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37 生涯でいちばん長い夜②

 シンジの左半身にぴったり寄り添うようようにして、トモミはスースーと規則正しい寝息をたてて眠っていた…いや眠っているようにみえた。油断は禁物だとシンジは自分を戒めた。


 シンジが愛してやまないトモミの顔は、シンジの顔の真横にあり、肩にアゴをのっけて、オデコをゴリゴリとシンジの側頭部にこすりつけている。トモミの唇がシンジの耳のところにあるので、ときおり漏らすうめき声は拡声器を通しているかとおもうほどでっかい声だし、寝息はまるで台風の中継をしているレポーターのマイクのように、ボウボウと風の音をさせてシンジの耳に吹きかけられている──なにより、かすかに触れるか触れないかという微妙な距離に位置するトモミの唇がくすぐったくてたまらない。


 両手をつかったベアクローのようなロックは解除されていた――トモミのひだりひじはちょうどシンジの心臓のうえあたりにあり、腕はシンジの胸のうえを袈裟懸けに横切って、やわらかくてちょぴりヒンヤリと冷たい手は、ご苦労さん!と言って労をねぎらうかのようにシンジの肩を抱いていた。


 トモミのひだり脚はシンジのひだり脚に完全に乗っかり、つま先がシンジの脚のあいだに滑り込んでいた。


 シンジのひだり腕の上腕部に、なにやらとてもやわらかいモノが押しつけられている――ちょうどそのあたりが熱を発しているかのようにひどく熱くかんじられた。熱いのはそこだけではない──トモミと密着しているところすべてが熱い。このまま雪山に放り出されてもだいじょうぶだとおもえるほど熱かった。


 目はギンギンに冴えわたっている。からだじゅうの血管一本一本がちいさな心臓になったかのように、ドクドクと脈打っている──とりわけ耳の後ろの太い血管がはげしく収縮を繰り返しているような気がする。ドクドクという音も聞こえた。どこかからだの奥深いところで分泌されたアドレナリンだかエピネフリンだかよくわからないが、ちょっとヤバそうな物質が、血液中に大量に流れ込んでいるのは確実とおもえた。せめて、アトロピンではありませんように…とシンジはいのった。『ザ・ロック』のクライマックスでニコラス・ケイジが心臓にぶっ刺したVXガスの解毒剤がアトロピンだった。そんなものがからだのどっかから勝手に湧いてきて血液中を流れるはずがない──ぜひ、そうであってほしい!そう願いたい!…明日、いや、きょう学校へ行ったらインターネットでアトロピンの事を調べること!とシンジは頭のなかでメモ帳に書きとめた…もし無事に朝がむかえられたらの話だが。


 いまはたぶん午前3時くらいだろう。さっきトモミとお尻の件でひと悶着あったのが午前1時だった──シンジはあのときDVDレコーダーのモニターで確認した。あれから二晩ほどたったような気がするが、さっき苦しい体勢で(がんじがらめだと言っていい)首の筋肉をキリキリいわせて確認したら、まだ2時半だった。だから、だいたいいまは3時くらいのはず…ただし、シンジの体内時計は完全にオシャカになっているので自信はまるでない。地球が自転することをやめてしまい夜が永遠につづくとさえおもえる。このときシンジには、早急に手をうたなければならない問題があった。


 トイレにいきたい…。しかし…


 出撃まえのエヴァンゲリオンのように、拘束具でがんじがらめの身の上としては、それもままならない──かといって碇指令の出撃命令をいつまでも待っているといういわけにもいかない。アレを繰りかえすわけにはいかない!いまアレをやらかせば大変なことになる…。想像するだけでおそろしい──致命的な…いや破滅的な事態となる。


 アレとはなにか?…あの事件。例のあの事件のことだ。夕暮れの…川原のグラウンドで起きた…あの恥ずかしい…やけに張り切っている父さんとのノック…。あいてに気をつかいすぎたあまりにおきてしまった悲劇──『ノックお漏らし事件…』…はぁーとシンジはおおきなため息をもらした。


 ねてるのか?…熟睡してるのか?完璧に?


