46 ゴーストタウンの酒場
さすがに、ランドスピーダーの効果は絶大で、まるでファイナル・ファンタジーでチョコボを手に入れたあとで、『これまでの苦労はいったいなんだったんだ?』とぼやきたくなるようなあっけなさで、三人はモスアイズリーとおぼしき町についた。
「ここが、銀河中の荒くれ者やおたずね者でごったがえす、モスアイズリーって町なの?」
皮肉がこめられているのが明らかな口調で、トモミがシンジに訊いた。
「ひとっ子ひとり、いやしないじゃないの!」
そこは、まるで西部劇に出てくるゴーストタウンのようだった。砂まじりの乾いた風が吹きぬける音と、その風でゆれる、ぶらさがった雨戸や看板がキーキーと鳴る音以外、なにも聞こえない。
「おかしいな、遠くから見たときは、たしかにモスアイズリー宇宙港みたいに見えたんだけど…」
「おそらく、このオカルト野郎も、どっかのだれかとおんなじで、スター・ウォーズを観てないのかもな!」サタンが笑いながらいった。
「だったら、このスピーダーは?」
「ああ、これか? これはおれが出したんだ。よくできてるだろ? ここまで忠実に再現できるのは、おれくらいなものだぜ!」
「へぇー、あんた、そんなこともできたの。だったら、なぜ最初からこれを作らずに、わたしたちを呼んだの? 泣きべそなんてかいてないで、とっととこれを作ればよかったのに…」
「し、失敬なっ! おれは泣きべそなんてかいてないぞっ!」
「あら、そうだったかしら? わたしには、そうとしか見えなかったもので、こいつはどうも失礼」
くっそう! この女のこの態度は、いったいなんだ? 他人を小馬鹿にする態度の見本のようなこの…、い、いかん! また、心を読まれる。なにしろ、あの物騒な代物をぶっ放たれちゃかなわんからな。ライオンですら、一発で倒すという代物だ。そんなもん、まともに食らったら、ちょっと赤く腫れる…どころの話じゃないからな。
実を言えば、おれもついさっき知ったんだ。他人のあたまにもぐりこんだときには、そいつのルールに従わなくちゃならない。だから、おれ自身は、なにもできないと、そう勝手に思い込んでいた。でも、実際はちがった。お前たちを呼んで、おれ好みの格好に変えることもできた。岩山からシンジが飛びおりたあとで、『現実じゃないから、なんだってできる』というのは、まんざら当て外れでもないかもしれない。現に、おれはスピーダーを作った。
「こんなとこにやってきて、いったいどうするつもりなの?」
業を煮やしてトモミが言うと、サタンはニヤリと笑った。
「さがすのさ。オカルト野郎の本体を。やつは、必ずここにいる」
「ここにいるですって? ずいぶん自信がおありのようですけど、いったいどこに? どこをさがすの?」
「酒場に決まってるじゃないか。どんなにさびれた町でも、酒場は開いてる──そう、相場が決まってるんだ」
そういうと、サタンはスピーダーを降りて、さっさとひとりで、酒場とおぼしき建物に向かって歩きだした。シンジとトモミは、しょうがないなあ…と眉をよせて、互いの顔を見合わせたあと、ぱっと左右にわかれてスピーダーを飛び降りると、小走りでサタンを追いかけた。そしてふたりは、サタンの背中に近づくにつれて、ある音が聞こえだし、それがだんだんと大きくなるのにきづいた。
「この音って…、オルガン? オルガンの音じゃない?」
トモミが耳の後ろに手をあてて、耳を澄ました。サタンが見たら、またバカなポーズを…とかなんとか言いそうだが、このポーズには、ちゃんとそれなりの効果はあるのだ。パラボラ集音マイクの原理とおなじだ。
「そうだね。アコーディオンじゃなけりゃ、これはオルガンだ」シンジが笑った。
「でも、西部劇で酒場で弾いてるのはオルガンだったかしら? ピアノじゃなくて?」
「さあ、どっちだったかな。そういわれれば、ピアノだったような気がするし…」
その瞬間、オルガンの音がピタリと止み、今度はピアノの音が聞こえはじめた。シンジとトモミは向き合って、ニカーッと笑った。
「でも、やっぱりオルガンだったわ。西部劇の酒場にグランドピアノなんて、ぜんぜん似合わないもの」
ピアノの音がピタリととまり、ふたたびオルガンの音が聞こえはじめた。
「でも、縦型のピアノだってあるよ。なにもピアノは全部グランドピアノって限らないんじゃ…」
オルガンの音が止み、またまたピアノの音が鳴り響きはじめた。
「でも、どうだったかなあ。大草原の小さな家では、教会じゃあいつもオルガンだったし…。あれは、西部劇とだいたいおなじくらいの話よね。あのころ、ピアノってあったのかな?」
・・・・・・・・
「ええーい! おまえらっ! いったいどっちだ!」
サタンが振り返って拳を振り上げた。
「やっぱりだ。ミスターがやってたんだ」
「ミスターとはなんだ! おれはジョジョのキャラクターじゃないぞ! サタンさんとか、もっと敬意をもった呼び方ができんのか、おまえはっ!」
サタンが拳をふりまわして抗議するようすを、シンジとトモミのふたりは、ニタニタ笑いながら見ていた。そして、唐突に、トモミがシンジに訊いた。
