのCMに出でていたことなど、17歳のふたりが知っているはずがない。


 だが、ここでめげないのが、おれ様のいいところだ。これならどうだ?


「メタルギアのリヴォルバー・オセロットはなあ、あのおやじがモデルなんだぞ」


「ええー! ほんと?」こんどはサタンの目論見どおり、シンジが食いついた。「ぼく、大ファンなんだ!」


 そのときである。どこからか、アコースティック・ギターの音色が聞こえてくるのに、サタンは気がついた。しかも、その音色は、じょじょに大きくなっている。


「ああっ! この曲はぁぁぁっ!」


 シンジが大声で叫んだ。


 なんだと? シンジのやつめ、こんなスパニッシュ・ギターの曲名まで知ってるのか? あなどれんな。こいつの守備範囲は、いったいどこまで広いんだ?


「マラゲーニャ・サレローサだっ!」


 ギターの音色がピタリとやみ、酒場の入り口に、ひとりの男があらわれた。その男は、手にギターをもっていた。


「マリアッチ!」


 シンジがふたたび口を開いた。


 外も、そして店の中も、けっして暗くはないが、男の顔は見えなかった。まるで、その男が暗闇を引きずっていて、そのなかに埋もれているかのような印象だった。


 ただ、シンジだけは、その男の正体を知っていた。暗闇のなかで、男が顔を上げ、白い目がギラリと光った。


「アントニオ・バンデラス…」


 マリアッチはギターを床にそっと置いた。そして、なにも持っていないはずの手を、さっと一振りすると、そでの中から、二丁のオートマチック拳銃が、まるで、魔法のようにあらわれた。


 クリント・イーストウッドが、目にもとまらぬ速さで拳銃を抜いたが、マリアッチは、いともやすやすとそれを弾き飛ばした。それと同時に、もう片方の拳銃で、そっちのほうは見もしなかったのに、リー・ヴァン・クリーフの手の中の、ウイスキー・グラスを粉々に撃ち砕いた。


「ふんっ! けっこうやるじゃない」


 トモミはホルスターから二丁のハンド・キャノンを引き抜くと、すっくと立ち上がり、マリアッチの胸にピタリと狙いをさだめた。


「6連発のコルトじゃあ、あいつにはかなわないわ。ここはわたしにまかせて…」


「ちょっと、待ったっ!」サタンが大声でトモミをとめた。


「あいつを呼んだのは、おれじゃない! つまり、おれが作ったキャラクターじゃないってことだ! へたに動くと、どんな目にあわされるかわからんぞ!」


「えっ? ミスターが呼んだんじゃないの?」びっくりしたような顔でシンジが訊いた。


「ちがう! おれじゃない!」


「と、いうことは…。あの、マリアッチの弾に当たると、かなりやばいってこと?」


「ああ。相当にやばいかもしれん。おれにも、どうなるかわからん!」


 こいつはまずいぞっ! 


 シンジは、二丁のデザートイーグルをかまえ、いまにも引き金を引きそうな雰囲気のトモミに飛びついて、荒っぽく、カウンターのかげににひきずりこんだ。


「ちょっと、シンちゃん! 痛いじゃないの! いったいどうしたっていうのよぉ!」


「バンデラスは、ミスターが作ったんじゃないんだって! ということは、あいつは、ミスターの制御下にないってことだ。そうなれば、あいつの弾に当たると、どうなるか予測がつかない!」


 トモミは、真剣な表情で説明するシンジの顔をじっとみつめた。そして、こんな表情のときのシンジが、とても頼りになることを、トモミは知っていた。


「わかったわ! あいつの弾に当たったら、かなり、やばいことになるのね? たとえ、ここが現実の世界じゃないとしても…」


「そうおもう。確信はないけど、かなりやばいと思う。ミスターはどう思う?」


 シンジはサタンに訊いた。


「そんなこと、おれにもわかるもんかっ! ただ、さっきおれがやったようなことをやらかせば、大ダメージをうけるだろうな…」


 アントニオ・バンデラスは、イーストウッド、ネロ、そして、ヴァン・クリーフの、マカロニ・ウエスタン3大スターを、いともあっさりとかたずけた。


「どうするんだ? このままじゃあ、やられるぞ」


 サタンはシンジをみた。そして、おもった。


 あのときと同じ顔だ! おれを魔物だと確信し、対決を覚悟したとき、そして、自分が生け贄になると決意したあのときと、シンジは同じ顔をしている…。どうするつもりなんだ?


 マリアッチは、その白い目で、ぎろりとカウンターのほうをにらみつけた。そして、銃を構えながら、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる拍車の音が、静まりかえった店のなかに響いた。

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