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36 生涯でいちばん長い夜①

 シンジは生まれてこのかた、こんなに長い一夜…悶悶悶悶…もんもんもんもん…モンモンモンモン…とした一夜を経験したことがなかった。おかげで《悶々》という漢字まで覚えてしまった。


 最初に宣言したとおり、トモミはベットに横になるとすぐに、仰向けに寝そべっているシンジにぴとっとくっついてきた──両手と両足をつかって、まるで『SASUKE』というテレビ番組の『ローリング丸太』にしがみついているような感じで、シンジに抱きついて顔をシンジの肩と首筋のあいだにもぐりこませている。シンジはコーヒーをがぶ飲みしたかのように目が冴えわたっていたが、トモミはすぐにスースーと寝息をたてはじめた──そのやわらかな息がシンジの首筋を心地よく刺激した。


 さて、これからいったいどうする?


 とりあえず、いまはうごけない…。両手両足でがんじがらめのいまの状況で、ムリにうごくのは得策ではない──きっと目を覚ますだろう…そしてぶっ殺される。『考えただけでもダメだからね!』と彼女は言ったが、わかるのか?ぼくがなにを考えているかわかるんだろうか?まさか、そんなはずは…。いや、ひょっとすると…。さっき、髪の毛を耳にひっかけるしぐさを見て、武田鉄矢みたいだっておもったとき、『いまへんなこと考えなかった?』ってあやうくバレそうになった。そして、そのあとも…。もしかすると、このひとは他人の思考がわかるんじゃないだろうか?ふつうなら、そんなばかな!と笑いとばすところだけど、まんざらありえないことでもないかもしれない──そうおもわざるを得ないような出来事が、きょう一日だけでもたくさんあった。


 しまった…、あのときそのことをちゃんと確認しておけばよかった。確認さえしておけば、いまこんなにいろいろとおもいめぐらさなくたって、正々堂々と妄想にふけることができたっていうのに!


 シンジは右手をちょっとうごかそうとしてみた──もちろんトモミを起こさないように細心の注意を払いつつ実行されたのだが、両手でがっちりと抱きかかえられているので、腕はまったくうごかせない──肘から下の部分は比較的自由にうごかせた。ちょっと古い話だが《8時だよ!全員集合》に出ていたジャンボマックスという巨人の着ぐるみのように、肘から下だけはうごかせた。


 でもそれがいったいなんの役に立つ?ピグモンの手とおなじでまったくの役立たずじゃないか!じゃあ、脚は?


 脚はぎゅっと抱きかかえられてはいないが、トモミのたっぷりと肉のついたやわらかい左脚が、シンジの左脚にのっかって、さらに右脚のふくらはぎにからみついている。しかも、かなりの重量である。


 へえー、けっこう脚太かったんだ…


 そのときトモミの顔と左腕がぴくっとうごいた。


 シンジはハッとした。ただでさえ通常の倍くらい早かった心臓の鼓動がさらに早くなった──通常の3倍のスピード!…フッ、まるで赤い彗星のザクだなとシンジは自虐気味な笑みをもらした。


 まさかとはおもうが…とシンジはシャア少佐のものまねで考え、気づいたのか?こっちに気づいたのか?…とこんどはアムロのものまねで考えた。意外と脚が太いなというふとどきな考えがうかんだのに気づかれたのか?


 またしても、トモミがぴくりとうごいた。


 ええーい、くそう!これが連邦のモビルスーツの性能かっ!じゃなくて、この女の隠された能力とでもいうのかっ!なんてね。でも、ほんとうならこれはとんでもないことだ。『戦いとは、いつも二手三手さきを考えておこなうものだ!』とシャア少佐は言ったが、相手のこころが読めるということは、それが実際に可能だということにほかならない。


 攻守にわたってパーペキ!だとシンジは葛城ミサトのものまねで考えた。


 いまいったい何時だろう。やっぱり時計は必要だ。手の届く範囲に現在時刻のヒントを教えてくれるようなものはなにもない。ベットに入っていったい何分たったのか…あるいは何時間か?──まるで見当がつかない。このまま時間が止まってくれないかな…ともおもうが、このままずっと眠れないのがちょっと不安でもある…


 おおおぉぉぉぉっ!すごいことおもいついたっ!これだ!この作戦ならいけるっ!い、いけない。またこころを読まれる…。冷静に、あたまをからっぽにするんだっ!