 シンジは比較的自由にうごかすことができる右手で、肩に巻きついているトモミの手をつんっつんっと突っついてみた。どうだ?いけるか?


 トモミはピクリともしない。寝息のリズムも乱れていない──シンジのひだり腕に押しつけられている胸がゆっくりとふくらんだり萎んだりしている…。


 どうやらいけそうだ…。『よし!第一拘束具、除去!』シンジは発進準備にとりかかった。


 それにしても…とシンジはしみじみ考えた。エヴァンゲリオンの発進シーンはかっこよかったなあ。ウルトラセヴンのウルトラホーク1号が発進する場面とちょっと似てたな──あの金網のあたりがさ。そういえば、マイティジャックの発進シーンはスティングレーの発進シーンに似てた…基地の建物が地面にもぐるのは何のためなのかちょっと意味不明だったけど…。ああっ!そういえば、エヴァもビルが地面にもぐる!秘密基地といえばやっぱりサンダーバード!発進シーンは1号も2号もかっこいい。『謎の円盤UFO』ではインターセプターもスカイ・ワンも滑り台で滑ってメカに乗り込んだ…サクラ大戦の光武搭乗シーンはたぶんアレをパクッた。パクッたという言い方は失礼かもしれないな。かっこいいからアイデアを拝借したと言うべきか…。広井王子も庵野秀明もきっとサンダーバードやUFOのファンだとおもうな。でもサンダーバードでほんとうにかっこいいのは救助メカの使いこまれた感だ!ピカピカの新品なんてなにひとつない──第1話の《高速エレベーターカー》でさえ、はじめての出動だっていうのにそうとう使い込まれていて汚れていた…きっとものすごい訓練をやったにちがいない。高速エレベーターカーが2号のコンテナから出てくるシーンは最高にかっこいい!ディーゼルエンジンみたいな、いかにも馬力がありそうなエンジン音といい、タイヤのサスペンションの効き具合といい、コンテナの坂を下るときにエレベーター部分がグワングワン揺れるところといい、なんで日本の特撮はあんなふうにできないんだ!と腹立たしくなるくらいにかっこよかった。本物が動くところはちゃんと動くようにしなくちゃだめだ!サスペンションが動くかどうかってことが重要なんだ!模型をそう作らないから、ちっちゃな砂利でぴょんぴょん跳ねてオモチャっぽく見えてしまう。アメリカ軍のM1A1エイブラムス戦車は時速60キロで荒地を突っ走っても、グラスについだワインがこぼれないというじゃないか!人類存亡のかかった地球防衛軍の車両が小石ごときに乗り上げたくらいでぴょんぴょん跳ねてどうする!


「・・・・・・」


 あ!いけない…。またいつもの癖がでた。油断すると、ついつい意識がよそへ飛んでしまう──いまはそれどころじゃないんだ!ええーとなにをしようとしてたんだっけ?…あっ!そうだ。拘束具だ。第一拘束具を除去しようとしたんだった。


 シンジは慎重にトモミの腕をつかみ、肩からすこし浮かせてみた。トモミはなんの反応もしめさない…よし!いけそうだ!ためしに持ち上げた腕を離すと、トモミの腕は力なくパタンとたおれてシンジの肩にもどった。おっ?どうだ?だいじょうぶそうだ…。こんどはもう少し高く持ち上げておなじようにやってみた──またしてもトモミの腕はへなへなーと倒れてきたが、なんとしたことか、シンジの顔にむかって倒れてきた。手のひらがシンジの鼻に当たった。『イッテーッ!』とあやうく叫びそうになった。涙がちょちょぎれた。