「ジョジョのキャラクターって?」
「ジョジョの第五部に、ミスターっていう名前の、へんな帽子をかぶったキャラクターが出てくるんだ。セックス・ピストルズっていうスタンドがつかえるんだよ」
「なんのことやら、さっぱりわからないわ」
「そうか! トモちゃんは、ジョジョを読んだことないんだったね。ぼく、単行本、全部持ってるから、うちに来たときに最初から読めばいいよ。きっとファンになるからさ。どっちみち、毎日うちにくるんでしょ?」
「それはそうだけど…、あんたたちとつきあうには、ずいぶんあれこれさせられるのね。だって、スター・トレックのDVDも観なくちゃなんないでしょ? ミスター・サタンにバカにされたから、スター・ウォーズも観なくちゃなんない。それに、ジョジョ…。わたし、いままで、いったいなにしてたんだろう?」
「女の子だったら、それが普通だとおもう。ヴォイジャーやスター・ゲイトを観ているだけでもすごいことだよ! ぼくとミスター・サタンの会話についてこられる女の子は、この国じゃあ、ショコタンくらいなものじゃないかな。ショコタンのブログみたことある?」
「ないっ!」とトモミはきっぱり突っぱねた。「シンちゃん、ああいう女が好きなの?」
「え? そ、そんな意味でいったんじゃ…」突然のトモミの豹変ぶりに、シンジはたじろいだ。
「まあ、いいわ。シンちゃんの気持ちはわかってる。考えてることは、なんだってわかるもの。読んでやるわ。毎日一冊ずつ! ジョジョを読んでやる。それでいいでしょ?」
「えっ? まあ、そうなんだけど…。べつに、無理に読まなくても…」
「読むっ! 読むといったら、読むのっ!」
サタンが酒場の入り口にある、前後どちらにも動くようにできている、バネのついたの観音開きのちいさな扉を開けたとき、シンジとトモミの二人も、サタンに追いついた。その瞬間、ピアノの演奏がピタリと止み、店の中は、静寂につつまれた。店の中には10人ほどの客がいて、その全員の視線が、氷でできた矢のように、三人に突き刺さった。
「あっ! あれは…」シンジが静寂をやぶった。
「クリント・イーストウッドじゃない?」
「そんな、バカなあ」シンジの指さすさきの人物を、疑いまなこで見やったトモミも、おもわず叫んだ。
「ほんとうだっ! クリント・イーストウッドだ!」
「あれは、セルジオ・レオーネ監督の傑作『荒野の用心棒』のときのイーストウッドだよ」
シンジが豆知識を披露した。
「ふーん。セルジオ越後なら知ってるけど…」
「ああっ! あれは…」素っ頓狂なトモミを無視して、シンジはさらにべつ人物を指さした。
「あの、棺おけを引きずっているのは、フランコ・ネロだ」
シンジがさらに、べつのほうに目をやると、いちばんすみの丸テーブルに、壁を背にして座っている、鷹のような目をした初老の紳士をみつけた。
「あのひとは、リー・ヴァン・クリーフだ!」
「どうだ、気に入ったか?」
と言ったのは、サタンだった。
「ひょっとして、これも、ミスターがやったの?」
「ミスターはやめろっ、ミスターはっ!」オホンッ!とサタンは咳ばらいをし、グイッと胸を張った。
「マカロニ・ウエスタンのスター、勢ぞろい! どうだ? 気に入ったか?」
「ジェンマがいない…」トモミが指摘した。「ジュリアーノ・ジェンマがいないじゃないの!」
「おれは、あいつはあまり…」
「『荒野の1ドル銀貨』のジュリアーノ・ジェンマがいない!」シンジもここぞとばかりに、だめを押した。
「おまえ、ジェンマが昔、日本のコマーシャルに出てたの、知ってるか?」
サタンが失敗をごまかすために、そう話をそらすと、案の定、ふたりはのってきた。
「知らない。なんのコマーシャル?」とシンジがサタンに訊いた。
「ふふん、そうか、知らないのか。じゃあ、教えてやる」
「なになに? なんのコマーシャルなの?」
しばらく間をおいて、サタンが答えた。
「スズキのスクーター『ジェンマ』…」
しばらく間があって、シンジとトモミは、お互いの顔を見合わせ、そして、プッとふきだした。次の瞬間、酒場にいたほかの客も、ゲラゲラと笑いだした。苦みばしった笑顔しか見せないイーストウッドはもちろんのこと、ハゲ鷹のような精悍な顔のリー・ヴァン・クリーフまでもが、ゲラゲラと、目に涙をいっぱいためて、腹を抱えて笑っていた。
あれ? そんなにおもしろかったかな?
その、あまりのバカウケぶりに、言ったサタン本人もちょっとおどろいた。が、ここで気をよくして、調子にのるのがサタンの悪い癖だった。
「フランコ・ネロって、フレディー・マーキュリーに似てるとおもわない?」
ズキューゥゥゥゥンッ!
なにもなかったはずのフランコ・ネロの右手に、いつのまにか、コルト・ピースメーカーが握られていた。おまけに、銃口から煙まで漂っている。
「痛ってぇぇぇーっ!」
サタンの眉間に、ポッカリと45口径の穴があいていた。
「俺は、ゲイじゃねえっ!」
そう言うと、フランコ・ネロはコルトをクルクルクルゥゥゥーッとまわし、スタンッとホルスターに収めた。