 ・・・・・・


 これじゃあ、なにも考えられないじゃないかっ!…人間は考えるとき、知らず知らず言葉を使ってる。ああして、こうすると、こうなって…という具合に言葉で考えてる。日本人は日本語で、アメリカ人は英語で、中国人は中国語で考えてるはず。じゃあ、言葉を知らないとあたまのなかで物事を考えられないってことか?犬や猫は考えないのか?じゃあ、赤ん坊は?動物には本能というものがある──だから考える必要はない…ほんとうに?犬はなにも考えてないんだろうか?パブロフ博士は学習ではなく条件反射だと言った。犬は「ああー、お腹すいたな」とは考えない?はやくご飯をくれって皿をカランカラン鳴らすのは、そうすれば飼い主がご飯をもってくると条件付けられたからだというのか?…じゃあ、最初に皿をカランカランやったときはどうだったんだ?そんなことは飼い主は教えない。考えたんじゃないのか?犬が自分で考えたんじゃないのか?


 いまはこんなこと考えてる場合じゃない!いま考えなければならないのは、言葉を使わずに考える方法だ…それも早急に!なぜかって?画期的なアイデアをおもいついたから。どんなって?とってもいいアイデアだよ。これこそまさに悪魔の計画…教えてもいいけど、これはわれながらかなりあくどい計画で、実行したものかどうか相当に迷ってる。まあそうせかさないでよ。いま教えるから。あのね、例の時計を使うんだよ。なににって?なにって言われてもちょっと言えない…はずかしいから。それで、あの時計をセットするでしょ。そしてアレをこうしてムギュってするでしょ?アレはなにかって?アレはアレだよ。でもってつぎはコレをこうしてそこにコイツを…コイツってなにって?コイツとはコイツのことだよ。最後はこうなって…そうやっちゃったら、リセットボタンを押してなかったことにしちゃうんだ。なんならもう一回やり直したっていい…、ね!こいつはかなりあくどい計画…


 アレッ?ぼくはいったい誰と話してるんだ?


「…シンちゃん」


 えっ?だれ?だれなの?


「…ぶっ殺す!そんなことやったらぶっ殺す!」


 もしかして…。ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…という荒木飛呂彦ふうプレッシャー音がどこからともなく聞こえてくる。まわりの空気が重たく感じられる。ズズズンズン、ズズズンズン、ズズズンズン…


 シンジは恐る恐る目をひらいた。


 心臓がとまった!…とおもった。


 目の前に、冷ややかな目で見下ろすトモミの顔があった。


「あれー、なんだあ…起きてた…の?」


「起きてたのおー?じゃないよ、まったく!どスケベのくそシンジ!」


 ただでさえ気合の入ったトモミの眉毛がおそろしい角度でつり上がっている。唇は逆にへの字に曲がっている。まるで、妖怪人間ベラ…いけない!この例えがバレたらぶっ殺されるだけではすまない!…目は、暗い部屋のなかから屋外に飛び出したときのように眩しげにすぼめられている。瞳は氷で削りだしたかのような冷たい光をたたえている。


 もうだめだ…。シンジは観念した。それと同時に怒ったトモミの顔はめちゃくちゃかっこいい!とおもった。ジョジョ第6部の空条徐倫ジョリーンにちょっと似てるなあ…だから大好きなんだけど。