 ほんとうにねてるのか?起きてるんじゃないのか?起きててわざとやったんじゃないのか?シンジはトモミの顔をじっと観察した──狸ねいりにはみえない。よし!とシンジは大それた決断をした。シンジはトモミのツンととんがった鼻を人差し指と親指でつまんでみた。スースーという音がしなくなり、苦しそうに眉間に皺がよったかとおもうと、口がぱかっとひらいてそこからプハーと息を吐き出した。


 それでもトモミは起きなかった。


 よし!シンジはつまんでいた鼻から指をはなした。つぎに、シンジはトモミの腕をふたたび持ち上げ、いったんおなかのうえに置いた。つぎにゆっくりと肘を伸ばして、手のひらをこんもりと盛り上がったトモミのお尻のうえにそっとおろした──肘がちょうどきゅっとくびれた腰にピタリとおさまった。


 第一拘束具、除去完了!つづいて、第二拘束具、除去!


 だが、こいつはちょっとやっかいだ。むっちりと肉のついたトモミの脚は、寝そべった体勢で腕一本で動かせる代物ではない!…だいいち手が届かない。そうだっ!手がだめなら足がある!


 シンジは自由な右の足先をトモミのふくらはぎの下にゆっくりともぐりこませた。そして、腹筋にぐっと力を入れて…や、やばい!あまり力むとおしっこが漏れそうだ──シンジはフゥーと息を吐き出した。吐き出しながら、ゆっくりとトモミの肉づきのいい脚を自分の右足の甲にのっけてゆっくりと持ち上げた。そのあいだ、力み過ぎないように息を吐き出し続けた──こりゃあまるでラマーズ法だとシンジはおもった。

 

 こいつはかなり強烈だ。なんて重さだ!15キロくらいはあるかな…と失礼なことを考えていると腹筋がぷるぷる震えはじめた。い、一刻も早く…


 そのとき、…とはどういう時かというと、シンジが腹筋をぷるぷるさせて、自分の右足でトモミのひだり脚を持ち上げているときだ──「んんー」とトモミがかすかなうめき声を漏らした。


 なにー!まずいぞ!シンジはその体勢でフリーズした。くそー、よりにもよって…こんなときにぃ!腹筋が悲鳴をあげはじめた。持ち上げたふたり分のもつれあった脚の高さがだんだん低くなる──シンジは腹にぐっと力を入れた。その瞬間…


 おしっこがちょろっと漏れた…


 絶体絶命の大ピィーンチッ!いまちょっと漏れた!ナウシカはちょっと肺に入っただけだったが、ぼくはちょっと漏れたっ!どうする?おろすか?脚をいったんおろすか?それがいい…シンジはゆっくりとトモミの脚をおろしはじめた。


 第二拘束具、再装着!


 トモミの手が、小高い山のうえからスルスルと滑降選手のように滑り降りてきた。そしてお目当てのものをみつけるとすぐに、それをがっちりと抱きかかえた…やれやれ


 第一拘束具、再装着!発進中止!


 というわけにもいかないのが、いまのシンジが置かれた状況だ。ええい!もうどうとでもなれ!


 シンジはトモミの拘束をふりはらって跳ね起きた!


・・・・・・・・


 アレッ?起きない…なんで?


 トモミの手はでっかい蜘蛛のようにあちこちさまよったあげく、シンジが枕代わりに使っていたクッションをみつけてそれをぎゅっと抱きかかえた。


 そんなトモミの、これまでだれにも見られたことがないであろうちょっとオマヌケな姿を、にやにや笑って見下ろしながらシンジは断じた。なんだあ、いったん寝ついたらなかなか起きないタイプなんだ…だめだ!こんなことやってるひまなんかない!


 シンジはダッと部屋を飛び出し廊下をタッタッタッタ…と走っていった…すぐにタッタッタッタ…ともどってきた。そしてタンスの引き出しからパンツを一枚ひっつかんで、すぐにタッタッタッタ…と走り去った。

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