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29 この女はひょっとすると…

 『こんばんわ!』と声がしたとおもったら、この女はいつのまにかおれのとなりにすわってやがった。ずうずうしいにもほどがある・・・・・・このへんでいちど締めといたほうがいいな。


 コースケはトモミのあたまをペシツとひっぱたき、「おまえ、シンジのお袋さんにちゃんとあいさつしたのか?」ときいた。


 『いたいなあ、なにすんのよ!』とトモミは抗議したあとでこたえた。


「したよ。よく知ってるひとだった。シンちゃんのおかあさん、スーパーで働いているでしょ。わたしもときどきあそこでバイトしてるんだ。積んである缶詰ひっくりかえしたり、くだもの床じゅうにぶちまけたりしたとき、いつもかたづけるの手伝ってもらってる」


 それを聞いてシンジはプッとふきだし、コースケはやれやれと言いたげに目をつむって小さく首をふりながら言った。


「それはバイトとはいえんぞ。店長もよく懲りもせずまた雇おうって気になるもんだ」


 トモミは持ってきたコンビニの袋をガサゴソかき回し、お目当てのものを取りだすと、蓋をプシッと開けてグビッと中身を一口のんだ。


「そりゃ懲りないでしょ。だって慣れてるもん。わたしがおっちょこちょいなのもよく知ってるし。・・・お父さんだから」言いながら、トモミはシンジにコーラの缶を放リ投げた。コースケの手にはいつのまにかおなじものが押し込められていた。


「ええぇっ!トモミさんのお父さんって、あのスーパーの社長さんなの?」

シンジはすっかり驚いてコーラの缶を取り損ね、トモミに『ヘタッピ!』とからかわれた。


「そう、いちおう社長。でも、いつもシンちゃんのお母さんに叱られてる」


 コーラの蓋を開けかけたシンジの手がピタッととまった。

「社長さんを叱ってる?ほんとに?」


「ええ、ほんとうよ。しょっちゅう叱られてる…シンちゃん泡こぼれてるわよ」


 まるで焚き火を囲んでうたげをひらいている山賊みたいに、コースケはガッハッハと豪快に笑い、中身は酒か?と思うようなのみっぷりでコーラをのどに流し込んだ。

「おいシンジ、おまえの母ちゃんもただもんじゃねえな」


 トモミはコースケのそのに飲みっぷり──大きなゲップまでした──を、まるで別の惑星の別の生き物を見るような目でじろじろ見ながらこたえた。

「お父さん、シンちゃんのお母さんには頭があがらないんだって。むかしからそうだったらしいよ」


「むかしから?でも、働き出したのはお父さんが死んだあとだよ」


「幼なじみなんだって。うちのお父さんとシンちゃんのおかあさん」

 下品と豪快をとりちがえてるんじゃないの?カッコイイと思ってんのかしら?と言いたげな冷たい目で、汚らわしいものを見るときのように顔をしかめて、トモミはコースケを見ながら言った。


(なんだその顔は!だが、遺憾ではあるが、この女はこんなしかめっ面でもかわいらしい顔をしてやがる)


 風呂から出たばっかりで髪の毛はボサボサ、色気もクソもない灰色のスエットは、首のところがほころびてる、おなじ色のズボンの紐は、結び目のさきがライオンの尻尾のようにばらばらにほどけてる・・・足首のジャージーがちぎれかけている。


 にもかかわらず、この女は可憐で美しく清純・・・・・・得体の知れないなにかに惹きつけられたかののように、おもわず食い入るようにみつめてしまう。「なにみとれてんのよ!」と笑い肩をペシッとやられて・・・たったいま実際にやられたばかりだが、ハッとわれにかえるような、魔法のような魅力を持っている。


(ひょっとして〈魔女〉か?かつて〈魔女〉と呼ばれたものはまちがいなく存在した──無論おれとはなんの関係もない。大半がキリスト教というまやかしを信じている連中によって抹殺されたが、生き残りがいてもおかしくない)


 だが、ただ単に魔女というだけでは、入り込めなかった理由にはならない。


 魔女には入り込める・・・・・・ただの普通の魔女なら、という意味だが。おれが入れないのは〈黄金の精神〉をもったやつらだけだ。ということは、この女もそうなのか?〈黄金の精神〉を受けついでいるのか?もしそうだとしたら、入り込めなかった理由も納得がいく──でも、おれのリストにこいつの名前はなかったはずだ・・・・・・なに?おまえはもっとらんよ、コースケ。だれがこんな防御の甘い銀行に金を預ける?金庫の鍵がぶっ壊れた銀行に金の延べ棒を預けられるわけがない。まあそう怒るな、コースケ。60億の人間の大半がおまえのようなポンコツの金庫しかもっとらん。シンジみたいなのはのはほんのひと握りの連中だ。


「そろそろスタートレック観ようよぉ・・・」とトモミは、すねたこどもがおねだりしているみたいな声をだし口をとがらせた。シンジなどはこんなふうにおねだりされたら、煮えたぎる溶岩の中にさえ飛び込むだろう・・・・・・実際それに近いことをシンジはやってのけた。「新スタートレックの第一話からでいい?」とシンジは訊き、サタンもトモミも異論はなかったのでふたり同時にうなずくと、シンジはDVDをスタートさせた。