 トモミがにっこり笑った。「わたしもシンちゃん大好き!」と言った直後にふたたびトモミの唇がシンジのそれに押しつけられた。


 このまま窒息するんじゃないかとおもった瞬間にトモミはシンジからはなれた。顔はまた気合の入った空条徐倫にもどっていた。


「でも、それとこれとは話がべつ!さっき聞いたのはまさしく悪魔の計画だわ。ぜったいにやっちゃだめ。いい?」


「はい…、ぜったいにやりません」とシンジは弱々しい声でくりかえした。


「わかればよろしい!じゃあ、寝るわよ」


「ひとつ訊いてもいい?」シンジはさっきから気になっていることを訊きたかった。「トモミさんは…」


「やだな、いつまでそんな呼び方するつもり?トモミでいいわよ」


「でも、ぼくは…」


「なに?」


「呼び捨てにできないタチなんだ。なぜだかわかんないけど…」


「へえー、へんなの。だったら、トモちゃんでいいんじゃない?」


「うん!そうする…ト、トモちゃん?」恐る恐るシンジはそう口にした。


「なかなかそう呼ばれるのもいいわねえ、幼なじみって感じでさ」とトモミはじぶんでそう指示しておきながら気に入った様子だった。しかし…


「ひとまえでそう呼んだらぶっ殺す…」


「ええー!そんなあ…。それじゃあコウちゃんとおなじじゃないか」


 シンジがめずらしく不満をあらわした──それだけコースケをどう呼んだら良いかと日頃からシンジを悩ませている証拠でもあった。


「いいから、いいから、どうせいつまでたってもトモミって呼べないのはわかってる。シンちゃんはそんな子だもの、だから好きなんだけど…。これはわたしとシンちゃんのつながりになる…」


「つながり?」シンジにはいったいどういうことかわからない。


「シンちゃんとコウちゃんは幼なじみでしょ?ただの友達以上の強い絆みたいなものをときどき感じるの…それは呼び方だって気がついた。仲のいい友達には〇〇さんなんて呼び方はしないでしょ?あだ名をつけるのは小学校高学年くらいから。4歳とか5歳のころはだれだって〇〇ちゃんって呼んでたはず…だから、わたしもそう呼んでくれる幼なじみがずっと欲しかった…」


 そう言うトモミがなんだかさびしそうにシンジにはみえた。


「だから、シンちゃんにはそう呼んで欲しい。トモちゃんって呼んで欲しい。それが幼なじみのつながりだから…」


「うん、わかったよ」しんみりとシンジはこたえた。


「じゃあ、もう一回呼んでみてっ」


「うん、ええーと、ト、トモ…ちゃん?」シンジはあたまをぽりぽりかいた。


「なによ!そのぎこちない呼び方はっ!」口調はきびしいが本気で怒っているわけではないとシンジにはわかっていた。


「ふたりっきりのときは必ずトモちゃんってよぶこと!約束よ」


「うん…」


「でも…」トモミはフフフと不気味な笑いを頬に貼りつかせて言った。「だれかほかのひとがいるときに、そんな甘っちょろい呼び方をしたら…」


 シンジは、はあーとため息をもらした。そのさきは聞くまでなかった。ちぇっ!ぶっ殺すんだろ?だいたい女の子のくせに、『ぶっ殺す!』って言い方はないんじゃないの?せいぜい『ぶっ飛ばす!』くらいにしとけばいいのに…


 トモミはそれ以上なにも言わなかった──言うまでもなくシンジは身にしみてわかっているとの判断だろう。


「ところで、さっき言いかけてたことってなんだったの?なにが訊きたいの?」


「それは、ええーと、もしかして、トモミ…トモちゃんは、他人の考えてることがわかるのかって訊きたかったんだ…」


「えっ?いったいなんのこと?」


「べつにいいんだ。ただ、なんとなくそんな気がしただけだから…」


「そんな超能力者みたいなこと、できるわけないでしょ、ばかねえ」


「それもそうだね、でもきょうはびっくりすることがいっぱいあったから、ひょっとして…とおもったんだけど、考えすぎだったみたいだ…」


 そんなことないわよ、なんて鋭いのかしら…。トモミは口や態度とは裏腹にシンジを尊敬し、好きで好きでたまらなかったが、あらためてシンジの抜け目のなさを目の当たりにして、その気持ちがよりいっそう強くなった。でもね、だれでもってわけじゃないの。いまのところわかるのはシンちゃんのこころだけ…。自分にそんな力があるなんて、今日までぜんぜん知らなかった。覚醒したっていうことなのかな?よくわかんないけど…。でも、あなたのこころはわかる。なんだってわかるの…。だから、いまトモちゃんのお尻って意外と大きいなって…


「おい!ばかシンジ。やっぱりぶっ殺す!」

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