 本編がはじまってすぐに、サタンは大声を出した。


「あれが艦長か?」


 シンジはにやにや笑いながらコースケのおどろいた顔をみつめていた。だれだって最初はおどろく。むかしからのファンのひとは特にだ。


「つるっぱげのジジイじゃないか・・・」


『カーク船長とはえらいちがいだ』とか『上陸任務こなせるのか?』などとコースケがぶつぶつひとりごとを言っていると、『うるさいな!』とトモミに叱られた。叱られてもコースケはひとりでしゃべりつづけた。シンジはなにか訊かれたときの二言三言答えるだけでじぶんからは話さなかった。ほんとうはべらべらとピカード艦長・・・つるっぱげのおジイさんはジャン・リュック・ピカード艦長という名前だった・・・その新しい艦長のいいところを10も20も教えることができたが、連続テレビドラマというものは、なんどか観ていくうちに登場人物のことをだんだんと理解し好きになっていくもの・・・・・・そうシンジは考えていたので、ここではなにも言わないことにしたのだ。


「あれ?いまの辻親八じゃない?」

とトモミがエンタープライズ号の操舵席にすわっている人物を指さして言った。


「さすがだね。まさかそこに目がいくとは!」

 シンジはうれしそうに言った。


 辻親八というのは、ERの準レギュラーといってもいいほど毎回のように出演している──警官や運ばれてきた患者やタクシーの運転手などといった、ERファンがひそかに注目している脇役専門の声優の名前だった。脇役専門なのはもちろんERというドラマに限っては・・・という意味で、ほんもののレギュラーとして出演しているドラマはたくさんある。トモミの口からこの声優の名前がでたということは、彼女がほんもののERファンだという証明でもある。シンジはその事実がうれしかった。


「あのひとは、もうすこしあとになると、チーフ・オブライエンという転送主任の役で、準レギュラーのように毎回でてくるようになるよ。この話ではまだ名前すらでてこない脇役だけどね」


「えー、こっちでも脇役専門なの?ちょっとかわいそう・・・」


「そんなことない。チーフ・オブライエンはディープ・スペース・ナインという宇宙基地に転属になって、そっちではレギュラーで大活躍するんだ」

とシンジはまるでじぶんがチーフ・オブライエンでどうだみたかというように胸を張った。


 こんどはとつぜんコースケが叫んだ。

「おい!いまのみたか?あの女の保安主任、宇宙人に鉄山靠てつざんこう食らわせたぞ!」


 鉄山靠というのはバーチャファイターという格闘ゲームで結城アキラというキャラクターの必殺技の名前だった。だが、スタートレックでこのとき女保安主任・・・ターシャ・ヤー大尉がくりだしたのは、鉄山靠ではなく、あいてのうしろにまわりこんで後頭部に打撃を叩きこむ鷂子穿林ようしせんりんという技だった。


 するとこんどはトモミが「ターシャの声の人はERの看護婦もやってる」「ヴォイジャーのセブンもおなじ人だ!」と気づいた。


 シンジは、その人は沢海陽子というひとで、ERではマーケイズ看護婦、スタートレックではターシャ・ヤー大尉とヴォイジャーのセブン・オブ・ナインの声を吹替えていることを説明した。そしてもうそろそろ・・・・・・


 ウィリアム・ライカー中佐がエンタープライズに着任


 コースケは待ってましたとばかりに『ライカーはカーク船長っぽい!』と言い、トモミは『ピーター・ベントンだ!』と叫んだ。


 ライカー中佐の吹替えはERの外科医ピーター・ベントンとおなじ大塚明夫が担当していて、なんと!


「沢海陽子と大塚明夫は夫婦なんだよ」


とシンジはどうだとばかりに自信満々に豆知識を披露したが、そんなの知ってるとトモミなあっさりかたずけられた。


 さて、こんなぐあいでワイワイやりながら観た新スタートレック第一話の感想はというと・・・・・・


「あまりおもしろくない・・・」「なんのことやらさっぱりわからん」とふたりがふたりともあまり良い評価ではなかった・・・・・・シンジには想定内の反応であった。だから「まあ、最初のうちは登場人物の紹介のようなものだよ。第3シーズンあたりからおもしろくなるから」となかばじぶんに言いきかせているかのような口ぶりで言い、シンジはふたりに『もう明日から来ない』と言われないように──とりわけ自分勝手で気まぐれな女のほうにそう言わせないために、まるでじぶんがドラマの制作スタッフかなにかのように必死で言い訳をした──もうすこしすると、ウーピー・ゴールドバーグがでるよと言ってみたがまったく効果はなかった。

 じつはシンジは日頃からスタートレックの宣教師とでもいえるような活動をしており、ちょっとでも興味を示そうもんならなかば強制的にDVDをおしつけて、最初の1話か2話で突っ返されるという苦い経験をなんどもしており、こんどもそれが心配のタネだった。


 これ以上新スタートレックの話はまずいと判断したシンジは、話題を変えることにした。


「ところでコウちゃん。ぼくに時計を渡したおじいさんの目的っていったいなんだんだろう?」


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